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25.決別
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こうして浅沼と、ちゃんと話ができるとは思っていなかった。浅沼と会話が出来たことで、裕也は安堵した。
二人の間に静かな空気が流れる。
その時、裕也の背後のドアがガチャリと開いた。トイレにやってきた他の客に、場の空気が乱される。
裕也は、いつ誰が来るかも分からない場所で話し込んでいたことを思い出した。他の客が用を足している間、裕也も浅沼も一言も喋らない。
居心地悪そうに手を洗い終えて男が出て行くと、浅沼が息を吐いた。
「それにしてもまあ……。姉ちゃんのことで迷惑かけてしまったのでこの二ヶ月ずっと気にしてたのに、先輩って意外と乗り換え早かったんですね。もう新しい彼女作っちゃって」
ぷいと浅沼が顔を逸らした。
さっきの客がリセットボタンを押して出て行ったのではないかというほど、しおらしい態度から一転して非難するような物言いだった。
何のことを言われているのか分からず裕也は戸惑うが、すぐに真木野のことだと気付いた。
「あ、浅沼だって、女とデートしてるくせに。だいたい、俺は仕事だぞ」
「俺も仕事ですよ。ただの客との同伴です」
女は“龍二”と呼んでいたのではなく、ホスト名の“リュウジ”を呼んでいたのだ。そう理解し、裕也は何故か安心した。しかしそれも束の間、浅沼から鋭い言葉が飛んでくる。
「そのわりには、物凄く楽しそうでしたけど。とても仕事には見えない感じでしたね」
「ほ、本当に仕事相手だよっ。今日は、一緒にしていた仕事の打ち上げ的な感じで……」
裕也は慌てて説明した。言い訳のようだ。
浅沼は拗ねたような態度をとるし、まるでお互いの浮気現場を目撃してしまったような会話だ。馬鹿な言い合いである。
「でも、本当にもしかしたら付き合うかも、だけどな」
つっかかるような物言いの浅沼に何となく腹が立ち、裕也は思ってもいないことを口にした。
ただ好意を持っているだけで互いに恋愛感情なんてない。浅沼にバレないとはいえ、口が滑ってしまった。
へえ、と浅沼が低く呟いた。
「今回の彼女は、随分いつもと違うタイプですね。先輩の好みは可愛くて清楚、大人しめな守ってあげたくなる系じゃなかったでしたっけ? それに姉ちゃんといい、いつから年上志向になったんですか?」
浅沼に的確に女性の好みのタイプを言い当てられて、裕也はドキリとする。
どうしてそんなに詳しく知っているんだと、ありありと顔に出ていたのか、裕也が訊ねる前に浅沼が答えた。
「そりゃ、ずっと先輩のこと見てましたから」
浅沼のどこか儚げな笑みに、裕也は冷静になった。
「……」
浅沼は裕也を想ってきた時間分、裕也のことをただ見ていたのだ。裕也の隣に誰がいようとも。浅沼に言われて、裕也は改めて気づかされる。
さて、と浅沼が声を掛けた。
「そろそろ戻ります。客待たせてるんで」
浅沼が壁から身を起こす。
「新しい彼女とお幸せに。今度は邪魔しませんから安心して下さい。多分、もう会うこともないでしょうから」
「え……?」
もう会うことがない―――。
裕也はその言葉を反芻した。
浅沼が目の前を通り過ぎドアを開け出て行っても、裕也はそこに立ち尽くしていた。
トイレの壁の淡いサーモンピンクが、裕也に卒業式の日を思い起こさせる。早めに咲いた桜の中、呟かれた別れの言葉。立ち去るその背中。まるであの日の再現のようだ。あの時受けたショックが、鮮やかに蘇った。
また、浅沼に捨てられた―――。
和美のこともあるから、二人が会い続けるのはおかしい。会わないことが、二人にとって最良なのだ。
けれど、ただ別れを告げられただけなのに、裕也はひどく辛い気持ちになった。捨てられた仔猫のように、自分はここにいるのにと訴えたくなった。
きっと、今度こそ本当に最後だ。浅沼とはもう会うことがない。裕也には、浅沼を引き止める理由がない。
裕也は、震えそうになる唇をキュッと結んだ。
気持ちを落ち着けてから席に戻ると、あまりに遅いので真木野に心配されてしまった。
ついさっきまで、恋愛感情を持てそうかもしれないと思えるほど真木野が魅力的な女性に見えていたのに、何故か今は仕事のつきあいだけの普通の女性にしか見えなくなっていた。
真木野と一緒にいて楽しくないわけではない。だが、トイレから戻った途端に、彼女から何かが失われたような、物足りなさを感じた。
それは何故なのかと不思議に思えたが、そこまで追求して考えることはなかった。
食事を終えると、裕也は駅まで真木野を送った。そして別れ際、真木野に交際を申し込まれた。
真木野が好意以上のものを感じてくれていたという驚きと、今しがた自分でついた嘘が現実になったということに驚く。
