[完結]加護持ち令嬢は聞いてはおりません

夏見颯一

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68,終わりの行く末

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 加護という守りをなくした王を、後世では何と呼ぶのでしょうか。
「2代続けて箱だけ納めることになるなんてね」
 隣にいる母はあの場におりましたからね。多少は憔悴しておられます。
 葬儀は退位を宣言したこともあり、国王とは思えないほどひっそりと行われました。
 議会では正当な王族達が眠る王家の墓に現王を葬ることに反発しておられる方もいらっしゃいますが、どうせ事の発端である先代王も棺だけで墓に入っておられるので今更ですのに。
「でも神殿の方達は何を今頃思っているのかしらね。箱だけの葬式を何件やったのかしら」
 犬が闇の中に陛下を引きずり込んだ後に確認すると、他にも何人かが姿を消しておりました。
 陛下の側にいらした側近の方、宰相様は直ぐにいらっしゃらないことに気付きました。他にも別の場所にいた騎士や侍従、侍女、メイドや貴族……今もって同時に消えた全ての人間を確認できてはおりません。
 母達は何も言いません。
 私もあえて聞きませんが、消えた方達は何らかの形で禁忌に触れていた方なのでしょう。
 犬達が連れて行った方達がどうなっているかは、人の身では分かるはずもなく、同じように犬に連れさらわれた先代王が見つかっていないことから、もう帰ってこないと私達は考えております。
 陛下も先代王も王位に拘った結果、このような形で終わることになりました。
 ですが、やはりやり方さえ間違わなければきっとここまで悲惨な終わりにはならなかったのではないでしょうか。

