愛を知らずに愛を乞う

藤沢ひろみ

文字の大きさ
上 下
47 / 73

47.仕立て屋の訪問

しおりを挟む
 朝食を終えゆっくりと過ごしていた那岐は、仕立て屋が来たとメイドに呼ばれ応接室へと案内された。

 広い応接室には、那岐の襦袢を仕立てるのだと穂香が手配を依頼していた仕立て屋が、たくさんの生地を持ち込んでいた。
 さすがは城からの手配だと感心するところで、店に出向かずともこれほどの品を見れることに驚く。

 すでに穂香は来ており、那岐に続いて部屋に入った弥生は一言目に、張り切ってるわねと呟いた。

 仕立て屋の主人が生地を並べていくと、穂香は目に留まったものを片っ端から那岐に合わせ始めた。

「やっぱり、那岐は濃い色の方が似合うわね」
 紺色の生地を那岐の体に宛がいながら、穂香が頷いた。

「那岐の言う通り、黒や青の色合いのものがかっこいいわ」
 弥生がかっこいいなどと口にするのは珍しい。口に出してはいないが、黙っていたらねと付け加えられていそうな気もした。

 仕立て屋の主人は自由に動く穂香に、気に入りそうな色合いの生地を渡していく。

「仰る通りでございますね。お客様は男前ですから、色の濃いものの方が引き締まりさらに男らしく見えて良いかと思います」

「そうなのよねぇ。でも今回は、そうじゃないのがいいのよね。あ、せっかくだしタイプの違うものを二着作らない?」

 お楽しみを見つけた顔の穂香に、那岐は首を横に振った。
「一着で十分だ。週一回着るだけなんだからさ」

 色見本の束を触っていた弥生は、くすりと笑った。
「買ってもらえばいいのに。那岐ってホント物欲ないのね」

 実家が貧しかったうえ、遊華楼にいた頃も資金を貯めるために最低限の必要なものしか買うことがなかった。例え今は贅沢な暮らしができる環境にいるとしても、長年の生き方は簡単には変わらない。
 物欲がないと言えば聞こえはいいが、那岐の場合はただの貧乏性である。

「ねえ、この色どうかしら」
 弥生は色見本の束を穂香に見せた。那岐の着る襦袢なのに、尋ねるのは何故か穂香だ。

「薄紅色ね。かっこよくなりすぎず、色っぽさもあっていいわね」

 弥生は仕立て屋に色見本を見せると、持ってきた生地の中からその色の生地を集めさせた。

 大きな生地を那岐の体に宛がい、穂香は顔を綻ばせた。
「素敵! いいじゃない!」
「うん。いいわね」

 男が選ぶには不自然な色に、仕立て屋は不思議そうな顔をしていた。
 まさか目の前の三人が、王子の愛人だとは思いもしないはずだ。

「これ、地紋が入ってるのね」
「さすが、お目が高い。中に着るものとはいえ、ちらりと見える部分にまでおしゃれを気遣うのが美意識でございます」
 すかさず仕立て屋が穂香を褒める。

 弥生も別の生地を広げた。
「光の加減で見え隠れするのね」
「こちらは無地ですが、柄を描くことも可能でございます」
「そうなのね。那岐、どうする?」

 意見を求められ、那岐は穂香と弥生を見た。

 遊華楼で着ていた襦袢を思い出す。
 黒で染められた襦袢は、裾に流水の柄を施してあった。だが、客商売でもない。余計なものは不要だ。

「無地でいいよ。そもそも、今見てるの正絹だろ。簡単に洗える生地のものにしてくれよ」
「絹にしなさいよ。肌触りいいじゃない」
「手入れが大変だろ」

 仕立て屋も、王城に呼ばれたからと質の良いものばかりを持参しているが、店に戻ればもっと在庫があるはずだ。那岐が念のため確認をとると、仕立て屋は店にはもっと多くの種類の生地があると答えた。

 最終的に、色は薄紅色になった。穂香と弥生の薦めだ。

 色と地紋を決めると、最後に寸法を測り仕立て屋は帰って行った。
 一週間ほどで仕上げてくれるということだった。

「出来上がりが楽しみね」
「わくわくしちゃう」
 弥生と穂香は満足そうだ。

 当事者よりも楽しそうな様子の二人を見て、それだけでもこの企画はやったかいがあったのではないかと、那岐は満足した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】無自覚最強の僕は異世界でテンプレに憧れる

