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鬼畜変態野郎のプロポーズ
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無事に魔界に帰ってきた。
パパに泣かれ、ママに怒られたけど、手土産のバームクーヘンのおかげで何とかすることが出来た。
勇者一族のこともパパに話した。
「納得出来ないが、奇跡的に話し合える世代がきたということ。その奇跡に感謝し、これからの世代に繋げ、平和に導くことが、わたし達、それからおまえ達の役目だ。だからこそ、平和に導くためにおまえにやってほしいことがある」
「パパ、分かってるよ」
「……気づいてたか」
「さすがに分かるよ。だから大丈夫。……魔界のためだもん、覚悟は出来てる」
「……そうか。では相手の説明を……」
「いいの! そーいうのいらない! あとはパパの好きにして!」
これからの未来の覚悟を決めた私は、未来の旦那様について何も聞かなかった。
相手のことを私に教えないように徹底的してもらった。聞いても意味がないと思った。
これからの未来が描けなかった。
もちろん、ずっとこのままでいるつもりはない。
未来の旦那様と結婚するまで、それまでは自由に、あの人を想っていたいと思った。
「日記の続き、書かないと」
あの人がくれた言葉も、しぐさも、温もりも忘れたくなくて、途中で止まっていた日記を書いた。
くだらない会話、タバコを吸うときのくせ、手の大きさ。
恋しくなって泣いてしまうこともあったけど、それでもあの人を思い出してひたすら書き続けた。
一週間ちょっとの出来事なのに、日記帳十冊分になっていて、それがちょっとおかしくて、ようやく笑うことが出来た。
「……首輪の意味か。……縛られてるよ、ちゃんと。……こんなにも……」
今日、未来の旦那様に会う。
結婚前の顔合わせだ。
王家のしきたりじゃ珍しいことだけど、人間と魔族の結婚だもの、みんなも不安なのだ。
「お嬢様、そのお首のお召し物は……」
「外したらダメよ。外さなくてもいいように、ドレスだってこれに合わせて作ったんだから」
「……鈴に……」
「何?鈴がどうしたの?」
「うんにゃ、ただの汚れですにゃ」
「汚れは拭いてね」
「えー、お似合いですにゃ。さすがキツネ様ですにゃ。汚れすらも着こなすなんてアホの極みですにゃ」
「このネコメイド生意気過ぎて喉仏に噛み付いてやりたい」
和気あいあいと、専属のネコメイドと支度をして、迎えに来てくれたママと一緒に大広間へ向かった。
未来の旦那様はもう到着しているらしく、大広間でパパと楽しく話しているとかなんとか。
何で初対面のくせにパパと仲良くなってんだって思ったけど、もうすぐ家族になるんだ。みんなが仲良しになれるのなら、こんなに嬉しいことはない。
「いいの?」
「えっ、何が?」
「好きな人がいるんでしょう?」
突然のママの質問に、やっぱりママの目はごまかせないなと笑って、ゆっくりと歩きながら大広間を目指した。
「その首輪、好きな人がくれたのね」
「……まぁ、……キツネだからって理由で付けられた」
「そういうのも懐かしいわね。私もパパに出会ったとき、すっごくかわいい、ずんぐりむっくりなキツネがいると思って、持っていた縄を急いで首に巻き付けて捕獲したの。あの人の驚いた顔は一生忘れられないわ」
魔王の首に縄を巻き付けた人間のママが魔王より魔王なドSで、私と同じことをされたパパはドMだった。
「でも、何で平気だったの? パパの見た目って獣そのものなのに。ほら、美女となんちゃらそっくりだよ」
「んー、異種姦ってどんなものか気になってたのよね。ただの好奇心よ」
鬼畜変態野郎と同じことを言ってる気がした。
