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17.異世界少女は家を得る

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 カンコンカンコンと軽快なリズムを響かせる音は、石を叩く音とはまた違っていた。
 合間に聞こえる職人たちの声と、それにかき消されまいとする波の音の隙間から、村を眺める。
 更地になっていた村には、すでにいくつかの建物が立っていた。
 それなのにまだ幾つもの、建設中の建物が見える。
 その奥に見えるのは屋台だろうか。

 海辺のしずかな別荘を思い描いていた。
 外から村の景色をみる限りでは、現実は随分と違うようだ。

(なにか間違ったかしら)

 そんなことを思いつつも村へ入る。
 中へ入ってみれば、フォースの街よりは随分と静かだ。
 カンコンカンコンと鳴る音も、建築中の場所だけで、あらゆる場所から響いてくるわけでもない。
 そして建物も、村の入口に数軒あるだけ。そして、ずっと奥にもう一軒。
 村の入口側から見て、正面に見えた建物がほぼ全て。奥行のない、まるで張りぼての村のようだ。

「アリスさん? ですよね?」

 声に振り向けば、そこには建築を依頼した大工のクラフトがいた。
 いつの間にか作業する音も止み、大工たちがこちらを見ている。

「そうよ」

 そういえばと、隠蔽魔法をかけたままだったことを思い出す。
 おそらくフードを被ったままのローブ姿に声を掛けてみたのだろう。周囲にいる大工たちは一様に薄手のシャツで、顔を隠している者も、ローブ姿の者もいない。

 かつては日常的に使っていた隠蔽魔法だが、この世界では赤い目だからといって、魔物扱いされるわけでもない。
 しばらくこの村で寝起きをするなら、顔だけ隠しても意味はないかと、隠蔽魔法を解く。
 ついでにフードを払って顔を出せば、なぜか息をのむ音が聞こえる。

「あっ、っと、それでなアリスさん。頼まれてた家は出来ているんですよ。ちょっと確認してもらえますか。問題なければ引き渡しで」

 そういうクラフトに案内されるのは村の奥。村の入口と違って、奥には一軒しか立っていないから間違えようもない。
 三階建ての木造の屋敷は、入口付近の家とは規模が倍は違う。
 他の街で見かけた、宿やギルドなどの大きな建物と比べても遜色のない規模だ。
 かつて住んでいた石造りの屋敷に比べれば小さいが、仮住まいのの別荘としてなら十分だろう。

「アリスさん!」

 屋敷を見ながら歩いている途中で、再び呼び止められる。
 見れば、今度はコロンの姿があった。

「やっぱりアリスさんだ。久しぶりです」

 コロンのすぐ後ろには屋台がある。
 話を聞けば思ったとおり、屋台をやっていたという。

「それで、アリスさんはどうしてこの村に? 今はまだ大工さんしかいませんよ?」

 話を続けようとするコロンを促して、一緒にクラフトに案内させる。
 木造の屋敷は勝手が分からない。細かいところはコロンにみてもらおう。

              *

「やっべ、すっごい美人じゃん」
「おう、びっくりした。ああいうのを美少女っていうんだな」
「なによ、あのくらい私だって」
「いや、おゆきさんには無理っしょ」
「うるさいわねっ」

 アリスの登場で手を止めていた大工の男たちが言い合う。クラフトに連れられて村の奥へ移動した直後のことだ。
 サードの街の加工所や、ダウンの村から連れてこられたときに面識はあるはずが、皆そろって初めてみたかのように驚いていた。

 このゲームでは始めにキャラクターを作るときに、外見をいじることは出来る。
 ただし、デフォルトの姿は現実の自分だ。体形は大きくは変えられない。見た目だけであれば、顔に手を加えて美形にすることは可能だが、大きく変化させる者は少ない。

 自由度が高すぎて、加工にそれなりの技術が必要だという理由が一つ。もう一つはバレたら恥ずかしいからだ。
 過去のゲームで、アバターの見た目を加工するゲームも多くあったが、ベースが自分の姿形となると、加工するのは「気に入らない所」の修正。要するにコンプレックスを感じている部分となる。そこから「加工=コンプレックス」という図式が出来上がり、加工したことがバレると恥ずかしい、という風潮が出来上がった。

