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電子マネー・オルタナティブ

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 古ぼけた雑居ビルの一階。
 そこに俺の店がある。

 ビルの外壁は年月に相応しい寂れ具合で、コンクリートの表面には細かいひび割れが、模様のようにびっしりと覆っている。ビルの上の階にはいくつものテナントが入ってはいるが、見るのはいつもすすけたヤツらの姿だけ。
 ビルと同じくら年季の入ったヤツらが何をしているのかは知らんが、スーツだの整髪料だのとは、無縁の世界であることだけは確かだ。

 しかし、古いビルとはいえ、通りに面した一階の立地だ。
 客商売としては悪くない。
 例えその通りがシャッター街などと馬鹿にされる、古ぼけた商店街だったとしてもだ。それに馬鹿にしているヤツらが思ってるほど、しけた商店街でもない。

 朝早くから納品にやってる問屋。
 毎日のようにこの通りへやってくる常連客。
 日中にはそこそこの人出がある。ちょいとばかり年齢層が高めだがな。それでも、寄り道していく学生の姿もある。

 俺はそんな店の奥に陣取って、いつも通りの商売をしていた。
 別に愛想なんかは必要ない。
 この店にそんなものを求めてくる客はいない。
 いつもどおりに仕入れて、いつも通りに売るだけだ。

 見覚えのない顔が訪れたのは、ある日の夕暮れだった。
 たまにやってくる、寄り道をする学生の姿も見えなくなるくらいの時間帯。日の長い季節だからまだ夜になっていないだけで、時刻としては夕食を食べていてもおかしくはない。そんな時間に現れた。

 見知らぬヤツは警戒する。
 当然の話だ。
 特に俺の店のようなところでは。

「一つくれ」

 見知らぬ客の注文に、手早く準備を始める。
 そして準備の間に探りをいれる。

「お客さんは見ない顔だが。どこから来なすった」
「……どこだっていいだろ」
「お客さん。そいつはいけねえな。ここは、見ての通りのさびれた街でね。余所者には敏感さ。余計なトラブルを起こしたくなきゃ、言葉にしたほうがいい。それともコブシのほうがお好みかい?」
「……関東だよ」
「それはまた、随分と遠くから来なすった」

 警戒を一段階上げる。
 この街は観光地ではない。それもこの古ぼけた商店街に用があるヤツなんて皆無だ。であれば、近くに親戚でも住んでいるのか、それとも仕事か。
 ああ、そういや悪い噂を一つ聞いたな。
 ある組織が、かなりの人数を雇ったという話。しかもその組織は札付きだ。このあたりじゃあ、あの組織に手を貸すようなバカはいない。雇ったのであれば、遠くから引っ張ってきたに決まっている。

 だから、こう聞くしかない。

「お客さん。金はあるんでしょうね」

 そしてその男はスマホを取り出して見せた。
 ああ、やっぱりだ。こいつは客じゃない・・・・・・・・・

「お客さん。そいつはここらじゃ使い物になりませんよ」
「なんでだよ。電子マネーだって金だろうが」

 なにも分かっていない。
 騙されて連れて来られたんだろうが。ここでそいつを受け取る店なんて、二つ隣のビルにある金券ショップくらいのものだ。確かこの前の相場は、3割だったか。それだって、換金の手間がかかり過ぎるから、辞めたいと言っていた。

 どうせ「初任給四十万」とか「5年で一千万も夢じゃない」とか言って連れてきたんだろう。だが、あの組織が払うのは金じゃない。ポイントだ。
 ヤツらは金とポイントは等価だと主張しちゃいるが、それを信じているヤツは、このあたりには一人もいない。あの組織の胸先三寸むなさきさんずんで決まる価値なんぞに、頼るヤツはいない。

 トングを置いて、ナイフを手にとる。
 毎日、研ぐのを欠かさない、自慢のナイフだ。

モノが欲しけりゃ、現金ゲンナマを持って来な」

 ナイフを手に、軽く脅してやれば、泡を食って逃げ出していく。
 このナイフをそんな程度のヤツの血で汚すわけがないのにな。

「チッ。無駄に作っちまったじゃねーか」

 話しをしている間に準備が終わってしまった。だが、客はいない。
 仕方なしに、出来上がったばかりのクレープに齧りつく。

「あめえじゃねえかバカヤロー」

 そして商店街の日は落ちる。
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