未開惑星保護機構

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奴隷解放隊

2.あなたに道標を

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 彼女にとって、子供の頃の記憶とは、魔法を勉強した記憶のことを指す。
 両親は居ない。どこかには居るのだろうけど、彼女にはその姿さえ記憶にない。魔法を教えてくれた教育係は、君は売られて来たのだ、と言っていた。
 その時は売られたという意味が分からなかった。何かを売り買いした経験もなければ、売り買いしているのを見たこともない。彼女は、ただ、そういうものなのだと思った。

 お屋敷の部屋から出ることも許されず、一生懸命、魔法を使う。何度も魔法を使おうとすると、眩暈がして立って居られなくなる。毎日、立ち上がることが出来なくなるくらいに魔法を練習させられた。始めの頃は、何も起きなかったが、何か月も練習するうちに明かりが灯せるようになった。

 明かりが灯せるようになると、彼女の扱いは少しだけ良くなった。
 部屋から出ることを許されたのだ。

 出られるとは言っても、自由に歩き回れるわけではない。日が暮れる頃に部屋から出され、屋敷の中を歩いては明かりの魔法を使ってから部屋に戻る。

 屋敷の中に明かりを灯す役目が出来てからは、魔法の練習も少なくなった。倒れるまで練習させられることはなくなったのだ。
 朝起きたら、新しい魔法の練習を少しする。朝食の後は、魔法について書かれている本を読んで勉強する。
 毎日読んでいるから文字にも慣れたけれど、始めのうちは文字に慣れるのにとても苦労した。

 新しい魔法はあまりうまく使えなかった。
 水を出す魔法、火を燃やす魔法、冷たい氷を作る魔法。まったく発動しないわけではなかったが、それらはとても弱く、小さな魔法だった。教育係からは弱すぎて使い物にならないと言われてしまった。だから彼女の役目は、屋敷の中に明かりを灯すことだけだった。彼が来るまでは。

 良く仕えるようにと言われて、彼女は屋敷を出された。彼女は再び売られたのだという。売られるということは、そのときもまだ理解出来ていなかったが、漠然と、違う御屋敷で明かりを灯すのだろうと考えた。彼女の仕事は明かりを灯すことだったからだ。

 貴族や、豊かな商人であれば、魔法が使える者を使用人として雇うことは、それほど珍しくはない。
 しかし彼女を買ったのは探索者だと言う。
 街の外に行くのだと聞かされたときには、屋敷から出た記憶すらない彼女は、漠然と自分は死ぬのだと感じたという。

 それでも、自分の意志で雇われている使用人ではなく、物のように売り買いされてきた彼女に断る術はなく、ただ、そういうものなのだと思った。

 その探索者は彼女を連れて宿を取り、そこで自分は勇者で神に選ばれた人間だと言った。
 物心ついてからずっと魔法しかやってこなかった彼女には、それがすごいことなのかどうかも分からなかった。

 だが、続いていくつかの魔道具を渡され、そのうち数個を飲み込むように言われた。魔法が使いやすくなる魔道具だと言う。そして、その日から彼女に、とってその男は勇者様になった。

         *

「アーロンがなー」
「そういうこと、で、延期申請の書類出してくれ」
「そりゃあ出すのはいいけどよ。人攫いってそんなポコポコ居るもんかね」
「ポコポコ居るかは知らんが、偶然出会うこともあるさ」

 アリッサは端末をイジりながら通信官のマッケンジーと会話を続ける。
 アーロンが回収した魔道具を第二チームに渡したという話。攫われたという少女を連れて、リューケンの街まで移動中との報告を聞いた。
 試験の延期申請に書類を書くのは構わないが、その人攫いはアリッサが出会った一味とは別口であろう。

「んー」
「なんかあるのか?」
「いや、俺も街からの帰り道に人攫いと合ってよ。返り討ちにしたが」
「それはボコボコな」
「殴ってねえよ、折っただけだ。なんか情報ねえの?」

 リューケンの街とアーロンが少女を保護したというモッテの街は徒歩で十日は離れている。ハイウェイでも通っていれば車で半日だが、この惑星にそんなものはない。

 別口の人攫いであれば、同じタイミングで行動しているのはなぜなのか。逆に繋がりがあるならば、それだけの人数を集めて何をしようとしているのか。ただの偶然である可能性も高いのに、なぜかアリッサには気にかかる。

