未開惑星保護機構

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魔道具探索隊

1.少女で幼女

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「勇者の身柄はサポート衛星へ到着を確認。この後は中央に移送され取り調べが行われる予定だ」
「やっとひと段落か?」
「そうだな。だが、とりあえずのひと段落だ。続きは中央で取り調べをして、この惑星に持ち込んだ物資について、証言を得られてからになる。取り調べ開始までの司法手続きもあるから、しばらくは待機だな。それより保護した少女はどうだ?」

 勇者が隷属の魔道具で支配下に置いていたドラゴンは、魔道具で強制された姿だった。
 アリッサが魔道具を破壊したことで隷属状態からは抜け出せたものの、意識を取り戻したあとも酷く怯えている。言葉も話さない。

「まだ怯えているのは変わらないな。でも、まあ、俺と二人の時は安定してきた。言葉はまだ話さない。魔力の乱れも変わらずだ」

 今の現地惑星本部には、女性が居ない。人員交代などの都合で、今はたまたま居ないだけではあるが、居ない。
 アリッサはそれを理由に強引に少女を引き取った。いずれ親元に返すなら、中央の機材に囲まれた現地惑星本部よりも、現地環境に近い所で生活させたほうがいいのも理由の一つだ。

「隷属強度が強すぎて、自我に障害が起きた可能性もあるか」
「なんとも言えねえ、まだ子供だからな。赤ん坊のうちに攫われた可能性もある。元貿易会社社長なんだろ?」

 子供の誘拐、不法な隷属魔道具の使用。どちらも明確な犯罪行為だ。それに未開惑星への不法入星。取り調べは厳しいものになるだろう。
 だが、法律に則った取り調べだ。
 司法手続きを経て、留置場内で弁護人を付けた後でなければ、取り調べをすることは出来ない。未開惑星のように、取り調べと拷問の区別がないやり方は出来ないのだ。

 定時連絡を終わり、これでしばらくは休めるかと部屋に戻ったアリッサ。そこで見たのは、真っ暗な部屋のベッドの上で泣く少女だった。
 寝付いたのを確認してから通信に行ったはずだが、目が覚めてしまったのだろう。

 慌てて近くに寄り、抱きしめながら謝るアリッサ。大丈夫だ、ここは安全だ、俺がいるから、そう言いながら頭を撫でるアリッサに少女もしがみ付いてくる。
 両腕だけでなく、爬虫類のような尻尾もアリッサの体にまわし、絶対に離さないとばかりにしがみつく姿は、少女の見た目でなければ捕食者に見えたのかもしれない。

(こいつ結構力強いよな、普通の人間が抱き着かれたら骨折れるんじゃねーの)

 腕力で押さえられるのはアリッサくらい。少女をアリッサに預けたもう一つの理由。現地惑星本部の見解は、本人達には伝えられていない。

         *

 少女を引き取って数日。少しは落ち着いて来たのか、夜以外はアリッサにしがみ付くこともなくなってから、少女は村の宿屋に連れて行かれた。

 公園デビューならぬ宿屋デビュー。
 それはそうだ、この村には公園なんて洒落たものは存在しない。
 むしろ二軒の建物以外は大自然真っただ中だ、自然区画を作るまでもない。

 言葉を話さないため、アリッサの一存で『アメリア』と名付けられた少女。「よく分からないが迷子っぽいから保護した」という大雑把で、信用出来るかも判断し難い理由で、村に住むことになった。
 その時、村にいた探索者達がどう思ったのかは分からないが、アメリアが怯えた様子でアリッサの後ろから離れないのを見て諦めたようだった。

 アメリアは爬虫類系の尻尾と羽を持つ少女だ。背丈はアリッサよりも少し小さいくらいで、さほど変わらない。
 今はアリッサの服を借りて来ているせいか、僅かに緑かがった金髪であるせいか、アリッサの姉妹にも見えなくはない。瞳が丸く、俗に爬虫類型と言われる縦長になっていないこともアリッサに似て見える要員の一つだろう。

 アリッサは個人的な都合で、いつもダボダボの服を着ている。そのため、似たような体格のアメリアも借りた服はダボダボだ。袖や、足元は何度も折り返して、手足を出してはいるが、その太さは服の半分にも満たない。その分、背中の羽は服の中に入れたままでも余裕がある。

 救出時にはボサボサだった髪の毛は、アリッサの手で少し長めのショートカットに整えられている。正面は目にかからない長さに、左右はあごまで届く長さに。
 その首は細い。アリッサのツインテールのように、首まで髪が届いていれば印象も違うのだろう。完全に見えているために、首がとても細く見える。

