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31,始まりがあって終わりがある
しおりを挟む少し前……今日という同じ日の出来事だったのですよね。
「貴女は女王になりたい? どこかの国の王族に嫁ぎたい?」
この側妃様の言葉に、私は先程意味が分からない。そう結論をつけましたが、あれは私自身への嘘です。
私は本物の王女様が加護持ちではなく入れ替わりを提案された時点、つまりは当初から一度入れ替わったら二度と戻れないことは漠然と予想しておりました。
王女様との入れ替わりが終了する条件は、最初から誰からも提示されておりませんし説明もありませんでした。
加護を持っていないのに加護を持っていると偽った者は、我が国でも重罪を犯したと見做され、死罪になると決まっております。それは、いかに本人の意思ではなかったとしても、加護持ちとして公表されてしまった王女にも適用されるのは、かつての歴史からも推測できることです。
本物の加護持ちである私が王女様と入れ替わり、加護持ちの『ソニア王女』に成り済ます。元々私も王族の血を引いているので、政治に関係していない代わりの王女をやる程度なら問題ない。その間に本物の王女様は逃げおおせるけれど……。
この先、『私』は一体どうなるのでしょうか?
貴族女性の人生は、多くの場合自分で決めるものではありません。まして自分の加護があるからようやくこの国の多くの人が飢えずに生活ができている現実を知っているからこそ、私は自分の人生は自分ではなく親や国任せにしなければならないと、今も考えております。
「私は、民を見捨てません」
私の人生の喜怒哀楽と多くの人々の命を天秤にかけて、自分の人生を取れるほど私の神経は図太くありません。
「でもね、王家は君を外に嫁がせたいって知ってる?」
はい?
その言葉を聞いたとき、私はもしかすると鳩が豆鉄砲を食らった時と同様の、虚を突かれた顔をしていたかもしれません。
えーと……長らく続く異常気象からの我が国の食糧問題は、今も異常気象が続いているので全然解決してないですよね?
詳しそうなレイディス様を振り返ると、肩をすくめられ、
「王家って言っても陛下だけの意見だよ。王女だけではなくレーニア嬢も、陛下は国外に嫁いで欲しいようだ」
「どういうことでしょう?」
「陛下は昔から加護持ちが嫌いなんだよ。先王も加護持ちは王位を奪うって言い続けていたから、自分を脅かす存在だと思っているんじゃないかな」
どういう意味がある発想なんでしょう?
私は王位など奪うどころか狙ってもいません。そもそも田舎の片隅で名ばかり侯爵令嬢をやっていたくらいです。
女王や王妃以前に、王女という地位も嫌なんですけどね!
「……周知の事実なのでしょうか?」
「陛下の方は外に出ていないけど、先王の方は生前ことあるごとに呟いていたそうだから、知っている人は多いだろうね」
先王陛下というと、クローシェル様と私の祖父にとって兄に当たられる方ですか。
それにしても、『加護持ちが王位を奪う』ですか。
この場にいる誰もが御存知の通り、クローシェル様は夭逝しておられるので、先王の王位にも関係なかった気もするのですが……。
「大して難しい話ではないさ。この国では本来王家に生まれた加護持ちの女性が王位に就くのが優先で、他にどんなに優秀な王子がいても競争にもならなかった。クローシェル様の兄上も、王子時代は非常に優秀で将来を嘱望されていたらしい」
「クローシェル様はねぇ……残念ながら全体的に凡人だった訳だよ。加護持ちと言うだけで女王になることを決められるのは、どうやら兄だけでなく父である先々代の王も気に入らなかったって、僕は聞いているよ」
あまり知られていない我が国の王家の家庭事情を暴露しますか。
レイディス様は知っていてもそれ程不思議ではないですが、アウリス様も隣国の方にしてはよく御存知ですよね。
それにしても、権力の中枢でもある王家の家庭事情はやはり、何かドロドロした感情の話を避けては通れないようです。
「クローシェル様って夭逝されてましたよね。……今の話を聞くと、ちょっと怖いのですが」
「取り敢えず、先々代、先代王もクローシェル様を害していないよ。加護持ちを王族が手にかけるってどういうことになるか知ってるだろ」
私が絶対に安全だという根拠でもありますね。
……まあ、本当は何でも絶対はありませんけど、普通なら絶対安全、です。