「でもほら、パパって素直でかわいいじゃない? 私の手のひらで転がるさまがすごく楽しくて」
鬼畜変態野郎と同じ匂いがした。
「ならいっそのこと私のモノにしてあげようかなって」
鬼畜変態野郎と同じだ。
「ソウナンダ、ヨカッタネ」
これ以上、両親の馴れ初めを聞きたくないので、無理やり話を切った。
「もう終わりなの? せっかく楽しい恋のお話が出来ると思ったのにぃ」
「私の恋は楽しくないよ」
「どうして?」
「パパとママと違って、結ばれないから」
首輪をぎゅっと握った。結ばれなくても縛られてるそれに安心して、ふうっとため息をはいた。
ママはそれを不思議そうに見てたけど、そのことに触れず話を変えてくれた。
「今日はごちそうね」
「ローストビーフが食べたい」
たわいのない話をしながら歩いてると、大広間に着いた。警備の者が扉を開ける。
未来の旦那様が薄らハゲのオッサンだったらどうしようっていう微かな不安は、その人を見てぶっ飛んだ。
立っているのだ、あの人が。
パパのそばに鬼畜変態野郎が立っている。
笑顔の仮面を付けて、ちゃんとした正装で、パパと談笑している。
あごが外れそうなほど驚いた。
きっとマヌケな面をしていたんだと思う。ママが笑いながら、耳打ちしてきた。
「あなたもパパも、ご主人様の欲望をなめすぎよ。ようやく出会えた【運命】を手放すわけがないわ」
そう言うとママは、楽しそうにパパに駆け寄った。二人に何かを言ったあと、鬼畜変態野郎がママに頭を下げた。そしてクルリとこちらを向いた。
反射的にうつ向いてしまった。
夢なら早く覚めてほしくて、自分の手で顔をバンバン叩いてみても痛いだけ。その痛みのせいなのか何なのか、涙がボロボロ溢れ出た。
「よう、責任取りに来たぜ」
夢なんかじゃない。
この上からの物言いは間違いなく鬼畜変態野郎だ。何なんだ。何でこいつが未来の旦那様になってるんだ。
「何でここにいるの?」
「世界の平和のため、人間界の王家と魔界の王家の繋がりを一つにして、二つの世界の守り人を勇者が勤めることになったーーという話を、おまえが家に帰り着く前に、魔界に届けたんだが、親父さんの説明を聞いてなかったのか?」
「……はっ!?」
帰ってきたあの日、パパは説明しようとしていた。
どうせ相手は勇者だろうって、この人じゃないなら誰でもいいやって気持ちでいっぱいで、現実逃避の日々へ。
もしあの時、現実と向き合っていたら……
サァーッと血の気が引いていく。それを見たこの人がため息をはいた。
「首輪の意味を忘れるなって言ったぜ。ひどい女だな」
「それならそうとちゃんと説明してよ!」
「説明? 今さら何の? おまえは俺のモンだって言っただろ。何のために首輪付けたと思ってんだ」
「そのときからの計画だったの!?」
「いや、違う。結婚は後付けだ。王家の後継者争いが嫌で逃げていたんだが、皇子の立場も使えるもんだな。きちんとした手続きを踏んで、こうしておまえを手に入れることができた」
そんな説明されても、この人の動きがまったく読めない。裏で何をしてたの?何を思ってくれてたの?聞きたいことがいくつもある。私がアホだって知ってるくせに、いつも言葉が足りないんだ、この人は。
「この際だから白状しなさい! いつから私を騙してたのよ! 最初から魔王の娘って知っていて、手のひらで転がして遊んでたんでしょう!? SMプレイしたあげく処女まで奪ったくせに! 責任を取りたいだけの結婚ならしなくていいわよ! そんなの私からお断りよ!」
鬼畜変態野郎を責める私の声が大広間に響く。そこに両親もいるってわかってるけど、叫ばずにいられなかった。
「早く答えなさいよ!」
いまだに出てくる涙をそのままに、ギッと鬼畜変態野郎をにらみ付けた。相も変わらず無表情だけど、その奥にあるモノが見えた。
それは悲しみと戸惑い。