 今では、加工するのはロールプレイをメインにした「まったくの別人」をやりたい人くらいしかいない。
 多くの人は、バレない程度に盛るのがせいぜいだ。

              *

 屋敷の中には、カグヤが待ち構えていた。
 内装や、家具についてはカグヤが担当したということだ。説明のために先回りしたらしい。一緒に移動してもよかったのに。
 時間の都合で、大半の家具は出来合いのものをサードで買ってきたという。少しだけあるカグヤの手作り品は、細かい彫刻がこれでもかと刻みこまれている。食器棚の扉の模様だけでも、食器棚本体より手間がかかっていそうだ。
 彫刻はコロンの琴線きんせんに触れたらしく、カグヤと二人で飾り切りがどうのと話し込んでいる。

 一階の玄関ホールから来客用の応接室、食堂、キッチンと回って使用人用の個室。二階の客室。三階には主人用の寝室やリビングが並ぶ。
 キッチンの魔法道具は、屋台に付属しているものより随分と上等で、コロンは随分とうらやましそうだ。街で屋台を借りるのは誰でも出来るし、料理人になれば屋台をレンタルして街の外でも料理が出来る、だけどコンロだけじゃなくオーブンが使いたい日もあるのだと力説している。
 カグヤとコロンの二人で騒ぎながら回るものだから、案内するはずのクラフトは黙ってついてくるだけのゴーレムのようだ。

 最後に回るのが三階の部屋だ。
 リビングに入ると広い掃き出し窓から日の光が差している。控え目に配置されたソファとローテーブル。テーブルの足にも彫刻が施してあるのはカグヤの作品だろうか。
 窓を開ければそのままバルコニーに出られる。正面には海。

「いい景色ね」

 ざわざわと寄せては返す波。この景色だけでも家を建てたかいがあったというものだ。

 寝室に置いてあるベッドにも彫刻が見えた。
 天蓋を支える柱に彫刻が彫られれている。このベッドは買って来たものに彫刻だけ入れたとカグヤが自慢げに話している。後ろでクラフトが首を振っているのはなぜだろう。

「浴室もあるんですね」

 最後の部屋は浴室だった。
 窓よりの場所に木で出来た長方形の浴槽が置いてある。窓は鎧戸で閉められているが、開ければここも正面に海が見える位置だ。

「ここは悩んだんですよー。せっかくだからお風呂に入りながら海が見たいじゃないですか。でもファンタジー世界ですからね。空飛んで覗く人がいないとも限らなくて、ちょっとこのあたり妥協案的なやつなんですよねー」

 カグヤが一人でうんうん頷きながらそう言った。
 そこで存在感のなくなっていたクラフトが口を開く。

「浴室には問題があるんだ。排水は出来るように組んだんだが、風呂を沸かす魔法道具が見つからなくてな。今のところはキッチンでお湯を沸かして持ってくるくらいしか、お湯を張る手段がない」
「えーそうなんですか。水道は、ないか。でも水が出る魔法道具はありますよね。お湯が出るのってないんですか」
「ないんだよ。NPCにも聞いて回ったんだが。それにこのゲームで風呂って見たことあるか?」
「そういえばないかも。宿もログアウトするだけだし……」

 バスタブだけは、知り合いの手も借りて水漏れがないように仕上げたが、お湯だけはどうしようもなかったという。
 なにか手段が見つかったら連絡するというクラフトに、気にしなくていいと答えた。

 屋敷の中を一通り見て回ってから引き渡しを受ける。
 建物には所有者権限というものがあるらしく、取引で権限を渡すことで屋敷の出入りが自由になる。それ以外は所有者が玄関を開けるか、メンバー登録した者しか入れないらしい。
 マナの波動でのやり取りは、普通の売買と同じで問題なくこなすことが出来た。はずだ。クラフトが何も言って来ないのだから正常に終わったのだろう。

「いいなーアリスさん。私もこっちに拠点ほしいなー」

 コロンは村の復興の話を聞いて、ここで屋台を広げてはいた。だが、まだ村には宿屋がないため、ログアウトするにはサイドの港街まで船で戻っているのだという。
 サードの街なら歩いていけるぞと言われても、まだクエストをクリアしていないからサードの街には入れないらしい。それに森もちょっと怖いという。

「それなら、うちの料理人になりなさいな」

 そう言ってコロンにもこの屋敷に滞在することを承知させた。
 部屋は使用人用でいいと言い張っていたが、カグヤから「あれはNPC用」と言われて二階の客室に住むこととなった。

 ここ数日は何も食べていない。たまには『食事』もいいだろう。
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