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10.異世界少女は狩りをする

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 斧を振りかぶる。木を切るために何度も降った斧だ。重さは手に馴染んでいる。

「どっしゃー」

 降りぬいた斧。
 しかし、憎い赤大根はバックステップでかわす。
 赤大根は通称で、本当はラッシュラディッシュという名前の魔物だ。分類するならアクティブ、植物系、小型。普段は土の中に潜っていて、頭の葉っぱだけが地面の上にある。普通の大根みたいに。
 そして、プレイヤーが近づくと、土の中から出てきて戦いを挑んでくる。
 まるで人の四肢のように、枝分かれしたダイコンの体を使って、殴りかかってくる。
 その動きは素早い。大きさも人の半分ほどしかないせいで、私の斧とは相性が悪い。

「ちぇいやー」

 それでもこの魔物を狩っているのには訳がある。
 次の街、サードという名前の街は森の中にある。森の中、つまり周辺には木が沢山ある。しかもその木は、ダウン村の周辺に生えている木よりもランクが高い。
 職人になったらダウンへ、木工師になったらサードに拠点を移せというのが、このゲームのセオリーだ。

「うりゃさー」

 だが、サードに入るには条件がある。
 セカンドにいくために、狼のボスを倒す必要があったように。なにもせずには街に入れない。
 サードに入るため必要なのは通行証だ。クエストをクリアして通行証を手に入れなければいけない。そのクエストの内容こそが、赤大根、ラッシュラディッシュの討伐。

「ぜえ、ぜえ」

 当たらない。
 今だけは使い慣れた斧が恨めしい。
 もっと軽い武器だったら、赤大根にかわされることもないのに。
 でも、武器は斧しか持ってないし、他の武器を買って来たところでスキルがない。

「大丈夫?」

 そう声を掛けてきたのはローブ姿の少女だった。
 背は私よりも少し低いくらい。体形はローブに隠れてわからないけど、太ってはいないと思う。そして顔もよくわからない。深くかぶったフードから覗く顔。綺麗だなとは思うけど、特徴を言えと言われたら困る。

「きゃっ」

 少女を見ているうちに、襲い掛かってきた赤大根に殴られる。
 痛みの感覚はカットしてあるから、痛いわけではない。それでも口から悲鳴が漏れるのは止められない。
 戦闘中だったことを思いだして、斧を構え直す。
 赤大根に目を向けたときには、既に少女が赤大根を捕まえていた。
 頭についてる葉っぱの部分を持って、宙吊りにしている。

「大丈夫?」

 少女がもう一度聞いてくる。
 どうやって捕まえたんだろう。素手で捕まえられるほど赤大根の動きは遅くない。そんなに遅かったらもう倒せている。

 話をしてみたら、なぜかクエストを手伝ってくれることになった。
 何匹討伐とか、何個集めて納品なんて、序盤からよくあるクエストなのに「そんなクエストもあるのね」とか言ってた。クエスト、効率いいのに。やらない人なのかも。

 それからはすごく簡単に終わった。
 魔法を使う度に呪文を唱えるのは、ちょっと厨二病っぽかったけど、すごい魔法だった。
 まだ土の下にいる状態の赤大根を浮かせて、目の前まで運んでくれる。宙に浮いたまま動けない赤大根。私はそれに斧を叩きつけるだけだ。
 魔法職などの遠距離職が、土の中から出てくる前の赤大根に攻撃するのはセオリーではある。でも、引き抜いて、そのまま空を運んでくる魔法は見たことも聞いたこともない。

 クエストクリアに必要な数の赤大根を倒したら、セカンドの街に戻る。
 ギルドでクエストクリアの手続きをすれば、通行証が手に入る。クエストアイテムだから自動的に収納に入るだけで、手に取ることはない。楽だけど達成感的にはイマイチだと思う。やっぱり、苦労して手に入れたアイテムは手に持ちたい。ついでにクリアの効果音もつけて欲しい。
 このゲームの運営は演出にエモさが足りない。

