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鬼畜と勇者と話し合い
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喉が痛くなるまで、叫ぶだけ叫んだ。だからといって落ち着くわけじゃないけど、鬼畜変態野郎の家で、改めて話し合いをすることになった。
ダイニングテーブルに、鬼畜変態野郎とお兄さんとユウタと私。ピリッとした雰囲気をユウタから感じる。
押されてはいけない。
冷静になれ。
話し合いで解決出来るのならそれに越したことはないのだ。
勇者であるユウタは、鬼畜変態野郎と同じアパートで隣の部屋に住んでいた。初めて家を訪問したとき、「うるさい!」と言って壁を叩いてきたのはユウタだった。
なぜ魔族だとバレたのかと聞いたら、このアパートは壁が薄いらしく、鬼畜変態野郎との会話が筒抜けだったと。防犯の意味を改めて考えた。
そんなことよりも本題だ。
なぜ勇者は魔界に侵入し、暴れまわり、魔王に対決を望むのか。私が知りたいのは、まずそこなのだ。
「そもそも何で約束を破ってんの? お互いの世界に侵入したらいけません、争いません、っていう約束を忘れたの?」
「忘れてないです。それは勇者側も受け継がれている約束です」
「何で破ってんのよ」
「生活が、……苦しいからです」
これっぽっちも考えてなかった理由に目を見開いてしまった。
「勇者は【正義】で【正義】には【悪】が必要です。【悪】あっての【正義】で、今の平和な世の中に【悪】は居ない。勇者の仕事がないんです。それじゃ生活ができません」
「……ほげー……」
もはや開いた口がふさがらず。何をどう返せばいいのかも分からないでいると、鬼畜変態野郎が勇者に質問した。
「人間界の王家はどうした。大昔の出来事とはいえ、元は王家直属の依頼だろ。報酬はなかったのか」
「そのときはあったみたいですけど、それ以降の保障はありません。王家は関係ないの一点張りです」
「まっ、そらそうだ。とっくの大昔に戦争は終わったんだ。勇者一族を保障してやる義理もねぇな」
「でも、勇者という肩書きは受け継がれるんです」
「立派な肩書きじゃねぇか。何が不満なんだよ」
「勇者だからといって、世界中の人が助けを求めてきます。もちろん勇者だから断れません。報酬もなし。たまにご厚意でもらえるお金、それが生活費なんです」
「人を助けてる場合かよ。普通に働けって」
「みんなの勇者だからという理由で、どこも雇ってくれません。バイトもダメでした。ご先祖様たちもいろいろと訴えたそうですが、やはりみんなの勇者だからという理由で断られていたそうです。受け継がれていく就職難ってやつですね」
「俺が聞いた話と違うな」
「勇者の存在と居住地は、人間界全域に知られます。逃げも隠れも出来ない、仕事もない、金もない。……そこで遠い昔のご先祖様は思い付いたそうです。【魔族が暴れている】というデマの情報を王家に届け、王家直々の魔王討伐の依頼を承る。これで報酬がもらえると。ご先祖様の中には、大昔の約束を守った人もいます。でも、優しさの代償は大きい。その代は生活苦、家族が苦しみ、次の代の勇者は思うわけです。お金には変えられないと。だからまたデマの情報を持ってお金を稼ぐ。ずっとこの繰り返しです」
ユウタから語られる勇者一族のこと。あまりの身勝手な話に、頭の血管がブチンと切れそうだった。
「あんたら勇者の生活費のために、魔界は振り回されてんの? 被害者だっていっぱい出てるんだよ。魔王も死んだことだってある。魔界が怒りと憎しみに染まってる。それでも仕返しはダメだよって魔王は言ってきたの。何でか分かる? 大昔の約束を守るため、平和を望むからこそ、みんなで耐えてきたの。それなのに、……生活費が理由とか笑っちゃう」