「そうだな。養子であった君の義理の兄の方は、単純に愚かなだけで良かったと思うよ」
まさか、王族の方に愚かな部分で愚兄が褒められる日が来るとは、私には信じられない気持ちでいっぱいです。ですが、クローシェル様の兄のことを考えると、小金を握らせたら満足する愚兄はまだ確かにコンプレックスの少ない方でしょうか。
私の兄が愚兄で良かったと、微妙に思わなくもないかも知れません。
私は王女の兄である、第2王子殿下をじっと見ました。
「私達は王位を望んでいないよ。君が将来どういう答えを出そうが、そこは変わらない」
「第1王子殿下も第2王子殿下も優秀であると田舎に居ても耳に入りますよ」
「この壊れかけた国をギリギリで支えてくれているのはレーニア嬢だよ。君がいなくなるのなら、今度こそこの国は滅びる」
確かに豊穣の加護で国を支えていることを誇りにしておりましたけど、私はまだ支えているものの程度を軽く見ていたようです。
「まあ、でも僕なんかは君は別に自由にしたら良いと思うよ。過去の責任を関係のない君がそこまで負う義務なんてないし」
重いことをレイディス様が仰る一方、アウリス様は軽く仰いました。
「でも……」
「君の犠牲は誰も望んでいないんだよ」
その言葉に私は混乱しました。
全てが私の犠牲になっているのに、今更何を仰っているのでしょう。
「さっきは君の王女の身代わりに終わりがないと言ったけどね。終わりはちゃんとあるんだよ」
アウリス様を思わず凝視しました。
初めてお目にかかったときの、悪戯っ子の笑みを浮かべ、
「僕は君に会えて良かった。狂犬の出る前にお帰り」
【彼女の知ることのない側面】
「普通、レーニア嬢と王子達のいずれかと婚約させるよね。意味が分からないね。余程この国の王は加護持ちが嫌いなんだな」
「その割に娘を加護持ちと偽ったり、無茶苦茶ですね」
部屋に残って会話しているのは、レイディスとアウリスであった。控えているディルは正しく従者然として主人の少し後ろに控え、主人達の警護にも務めている。
「ああ、娘の理由は分かるよ。どうせ取られたくなかったんだろ」
「誰に?」
「母親に決まっているだろ。取られたくないから無茶苦茶な理由を並べたって、それ自体はよくあることだね」
「娘の命も危険にさらすことになる理由も並べるものなんですか」
差し向かいに座ってやり取りをする2人は、先程レーニアが同席していた時とはまた違う親しさをもって会話をしていた。
もし今誰かが2人を見たのなら、親子のようだと言うかも知れない。
「取られたくないと言っても、この場合、父親にとって娘そのものには価値がないのだろう。加護持ちと言えば厳重に娘を抱えこめ、子供を愛する母親の方を逃げられなくする。実際に時々存在する男女関係の事例だからね」
「……娘をそんな風に扱っては、母親の方は陛下に愛など尽きてますよね」
「もっと以前から何処にも愛なんて残ってないだろ。だから、フレイ君と娘の婚約を持ちかけられたときも冷静に対応できたんだろう」
気持ちは冷めていたとしても、王も知っている異父姉弟の縁組みの申し入れを聞いたオラージュ公爵の心中は、果たして如何なものだったのか。
少しばかりの沈黙が続いていたとき、パン、と何かが割れる音がした。
「ここの破片まで割れたね。もう限界だろう」
警戒したままレイディスが音のした方に近付き、隠すために上にかけてあった布を取り払うと、木箱の中にはいくつものガラス片が詰まっていた。
見ている間にも軽い音とともにガラスは砕け、より細かくなっていく。
知らない者が見たら勝手に割れる不気味なガラスだろうが、このガラスは本来国宝である『反転の鏡』である。もしそれに気がついた者がいたら、あまりに大量に砕けて粉々になっていることに卒倒しただろう。
「先祖の遺産をこんなことに使うなんてね。怖いんだったら自分から消えればいいんだよ」
アウリスにとっては、ただ闇雲に愚かな行為をしているようにしか見えなかった。
何も知らないとはいえ、これは酷すぎる。
「居もしない魔女の幻影に怯えている人間ですから」
魔女だと誰かが言った。
以来ずっと、その者は『魔女』に怯え続けている。
昔話の真実。
魔女は加護持ちのことだと知っているから、加護持ちを恐れている。
愚かな王は、未だ真実から目を逸らし、何も見ない。
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