ある魔法都市の日常

工事帽

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劇団の呉井さん2

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 暗い店内。そこだけ明るい舞台。
 さほど多くはない観客に囲まれたその舞台は、舞台の高さ以上に切り取られた別世界のようだ。
 シーンの区切りとなる最後のセリフの後、舞台は短い静寂に包まれる。と、同時に照明が落ち、暗くなった舞台から役者たちが舞台袖に引き上げる。俺もそれに遅れないように続いた。

「うわ」

 何気なく手をやった額には、大粒の汗がついていた。
 衣装を汚すわけにもいかないから、手についた汗は手を振って落とす。舞台に上るのにタイルなんて持ち歩いてはいない。

「お疲れ」
「はいよ」

 俺が本来居なければならないはずの、照明の操作席。そこで代わりに操作してくれていた俳優と一声交わして交代する。
 操作席について、足元に置いておいた私物のバックからタオルを出す。手早く汗を拭って、タオルをバックに突っ込んだら、舞台袖から舞台の様子を確認する。
 次のシーンの役者が出そろったところで、照明を入れて舞台は再び明るさを取り戻す。

 今日は新しい舞台の初公演だ。
 場所はいつもの定位置。というかそこ以外では演じたことがない本拠地。酒場の片隅にある舞台だ。普段は酒場の営業時間に合わせて、楽器の演奏や歌、時には大道芸が演じられている舞台だ。
 この酒場のオーナーは劇団の舞台監督でもある。とは言っても舞台監督として指示を出すことはあまりなく、実態はパトロンに近い。オーナーが援助してくれるおかげで、この劇団は練習にも本番にも同じ舞台を使えるし、舞台の確保を気にせずに活動できる。

 そうして昼間の、酒場が閉まっている間に練習した成果が、今日の舞台だ。

 演じている劇は不可解な家族の死から始まる推理型の憎愛劇。
 主人公役に貴族の令嬢、悪役にその婚約者を据えて、館の使用人や調査に来た衛兵が登場する。
 脚本を書いている呉井さんが使用人の数を盛り過ぎたせいで、裏方で照明係のはずの俺まで舞台に上がることになった。しかもセリフ付きでだ。

 それだけでも大変なのに、途中でシーンを増やすなんて言い出した。
 それが今、ちょうど演じられている回想シーンだ。令嬢の過去の幸せだった頃の記憶。家族に囲まれていた頃の記憶。婚約者のことを信じていた頃の記憶でもある。
 赤を基調とした不思議なドレスは、舞台の明かりの下で黄色にも青にも変わる。それは夢の中のように。

 令嬢と婚約者のダンスで、ドレスがフワリと舞ったタイミングで、照明をすべて落とす。
 数秒後、早着替えをした令嬢の姿が普通のドレスに変わるのに合わせて、ゆっくりとスポットで光を当てる。
 ここからは現在に戻り、令嬢の苦悩を吐露する独白のシーンだ。

 その後もシーン毎、セリフ毎に明かりを操作しているうちに劇は進む。
 暗い客席の反応は良く見えない。今日が初日ということもあって、客の入りは五割と言ったところ。うちの劇団にしては上出来だ。その分、客の反応がとても気になる。少しだけ見えるのは、最も舞台に近い席に陣取った、脚本の呉井さんだ。
 脚本の呉井さんは、いつも初回の公演だけは、一番前の席に座って劇を見る。

 練習の時に何度も見ているし、演技指導もしているのだから今更に思うが、どうも呉井に言わせれば練習と本番は別なんだそうだ。
 俺も、短い本番のシーンだけで、練習の時にはかかなかった汗をかいている。多分、客席から見ても違うものなんだろう。

 これが満員で入れないくらいの人気劇団なら問題になったのかもしれない。席に空きがあるうちの劇団なら問題にしたところで、空きの席が一つ増えるだけだ。だから誰も問題にしてはいない。

 そんな呉井さんの顔は満面の笑みだ。
 他のお客さんはともかく、呉井さんが満足出来る仕上がりにはなったらしい。これで評判が悪かったら、呉井さんの脚本が悪いと言うしかないな。
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