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淫神黙示録(シュブ=ニグラスの申し子)
蒼玖亜
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現実社会において「科学的」な判断がくだされる場面というのは限られている。
発情期に入った獣鬼から救われた五人の生存者があった。これを五人も助けることができたとみるか、五人しか助けられなかったとみるかは、「政治的」な判断といえる。
また、魔法少女の三人が三人とも、自ら特殊レザースーツを解除し、神話生物たちに進んで身体を差し出したという事実も、同じく政治的に判断される。もちろん彼女たちが捕らわれていた一般女性の救出を優先したからと言ってもだ。
そして、いまだ一度も姿を見せぬアグネス機関の頭領、アグネスは三人を魔法少女としての資質に欠けていると判断した。
赤城《あかぎ》紅緒《べにお》、緑川《みどりかわ》依莉翠《いりす》、黄田《きだ》柑奈《かんな》の三名は、治療が終わったその日、アグネス機関の魔法少女の身分を剥奪された。魔法石は摘出され、装備も返却したが、辛うじて、聖アグネス学園の寮生としての身分は残されることになった。サンドストーンの男。岩崎《いわさき》真砂志《まさし》の提言あってのことである。
「派遣切りみたいなものかなあ。魔法少女っていったって、不安定なものよねえ。知ってた、日本の戸籍にあたしたちの名前は載ってないんだって。人権も、認められてるかあやしいくらいよ」
紅緒は言った。
「ちょっと怖かったですわ。わたくし、殺されてしまうかと思いました」
と依莉翠。まだ、そんな季節ではないというのに、自分の腕をさすっていた。
「私、もっとやりたいことあったなぁ……」
柑奈が言う。錬金術を使った封印法など実用化寸前のことがたくさんあった。
涼やかな音を聞いたような気がして三人は振り返った。その音は耳ではなく、頭に響いていた。まだ彼女たちのなかには魔法少女としての感覚が残っているのだ。
モデルのようなスラリとした体型の少女が歩いてきた。青い髪をしている。そして、元魔法少女たちはみな彼女の体内に魔法石サファイアの光を感じていた。
紅緒だけがサファイアの少女の顔に見入っている。
「茜里《あかり》……」
獣鬼の子を孕み腹を食い破られた紅緒の妹とそっくりの顔だちだった。そして、今の紅緒の顔にも。
「あら、私を見殺しにした薄情なお姉さま、それでも名前は忘れないでいてくださったのね。でも、その名前は弱い身体と共に捨てました。今の私は別の名前を持っています。青山《あおやま》蒼玖亜《あくあ》です。よろしく。ポンコツ三人組のかわりに、この東京を護れと命じられてました」
サファイアの少女は言った。
「蒼玖亜《あくあ》……。ごめん、確かにあたしはあの日、逃げ出した。怖くて……。でも、あなたが生きててくれてよかった……」
紅緒は言う。
「お姉さまが逃げた後で、アグネス様が助けに来てくださったの。海外で治癒を受け、宝石のおかげで生まれ変わった。もう弱い私ではありません。北米で焔の魔神には勝利しましたのよ。お姉さま、さっきは憎まれ口を言いましたけど、お姉さまを憎んではいません。立場が逆なら、私も逃げ出していたはず。だって、あの時は、普通の女の子ですもの」
とサファイアの魔法少女、蒼玖亜《あくあ》が言う。
「蒼玖亜さん、ポンコツとはまた言ってくださいますわねえ」
依莉翠《いりす》が言った。
「あら、元エメラルドの魔法少女さんじゃありませんか。獣鬼に孕まされて邪神の下半身を産んでる魔法少女のどこがポンコツじゃありませんの? それにポンコツって言ったのは私ではなくアグネス様です。では、私は次の作戦の会議がありますので、これで」
蒼玖亜は去っていった。
「皮肉の才能もなかなかのものでした」
柑奈が言った。ひとこと言ったら何倍にもなって返ってきそうで彼女は蒼玖亜と口をきいていなかった。
気がつくと紅緒が涙を流していた。
「どうしたの、紅緒さん。悔しかったの?」
「いいえ。茜里《あかり》が生きててくれて本当に嬉しくて。あの大異変で、父も母も亡くなったけれど、あの子が生きてくれていて本当にほんとうに良かった……」
なぜ、アグネスはもっと早く言ってくれなかったのだろう。妹が生きていると知っていれば、日々の苦しみはもっと少なかったはずだ。
アグネスは紅緒たちの街の獣鬼殲滅の陣頭指揮をとっていた。当時のセイクリッド・ガールズたちを率いて瓦礫の街に降り立った彼女の姿は頼もしかった。救出されて、これからも生きていけることに無上の喜びを紅緒は感じた。
ふとアグネスが茜里のことを言わなかった理由に紅緒は思い至った。
「私は逃げてしまったからなんでしょうね。今はああ言ってくれているけど、当時は本気で私のことを憎んでいたはず。新しい名前を選ぶくらいに……」
紅緒は泣きたくなったが泣かなかった。これもまた聖アグネスの乙女としての試練なのだと思いかけた――しかし、辻褄が合わない。あまりに長い月日があった。妹の怒りがおさまった頃に本当のことを言ってくれてもよかったはずだ。
「まさか、本当に、アグネスが――」
紅緒は信じがたい黒井羊子のことばを思い出してしまう。
「どうしたのですか、紅緒?」
依莉翠《いりす》が心配して尋ねる。