初めてみた、この人の新しい表情だった。
涙がピタリと止んだ。その表情にくぎ付けになっていると、ずっと黙ったままのこの人の口が少しだけ動いた。
「あのとき」
今度は少し意を決したような、何かを覚悟した目を宿した。無表情だと思っていたのに、こんなにも表情が変わるのかと、その百面相を見つめながら話を聞いた。
「おまえを噛んだとき、おまえの【すべて】を見たと思った。俺も【すべて】を見られたと思った。俺だって自分の特殊な性癖を自覚している。でも、こうじゃなきゃ感じねぇし、興奮出来ねえ。それでもおまえはおまえなりに応えてくれた。俺は【運命】に出会えたと思った。……おまえは違ったのか?」
「……そう、だけど。でも……」
「最初はただの暇潰しだった。魔族がどんなもんか気になって、遊んでやろうと思った。でも、プレイをヤればヤるほど、おれに応えるおまえがかわいいと思った」
「じゃあ、いつから気づいてたの」
「魔王の娘だと気づいたのは、勇者が家に尋ねた日だ。盗撮事件のビデオを確認した知り合いが教えてくれた。家に帰れば勇者と魔王の娘が仲良くやってんだ。邪魔するべきじゃねぇなと思って、身を引く覚悟をした」
「……いや、全然引いてないんだけど。そのあと全力で処女を奪ったよね」
「おまえに拒否されたらさすがに引くつもりだった。それが逆にオネダリされて、これはもう腹を括るしかないなと、大切な処女まで捧げてくれるんなら男として責任を取るしかないなと思って、おまえが寝てる間に、今回の計画について王宮に連絡して、あとは知り合いに動いてもらってた」
「なっ、何よ! だったらカフェのトイレで教えてくれてもいいじゃない! あんな別れ方ってないわよ!」
「別れるつもりもねーのに? むしろ夫婦になるために動いてたんだぜ。もし別れるしか道がなかったなら、監禁してでもおまえを手元に置いた。別れるっていう選択肢は俺の中ではない。トイレで言っただろ? 責任は取るつもりだってな」
「……はっ!?」
確かに顔射をされたあと、キレイにしてくれているときに言われた。何それ、この人の言葉も何もかも、すべての感情が分かりにくい!
「何よそれ! 私がどんな想いで!」
次の文句が出る前に、この人が首輪に触れてきた。
「首輪、外さなかったのか? ここにいるのが俺だと知らずに、これ付けたまま、婚約者と会うつもりだったのか?」
こくんとうなずくと、力強く首輪を引っ張ってきた。突然のことに踏ん張りが効かず、前のめりになる体をぎゅっと受け止めた。
「ちゃんと言い付け守ったな、イイコだ」
「全然嬉しくない! もっとちゃんと説明してくれてたらこんな悲しい想いをしなくて済んだのに!」
「俺が嬉しいって言ってんだよ。いい加減、俺の言葉を理解しろよ、このアホキツネ」
「そんなにもひねくれた言葉なんて理解出来ないの!」
「ったく、次は言葉のしつけが必要みてぇだな。トイレの前に教えるんだったぜ」
「もう! 何なのよ! もっと他に言うことがあるんじゃないの!?」
「それは……まぁ、……そうだな。一度しか言わねぇぜ」
この人が目の前で片膝をついた。私の目を真剣に見つめながら、アホでも分かる言葉で想いを教えてくれた。
「おまえが好きだ。おれと一緒になってくれ」
もう聞けない、よくあるプロポーズの言葉。
一生涯に一度だけの、この人の愛の言葉。
よくあるプロポーズの言葉でも、この人なりの想いが込められていて、嬉しくて涙が出てきた。
私は何度も何度もうなずいた。言葉で返したくても、言葉が出てこなくって。
「何だよせっかく言ってやったのに」
この人らしいことを言いながら立ち上がって、また抱きしめてくれた。
私も好きだ。
この温もりも何もかも。
この人の【すべて】が好きで、愛しくて、この人を手放したくないって。
そのためなら何でもしようって、そう思った。
