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47.仕立て屋の訪問
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朝食を終えゆっくりと過ごしていた那岐は、仕立て屋が来たとメイドに呼ばれ応接室へと案内された。
広い応接室には、那岐の襦袢を仕立てるのだと穂香が手配を依頼していた仕立て屋が、たくさんの生地を持ち込んでいた。
さすがは城からの手配だと感心するところで、店に出向かずともこれほどの品を見れることに驚く。
すでに穂香は来ており、那岐に続いて部屋に入った弥生は一言目に、張り切ってるわねと呟いた。
仕立て屋の主人が生地を並べていくと、穂香は目に留まったものを片っ端から那岐に合わせ始めた。
「やっぱり、那岐は濃い色の方が似合うわね」
紺色の生地を那岐の体に宛がいながら、穂香が頷いた。
「那岐の言う通り、黒や青の色合いのものがかっこいいわ」
弥生がかっこいいなどと口にするのは珍しい。口に出してはいないが、黙っていたらねと付け加えられていそうな気もした。
仕立て屋の主人は自由に動く穂香に、気に入りそうな色合いの生地を渡していく。
「仰る通りでございますね。お客様は男前ですから、色の濃いものの方が引き締まりさらに男らしく見えて良いかと思います」
「そうなのよねぇ。でも今回は、そうじゃないのがいいのよね。あ、せっかくだしタイプの違うものを二着作らない?」
お楽しみを見つけた顔の穂香に、那岐は首を横に振った。
「一着で十分だ。週一回着るだけなんだからさ」
色見本の束を触っていた弥生は、くすりと笑った。
「買ってもらえばいいのに。那岐ってホント物欲ないのね」
実家が貧しかったうえ、遊華楼にいた頃も資金を貯めるために最低限の必要なものしか買うことがなかった。例え今は贅沢な暮らしができる環境にいるとしても、長年の生き方は簡単には変わらない。
物欲がないと言えば聞こえはいいが、那岐の場合はただの貧乏性である。
「ねえ、この色どうかしら」
弥生は色見本の束を穂香に見せた。那岐の着る襦袢なのに、尋ねるのは何故か穂香だ。
「薄紅色ね。かっこよくなりすぎず、色っぽさもあっていいわね」
弥生は仕立て屋に色見本を見せると、持ってきた生地の中からその色の生地を集めさせた。
大きな生地を那岐の体に宛がい、穂香は顔を綻ばせた。
「素敵! いいじゃない!」
「うん。いいわね」
男が選ぶには不自然な色に、仕立て屋は不思議そうな顔をしていた。
まさか目の前の三人が、王子の愛人だとは思いもしないはずだ。
「これ、地紋が入ってるのね」
「さすが、お目が高い。中に着るものとはいえ、ちらりと見える部分にまでおしゃれを気遣うのが美意識でございます」
すかさず仕立て屋が穂香を褒める。
弥生も別の生地を広げた。
「光の加減で見え隠れするのね」
「こちらは無地ですが、柄を描くことも可能でございます」
「そうなのね。那岐、どうする?」
意見を求められ、那岐は穂香と弥生を見た。
遊華楼で着ていた襦袢を思い出す。
黒で染められた襦袢は、裾に流水の柄を施してあった。だが、客商売でもない。余計なものは不要だ。
「無地でいいよ。そもそも、今見てるの正絹だろ。簡単に洗える生地のものにしてくれよ」
「絹にしなさいよ。肌触りいいじゃない」
「手入れが大変だろ」
仕立て屋も、王城に呼ばれたからと質の良いものばかりを持参しているが、店に戻ればもっと在庫があるはずだ。那岐が念のため確認をとると、仕立て屋は店にはもっと多くの種類の生地があると答えた。
最終的に、色は薄紅色になった。穂香と弥生の薦めだ。
色と地紋を決めると、最後に寸法を測り仕立て屋は帰って行った。
一週間ほどで仕上げてくれるということだった。
「出来上がりが楽しみね」
「わくわくしちゃう」
弥生と穂香は満足そうだ。
