上 下
15 / 27

15

しおりを挟む
カシス領へ向かう馬車の中はナディシアとシュトーレンのふたりだけだった。
侍女は荷物と別の馬車に乗り、護衛騎士は馬車の周りを囲んで進んでいる。

「シュトーレン様。」
「何ですか?」
「これから夫婦です。敬語はやめませんか?」
「…善処します。」
「ふふっ。」
「おかしいですか?」
「いつかも聞いた答えですね。…そうだ。それもです。」
「?」
「今は夫婦です。愛称で呼んでください。ではなく、呼んで欲しいわ。」
「ナディシア様。」
「私、愛称で呼ばれたことがないので、シュトーレン様に決めて欲しいの。」
「!」
「呼んでくれる人がいなかったから、ちょっと寂しかったのよね。ちょっとよ、ちょっとだけよ?!……駄目?」

ナディシアは、不安そうにシュトーレンを見る。

「…駄目ではありません。」
「敬語…。」
「……愛想がなく、口が悪い事を自覚しているので。」
「大丈夫よ。私も口の悪さなら負けていないわ。」
「そうは思えませんが。」

ナディシアはシュトーレンをジッと見る。

「………思えないが。」

シュトーレンが負けた。

「それで、愛称だけれど。シュトーレン様は、なんと呼ばれているの?」
「『レン』と。」
「私もそう呼んでいいかしら?」
「どうぞ。」
「レン様、レンさん、レン。どれ?」

嬉しそうに名前を呼ぶナディシアを見て、シュトーレンは胸が高鳴り、痛みで胸を抑えた。

「イッ。」
「レン様!胸が痛むのですか?!」
「いや、大丈夫だ。」
「でも……あ、サイラなら分かるかも。」
「サイラとは侍女でしたよね?」
「ええ。あの子も胸の持病があるの。」
「それは、領までの移動は大丈夫なのか?」
「問題ないそうよ。そうだわ。対処法など聞いてみましょう。」
「いや、もう治ったから。」
「そうなの?」
「ああ。」
「それなら良いのだけれど。」

本当に心配していたのが分かるくらい、安心した様な微笑みを浮かべたナディシアをシュトーレンはかわいいと思った。

「…シア。シアはどうだろうか?」
「?」
「愛称。」
「シア…。はい。『シア』でお願いします!」
「敬語。」
「あ、思わず。私も人の事言えないわね。ふふっ。」

1日目に泊まる宿に着くまでにシュトーレンの胸の痛みは何度か訪れた。
しかし、自分の中で恋が始まっている事を未だ自覚していなかったシュトーレンは、ナディシアの話に出た侍女サイラに相談しようと決めた。
そして、話を聞いた侍女ふたりに残念そうな顔で見られるのだった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ悪役令嬢の前世は喪女でした。反省して婚約者へのストーキングを止めたら何故か向こうから近寄ってきます。

砂礫レキ
恋愛
伯爵令嬢リコリスは嫌われていると知りながら婚約者であるルシウスに常日頃からしつこく付き纏っていた。 ある日我慢の限界が来たルシウスに突き飛ばされリコリスは後頭部を強打する。 その結果自分の前世が20代後半喪女の乙女ゲーマーだったことと、 この世界が女性向け恋愛ゲーム『花ざかりスクールライフ』に酷似していることに気づく。 顔がほぼ見えない長い髪、血走った赤い目と青紫の唇で婚約者に執着する黒衣の悪役令嬢。 前世の記憶が戻ったことで自らのストーカー行為を反省した彼女は婚約解消と不気味過ぎる外見のイメージチェンジを決心するが……?

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

学年一のイケメンに脅されて付き合うことになりました!

hayama_25
恋愛
ひょんなことから学年一のイケメンに弱みを握られて、渋々付き合うことになりました。初めはただの嫌な奴だと思っていたけど…

憑依系スキルで、美少女を誑かしてみた!

プーヤン
恋愛
ある日、佐々木忠光は憑依の異能を手にする。 任意の人間に対して、時間無制限に精神を乗っ取ることができるというチート異能である。 そして、一度乗り移った相手には、対面せずとも乗り移ることができる。 では、この異能を何に使うのか? 相手を乗っ取り、金品を奪うのか?それとも、相手を社会的に抹殺するのか? いや違う。佐々木はその能力である望みを叶えようとする。 そう。彼女が欲しいのだ。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。

ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい えーー!! 転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!! ここって、もしかしたら??? 18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界 私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの??? カトリーヌって•••、あの、淫乱の••• マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!! 私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い•••• 異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず! だって[ラノベ]ではそれがお約束! 彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる! カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。 果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか? ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか? そして、彼氏の行方は••• 攻略対象別 オムニバスエロです。 完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。 (攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)   

悪役令嬢なのに王子の慰み者になってしまい、断罪が行われません

青の雀
恋愛
公爵令嬢エリーゼは、王立学園の3年生、あるとき不注意からか階段から転落してしまい、前世やりこんでいた乙女ゲームの中に転生してしまったことに気づく でも、実際はヒロインから突き落とされてしまったのだ。その現場をたまたま見ていた婚約者の王子から溺愛されるようになり、ついにはカラダの関係にまで発展してしまう この乙女ゲームは、悪役令嬢はバッドエンドの道しかなく、最後は必ずギロチンで絶命するのだが、王子様の慰み者になってから、どんどんストーリーが変わっていくのは、いいことなはずなのに、エリーゼは、いつか処刑される運命だと諦めて……、その表情が王子の心を煽り、王子はますますエリーゼに執着して、溺愛していく そしてなぜかヒロインも姿を消していく ほとんどエッチシーンばかりになるかも?

世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。 まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。 ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。 財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。 なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。 ※このお話は、日常系のギャグです。 ※小説家になろう様にも掲載しています。 ※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。

処理中です...