「また聞きたい」
「寝てるときに言ってやる」
「意識があるときに聞きたいの!」
「ずっと起きてろよ。ずっと言ってやらねぇから」
「もう! 何でそうあるかな!」
「クーデレだから」
「クーデレの意味が違うと思うの。あんたの場合は、歪みきった底意地が悪い鬼畜変態野郎よ」
「……あっそ」
「ねぇ、ねぇ」
「何だよ」
「もうお別れしない? 何だか今のすべて夢みたいで」
「勝手にしたのおまえだろ」
むぎゅうとこの人の腰をつねったら、めんどくさそうに棒読みで、「シマセン」って言ってくれた。
「ずっと一緒?」
「おまえが俺を受け入れる限り、俺はおまえを手放すつもりはねーよ」
ふとママの言葉を思い出した。
「あなたもパパも、ご主人様の欲望をなめすぎよ。ようやく出会えた【運命】を手放すわけないわ」
ご主人様の欲望が何なのか、どれだけ深いのか分からないけど、出会えた【運命】を手放したくない想いは分かる。
だってこんなにも、溢れてる。
「じゃあ、ずっとずうっと、永遠に、私の旦那様だね!」
「……もっかい、言え」
「何を?」
「あー……その、あれだ、あれ」
「旦那様?」
「そう、それだ」
「私の旦那様!」
「悪くねぇな」
涙はもう出なかった。
幸せ以外の感情が見当たらない。
幸せで嬉しくて、この想いが愛を作り、それが伝染して、世界中に届けば、それこそ幸せだと思った。
愛は世界を、みんなの想いを救うんだ。
それが子どもの戯言で、生半可な気持ちじゃ出来ない理想論ってことも、ただのノロケってのも分かってる。
だからこそ、私はこの想いを、奇跡のような運命を平和に結び付けたいと思った。
人間界の王家と魔界の王家を一つに。
大昔の約束からやったことのない試みがどうなっていくのか、誰も何も分からない。
何もないけど、こんなにも溢れてる。
「旦那様、大好き」
「素直で何よりだな、かわいいキツネめ」
きっとこの愛が、何も見えない暗闇を照らすんだろうと、そう思った。
パパに泣かれ、ママに怒られたけど、手土産のバームクーヘンのおかげで何とかすることが出来た。
勇者一族のこともパパに話した。
「納得出来ないが、奇跡的に話し合える世代がきたということ。その奇跡に感謝し、これからの世代に繋げ、平和に導くことが、わたし達、それからおまえ達の役目だ。だからこそ、平和に導くためにおまえにやってほしいことがある」
「パパ、分かってるよ」
「……気づいてたか」
「さすがに分かるよ。だから大丈夫。……魔界のためだもん、覚悟は出来てる」
「……そうか。では相手の説明を……」
「いいの! そーいうのいらない! あとはパパの好きにして!」
これからの未来の覚悟を決めた私は、未来の旦那様について何も聞かなかった。
相手のことを私に教えないように徹底的してもらった。聞いても意味がないと思った。
これからの未来が描けなかった。
もちろん、ずっとこのままでいるつもりはない。
未来の旦那様と結婚するまで、それまでは自由に、あの人を想っていたいと思った。
「日記の続き、書かないと」
あの人がくれた言葉も、しぐさも、温もりも忘れたくなくて、途中で止まっていた日記を書いた。
くだらない会話、タバコを吸うときのくせ、手の大きさ。
恋しくなって泣いてしまうこともあったけど、それでもあの人を思い出してひたすら書き続けた。
一週間ちょっとの出来事なのに、日記帳十冊分になっていて、それがちょっとおかしくて、ようやく笑うことが出来た。
「……首輪の意味か。……縛られてるよ、ちゃんと。……こんなにも……」
今日、未来の旦那様に会う。
結婚前の顔合わせだ。
王家のしきたりじゃ珍しいことだけど、人間と魔族の結婚だもの、みんなも不安なのだ。
「お嬢様、そのお首のお召し物は……」