「ないな。統計どころか、この惑星じゃあ逮捕件数すら整理されていない」
「だよなー。んで、申請のフォーマットってどれよ」
「ああ、更新手続きから申請方法一覧に行って……いや、後で送っておく」

 なぜ官公庁のサイトは見難いのか。保護官用の情報サイトを見ながら話しをしていたアリッサは、書類フォーマットが見つけられなくてマッケンジーに助けを求めたものの、マッケンジーも迷ったのか後で送ると言い出した。
 別に今日すぐに書かなければいけないという書類でもない。

 むしろ、隊長であるアリッサと、アーロン本人のサインが必要だろうから、アーロンが村に来てからの提出になるだろう。心配なのはアーロンが書類のサインに気づかずに、村に寄らないまま、再び現地惑星本部を目指すことだが。

 サイン。今の技術であれば、スキャンでもトレースでも寸分違わないサインを作ることは可能だ。それでもまだ書類にはサインが求められる。サインの手間分、偽造の抑止力になってるとでも思っているのだろうか。不思議な習慣だが、サインが不要になるという話は一向に聞かない。

         *

 アーロンはリューケンの街の近くまで移動していた。同行者は、人攫いから助けた少女が一人。少女は鱗こそないが、いくつかの爬虫類系の特徴が見える。瞳は縦長で、口周りは若干出っ張っており、歯は尖っていて牙のようだ。

 瞳と牙から見ると、手や顔などの見える範囲にはないだけで、どこかに鱗も生えてそうに思う。
 アーロンはそこまで確認してはいない。
 助けた相手だとは言え、そんなことは村へ帰すこととは無関係なプライバシーだ。肌のどこに鱗があるかなど、探る気はないのだ。

 アーロンは自分のことを口下手だと思っている。二人だけの道のりでは、多少の会話はあるものの、少女も口数が少ない。アーロンの質問と、その返答しかしないので、ほとんど会話が続かない。

 無言のまま歩くというのも、一人の時は気にならなくても、誰かと一緒ならば気にかかってしまう。プライバシーに踏み込む気のないアーロンにとって、選びやすい話題は少女の村の話だ。これから送って行くこともあり、具体的な場所を確認しなければいけないのもある。

 少女を助けた時にも、攫われて何日も経っていることは聞いたが、その時はリューケンの街の名前は出なかった。
 ジョンソンから指摘されて、リューケンの街を目指してはいるが、やはり少女はリューケンの街という名前は知らないという。

 中央と違って義務教育もない場所だ。村で生まれ、村で畑を耕し、村で死ぬ人が大半の村育ちであれば、街の名前を知らなくても変ではない。
 街は近くの街一つだけしかなく、街へ行くにも街から戻るにも、それを示す名前は「街」だけで事足りる。それが村の生活だ。

 街の名前で確認が出来ればよかったが、知らないのであればしょうがない。何日も旅をして移動するのは手間だ。旅の費用もかかる。確認が取れないのは不安材料ではあるが、他に手掛かりもないのだ。

 そうして旅の途中の会話でも、少しづつ少女の村の話を聞いていた。街の名前が分からないのはしかたがないとして、リューケンの街からどっちに行ったほうにある村なのか。村長の名前は、よく見かける商人は、巡回兵の名前は。
 リューケンの街に着いたとて、村のことが分からなければ送って行くにも困る。

 だが、アーロンが思いつくままに聞いたのが悪いのか、少女の返答ははっきりしない。
 村に住んでいたのに、村長の名前が分からない。では両親はと聞いても、居ないという。一緒に助けたイヌミミの二人の少女はさらわれたので間違いはない。それと比較して、もしかしてこの少女は身寄りがないから売られたのか、そう思うようにもなる。

 村で身寄りのない子供を育てるのは、その村に大きな負担がかかる。男手が多ければ、将来の嫁として村で面倒を見ることもあるが、畑の収穫が足りなければ、真っ先に切り捨てられるのは身寄りのない子供だ。

 もし、村の総意でこの少女を売ったのであれば、村に帰っても居場所はない。
 アーロンは一層注意深く少女の話を聞き出した。
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