 それはダボダボの服のせいでもある。大きすぎて、首まわりがスッキリしすぎている。普通に着ているだけで鎖骨まで見えるというのは、少し心配になるルーズさだろう。

 今日のメニューは、具沢山の塩スープとパンである。具はシチューと余り変わらない。シチューにならなかったのはミルクがないからだ。
 商人が近隣の村を回りながら来るときは、近くの村でミルクを買って来てくれることもある。ミルクをそのまま使えるのは、絞った当日か翌日くらい。そのため、シチューはこの村では商人がきた時だけの特別メニューになる。

 アリッサはいつも通りに、すぐに食べ終わった。食後のお茶を飲み終わっても、すぐに動くことは出来ない。アメリアがまだ食べている途中だからだ。

 一口毎にスープがぼたぼたと垂れている。まるで幼児だ。
 顔をスープの器の上まで持っていって食べている。口からこぼれたスープは、器に逆戻りするだけで済んでいる。顔の位置が器の上でなければ大惨事だ。

 今日、宿に来るまでは、アリッサの住む雑貨屋の奥のスペースで食事をしていた。
 何度もテーブルや床にこぼしては、左右の髪にまでスープがついてしまっていた。
 その時の経験から、顔の位置をお皿の上に指示したり、左右の髪を後ろで束ねたりしている。いっそもっと短く切って、という方法もあるのに髪型をそのままにしているのはアリッサの趣味だろうか。

 アメリアの身長はアリッサよりも少し小さいくらいで、幼児の身長ではない。
 成人した時に身長が3mを超えるような巨人系の亜人であれば、アメリアの身長の幼児も存在する。その場合でも頭身や体形は幼児なので、見た目はスケールアップしたままの幼児になる。
 そういう意味ではアメリアの体形は少女であり、中央星系なら初等学校に通っているくらいの年齢に見える。

 さて、ドラゴンニュートはどうだったか。とアリッサは考える。
 中央ではドラゴンへの変身能力を持つ者達は、ドラゴニュートと呼ばれる。

 この惑星では、爬虫類系の特徴を持つ亜人は複数確認されている。だが、明確にドラゴニュートだと判明している部族は存在しない。それは保護官はそこまで調査していない、という意味である。

 未開惑星の現状把握の一環で、一部の原住民からは生体情報も取得しているし、その中には爬虫類系の亜人も入ってはいる。少なくとも、調査対象になった人物はドラゴニュートではなかった。
 全員の生体情報を取得しているわけではないので、サンプルがたまたまそうだったのか、惑星内に存在しないのかは不明である。

 ちなみに、個人情報保護の観点から、生体情報の管理は取得した地域だけが紐づけられており、個体名は記載されていない。
 中央では個人認証にも使われる生体情報である。これについては個体名がなければ良いというものではないという意見や、開拓時代からの変化を把握しなければ保護観察活動に支障が出るという意見、様々な意見から数年毎に議論が蒸し返されている。

 中央のように、使用範囲を決めた契約を経へ、個人情報を取得出来ればいいのだが、原住民に保護官の存在すら明らかにされていない現状では、契約を持ちかけることすら出来ない。

 では他の惑星のドラゴニュートはどうか。
 アリッサの記憶にあるのは、かなり昔に学校で同級生だったドラゴニュートだ。
 あれは中等学校の頃だったか。アリッサよりも拳一つ分くらい背が高かったはずだ。殴り合いならアリッサが勝ったが、一度やり過ぎて治療費を払う羽目になった。嫌な思い出だ、今ならもっとうまく心だけを折れるんじゃないかと思う。
 同級生のその後は知らない。

 思い出の姿と照らし合わせても、やはりアメリアは初等学校に通う年齢に思える。
 一時的な幼児退行ぐらいであれば良い。もし、人の形でする食事に慣れていない、となると問題だ。スプーンを使った食事に慣れるよりも前、何年も前から隷属で縛られていた可能性がある。
 ふと見ると、アメリアがアリッサをじっと見ている。

「残さずに食べろよー、大きくなれねーぞー」

 食事を再開するアメリア。大きな具がなくなったからか、口元からこぼれるスープの量も少なくなったようにみえる。

(言葉が分かってないわけじゃあ、ないんだよな)

 言葉を話すことはないが、こちらの言葉への反応はある。
 アメリアにとっての最善は何だろうか。そんなことをつらつらと思いながら、アメリアの宿屋デビューは平穏に終了した。
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