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入寮の儀式
しおりを挟む艶やかな黒に塗られたリムジンが錬鉄の門の向こうに吸い込まれていく。
四月の空は鈍く輝く。門の向こうに植えられた薔薇の蕾はまだまだ硬い。この学園に入学することになった車中の少女、香織の姿にも似て。
革製のゆったりとした後部座席に不釣り合いなほど少女の体は小さく華奢だった。真新しい制服は家に出入りする仕立て屋に直してもらい彼女のサイズにぴったりであったが、妙に肩に力が入ってしまい、軽い痛みさえ感じ始めていた。
「石倉さん、今日まで運転どうもありがとう」
緊張に耐えかねて、運転手との会話に逃げ込もうとする。幼い頃からずっとこの男に乗せてもらっていた。しかし、明日からは顔を見ることはないのだ。この学園は全寮制で、敷地内にある寮からの僅かな距離を歩いて通学することになるのだから。
「こちらこそ、ありがとうございます。香織お嬢様。でも、これからも私はお嬢様の運転手でございます。必要があればいつでもお呼びください」
ルームミラー越しに運転手の石倉は笑顔を見せる。しかし、いつ依頼があるかわからぬ運転手を遊ばせておく非効率を父は許すだろうか。香織にはわからなかった。
女子寮の車寄せで香織はリムジンを降りる。軽く手を振ると石倉は会釈をして応えた。これが本当に最後になるかもしれないと思うと香織は寂しかった。
ふりかえって寮を見上げる。巨大な建物だ。知らぬ者がみたらこれこそが聖ジェンマ学園の校舎そのものだと勘違いするだろう。
建物の四隅にはガーゴルが鎮座している。香織は姉からの手紙によって、事前にそれらが何かを知っていた。
入り口の左手にあたる南には風大をあらわすシルフがおり、入り口の右手にあたる東には火大をあらわすサラマンダーがいる。
南東にある入り口からは見えないが、北には大地をあらわすノーム、西に水大をあらわすウンディーネがあしらわれているはずである。
入り口の扉は巨人のために用意されているのではないかと思えるほど大きい。どこかにそれとは別の通用口があるはずだが香織にはわからなかった。姉からの手紙にも書かれてはいなかった。
香織は扉を開ける。木製とみえた扉は内側に金属が使われているらしくひどく重かった。しかし、動きは滑らかでよく手入れされているようではある。
ドアをあけると、吹き抜けのエントランスがあった。赤い絨毯の向こうに左右に別れ曲線を描いて伸びていく階段があり、はるか上空と思える格天井にはクリスタルのシャンデリアが吊り下げられていた。
無人である。しかし、香織には多くの人々が息を殺して待ち構えている気配を感じられた。
「どなたかいらっしゃいませんか。転校してきた瑞穂香織です」
香織が名乗るとひそひそ声が広がっていく。その後で、今度は沈黙がやってきた。自分の心臓の音が聞こえるほどの静けさ。緊張が高まっていく。
もうこれ以上は我慢ができない、そう思えた瞬間。2階の扉が音もなく開いた。
登場したのは、長い黒髪の少女。同性である香織でさえ息を飲むほどの美少女である。
「始めまして、香織さん。わたくし、生徒会長の篠原綾です」
自己紹介のあと黒髪の美少女は階段を降りていく。
彼女がやってくるまでの間は香織にとって決して退屈な時間とはならなかった。綾が着ている黒いドレスのドレープが美しく波うつ様を見ているのは眼福と呼べるほどの体験だったから。
目の前にきた綾は黒水晶の化身のように艶めいている。もし自分が男性であったなら、もうすでに恋に落ちているだろうと香織には思われた。二階からの登場からここまでの彼女の立ち振舞いには高度な演出があり、あざとさも勿論感じられたのだが、それ以上に眼前で見る美少女の圧倒的な迫力に香織は打ちのめされてしまった。
「ごきげんよう」
綾が言う。学生には不似合いな、しかし彼女には似つかわしいグロス調の真っ赤なルージュを塗った唇が動くのに気をとられ、香織は挨拶が遅れてしまう。
「どうされましたの。香織さん」
じっと見つめる綾のうるんだ瞳に吸い込まれそうになる。ああ、もし自分が男性であったならなどという仮定は抜きにしてよいのだと香織は思い直した。もう、自分は綾を好きになりはじめている。
「ごきげんよう」
香織はやっと口にすることができた。
気がつくと綾から眼が逸らせなくなっていた。香織の視界は綾の瞳と髪の色である黒に染め上げられていく。漆黒の世界では誰も意識を保つことなどできない……。
香織が意識を取り戻したとき、彼女は全裸で大理石のテーブルの上に横たわっていた。覆面をつけた女たちが香織の手足をおさえつけている。
「うッぐッんッ…」
ごく柔らかな布で猿ぐつわされており、香織は喋ることができなかった。
生徒会長の篠原綾が語りはじめる。
「今から、入寮儀式を始めます。香織さん、あなたが服を着ていないのは、いまここで生まれ変わったってことですわよ。下着の仕立てやくたびれ具合からでも、家柄や財力がわかってしまったりするものでしょ。この学園ではそういうものは一切関係ありません。大切なのは資質。魔法少女としての資質だけなのですわ。さあ!!」
赤、青、黄、緑、それぞれの色に染められたレースのアイマスクをつけた四人の少女が立ち上がる。彼女たちも身体には何も纏っていなかった。
「傷と癒しを」
綾が香織の手の甲にナイフを当てる。小さな傷がつけられ、血が噴き出してきた。傷口にアイマスクの少女たちが口づけをしていく。
四人のキスが終わったとき、香織の手にもう傷は残されていなかった。
白い貫頭衣が香織に掛けられる。
「着てくださいな。入寮儀式は終わりました。どのソロリティに入ることになるか。それは貴方の身体が決めてくれます」
綾が言った。
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