愛を知らずに愛を乞う

藤沢ひろみ

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30.気がかり <衛士>

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 思いがけない名を耳にし、衛士は瞠目した。
「え!?」

「遊華楼にいた那岐だよ! ここを出たって聞いてたけど、パーティーに来てたんだぁ」

 衛士は一瞬、言葉を失った。

 何故そんな場所に那岐が来ていたのかと疑問に思ったが、思い当たる節があり溜め息をついた。
「あのじじい、そんな場所まで出入りしてるとは……相当好きものだな」

「じじい? 一緒にいたのは若い男だったよ」
 きょとんと小波が首を傾げる。
「僕より少し年上くらいかな。綺麗な感じの顔の男だった。僕は会うの初めてだったけど、たまに来てるみたい」

 金に糸目を付けなさそうなあの老人であれば、他に愛人を囲っていてもおかしくはない。恐らく、他の愛人と一緒に参加していたのだと安易に想像ができた。
 心配していたが、そんな場所に参加するくらいなのだから、案外楽しく過ごしているのかもしれない。

「……元気、だったか?」
 衛士はぽつりと尋ねた。
「うん!」

 小波の返事に、安堵した。
 遊華楼を出る時の元気のなさを考えれば、元気でいるならそれでいい。

「そこで、那岐としたんだ。僕、トップ二人にも抱かれちゃった。初めて会ったけど、やっぱりかっこいいねぇ。もちろん、衛士の方がかっこいいけどね!」

 何、と見返すと小波は最後に付け足した。もちろん、小波にとってどちらが好みかということを疑っているわけではない。那岐に抱かれたという言葉に反応したのだ。

「そりゃあ、オレも驚いたな」
 でしょ、と小波は満足そうにした。もう少し那岐の様子を知りたくて、衛士は続きを促した。
「で、その後は? 乱交っつーと、複数人でヤッたりすんのか?」

 尋ねると、何故か小波は不満そうな表情になる。

「うーん。そういうこともあるけどね。じつはもう一つ驚いたことがあって……。最初は抱く側だったんだけど、途中から一緒に来た男が那岐のことを抱いたんだ。さっきまで抱いてた僕の真横で、おっぱじめるんだもん。びっくりしちゃうよ」

 その時のことを思い出したのか、小波は溜め息をついた。
「最初のうちは那岐もやだやだ言ってたけど、そのうち気持ち良くなっちゃってさ」

「嫌がってるのに無理矢理やったのか!?」

 犯され抵抗する姿を想像し、小波を凝視する。
 衛士の反応に、小波は首を傾げて見せた。

「酷いことされてたわけじゃないよ。橘にいたからそっち側の人と思ってたけど、あの感じ……抱かれるの初めてじゃないみたいだったなぁ。それも意外。あんまり色っぽいもんだから周りも煽られちゃって、俺たちにもやらせろってそいつに言ったんだけど、こいつは自分のだって言って、その後も誰にもヤラせずそいつだけ楽しんでたんだよ。乱交パーティーに連れてきといて、おかしいよね!」
 小波は頬を膨らませた。

「……」
 衛士は呆然とした。

 老人に身請けされた那岐はどんな暮らしをしているのか、その若い男はいったい誰なんだと気になった。

 苛立ち、小さく舌打ちする。
「長年トップ張ってた男が、好き放題されやがって……」

 見知らぬ男に組み敷かれる那岐を想像する。嫌がるのを無理矢理に犯されたのだ。後ろに突っ込まれながら、口は別の男に奉仕を強要されたかもしれない。
 橘宮のトップだった男の現在の境遇に、ショックを隠せない。

 だが、同時に下半身が疼いた。那岐を抱いた時のことを思い出してしまった。

 那岐を初めて抱いたのは、紛れもなく衛士である。那岐が狭いその場所に最初に受け入れた男は、この衛士なのだ。

 少し興奮したせいで、襦袢が緩やかに持ち上がる。
「那岐はどんなふうに抱いた?」

「うんとね。最初は後ろから……あっ」
 小波の返事を聞き終わる前に、衛士はその体を引き寄せた。
 手を自分の昂ぶりに触れさせると、小波は嬉しそうに衛士に抱きついた。

 衝立の向こうに移動し敷布団の上で小波の服を脱がせ、濃厚なキスをしながらその体を愛撫する。
「衛士ぃ」
 甘ったるい声で呼びながら、小波は衛士の茶色い髪を両手でかき混ぜた。

 初めて髪を茶色く染めた時、那岐が似合うと言った。それ以来、衛士はずっと髪を染め続けていた。

 ローションでたっぷり小波の後ろを解し、四つん這いにさせ尻を高く掲げさせる。
「はぁ。衛士、そんなにじっと見ないでぇ」
 興奮を隠せていない声で小波が振り返った。見られているだけでも興奮するとは、営業する側としてはお手軽な男で助かる。

 だが、いつになく衛士も興奮していた。

 小波の窄まりを撫でる。ここに那岐のものが挿入ったのだと思うと、いつも以上に昂るのが分かった。

 今から那岐と同じ感覚を共有するのだと思うと、早く挿入れたくて仕方がない。
 どうやら今夜の衛士は、少し変態じみた気分にさせられているようだった。
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