「外したらダメよ。外さなくてもいいように、ドレスだってこれに合わせて作ったんだから」
「……鈴に……」
「何?鈴がどうしたの?」
「うんにゃ、ただの汚れですにゃ」
「汚れは拭いてね」
「えー、お似合いですにゃ。さすがキツネ様ですにゃ。汚れすらも着こなすなんてアホの極みですにゃ」
「このネコメイド生意気過ぎて喉仏に噛み付いてやりたい」
和気あいあいと、専属のネコメイドと支度をして、迎えに来てくれたママと一緒に大広間へ向かった。
未来の旦那様はもう到着しているらしく、大広間でパパと楽しく話しているとかなんとか。
何で初対面のくせにパパと仲良くなってんだって思ったけど、もうすぐ家族になるんだ。みんなが仲良しになれるのなら、こんなに嬉しいことはない。
「いいの?」
「えっ、何が?」
「好きな人がいるんでしょう?」
突然のママの質問に、やっぱりママの目はごまかせないなと笑って、ゆっくりと歩きながら大広間を目指した。
「その首輪、好きな人がくれたのね」
「……まぁ、……キツネだからって理由で付けられた」
「そういうのも懐かしいわね。私もパパに出会ったとき、すっごくかわいい、ずんぐりむっくりなキツネがいると思って、持っていた縄を急いで首に巻き付けて捕獲したの。あの人の驚いた顔は一生忘れられないわ」
魔王の首に縄を巻き付けた人間のママが魔王より魔王なドSで、私と同じことをされたパパはドMだった。
「でも、何で平気だったの? パパの見た目って獣そのものなのに。ほら、美女となんちゃらそっくりだよ」
「んー、異種姦ってどんなものか気になってたのよね。ただの好奇心よ」
鬼畜変態野郎と同じことを言ってる気がした。
「でもほら、パパって素直でかわいいじゃない? 私の手のひらで転がるさまがすごく楽しくて」
鬼畜変態野郎と同じ匂いがした。
「ならいっそのこと私のモノにしてあげようかなって」
鬼畜変態野郎と同じだ。
「ソウナンダ、ヨカッタネ」
これ以上、両親の馴れ初めを聞きたくないので、無理やり話を切った。
「もう終わりなの? せっかく楽しい恋のお話が出来ると思ったのにぃ」
「私の恋は楽しくないよ」
「どうして?」
「パパとママと違って、結ばれないから」
首輪をぎゅっと握った。結ばれなくても縛られてるそれに安心して、ふうっとため息をはいた。
ママはそれを不思議そうに見てたけど、そのことに触れず話を変えてくれた。
「今日はごちそうね」
「ローストビーフが食べたい」
たわいのない話をしながら歩いてると、大広間に着いた。警備の者が扉を開ける。
未来の旦那様が薄らハゲのオッサンだったらどうしようっていう微かな不安は、その人を見てぶっ飛んだ。
立っているのだ、あの人が。
パパのそばに鬼畜変態野郎が立っている。
笑顔の仮面を付けて、ちゃんとした正装で、パパと談笑している。
あごが外れそうなほど驚いた。
きっとマヌケな面をしていたんだと思う。ママが笑いながら、耳打ちしてきた。
「あなたもパパも、ご主人様の欲望をなめすぎよ。ようやく出会えた【運命】を手放すわけがないわ」
そう言うとママは、楽しそうにパパに駆け寄った。二人に何かを言ったあと、鬼畜変態野郎がママに頭を下げた。そしてクルリとこちらを向いた。
反射的にうつ向いてしまった。
夢なら早く覚めてほしくて、自分の手で顔をバンバン叩いてみても痛いだけ。その痛みのせいなのか何なのか、涙がボロボロ溢れ出た。
「よう、責任取りに来たぜ」
夢なんかじゃない。
この上からの物言いは間違いなく鬼畜変態野郎だ。何なんだ。何でこいつが未来の旦那様になってるんだ。
「何でここにいるの?」
「世界の平和のため、人間界の王家と魔界の王家の繋がりを一つにして、二つの世界の守り人を勇者が勤めることになったーーという話を、おまえが家に帰り着く前に、魔界に届けたんだが、親父さんの説明を聞いてなかったのか?」