これでもかってくらい軽蔑した目でユウタを見た。ユウタも同じく怒りを宿した目で私を見た。
「あなたはいいですよね。魔王の娘ですから生活に困ることはないですもんね。草の根を食べる生活とは無縁ですもんね」
「生活と平和を天秤に掛けても、平和が勝つに決まってるわよ」
「勇者が生きてるからこその平和です」
「勇者が生きる目的のために魔界の犠牲は必要ってわけ?」
「『魔界なんて獣の住みで、ガキだってすぐに生まれる。いくらでも作れる』と聞きました」
「勇者一族って根本が腐ってるわね。一体誰の教えよ。マジで最低。同じ生き物と思えないわ」
「『腐ってるのは魔族だ。戦争を犯したくせに悠々自適に暮らしやがって。誰が世界を救ってやったと思ってんだ』、父さんがよく言ってました」
「お父さん? でもあんたは魔界のことを知らないんでしょう? 何でそれを受け継いで納得してんの?」
「そうやって父から子へと受け継がれていくんです」
今すぐブチギレてやりたい。目の前にあるコーヒーをぶっかけてやりたい。むしろ何発だって殴ってやりたい。
でも、耐えてやる。
ここで怒ったら、今まで耐えてきたご先祖様たちの想いが消えてしまう。それはダメ。何のためにご先祖様たちが耐えてきたと思ってるんだ。
しかし、これでようやくわかった。
勇者一族と魔族はわかりあえない。根っこは同じでも葉が別れるように、大昔の約束が根本にあっても、思いが違いすぎる。
一体これをどうしろと?
「どうしたら約束を守るようになるの?」
「分かりません。僕も戸惑ってるんです」
「戸惑う? 何を?」
「受け継がれていた情報が間違ってることに」
ユウタを見ると、申し訳なさそうにうつ向いていた。
「父さんから聞いていた情報では、魔族は野蛮で淫乱、極悪非道で、悪の中の悪なんだと」
「キツネが、アホのキツネが……っ」
隣に座ってる鬼畜変態野郎が笑った。黙れの意味を込めて、足を蹴ってやった。
「でも実際に会った魔族……というか、魔王の娘さんは……美人で愛らしく、ちょっと小悪魔な感じもしますが、……めちゃくちゃかわいいからっ、魔王討伐とかもうどうでもいいやって思ったり……うわっ、何言ってんだろ、俺」
ユウタはテーブルに突っ伏した。こんなやつに言われても嬉しくないけど、褒められるのは嫌じゃないし、うんうんとうなずいた。
「苦しゅうないぞ、ユウタ。素直なことはとても良いこと。もっとキツネ様を崇めなさい」
「おい、これただのアホだぜ」
「あんたは黙ってなさい!」
鬼畜変態野郎に一喝。でも「ただのアホなのに」とブツブツうるさいから知らん顔でいることにした。
しかし、どうしたものか。
私たちの代は話し合いで平和を築くことが出来るかもしれない。でも根本はそこじゃない。もっと深いところにある。そこを直さない限り、人間界と魔界に平和は訪れない。
大昔の約束は、私たちが死んだあとも続くんだ。
奇跡的に話し合える世代になったんだから、過去の過ちを二度と繰り返さないために、今一度約束を見直さなければ。
勇者一族が望むもの、それは【勇者】という名に見合うお金。安定した収入を得られない限り、いつか憎しみは復活する。
「仕事があればいいの?」
「それも失敗してるんです。何代か前のご先祖様が魔界から仕事をもらってたけど、人間界にバレて村八分にされたそうです。次の勇者様が憎しみを抱いて魔王討伐に向かったと。すぐバレるんですよね、勇者の動向って」
「勇者だもんね。人間界すべての人間が監視カメラと盗聴器みたいなもんか。どうしたもんかな」
「僕も話し合いで済むのならそれが一番だと思ってます。でも、勇者のデマで染み付いた魔族への差別と、勇者のせいで膨らんだ人間界への憎しみ、それを今さら一つにしてスカッと終わらせる方法なんてあるのでしょうか?」