「ごめん。あたし、図書室で調べ物がある。お勉強しなきゃ」
紅緒はひとり図書館棟に向かって駆けていった。そこには、初心者向けに解説された魔導の解説書なども納められている。
発情期に入った獣鬼から救われた五人の生存者があった。これを五人も助けることができたとみるか、五人しか助けられなかったとみるかは、「政治的」な判断といえる。
また、魔法少女の三人が三人とも、自ら特殊レザースーツを解除し、神話生物たちに進んで身体を差し出したという事実も、同じく政治的に判断される。もちろん彼女たちが捕らわれていた一般女性の救出を優先したからと言ってもだ。
そして、いまだ一度も姿を見せぬアグネス機関の頭領、アグネスは三人を魔法少女としての資質に欠けていると判断した。
赤城《あかぎ》紅緒《べにお》、緑川《みどりかわ》依莉翠《いりす》、黄田《きだ》柑奈《かんな》の三名は、治療が終わったその日、アグネス機関の魔法少女の身分を剥奪された。魔法石は摘出され、装備も返却したが、辛うじて、聖アグネス学園の寮生としての身分は残されることになった。サンドストーンの男。岩崎《いわさき》真砂志《まさし》の提言あってのことである。
「派遣切りみたいなものかなあ。魔法少女っていったって、不安定なものよねえ。知ってた、日本の戸籍にあたしたちの名前は載ってないんだって。人権も、認められてるかあやしいくらいよ」
紅緒は言った。
「ちょっと怖かったですわ。わたくし、殺されてしまうかと思いました」
と依莉翠。まだ、そんな季節ではないというのに、自分の腕をさすっていた。
「私、もっとやりたいことあったなぁ……」
柑奈が言う。錬金術を使った封印法など実用化寸前のことがたくさんあった。
涼やかな音を聞いたような気がして三人は振り返った。その音は耳ではなく、頭に響いていた。まだ彼女たちのなかには魔法少女としての感覚が残っているのだ。
モデルのようなスラリとした体型の少女が歩いてきた。青い髪をしている。そして、元魔法少女たちはみな彼女の体内に魔法石サファイアの光を感じていた。
紅緒だけがサファイアの少女の顔に見入っている。
「茜里《あかり》……」
獣鬼の子を孕み腹を食い破られた紅緒の妹とそっくりの顔だちだった。そして、今の紅緒の顔にも。
「あら、私を見殺しにした薄情なお姉さま、それでも名前は忘れないでいてくださったのね。でも、その名前は弱い身体と共に捨てました。今の私は別の名前を持っています。青山《あおやま》蒼玖亜《あくあ》です。よろしく。ポンコツ三人組のかわりに、この東京を護れと命じられてました」
サファイアの少女は言った。
「蒼玖亜《あくあ》……。ごめん、確かにあたしはあの日、逃げ出した。怖くて……。でも、あなたが生きててくれてよかった……」
紅緒は言う。
「お姉さまが逃げた後で、アグネス様が助けに来てくださったの。海外で治癒を受け、宝石のおかげで生まれ変わった。もう弱い私ではありません。北米で焔の魔神には勝利しましたのよ。お姉さま、さっきは憎まれ口を言いましたけど、お姉さまを憎んではいません。立場が逆なら、私も逃げ出していたはず。だって、あの時は、普通の女の子ですもの」
とサファイアの魔法少女、蒼玖亜《あくあ》が言う。
「蒼玖亜さん、ポンコツとはまた言ってくださいますわねえ」
依莉翠《いりす》が言った。
「あら、元エメラルドの魔法少女さんじゃありませんか。獣鬼に孕まされて邪神の下半身を産んでる魔法少女のどこがポンコツじゃありませんの? それにポンコツって言ったのは私ではなくアグネス様です。では、私は次の作戦の会議がありますので、これで」
蒼玖亜は去っていった。
「皮肉の才能もなかなかのものでした」
柑奈が言った。ひとこと言ったら何倍にもなって返ってきそうで彼女は蒼玖亜と口をきいていなかった。
気がつくと紅緒が涙を流していた。
「どうしたの、紅緒さん。悔しかったの?」
「いいえ。茜里《あかり》が生きててくれて本当に嬉しくて。あの大異変で、父も母も亡くなったけれど、あの子が生きてくれていて本当にほんとうに良かった……」
なぜ、アグネスはもっと早く言ってくれなかったのだろう。妹が生きていると知っていれば、日々の苦しみはもっと少なかったはずだ。
アグネスは紅緒たちの街の獣鬼殲滅の陣頭指揮をとっていた。当時のセイクリッド・ガールズたちを率いて瓦礫の街に降り立った彼女の姿は頼もしかった。救出されて、これからも生きていけることに無上の喜びを紅緒は感じた。
ふとアグネスが茜里のことを言わなかった理由に紅緒は思い至った。
「私は逃げてしまったからなんでしょうね。今はああ言ってくれているけど、当時は本気で私のことを憎んでいたはず。新しい名前を選ぶくらいに……」
紅緒は泣きたくなったが泣かなかった。これもまた聖アグネスの乙女としての試練なのだと思いかけた――しかし、辻褄が合わない。あまりに長い月日があった。妹の怒りがおさまった頃に本当のことを言ってくれてもよかったはずだ。
「まさか、本当に、アグネスが――」
紅緒は信じがたい黒井羊子のことばを思い出してしまう。
「どうしたのですか、紅緒?」
依莉翠《いりす》が心配して尋ねる。
「ごめん。あたし、図書室で調べ物がある。お勉強しなきゃ」
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