「……はっ!?」
帰ってきたあの日、パパは説明しようとしていた。
どうせ相手は勇者だろうって、この人じゃないなら誰でもいいやって気持ちでいっぱいで、現実逃避の日々へ。
もしあの時、現実と向き合っていたら……
サァーッと血の気が引いていく。それを見たこの人がため息をはいた。
「首輪の意味を忘れるなって言ったぜ。ひどい女だな」
「それならそうとちゃんと説明してよ!」
「説明? 今さら何の? おまえは俺のモンだって言っただろ。何のために首輪付けたと思ってんだ」
「そのときからの計画だったの!?」
「いや、違う。結婚は後付けだ。王家の後継者争いが嫌で逃げていたんだが、皇子の立場も使えるもんだな。きちんとした手続きを踏んで、こうしておまえを手に入れることができた」
そんな説明されても、この人の動きがまったく読めない。裏で何をしてたの?何を思ってくれてたの?聞きたいことがいくつもある。私がアホだって知ってるくせに、いつも言葉が足りないんだ、この人は。
「この際だから白状しなさい! いつから私を騙してたのよ! 最初から魔王の娘って知っていて、手のひらで転がして遊んでたんでしょう!? SMプレイしたあげく処女まで奪ったくせに! 責任を取りたいだけの結婚ならしなくていいわよ! そんなの私からお断りよ!」
鬼畜変態野郎を責める私の声が大広間に響く。そこに両親もいるってわかってるけど、叫ばずにいられなかった。
「早く答えなさいよ!」
いまだに出てくる涙をそのままに、ギッと鬼畜変態野郎をにらみ付けた。相も変わらず無表情だけど、その奥にあるモノが見えた。
それは悲しみと戸惑い。
初めてみた、この人の新しい表情だった。
涙がピタリと止んだ。その表情にくぎ付けになっていると、ずっと黙ったままのこの人の口が少しだけ動いた。
「あのとき」
今度は少し意を決したような、何かを覚悟した目を宿した。無表情だと思っていたのに、こんなにも表情が変わるのかと、その百面相を見つめながら話を聞いた。
「おまえを噛んだとき、おまえの【すべて】を見たと思った。俺も【すべて】を見られたと思った。俺だって自分の特殊な性癖を自覚している。でも、こうじゃなきゃ感じねぇし、興奮出来ねえ。それでもおまえはおまえなりに応えてくれた。俺は【運命】に出会えたと思った。……おまえは違ったのか?」
「……そう、だけど。でも……」
「最初はただの暇潰しだった。魔族がどんなもんか気になって、遊んでやろうと思った。でも、プレイをヤればヤるほど、おれに応えるおまえがかわいいと思った」
「じゃあ、いつから気づいてたの」
「魔王の娘だと気づいたのは、勇者が家に尋ねた日だ。盗撮事件のビデオを確認した知り合いが教えてくれた。家に帰れば勇者と魔王の娘が仲良くやってんだ。邪魔するべきじゃねぇなと思って、身を引く覚悟をした」
「……いや、全然引いてないんだけど。そのあと全力で処女を奪ったよね」
「おまえに拒否されたらさすがに引くつもりだった。それが逆にオネダリされて、これはもう腹を括るしかないなと、大切な処女まで捧げてくれるんなら男として責任を取るしかないなと思って、おまえが寝てる間に、今回の計画について王宮に連絡して、あとは知り合いに動いてもらってた」
「なっ、何よ! だったらカフェのトイレで教えてくれてもいいじゃない! あんな別れ方ってないわよ!」
「別れるつもりもねーのに? むしろ夫婦になるために動いてたんだぜ。もし別れるしか道がなかったなら、監禁してでもおまえを手元に置いた。別れるっていう選択肢は俺の中ではない。トイレで言っただろ? 責任は取るつもりだってな」
「……はっ!?」
確かに顔射をされたあと、キレイにしてくれているときに言われた。何それ、この人の言葉も何もかも、すべての感情が分かりにくい!