 セカンドの街を出て、北の街道を歩くとすぐに森が見えてくる。
 ただ歩いているのは寂しいから一緒にあるいている少女、名前はアリスさん、に話しかけるけど、会話が続かない。何を話してもそっけない言葉で会話が終わってしまう。
 会話を諦めて歩き続けると街が見えてくる。サードの街だ。
 入り口で兵士に話し掛けられる。それは「通ってよし」という簡単なものだ。通行証を手に入れる前だったら、ここで追い返される。

 街についたら今日の目的は達成。
 時間的にもそろそろログアウトする時間だ。アリスさんが手を貸してくれなかったら、今日だけじゃサードの街に来ることは出来なかったと思う。
 改めてお礼を言ってログアウトすることを伝えると、宿までついて来るという。
 初めて入った街でも、ギルドと宿の場所だけはマップに表示される。だからマップを見ながら歩けば簡単に宿に着く。

 そして、宿に入ってログアウトした、はずだ。
 宿の入口で「少し、お礼をもらっておこうと思って」と言われたところからの記憶はない。

              *

 散歩をしていると、いろんな場所で魔物と戦っているプレイヤーを見かける。
 大体の人は、拙いながらも身の丈にあったというか、ちゃんと戦えているのだけれど、たまにあなたには無理じゃないのと言いたくなるようなプレイヤーがいる。

 その日に見かけたのは、赤い小人のような魔物と戦っている少女だった。小さくて華奢きゃしゃな少女には、手にしている大きな斧がとても似合わない。斧を振り回す度に、後ろでまとめた黒髪が、尻尾のように跳ね回る。

『ラッシュラディッシュ。頭に葉の生えた赤大根。成長すると勝手に土から出てきて拳で語ろうとする。実は食用に、葉はポーションの材料になる』

 料理の材料になる魔物だ。
 わざわざ戦っているのだから、この少女も料理人なのかとも思ったが、話を聞いてみると違うらしい。
 この魔物を倒すクエスト中で、それがクリア出来ないと次の街に入れないという。

「そんなクエストもあるのね」

 少し興味が出たから、カグヤと名乗るその少女を手伝うことにした。
 クエストには手順があるらしい、ラッシュラディッシュを倒し終わったら、ギルドに行って、その後で次の街へ。
 カグヤが途中でやり取りしていたマナの波長を覚えておく。

 手順があるという割りには、マナの波長は単純だ。「はい」か「いいえ」の二択しかないやりとりでは、手順のどこまで進んでいるのか。カグヤのほうで好きな答えを返せばいいだけ。いくらでもウソがつける。

 マナの波長について考えている間に、森に囲まれた街に到着した。
 この街は他の街と違って結界が張られていた。
 力づくでも壊せる程度の脆い結界だが、街の門のすぐ近くで魔物が沸くのに、防衛一つ考えられていなかった他の街とは大違いだ。

 カグヤがまたマナの波長でやり取りをしている。それが終わると、結界とカグヤのマナが共振した。

(結界の通行許可ということかしら)

 カグヤの真似をしてマナの波長を変えれば、私にも結界からの干渉が始まる。やはり個人を認識して結界を通すための処理だ。

 街に入ったところでログアウトするというカグヤについて宿へ向かう。
 宿の入口で、別れの言葉を口にするカグヤと視線を合わせる。
 少し興味が出たから彼女について来た。それには二つの意味がある。一つは次の街に入るためのクエスト。もう一つはマナだ。

 海の傍にある街では少しマナを消費した。
 コロンから少し補給はしたものの、あまり得ることは出来なかった。まだこの世界のことを知らないのに、マナが枯渇するのだけは避けたい。だから、他の人から貰おうと、相手を探していたのだ。

 その瞳を、その奥を覗き込む、その魂を覗き込む。魂の波長を弄る。私の言葉を染み込ませる。

「少し、お礼をもらっておこうと思って」

 カグヤを連れて宿の部屋へ入る。
 さあ、少し『味見』をしましょうか。
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