ユウタの言わんことは分かる。私もその方法を必死に探してるけど、まったく見つからない。むしろ考えることを諦めて、今日の夜ご飯のことを考えてる。
「……すみません、うちのご先祖様が……」
ユウタの謝罪に、まったくだとうなずいた。何度もペコペコと頭を下げだしたから、やっぱりこいつ勇者に向いてないなと思った。
「あっ! いいことを思い付いた!」
ずっと黙ってたお兄さんが手を上げた。
「大昔から続いてる憎き因縁でも、キミたちの代で、こうやって冷静に話し合える仲になったわけじゃん? そんで男と女! もうさ、勇者と魔族、二度と争わないように結婚しちゃえばよくない? ほら、キミたち仲良しだし! これもご先祖様からのメッセージなのかもね!」
このお兄さんは何を言ってるんだろう。私とユウタが結婚? 勇者と魔族、愛によって結ばれましたって? なにそのロミオとジュリエット設定。陳腐過ぎて笑っちゃう。でも、一番丸く収まりそうな話だ。
批判は絶対にあるけど、平和が築けるのならってみんなも我慢してくれそうだし、ユウタの性格を見れば、悪いやつじゃないって分かる。ちょっと斜めにいっちゃう人ではありそうだけど。
それに私には政略結婚の道しかない。お婿さんを選ぶにしても、どうせ側近たちのバカ息子とかだろう。それなら平和のために身をささげたい。
「……キツネ様と、……結婚」
ユウタを見るとバチッと目が合った。でもユウタは顔を真っ赤にしてすぐにそらした。子どもっぽいユウタにクスクス笑いが出た。
これはこれで悪くない。それも一つの道なんだ。ご先祖様は最低だけど、ユウタはそうじゃない。一緒じゃないんだ。
「あー、ちょっといいか」
今度は鬼畜変態野郎が間に入ってきた。
「それを決めるのはおまえらじゃなくて、魔王と勇者だ。とにかく今は、話し合える状況になったと、魔王に報告することが先じゃねぇのか」
「それもそうですね」
「そこは私の仕事だね。急いで帰ってパパに報告するよ。大丈夫、安心して! パパもママも優しいから、ユウタの話をちゃんと聞いてくれるよ!」
「それを聞いて安心しました。……えっと、……では、僕はこれで失礼しますね。キツネ様、また会いましょう」
「うん、またね!」
ユウタはお兄さんと鬼畜変態野郎に頭を下げて帰って行った。お兄さんも仕事があるからと言って帰った。残されたのは、鬼畜変態野郎と、震えているキツネ様。
「でも、理由に納得出来ない!!」
テーブルをドンッと叩いた。自分の手が痛いだけなので、もうしないと誓った。
「金か平和かみてぇな話だったな。平和というより愛か」
「愛こそすべてよ! 愛なくして人は生まれない!」
「俺はユウタの気持ちも分かるぜ。金があって生きれらる。金がないと食欲すら満たせねえ。飢えは自我をも無くす。自我なくして愛も生まれねぇだろ」
「何であんなやつらの味方するのよ!」
「味方になった覚えもねーよ。おまえのいう愛も必要不可欠だ。どっちもあって初めて満たされる。どっちか一つを選ぼうとするからそうなるんだよ。どっちも正解。俺はそう思うけどな」
「欲深いわね」
「欲深くて何が悪い。そんなもんだろ、生きものってやつは」
「そうかもしれないけども!」
「それよりも」
「それよりも!? 勇者と魔族の争いよりも大切な優先事項はないんだけど!」
「それは魔王に任せて、俺らは俺らの話し合いをしようぜ」
「そうね、パパに相談しなきゃ。でもあんたと話し合いって何? 何かあったの?」
「この俺を騙し、首輪を付け、バカにし、踏みつけた件について」
状況はまたも一転した。
これはマズイと逃げようとしたけど、椅子から立ち上がる前に肩を抱かれた。ゾワゾワッとした、いろいろな意味で。
「おまえの大好きなお仕置きタイム突入だな」