いな@
ファンタジー
 前世では生まれてからずっと死ぬまで病室から出れなかった少年は、神様の目に留まりました。  神様に、【健康】 のスキルを貰い、男爵家の三男として生まれます。  主人公のライは、赤ちゃんですから何もする事、出来る事が無かったのですが、魔法が使いたくて、イメージだけで魔力をぐるぐる回して数か月、魔力が見える様になり、ついには攻撃?魔法が使える様になりました。  でもまあ動けませんから、暇があったらぐるぐるしていたのですが、知らない内に凄い『古代魔法使い』になったようです。  若くして、家を出て冒険者になり、特にやることもなく、勝手気儘に旅をするそうですが、どこに行ってもトラブル発生。  ごたごたしますが、可愛い女の子とも婚約できましたので順風満帆、仲間になったテラとムルムルを肩に乗せて、今日も健康だけを頼りにほのぼの旅を続けます。 注)『無自覚』トラブルメーカーでもあります。 【★表紙イラストはnovelAIで作成しており、著作権は作者に帰属しています★】

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

騎士志望のご令息は暗躍がお得意

月野槐樹
ファンタジー
王弟で辺境伯である父を保つマーカスは、辺境の田舎育ちのマイペースな次男坊。 剣の腕は、かつて「魔王」とまで言われた父や父似の兄に比べれば平凡と自認していて、剣より魔法が大好き。戦う時は武力より、どちらというと裏工作? だけど、ちょっとした気まぐれで騎士を目指してみました。 典型的な「騎士」とは違うかもしれないけど、護る時は全力です。 従者のジョセフィンと駆け抜ける青春学園騎士物語。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

好きな人が「ふつーに可愛い子がタイプ」と言っていたので、女装して迫ったら思いのほか愛されてしまった

碓氷唯
BL
白月陽葵(しろつきひなた)は、オタクとからかわれ中学高校といじめられていたが、高校の頃に具合が悪かった自分を介抱してくれた壱城悠星(いちしろゆうせい)に片想いしていた。 壱城は高校では一番の不良で白月にとっては一番近づきがたかったタイプだが、今まで関わってきた人間の中で一番優しく綺麗な心を持っていることがわかり、恋をしてからは壱城のことばかり考えてしまう。 白月はそんな壱城の好きなタイプを高校の卒業前に盗み聞きする。 壱城の好きなタイプは「ふつーに可愛い子」で、白月は「ふつーに可愛い子」になるために、自分の小柄で女顔な容姿を生かして、女装し壱城をナンパする。 男の白月には怒ってばかりだった壱城だが、女性としての白月には優しく対応してくれることに、喜びを感じ始める。 だが、女という『偽物』の自分を愛してくる壱城に、だんだん白月は辛くなっていき……。 ノンケ(?)攻め×女装健気受け。 三万文字程度で終わる短編です。

僕の宿命の人は黒耳のもふもふ尻尾の狛犬でした!【完結】

華周夏
BL
かつての恋を彼は忘れている。運命は、あるのか。繋がった赤い糸。ほどけてしまった赤い糸。繋ぎ直した赤い糸。切れてしまった赤い糸──。その先は?糸ごと君を抱きしめればいい。宿命に翻弄される神の子と、眷属の恋物語【*マークはちょっとHです】

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。

薄明 喰
BL
アーバスノイヤー公爵家の次男として生誕した僕、ルナイス・アーバスノイヤーは日本という異世界で生きていた記憶を持って生まれてきた。 アーバスノイヤー公爵家は表向きは代々王家に仕える近衛騎士として名を挙げている一族であるが、実は陰で王家に牙を向ける者達の処分や面倒ごとを片付ける暗躍一族なのだ。 そんな公爵家に生まれた僕も将来は家業を熟さないといけないのだけど…前世でなんの才もなくぼんやりと生きてきた僕には無理ですよ!! え? 僕には暗躍一族としての才能に恵まれている!? ※すべてフィクションであり実在する物、人、言語とは異なることをご了承ください。  色んな国の言葉をMIXさせています。

処理中です...