クリスマスパーティー

工事帽

文字の大きさ
上 下
1 / 1

クリスマスパーティー

しおりを挟む
「なあ、これから暇?」

 講義の終わったばかりの教室で、そう声をかけてきたのは、同じ大学に通う杉田だった。すぐ後ろには鳥嶋もいる。
 入学式でたまたま近くにいただけの出会いだったが、お互い知り合いもいない中で、教室はどこだ、講義は何を受けると相談するうちに友達になった。

「今日の講義は終わったから、暇は暇だけどさ」
「だけど、なんだよ」
「お前、今日が何の日か知ってて言ってる?」
「クリスマスイブだろ」

 そう、今日はクリスマスイブだ。

 大学生ともなれば、恋人がいる人もそれなりに見かけるようになる。それをクリスマスイブ当日に「これから暇?」はないだろうと思う。これで杉田が美人な恋人候補とかいうならともかく、杉田も俺も男だ。

「だってお前、恋人いないじゃん」
「ぐぬぬ」

 事実は時として痛いものが。特にクリスマスイブなんて世間が浮かれている日には。

「だから、暇なやつ集めてパーティーやろうぜ」
「え? 今日かよ」
「もちろん」
「誰が参加するのさ」
「俺と鳥嶋と栗田」

 つまりここにいる三人ということだ。普段から良く話しているから、杉田にも鳥嶋にも恋人がいないことは知っている。

「まあ、いいけど」

 面倒臭いという気持ちが半分と、これで世間に取り残されずに済むという安心が半分とで、そう答える。

「じゃあ、場所はお前の部屋な」
「はいはい」

 地方から出てきた俺だけが一人暮らしで、杉田と鳥嶋は両親と暮らしている。騒ぐなら俺の部屋になるのはいつものことだ。

「じゃあ、帰り道で買い出しか」
「いや、いや、ちょっと待ちなさいよ」
「なんだよ」

 杉田の後ろに黙って立っていた鳥嶋の声に応える。見れば鳥嶋の視線は二人の女性を示していた。
 八重樫さんと坂本さんだった。
 大人しくて可愛い八重樫さんと、明るくてムードメーカーの坂本さん。二人とも知り合いではあるが、親しいかというと微妙だ。出来れば親しいと言える関係になりたいとは思っているが、きっかけが中々ない。
 俺が「まさか」と思いながら戸惑っているうちに、鳥嶋が二人の所で歩いて行ってしまう。

「無理だろ」
「無理だな」

 俺は杉田と二人で、断られた鳥嶋がすごすごと戻ってくるのを待つ。
 だが、予想に反して、戻ってきた鳥嶋は笑顔だった。

「バイト終わった後ならいいってさ」
「マジかよ」

 男だけのクリスマスじゃないというだけでテンションが上がる。
 三人で上がったテンションのまま、パーティー料理の買い出しに教室を出る。女性二人のバイトが終わる前に、パーティーの準備を万全に済ませるのだ。

「なに買う?」
「クリスマスと言ったらチキンだろ」
「俺、ポテト食べたい」

 出て来た希望を総合して、ケ〇タッキーへ向かう。クリスマスの定番といえばケ〇タッキーだろう。フライドポテトも売っているから丁度いい。

「うお、なんだこれ」

 お店についてみたら、店からはみ出すくらいに人が居る。
 普段なら食事の時間でも並んで居るのは数人なのに、長蛇の列になっているとは思わなかった。定番の恐ろしさを見てしまった。

「これは無理だろ」
「予約しなきゃダメだったんじゃないか」
「今日思いついたんだから予約とか無理だし」

 仕方なくケ〇タッキーを諦める。それならポテトはマッ〇だという鳥嶋の言葉で、少し離れたマッ〇へ移動する。
 しかし、世間は無情だった。

「えっ、ないの!?」

 鳥嶋の悲痛な声がカウンターで響く。
 まったく売ってないわけではなかった。だがSサイズ限定だという。
 それではまったくパーティーには足りない。

「どうするよ」
「いっそスーパーで揃える?」
「仕方ないか」

 一人暮らしで実家から野菜が大量に送られてくることもあり、他の材料を買いにスーパーにはよく行く。スーパーのお惣菜コーナーも中々侮れないものだ。こういうイベント事には、パーティーパックが売っていることも多い。

「これだよ、これやろうぜ」

 杉田がそう飛びついたのは、お惣菜コーナーではなくお肉コーナーの中央に派手に飾り付けられた一角だった。そこで冷凍のターキーを指している。

「冷凍ターキーなんてどうするんだよ」
「油で揚げようぜ。ほら、ここにそう書いてる」

 レシピというか、こうやって食べますみたいな説明と、きれいなキツネ色に焼きあがったターキーが展示してある。

「これは。……無理じゃないか」
「無理じゃないって、お前んとこ、でっかい鍋もあるだろ。ついでにポテトも揚げれば揚げたてが食えるぜ」

 確かに丸ごとはいる大きな鍋はある。
 実家から送られてくる野菜を大量に入れて作るカレーは、一度作ると一週間は食べ続けられるくらい大量だ。一食分づつとか面倒だし、大量に作るほうが楽だからだ。それだけの鍋は持っている。