そもそもおまえ誰だよ! 何様だよ!ってツッコミたかったけど、したところで、ご主人様とか言われそうだし、勇者の剣を指でへし折れる人だから反抗するのを止めて、大人しくお仕置きを受け入れる覚悟を決めた。
ダイニングテーブルに、鬼畜変態野郎とお兄さんとユウタと私。ピリッとした雰囲気をユウタから感じる。
押されてはいけない。
冷静になれ。
話し合いで解決出来るのならそれに越したことはないのだ。
勇者であるユウタは、鬼畜変態野郎と同じアパートで隣の部屋に住んでいた。初めて家を訪問したとき、「うるさい!」と言って壁を叩いてきたのはユウタだった。
なぜ魔族だとバレたのかと聞いたら、このアパートは壁が薄いらしく、鬼畜変態野郎との会話が筒抜けだったと。防犯の意味を改めて考えた。
そんなことよりも本題だ。
なぜ勇者は魔界に侵入し、暴れまわり、魔王に対決を望むのか。私が知りたいのは、まずそこなのだ。
「そもそも何で約束を破ってんの? お互いの世界に侵入したらいけません、争いません、っていう約束を忘れたの?」
「忘れてないです。それは勇者側も受け継がれている約束です」
「何で破ってんのよ」
「生活が、……苦しいからです」
これっぽっちも考えてなかった理由に目を見開いてしまった。
「勇者は【正義】で【正義】には【悪】が必要です。【悪】あっての【正義】で、今の平和な世の中に【悪】は居ない。勇者の仕事がないんです。それじゃ生活ができません」
「……ほげー……」
もはや開いた口がふさがらず。何をどう返せばいいのかも分からないでいると、鬼畜変態野郎が勇者に質問した。
「人間界の王家はどうした。大昔の出来事とはいえ、元は王家直属の依頼だろ。報酬はなかったのか」
「そのときはあったみたいですけど、それ以降の保障はありません。王家は関係ないの一点張りです」
「まっ、そらそうだ。とっくの大昔に戦争は終わったんだ。勇者一族を保障してやる義理もねぇな」
「でも、勇者という肩書きは受け継がれるんです」
「立派な肩書きじゃねぇか。何が不満なんだよ」
「勇者だからといって、世界中の人が助けを求めてきます。もちろん勇者だから断れません。報酬もなし。たまにご厚意でもらえるお金、それが生活費なんです」
「人を助けてる場合かよ。普通に働けって」
「みんなの勇者だからという理由で、どこも雇ってくれません。バイトもダメでした。ご先祖様たちもいろいろと訴えたそうですが、やはりみんなの勇者だからという理由で断られていたそうです。受け継がれていく就職難ってやつですね」
「俺が聞いた話と違うな」
「勇者の存在と居住地は、人間界全域に知られます。逃げも隠れも出来ない、仕事もない、金もない。……そこで遠い昔のご先祖様は思い付いたそうです。【魔族が暴れている】というデマの情報を王家に届け、王家直々の魔王討伐の依頼を承る。これで報酬がもらえると。ご先祖様の中には、大昔の約束を守った人もいます。でも、優しさの代償は大きい。その代は生活苦、家族が苦しみ、次の代の勇者は思うわけです。お金には変えられないと。だからまたデマの情報を持ってお金を稼ぐ。ずっとこの繰り返しです」
ユウタから語られる勇者一族のこと。あまりの身勝手な話に、頭の血管がブチンと切れそうだった。
「あんたら勇者の生活費のために、魔界は振り回されてんの? 被害者だっていっぱい出てるんだよ。魔王も死んだことだってある。魔界が怒りと憎しみに染まってる。それでも仕返しはダメだよって魔王は言ってきたの。何でか分かる? 大昔の約束を守るため、平和を望むからこそ、みんなで耐えてきたの。それなのに、……生活費が理由とか笑っちゃう」
これでもかってくらい軽蔑した目でユウタを見た。ユウタも同じく怒りを宿した目で私を見た。
「あなたはいいですよね。魔王の娘ですから生活に困ることはないですもんね。草の根を食べる生活とは無縁ですもんね」