当事者よりも楽しそうな様子の二人を見て、それだけでもこの企画はやったかいがあったのではないかと、那岐は満足した。
広い応接室には、那岐の襦袢を仕立てるのだと穂香が手配を依頼していた仕立て屋が、たくさんの生地を持ち込んでいた。
さすがは城からの手配だと感心するところで、店に出向かずともこれほどの品を見れることに驚く。
すでに穂香は来ており、那岐に続いて部屋に入った弥生は一言目に、張り切ってるわねと呟いた。
仕立て屋の主人が生地を並べていくと、穂香は目に留まったものを片っ端から那岐に合わせ始めた。
「やっぱり、那岐は濃い色の方が似合うわね」
紺色の生地を那岐の体に宛がいながら、穂香が頷いた。
「那岐の言う通り、黒や青の色合いのものがかっこいいわ」
弥生がかっこいいなどと口にするのは珍しい。口に出してはいないが、黙っていたらねと付け加えられていそうな気もした。
仕立て屋の主人は自由に動く穂香に、気に入りそうな色合いの生地を渡していく。
「仰る通りでございますね。お客様は男前ですから、色の濃いものの方が引き締まりさらに男らしく見えて良いかと思います」
「そうなのよねぇ。でも今回は、そうじゃないのがいいのよね。あ、せっかくだしタイプの違うものを二着作らない?」
お楽しみを見つけた顔の穂香に、那岐は首を横に振った。
「一着で十分だ。週一回着るだけなんだからさ」
色見本の束を触っていた弥生は、くすりと笑った。
「買ってもらえばいいのに。那岐ってホント物欲ないのね」
実家が貧しかったうえ、遊華楼にいた頃も資金を貯めるために最低限の必要なものしか買うことがなかった。例え今は贅沢な暮らしができる環境にいるとしても、長年の生き方は簡単には変わらない。
物欲がないと言えば聞こえはいいが、那岐の場合はただの貧乏性である。
「ねえ、この色どうかしら」
弥生は色見本の束を穂香に見せた。那岐の着る襦袢なのに、尋ねるのは何故か穂香だ。
「薄紅色ね。かっこよくなりすぎず、色っぽさもあっていいわね」
弥生は仕立て屋に色見本を見せると、持ってきた生地の中からその色の生地を集めさせた。
大きな生地を那岐の体に宛がい、穂香は顔を綻ばせた。
「素敵! いいじゃない!」
「うん。いいわね」
男が選ぶには不自然な色に、仕立て屋は不思議そうな顔をしていた。
まさか目の前の三人が、王子の愛人だとは思いもしないはずだ。
「これ、地紋が入ってるのね」
「さすが、お目が高い。中に着るものとはいえ、ちらりと見える部分にまでおしゃれを気遣うのが美意識でございます」
すかさず仕立て屋が穂香を褒める。
弥生も別の生地を広げた。
「光の加減で見え隠れするのね」
「こちらは無地ですが、柄を描くことも可能でございます」
「そうなのね。那岐、どうする?」
意見を求められ、那岐は穂香と弥生を見た。
遊華楼で着ていた襦袢を思い出す。
黒で染められた襦袢は、裾に流水の柄を施してあった。だが、客商売でもない。余計なものは不要だ。
「無地でいいよ。そもそも、今見てるの正絹だろ。簡単に洗える生地のものにしてくれよ」
「絹にしなさいよ。肌触りいいじゃない」
「手入れが大変だろ」
仕立て屋も、王城に呼ばれたからと質の良いものばかりを持参しているが、店に戻ればもっと在庫があるはずだ。那岐が念のため確認をとると、仕立て屋は店にはもっと多くの種類の生地があると答えた。
最終的に、色は薄紅色になった。穂香と弥生の薦めだ。
色と地紋を決めると、最後に寸法を測り仕立て屋は帰って行った。
一週間ほどで仕上げてくれるということだった。
「出来上がりが楽しみね」
「わくわくしちゃう」
弥生と穂香は満足そうだ。
当事者よりも楽しそうな様子の二人を見て、それだけでもこの企画はやったかいがあったのではないかと、那岐は満足した。
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