[完結]加護持ち令嬢は聞いてはおりません

夏見颯一

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閑話2前編,お花畑は満開

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【偽レーニアサイド】

 学園に行きたいと思っていた。
 コネのない小さな男爵家の三女では結婚することさえも難しく、働きに出るにしても身分が逆に足を引っ張って上手く行かないって聞いていたの。
 何か知識でも持ちさえすれば、このまま行くより良いところで働くことができるかもしれない単純な発想だったわ。

「学園に行きたいなぁ」
 いい場所で働くことができたなら、きっと結婚もできる。
 もしかすると結婚式だって挙げられるかもしれないじゃない。
 あんまり行きたいと言い続けていたら、地元の商家の娘である友人が教えてくれた。
「奨学生っていう制度もあるから、頑張ったら行けるんじゃない?」
 損もないし試しに出してみたらと勧められ、奨学生自体がよく分からなかったけれど軽い気持ちで書類を出した。

 そうしたら、入学許可証が届いたの!

 私は家族と友達に見送られながら男爵家と長年の付き合いのある行商の一団に紛れてさせてもらい田舎の領地を旅立ち、王都にある学園に向かったわ。

 でも、『レーニア・ミニストラ』は入学できなかったの。

 卒業生の推薦という奨学生になる前提を満たしていなかったから、通常の入学枠扱いだったのよ。
 通常枠なら入学金が払えなかったら入学できないって王都に出てきてから知らされて、精々行きの旅費しか持っていなかった私は途方に暮れたわ。
 でも、私に説明していた事務員の方が、

「実は可哀相な子がいるのよ。その子の代わりになるのなら、貴女は学園に通うことができるわ」

 優しそうな女性事務員の方に説明され、どうしても学校に行きたかった私は人助けにもなるからと『レーニア・フルレット』として学園に入ることになった。


【~とある騎士団員の報告書の抜粋~
 ……レーニア・ミニストラは田舎から出てきた、良くも悪くも擦れていない普通の女の子だったようです。優しく明るい、だけど三女と言うことで家庭教師もつけられず教育レベルは精々文字を読める程度で、当時一般的に王都当たりでは常識とされていた知識はなかったと推測します。

 結論から言えば、彼女は学園の入学にまつわる制度をまったく知らなかった。

 学園においての奨学生制度は学費や生活費の貸し付けがあり、下位貴族の子弟が時々利用しております。奨学生になるのに卒業生の推薦などは一切必要ありません。
 彼女が聞いた事務員の奨学生についての説明は全くの偽りで、大半の貴族なら騙されるほどの内容ではありませんが、知識の乏しい彼女はそれが偽りだと判断できなかったと思われます。

 事務員との会話の中で『田舎から来て知り合いが全くいない』、『貴族の友達は一人もいない』、『無知で賢くもない』と判断された彼女は、フルレット侯爵令嬢の成り済ましを作る計画に利用されたと思われます。
 また元事務員は「条件に当てはまるのが優先で誰でも良かった」と言っていたと、元事務員の同僚から証言は取れております。名前が同じ『レーニア』である彼女は当初から対象者として用意されたのではなく、学園に説明を受けに来てから目をつけられたと言うことで、同じ名前だったのは全くの偶然だったということです。
 加えて、元事務員は「金を渡されたことにより協力した」とも話していたと複数の元同僚からも証言が取れております。学園で成り済ましの例は我々の予想より多く事務員の中では常態化していたことから、今回の件も延長線上だと考えたとも言っております。ただ先日の元ヴィンレー伯爵家長男夫人のときに判明した学園の暗黙の成り代わりの話とは状況が全く違うので、学園事務員達には別の余罪がある可能性があるとされ、別件として捜査が入ることになりました。

 元事務員に関しては現在も行方を捜索中です。フルレット侯爵令嬢の成り済ましが学園に在籍している間は事務員として働いていたことは複数の同僚の証言の他、勤務表、学園に出入りする業者からも確認できました。成り済ましが卒業する頃に退職し、住んでいた家も同時期に解約していることは判明しましたが、以降の元事務員の足取りは今回の調査では判然としませんでした。
 行方をくらませ、利用する相手の選定方法はその道のプロの選び方と同じなことから、元事務員は闇組織関係かと疑惑も持ちましたが、選定方法をペラペラ同僚に話しているので、プロではなく素人である可能性が高いと思われます。

 元事務員への依頼主に関しては、元ヴィンレー伯爵家長男夫人の可能性が高いですが、全部を元ヴィンレー伯爵家長男夫人が仕込んだとは考えにくいです。利用する相手の選別方法など知るわけがないとの元ヴィンレー伯爵家長男夫人の証言は、元夫人の経歴的に正しいと判断します。では誰が元事務員に入れ知恵したのかというのは元事務員に関しての手がかりが一切ないため、現状では不明です。

 誰かに利用されていたと思しき元事務員からの説明を素直に『人助けだ』と信じ込んだ彼女は、実際には許可なく名前や身分を詐称していると全く理解していませんでした。学費やその他の費用をフルレット侯爵家に請求し払わせてしまっていることにも気付いていませんでした。
 後、学園からの請求を精査なく支払ったフルレット侯爵代理は(個人的な感想と思われる記述のため記録からは削除されているが、薄ら「やばい」という文字が見える)。……】