「何よそれ! 私がどんな想いで!」
次の文句が出る前に、この人が首輪に触れてきた。
「首輪、外さなかったのか? ここにいるのが俺だと知らずに、これ付けたまま、婚約者と会うつもりだったのか?」
こくんとうなずくと、力強く首輪を引っ張ってきた。突然のことに踏ん張りが効かず、前のめりになる体をぎゅっと受け止めた。
「ちゃんと言い付け守ったな、イイコだ」
「全然嬉しくない! もっとちゃんと説明してくれてたらこんな悲しい想いをしなくて済んだのに!」
「俺が嬉しいって言ってんだよ。いい加減、俺の言葉を理解しろよ、このアホキツネ」
「そんなにもひねくれた言葉なんて理解出来ないの!」
「ったく、次は言葉のしつけが必要みてぇだな。トイレの前に教えるんだったぜ」
「もう! 何なのよ! もっと他に言うことがあるんじゃないの!?」
「それは……まぁ、……そうだな。一度しか言わねぇぜ」
この人が目の前で片膝をついた。私の目を真剣に見つめながら、アホでも分かる言葉で想いを教えてくれた。
「おまえが好きだ。おれと一緒になってくれ」
もう聞けない、よくあるプロポーズの言葉。
一生涯に一度だけの、この人の愛の言葉。
よくあるプロポーズの言葉でも、この人なりの想いが込められていて、嬉しくて涙が出てきた。
私は何度も何度もうなずいた。言葉で返したくても、言葉が出てこなくって。
「何だよせっかく言ってやったのに」
この人らしいことを言いながら立ち上がって、また抱きしめてくれた。
私も好きだ。
この温もりも何もかも。
この人の【すべて】が好きで、愛しくて、この人を手放したくないって。
そのためなら何でもしようって、そう思った。
「また聞きたい」
「寝てるときに言ってやる」
「意識があるときに聞きたいの!」
「ずっと起きてろよ。ずっと言ってやらねぇから」
「もう! 何でそうあるかな!」
「クーデレだから」
「クーデレの意味が違うと思うの。あんたの場合は、歪みきった底意地が悪い鬼畜変態野郎よ」
「……あっそ」
「ねぇ、ねぇ」
「何だよ」
「もうお別れしない? 何だか今のすべて夢みたいで」
「勝手にしたのおまえだろ」
むぎゅうとこの人の腰をつねったら、めんどくさそうに棒読みで、「シマセン」って言ってくれた。
「ずっと一緒?」
「おまえが俺を受け入れる限り、俺はおまえを手放すつもりはねーよ」
ふとママの言葉を思い出した。
「あなたもパパも、ご主人様の欲望をなめすぎよ。ようやく出会えた【運命】を手放すわけないわ」
ご主人様の欲望が何なのか、どれだけ深いのか分からないけど、出会えた【運命】を手放したくない想いは分かる。
だってこんなにも、溢れてる。
「じゃあ、ずっとずうっと、永遠に、私の旦那様だね!」
「……もっかい、言え」
「何を?」
「あー……その、あれだ、あれ」
「旦那様?」
「そう、それだ」
「私の旦那様!」
「悪くねぇな」
涙はもう出なかった。
幸せ以外の感情が見当たらない。
幸せで嬉しくて、この想いが愛を作り、それが伝染して、世界中に届けば、それこそ幸せだと思った。
愛は世界を、みんなの想いを救うんだ。
それが子どもの戯言で、生半可な気持ちじゃ出来ない理想論ってことも、ただのノロケってのも分かってる。
だからこそ、私はこの想いを、奇跡のような運命を平和に結び付けたいと思った。
人間界の王家と魔界の王家を一つに。
大昔の約束からやったことのない試みがどうなっていくのか、誰も何も分からない。
何もないけど、こんなにも溢れてる。
「旦那様、大好き」
「素直で何よりだな、かわいいキツネめ」
きっとこの愛が、何も見えない暗闇を照らすんだろうと、そう思った。
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