「生活と平和を天秤に掛けても、平和が勝つに決まってるわよ」
「勇者が生きてるからこその平和です」
「勇者が生きる目的のために魔界の犠牲は必要ってわけ?」
「『魔界なんて獣の住みで、ガキだってすぐに生まれる。いくらでも作れる』と聞きました」
「勇者一族って根本が腐ってるわね。一体誰の教えよ。マジで最低。同じ生き物と思えないわ」
「『腐ってるのは魔族だ。戦争を犯したくせに悠々自適に暮らしやがって。誰が世界を救ってやったと思ってんだ』、父さんがよく言ってました」
「お父さん? でもあんたは魔界のことを知らないんでしょう? 何でそれを受け継いで納得してんの?」
「そうやって父から子へと受け継がれていくんです」
今すぐブチギレてやりたい。目の前にあるコーヒーをぶっかけてやりたい。むしろ何発だって殴ってやりたい。
でも、耐えてやる。
ここで怒ったら、今まで耐えてきたご先祖様たちの想いが消えてしまう。それはダメ。何のためにご先祖様たちが耐えてきたと思ってるんだ。
しかし、これでようやくわかった。
勇者一族と魔族はわかりあえない。根っこは同じでも葉が別れるように、大昔の約束が根本にあっても、思いが違いすぎる。
一体これをどうしろと?
「どうしたら約束を守るようになるの?」
「分かりません。僕も戸惑ってるんです」
「戸惑う? 何を?」
「受け継がれていた情報が間違ってることに」
ユウタを見ると、申し訳なさそうにうつ向いていた。
「父さんから聞いていた情報では、魔族は野蛮で淫乱、極悪非道で、悪の中の悪なんだと」
「キツネが、アホのキツネが……っ」
隣に座ってる鬼畜変態野郎が笑った。黙れの意味を込めて、足を蹴ってやった。
「でも実際に会った魔族……というか、魔王の娘さんは……美人で愛らしく、ちょっと小悪魔な感じもしますが、……めちゃくちゃかわいいからっ、魔王討伐とかもうどうでもいいやって思ったり……うわっ、何言ってんだろ、俺」
ユウタはテーブルに突っ伏した。こんなやつに言われても嬉しくないけど、褒められるのは嫌じゃないし、うんうんとうなずいた。
「苦しゅうないぞ、ユウタ。素直なことはとても良いこと。もっとキツネ様を崇めなさい」
「おい、これただのアホだぜ」
「あんたは黙ってなさい!」
鬼畜変態野郎に一喝。でも「ただのアホなのに」とブツブツうるさいから知らん顔でいることにした。
しかし、どうしたものか。
私たちの代は話し合いで平和を築くことが出来るかもしれない。でも根本はそこじゃない。もっと深いところにある。そこを直さない限り、人間界と魔界に平和は訪れない。
大昔の約束は、私たちが死んだあとも続くんだ。
奇跡的に話し合える世代になったんだから、過去の過ちを二度と繰り返さないために、今一度約束を見直さなければ。
勇者一族が望むもの、それは【勇者】という名に見合うお金。安定した収入を得られない限り、いつか憎しみは復活する。
「仕事があればいいの?」
「それも失敗してるんです。何代か前のご先祖様が魔界から仕事をもらってたけど、人間界にバレて村八分にされたそうです。次の勇者様が憎しみを抱いて魔王討伐に向かったと。すぐバレるんですよね、勇者の動向って」
「勇者だもんね。人間界すべての人間が監視カメラと盗聴器みたいなもんか。どうしたもんかな」
「僕も話し合いで済むのならそれが一番だと思ってます。でも、勇者のデマで染み付いた魔族への差別と、勇者のせいで膨らんだ人間界への憎しみ、それを今さら一つにしてスカッと終わらせる方法なんてあるのでしょうか?」
ユウタの言わんことは分かる。私もその方法を必死に探してるけど、まったく見つからない。むしろ考えることを諦めて、今日の夜ご飯のことを考えてる。
「……すみません、うちのご先祖様が……」