 揚げたてのポテトと聞いて鳥嶋のテンションも上がり出す。

 結局二人に押し切られて、冷凍ターキーと冷凍ポテトを買って帰ることになった。冷凍ポテトは切ってあって揚げるだけで済むやつだ。ジャガイモを切ってはいられないと、そこだけは死守した。

 部屋に戻ると杉田には鍋を渡して、大量に買って来た油を温めてもらう。鳥嶋には飲み物を冷蔵庫に仕舞ってもらう。凍ったままのターキーとポテトの存在感がとても大きい。それだけで台所を占領された気持ちになる。
 俺はその間に部屋の掃除だ。

 杉田と鳥嶋だけならどうでもいいが、八重樫さんと坂本さんが来るなら話は別だ。散らかっている雑誌をまとめて押し入れに放り込み、掃除機をかける。ゴーという掃除機の音が響く中「よーし、やるぞー」という杉田の声が聞こえる。

 そして、クリスマスのイルミネーションには、いささか派手すぎる炎の柱が立った。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

浦島子(うらしまこ)

wawabubu
青春
大阪の淀川べりで、女の人が暴漢に襲われそうになっていることを助けたことから、いい関係に。

【完結】その夏は、愛しくて残酷で

Ria★発売中『簡単に聖女に魅了〜』
青春
ーーわがままでごめんね。貴方の心の片隅に住まわせて欲しいの。 一章 告知 二章 思い出作り 三章 束の間 四章 大好き 最後に、柊真視点が入ります。 _________________ ファンタジーしか書いて来なかったので、このジャンルは中々書くのが難しかったですが、なんとか頑張って書いてみました! ※完結まで執筆済み(予約投稿) ※10万文字以上を長編と思っているので、この作品は短編扱いにしています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

犬猿の仲だけど一緒にいるのが当たり前な二人の話

ありきた
青春
犬山歌恋と猿川彩愛は、家族よりも長く同じ時間を過ごしてきた幼なじみ。 顔を合わせれば二言目にはケンカを始め、時には取っ組み合いにまで発展する。 そんな二人だが、絆の強さは比類ない。 ケンカップルの日常を描いた百合コメディです! カクヨム、ノベルアップ+、小説家になろうにも掲載しています。

タカラジェンヌへの軌跡

赤井ちひろ
青春
私立桜城下高校に通う高校一年生、南條さくら 夢はでっかく宝塚! 中学時代は演劇コンクールで助演女優賞もとるほどの力を持っている。 でも彼女には決定的な欠陥が 受験期間高校三年までの残ります三年。必死にレッスンに励むさくらに運命の女神は微笑むのか。 限られた時間の中で夢を追う少女たちを書いた青春小説。 脇を囲む教師たちと高校生の物語。

下っ端くんたちのあれこれ

高殿アカリ
青春
あるチームに、突然現れた女子高生レナ。 彼女は三人の下っ端くんたちに興味を持った。 これは、 そんな下っ端くんたちが それなりイケメンを目指して頑張るお話。 四人の仲良しラブコメディー ……なのかもしれない。 そう言えば、総長たちの話を従妹にしたらさ。 『主要キャラ補正だよ、それ』 なんてわけわかんないこと言ってたな…… しゅようきゃらほせい? なんだそれ! も、もしかして、 それがあれば俺たちもかっこよくなれるのか……?

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

黒狐さまと創作狂の高校生

フゥル
青春
これは、執筆に行き詰まったコミュ症高校生が、妖狐との異文化交流を通して自分の殻を破り、人間的にも作家的にもちょっぴり大人になる物語。 ―― 脳を創作で支配された高校生『ツキ』。 小説執筆で頭をおかしくしたツキは、神社へ参拝。 「面白い小説を書けますように」 「その願い、叶えよう」 願いを聞き届けたのは、千年妖狐の『黒狐さま』。黒髪ロングの美女である黒狐さまに対し、ツキは言った。 「いやです。だって、願い事叶う系の短編小説のオチって、大抵ろくな事ないじゃないですか」 「では、投稿サイトと、アカウント名を教えておくれ。ただの助言であれば、文句はあるまい」 翌朝、ツキのクラスに、黒狐さまが転入してきた。 こうして始まった、創作狂ツキと黒狐さまの奇妙な妖狐ミュニケーション。種族も年齢も価値観も違う交流。すれ違わないはずもなく……。

処理中です...