 夢見た学園は、裕福そうな家の子ばかりがいた。
 私の知っている世界とは遠くかけ離れていたの。
 田舎の男爵令嬢でしかなかった私には、学園で見るもの聞くもの全部が眩しすぎて怖いくらいだったわ。

 『レーニア・フルレット』って侯爵家の令嬢なのね。

 立派な高位貴族専用の寮で生活することになって驚いたの。
 立派な家具が備え付けられ、ふかふかのベッドのシーツはいつも真っ白。シーツどころか小物や服の洗濯だって自分でしなくていいんだって。掃除だって授業に出ている間にやってくれるんだって。
 嬉しそうにしたら寮付きのメイドに「そんなに冷遇されていたんですね……」と悲しそうに呟かれた。
 え? うちでは姉達も自分で洗濯も掃除もしていたわ。
 侯爵令嬢って一体どんな生活しているの?


 美味しいご飯が部屋に用意してもらえるの!
 部屋も寒い日は暖かく、夏は涼しく整えてくれるの!
 凄い!

 裕福な貴族の子達は、慣れないし分からないことだらけで辿々しい私にもとっても親切なの。
 故郷なんかちょっと私が遅れるだけでも皆が馬鹿にしてくるのに、皆直ぐに嫌な顔一つせず助けてくれるわ。
 本当の上流階級の人達ってこんなにも違うのね。

 でも、これは所詮一時の夢だって分かっているわ。
 私は『フルレット』ではなく、『ミニストラ』のレーニアだもの。
 身代わりになっていることを気付かれてはいけないから、大人しくしていないといけないの。

 友達になってくれた令嬢達がよくお茶会や観劇に誘ってくれるけど、私は余所行き用のドレスやアクセサリーだけでなく自由になるお金も持ってないから行けないと、毎回正直に言うしかないの。
「まあ、なんて酷い……」
 そんなことないのよ。姉様達どころか兄様も持ってないし。

 でも、親切な友人達の親はやはり親切で、新しい小物やドレスまでプレゼントしてくれた。
 観劇だって友達の親が出してくれて、とても嬉しかったわ。
「貴女は心配することないのよ。私達がちゃんと伝えて置くから」
 皆、とっても優しいの。
 でも、誰に伝えるのかしら?


【……学園での彼女の生活は、成り済まし元の『フルレット侯爵令嬢』の肩書きを存分に使い、高位貴族の子弟としてもあり得ないほど優雅な学園生活を送っていたようです。
 所謂強要自体はなかったとのことですが、集る相手は同じ学園の学生の不特定多数、男女問わずでした。高額なものは家によってはフルレット侯爵家に請求を送っていたのですが、基本的には冷遇されている奇跡の令嬢に対して支援していたと考えていたと、多くの貴族家が回答しました。
 尚、彼女を巡る金銭のやり取りについては不明瞭な点が多く、現在も専門のチームが調査中です。……】

 
 こんなに良くしてもらえるなんて嬉しかった。
 学園はいつか卒業してしまうけど、一生の思い出ができたわ。
 優しい『婚約者』もできて、私の人生は光り輝いているの。

 公爵令息や王子様とも親しくなったわ。
 すっごく優しいし、話に聞くところの紳士という感じかしら?
 
 二人に結婚を申し込まれてしまったの。
 でも、私は所詮男爵令嬢だから身分の差が大きいし勉強が出来たわけもないから、そんな所に嫁いでやっていく自信なんてないのよ。
「ごめんなさい。それに、私にはちゃんと婚約者がいるわ」
 私の婚約者のトーラスはは伯爵家の令息でも、行く行くは家を出て平民になるしかない立場。ギリギリ男爵令嬢の結婚相手としてもおかしくないでしょ。
 まして私のために騎士団に入って騎士になったあの方を、私はとても慕っている。
 学生でしかない私はプレゼントを貰っても、何もお返しできないの。
 私が謝ると、
「君の気持ちが嬉しいよ」
 あら、控えめに笑った婚約者のカフスボタン、素敵よね。

 結婚したらきっと貴方にお返しするわ。

 『レーニア・フルレット』侯爵令嬢、ありがとう。
 私はあまり勉強ができなかったから結局学園でいい成績は残せなかったので申し訳ないけれど、ちゃんと身代わりをやりきったわ。

 卒業式では前に結婚を申し込んできた公爵令息と王子様が「何かあったら力になる」と約束をして下さったの。
 ほとんど平民同然の男爵令嬢だから、約束をしたとしてももう二度と会うこともないでしょうけど、二人の気持ちが本当に嬉しかったわ。

 素敵な学園生活、素敵な友人達。

 卒業したら直ぐに結婚したの。
 だって私が王都にいるには家がないのだから、卒業を控えた頃にトーラスにお願いしたのよ。

 トーラスは私のために王都に小さな家を用意してくれたわ。
 お金がないから二人きりだけど、小さな可愛い結婚式を挙げたの。
 王都に来ることができない家族からは、結婚を祝う手紙が届いたわ。
 
 子供も直ぐに出来たの。
 可愛い、可愛い、私達の娘のリーネ。
 夫は私も子供も大事にしてくれた。

 夢のような4年間だった。



「貴女の名前は何ですか?」

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