 形だけの葬儀を終え、私はオラージュ公爵家にレーニア・オラージュとして戻っておりました。
 死亡と書き換えられた書類は消え、新しく一から書類を作り直すことにはなりましたが、特に問題なく元通りの身分となりました。宰相が消えてしまったので文官達は多少混乱はあるものの、レイの関係で潜り込んでいる隣国の方が優秀で割と普通に回っているそうです。
 一方で、王立騎士団は事件が重なり混乱している中に騎士団長を始めとした上役の騎士達が多数姿を消し、王都どころか王族の警護にも支障をきたしている始末でした。どうやら『黒い犬の群れ』の犬として活動していた騎士団員は多かったようですね。
「簡単には会えなくなるけれど、アルブラニアのような者が出るかもしれないからね」
 数日前、レイに王城から待避するよう言われたときは寂しかったのですが、それもこれも仕方ありません。
 陛下も宰相も突然消えてしまい、元々陛下の代理の執務をとっておられた第1王子殿下だけでは回りきらず、王妃殿下やレイも朝から晩まで執務に追われているそうです。
 残念ながら、今の私に出来ることは邪魔をしないように大人しくしていること、それに尽きます。
 ただ、いい機会ですし、私にはまだまだ聞きたいことがあるので、聞いてみようかと思っております。
 今日は、その話を聞きたい人の一人であるアウリス様にお会いすることになっております。
「やあ、こんにちは。息子を差し置いてレーニアちゃんと会うなんて、息子が知ったら倒れちゃうね」
 いつか会った時のように軽い感じで話しかけてくるアウリス様に私は一礼して迎えます。
「息子を弄り倒すくせに」
 レイの側には優秀な者がたくさんいると言い張って、ディルさんは私についてオラージュ公爵家に今は来ております。
 隣国の勤務体系って本当に不思議ですね。こんなにも変則的な勤務を可能にするのですか。凄く革新的な体制をとられている模様です。
「そりゃ、親の特権だからね」
「何と恐ろしい親」
「だって可愛いもん」
 このお二人の関係も謎ですが……まあ、ディルさんのことは伺うと別の沼のようなものが出てくるので、時間があるときに考えます。
「お元気そうで」
「ふふふ。元気だよ。迷惑なのが消えたしね」
 本当に嬉しそうな様子に、私はアウリス様の抱えておられるものの深さを感じてしまいました。
「で、お話って?」
 私の向かいに座ったアウリス様にディルさんが紅茶を用意いたします。
「そうですね。色々伺いたいのですけど……。まず、あの日、陛下の横におられましたよね」
 他の王族も誰もいない壇上で、側近と宰相は分からなくもなかったのですが、隣国の王族であるアウリス様が一緒におられた理由は私には分かりませんでした。
「ああ、いたね。やっぱり見えたよね」
 笑っていたアウリス様は、急に真顔になり、
「だって、あいつは私の異父兄だもの」
 陛下の母はクローシェル様です。そして、アウリス様の父であられる隣国の王弟は、クローシェル様の元の婚約者でいらっしゃった。
「今は先代なのかな、メイローズ侯爵の手を借りてクローシェル様は……母は隣国に逃げてこられた。私の父達は母を匿い、新しい名前と身分も用意して母の生活を整えた。母はあまり家の外に出たがらなかったし時々暗闇を恐れたけど、まあ、いい感じに父とは夫婦をしていたと思うよ」
 自分を死んだことにまでして先代メイローズ侯爵はクローシェル様を逃がしたのですね。
 それが守れなかった事への精一杯の贖罪であったのでしょうか。
「そして、私が生まれた。ちょっと抜けていたけれど、悪い母親ではなかった。いや、悪い母親だったか。置いていくしかなかった子供を気にかけて、一生懸命加護を送ってしまった愚かな母親だった」
 祝福の血筋の為に取り上げられた、禁忌が犯された証拠の子供。
「何で母がそんなことをしていたのか、私にはずっと疑問だった。母の死後に何とかこの国に来て色々調べている内に、母は異父兄の穢れを払うために祈っていたと分かったんだ」
 禁忌を犯した者を親に持っても、その子供には罪がないとお考えになったのでしょうか。
「でもね、その加護の所為で母はあいつに殺された」
 穢れを反射する事は『反転の鏡』の使い方にはなく、クローシェル様が王女であっても御存知ではなかったと思います。
「あいつは加護を送られているのではなく、呪いだと思っていたようだけど」
 それは、どうでしょう?
「陛下は加護と穢れを間違えていた訳ではないと思います」
「……何か理由でもあるのかな?」
「加護は受け取っても分かりません。でも、穢れは自分でも分かると言います。つまり、何らかの理由で自分に穢れがあることに気付いた陛下が、呪いだと思い込んでいたのだという事です」
「払われていることに気付かなかった、か。それは一定の説得力はあるが……」
「陛下はクローシェル様のことを魔女だと思っておりました。そもそも加護なんて送られて来るなんて考えるわけはありませんよ」
 アウリス様にお会いするに当たって、前もって私はメイローズ侯爵にお目にかかっております。
 メイローズ侯爵は陛下が『反転の鏡』を使っていた話は御存知でなく、その話と引き換えに私に一つ教えてくれました。
「先代王妃は陛下に『クローシェルは魔女』と吹き込んで育てていたそうです」
 これが、北の地が先代王妃と禁忌の関係者が亡くなっても、影響が消えなかった理由でもあります。
 吹き込まれた嘘を信じ続けていた陛下が亡くなるまで、禁忌を犯した影響は続くことになってしまったのです。
「そうか……それでか」
 そう力なく呟いたアウリス様は、天を仰ぎました。
「母が同じだと言ったら、同じ苦労をしているなとあいつは言ったんだ……」
 陛下の知るクローシェル様と、アウリス様の知る母親の像とは全く一致していないことを、陛下は知ることもなく亡くなられたのですね。
 先代王妃のお考えは今となっては誰にも分かりません。
 アウリス様にお会いする前に母に話すと、
「あのクソババア、クローシェル様を貶めることで自分の地位を浅ましくも守ろうとしたんじゃないかしら。加護持ちでもない、子供を産んだわけでもない。そして、最後は遺体を黒い犬から守るために子供に罪人用の墓に葬られた、と。変なことを考えるからそんな結末になるのよ」
 ギリギリ先代王妃を知る母は、吐き捨てるように仰いました。
 かなり問題のあった方であっただろうと推測いたします。
「その所為であいつは母を疑い、穢れに気付いたら呪いだと思っていたか」
 前から存在もしない魔女に怯えていると思っていたが、『反転の鏡』の童話の話ではなくて、本当に実在するって思っていたんだな……。
 アウリス様の言葉は、はっきり私に聞こえない言葉もございましたが、恐らくは独り言のようなものでしょう。
 しばし沈黙が続きました。
「……他には聞きたいことはあるかな?」
 少し疲れた様子も見えますが、アウリス様はまだ私に付き合って下さるようですので、
「では、ライナス伯父様のことは御存知でしょうか? 陛下から何故ライナス伯父様を殺したのかお聞きになっておりませんか?」
 これもずっと疑問でした。
「ああ……それは結構おかしい話だけど、聞きたいなら教えるよ」
 今更おかしいも何も……。
「あの側妃がライナスのことを好きだったからだよ」
 聞いて疑問は解決いたしましたが、気分は全く晴れやかにならないお話でした。
「側妃様のことをそれだけお好きだったのに、どうして側妃様を辛い目に会わせたのでしょう……」
「3人に執着してはいたが、愛していたのはオラージュ公爵だけだ。残りの2人は完全に収集物でしかなかったのさ」
 ろくな話ではありませんでした。
 その振り回された側妃様は先日お亡くなりになりました。
 側妃様自身の希望で王家の墓にも実家の墓にも入らず、一般用の墓に葬られることになりました。
「私はライナスにやっと謝れる……」
 縁のあったダイナス公爵家が見守る中、静かに旅立たれたと伺っております。
 ようやく解放された彼女は、やっと幸せになったのかもしれません。

 そうして、私達は先代王から続く穢れから解放されました。

________________

次回がエピローグとなります。
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