ユウタの謝罪に、まったくだとうなずいた。何度もペコペコと頭を下げだしたから、やっぱりこいつ勇者に向いてないなと思った。
「あっ! いいことを思い付いた!」
ずっと黙ってたお兄さんが手を上げた。
「大昔から続いてる憎き因縁でも、キミたちの代で、こうやって冷静に話し合える仲になったわけじゃん? そんで男と女! もうさ、勇者と魔族、二度と争わないように結婚しちゃえばよくない? ほら、キミたち仲良しだし! これもご先祖様からのメッセージなのかもね!」
このお兄さんは何を言ってるんだろう。私とユウタが結婚? 勇者と魔族、愛によって結ばれましたって? なにそのロミオとジュリエット設定。陳腐過ぎて笑っちゃう。でも、一番丸く収まりそうな話だ。
批判は絶対にあるけど、平和が築けるのならってみんなも我慢してくれそうだし、ユウタの性格を見れば、悪いやつじゃないって分かる。ちょっと斜めにいっちゃう人ではありそうだけど。
それに私には政略結婚の道しかない。お婿さんを選ぶにしても、どうせ側近たちのバカ息子とかだろう。それなら平和のために身をささげたい。
「……キツネ様と、……結婚」
ユウタを見るとバチッと目が合った。でもユウタは顔を真っ赤にしてすぐにそらした。子どもっぽいユウタにクスクス笑いが出た。
これはこれで悪くない。それも一つの道なんだ。ご先祖様は最低だけど、ユウタはそうじゃない。一緒じゃないんだ。
「あー、ちょっといいか」
今度は鬼畜変態野郎が間に入ってきた。
「それを決めるのはおまえらじゃなくて、魔王と勇者だ。とにかく今は、話し合える状況になったと、魔王に報告することが先じゃねぇのか」
「それもそうですね」
「そこは私の仕事だね。急いで帰ってパパに報告するよ。大丈夫、安心して! パパもママも優しいから、ユウタの話をちゃんと聞いてくれるよ!」
「それを聞いて安心しました。……えっと、……では、僕はこれで失礼しますね。キツネ様、また会いましょう」
「うん、またね!」
ユウタはお兄さんと鬼畜変態野郎に頭を下げて帰って行った。お兄さんも仕事があるからと言って帰った。残されたのは、鬼畜変態野郎と、震えているキツネ様。
「でも、理由に納得出来ない!!」
テーブルをドンッと叩いた。自分の手が痛いだけなので、もうしないと誓った。
「金か平和かみてぇな話だったな。平和というより愛か」
「愛こそすべてよ! 愛なくして人は生まれない!」
「俺はユウタの気持ちも分かるぜ。金があって生きれらる。金がないと食欲すら満たせねえ。飢えは自我をも無くす。自我なくして愛も生まれねぇだろ」
「何であんなやつらの味方するのよ!」
「味方になった覚えもねーよ。おまえのいう愛も必要不可欠だ。どっちもあって初めて満たされる。どっちか一つを選ぼうとするからそうなるんだよ。どっちも正解。俺はそう思うけどな」
「欲深いわね」
「欲深くて何が悪い。そんなもんだろ、生きものってやつは」
「そうかもしれないけども!」
「それよりも」
「それよりも!? 勇者と魔族の争いよりも大切な優先事項はないんだけど!」
「それは魔王に任せて、俺らは俺らの話し合いをしようぜ」
「そうね、パパに相談しなきゃ。でもあんたと話し合いって何? 何かあったの?」
「この俺を騙し、首輪を付け、バカにし、踏みつけた件について」
状況はまたも一転した。
これはマズイと逃げようとしたけど、椅子から立ち上がる前に肩を抱かれた。ゾワゾワッとした、いろいろな意味で。
「おまえの大好きなお仕置きタイム突入だな」
そもそもおまえ誰だよ! 何様だよ!ってツッコミたかったけど、したところで、ご主人様とか言われそうだし、勇者の剣を指でへし折れる人だから反抗するのを止めて、大人しくお仕置きを受け入れる覚悟を決めた。
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