裕也はまだ、次の恋人を作る気にはならなかった。
けれど、もしかしたらこうなることが自然なのかもしれないと、裕也は真木野と付き合うことを決めた。
真木野とならきっと上手くいくだろう。裕也は漠然とそう思えた。
二人の間に静かな空気が流れる。
その時、裕也の背後のドアがガチャリと開いた。トイレにやってきた他の客に、場の空気が乱される。
裕也は、いつ誰が来るかも分からない場所で話し込んでいたことを思い出した。他の客が用を足している間、裕也も浅沼も一言も喋らない。
居心地悪そうに手を洗い終えて男が出て行くと、浅沼が息を吐いた。
「それにしてもまあ……。姉ちゃんのことで迷惑かけてしまったのでこの二ヶ月ずっと気にしてたのに、先輩って意外と乗り換え早かったんですね。もう新しい彼女作っちゃって」
ぷいと浅沼が顔を逸らした。
さっきの客がリセットボタンを押して出て行ったのではないかというほど、しおらしい態度から一転して非難するような物言いだった。
何のことを言われているのか分からず裕也は戸惑うが、すぐに真木野のことだと気付いた。
「あ、浅沼だって、女とデートしてるくせに。だいたい、俺は仕事だぞ」
「俺も仕事ですよ。ただの客との同伴です」
女は“龍二”と呼んでいたのではなく、ホスト名の“リュウジ”を呼んでいたのだ。そう理解し、裕也は何故か安心した。しかしそれも束の間、浅沼から鋭い言葉が飛んでくる。
「そのわりには、物凄く楽しそうでしたけど。とても仕事には見えない感じでしたね」
「ほ、本当に仕事相手だよっ。今日は、一緒にしていた仕事の打ち上げ的な感じで……」
裕也は慌てて説明した。言い訳のようだ。
浅沼は拗ねたような態度をとるし、まるでお互いの浮気現場を目撃してしまったような会話だ。馬鹿な言い合いである。
「でも、本当にもしかしたら付き合うかも、だけどな」
つっかかるような物言いの浅沼に何となく腹が立ち、裕也は思ってもいないことを口にした。
ただ好意を持っているだけで互いに恋愛感情なんてない。浅沼にバレないとはいえ、口が滑ってしまった。
へえ、と浅沼が低く呟いた。
「今回の彼女は、随分いつもと違うタイプですね。先輩の好みは可愛くて清楚、大人しめな守ってあげたくなる系じゃなかったでしたっけ? それに姉ちゃんといい、いつから年上志向になったんですか?」
浅沼に的確に女性の好みのタイプを言い当てられて、裕也はドキリとする。
どうしてそんなに詳しく知っているんだと、ありありと顔に出ていたのか、裕也が訊ねる前に浅沼が答えた。
「そりゃ、ずっと先輩のこと見てましたから」
浅沼のどこか儚げな笑みに、裕也は冷静になった。
「……」
浅沼は裕也を想ってきた時間分、裕也のことをただ見ていたのだ。裕也の隣に誰がいようとも。浅沼に言われて、裕也は改めて気づかされる。
さて、と浅沼が声を掛けた。
「そろそろ戻ります。客待たせてるんで」
浅沼が壁から身を起こす。
「新しい彼女とお幸せに。今度は邪魔しませんから安心して下さい。多分、もう会うこともないでしょうから」
「え……?」
もう会うことがない―――。
裕也はその言葉を反芻した。
浅沼が目の前を通り過ぎドアを開け出て行っても、裕也はそこに立ち尽くしていた。
トイレの壁の淡いサーモンピンクが、裕也に卒業式の日を思い起こさせる。早めに咲いた桜の中、呟かれた別れの言葉。立ち去るその背中。まるであの日の再現のようだ。あの時受けたショックが、鮮やかに蘇った。
また、浅沼に捨てられた―――。
和美のこともあるから、二人が会い続けるのはおかしい。会わないことが、二人にとって最良なのだ。
けれど、ただ別れを告げられただけなのに、裕也はひどく辛い気持ちになった。捨てられた仔猫のように、自分はここにいるのにと訴えたくなった。
きっと、今度こそ本当に最後だ。浅沼とはもう会うことがない。裕也には、浅沼を引き止める理由がない。
裕也は、震えそうになる唇をキュッと結んだ。
気持ちを落ち着けてから席に戻ると、あまりに遅いので真木野に心配されてしまった。
ついさっきまで、恋愛感情を持てそうかもしれないと思えるほど真木野が魅力的な女性に見えていたのに、何故か今は仕事のつきあいだけの普通の女性にしか見えなくなっていた。
真木野と一緒にいて楽しくないわけではない。だが、トイレから戻った途端に、彼女から何かが失われたような、物足りなさを感じた。
それは何故なのかと不思議に思えたが、そこまで追求して考えることはなかった。
食事を終えると、裕也は駅まで真木野を送った。そして別れ際、真木野に交際を申し込まれた。
真木野が好意以上のものを感じてくれていたという驚きと、今しがた自分でついた嘘が現実になったということに驚く。
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