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17.浅沼とデート?
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ぐう、と音がした。
「あ」
裕也と浅沼の間に妙な空気が流れ、それを断ち切るかのように裕也の腹の虫が鳴ったのだ。
「もう一時ですしね。雑誌に載ってた店に行くんでしたっけ? それとも、このへんの店でもいいですか?」
「……近くでいい」
浅沼の口元が少し緩んでいるのに気付き、裕也は少しうな垂れた。
今の二人の関係を考えれば、〝いい〟雰囲気などあるはずもないのだが、まるで雰囲気ぶち壊しとでも言わんばかりのタイミングだ。
腹が鳴ったのを聞かれたくらいで気にする性格ではないが、今だけは少しばかり恥ずかしくなる。浅沼にも笑われてしまい、裕也は頬を指先で掻いた。
二人は少し歩いた所にある定食屋に入った。腹が減ったからご飯ものが食べたいと、裕也が言ったからだ。店に入ると待たされたが、回転も良くしばらくして席に着くことができた。メニューを一通り見て、裕也はミックスフライ定食を、浅沼はざる蕎麦と天丼のセットを注文した。
「浅沼、天ぷら好きなの相変わらずだなー」
「先輩こそ、エビフライもカツも捨てがたいからミックスってとこ、変わりませんね」
注文を受けた店員が席を去った後、どちらからともなく笑った。
まるで、大学生の頃に戻ったような気分になる。勉強は大変だったが、好きなカメラを触っていられて、楽しい仲間や可愛い後輩もいて凄く楽しかった。
目の前に座る浅沼も、顔つきは大人びたけれども、こうしているとまるであの頃のようだ。
食事の後は、浅沼の買い物に行こうと裕也から提案した。
ブランドショップに戻ると、浅沼はジャケットを買った。一着だけで裕也の仕事用スーツが何着買えるのか、考えるだけでも恐ろしくなる。改めて、人気ホストである浅沼の凄さを知る。
その後、通りがかった書店に平積みされていた写真集に惹かれ、風景写真集を買った。
浅沼とのぎこちなさはいつの間にか消えて、歩きながら、買い物をしながら、ごく普通の他愛ない話をした。仕事のこと、カメラのこと、ちょっとした日常のこと。再会してからこんなにも会話をしたのは初めてだった。
気がつくと、浅沼はとてもリラックスしているように見えた。笑う顔も大学生の頃のようだった。
裕也の部屋にいる時には決して見せない表情だ。いつもはどこか追い詰められたような、それでいて自分勝手な素っ気ない表情を見せたりする。
今の浅沼はとても自然な表情をしていて、何故か裕也までも嬉しくなった。
結局二人はぶらぶらと街中で過ごした。
「なんだか、大学の時みたいだよな。こうやってると」
カフェでコーヒーを買った後、道路に面したテラス席に腰を下ろし、裕也は懐かしそうに呟いた。
浅沼は裕也の方を一度見て、それから苦笑する。
「やっぱり先輩には、ただの大学の後輩との遊びの延長ですよね」
浅沼はコーヒーを持つ手に少し力を加えた。俺は、と言いかけて口を噤む。それから間を置いて、静かに呟いた。
「俺は、先輩とデートしてるみたいで……ちょっと嬉しかったです」
言った後で、浅沼は小さく笑った。その笑いは自嘲のようで、裕也の楽しくて舞い上がっていた気持ちは一気に萎んでしまう。
また無神経なことを言ってしまったと、自分の発言を反省した。裕也は残ったコーヒーを一気に喉に流し込んだ。
「何だか曇ってきましたね」
浅沼の言葉につられて空を見ると、西の空がどんよりとした鈍色をしていた。
浅沼は二人分の空の容器を、カフェの返却口に運んだ。そして戻ってくると、一言言った。
「それじゃ、先輩の家行きましょうか」
「……」
途端に、現実に戻される。
さっきまでとても楽しく過ごしていた。今日一緒に過ごして、浅沼は裕也が知る頃のまま変わっていないと実感した。あんな行為をしなくても、これからもいい感じでやっていけるんじゃないかと思えた。
けれど、部屋に戻るとまたあの浅沼に戻ってしまうのだろう。
部屋に帰れば、またするのだ。あんな意味のない、何も生まれない、どちらも幸せになれない心に傷を残すだけの行為を。
家に帰る電車に乗っている間、二人の間に言葉はなかった。
これから自分が向かう先には良いことなんて待っていないのだと、浅沼も分かっているのだ。
車窓から見える景色をただ黙ってじっと眺めている浅沼を見て、裕也はなんとなくそう感じた。
裕也と浅沼は、これからどうすればいいのだろう。
終わりがあることは分かっている。それでも浅沼は、裕也の手を離さないままゴールへと向かおうとする。
ズボンのポケットに入れていた裕也の携帯電話が鳴った。ポケットから取り出しディスプレイを見ると、電話は和美からだ。デートが途中になってしまったことを気にして、電話をしてきたのかもしれない。
電車の乗客はそれほど多くはない。小声で電話に出ようと、裕也は通話ボタンを押そうとする。だが、その手を浅沼に阻まれた。
「浅……」
「お願いだから、二人でいる時は出ないで下さい」
「……」
低く静かな浅沼の声が胸に刺さった。
和美からだと気付いたのだ。浅沼はただそれだけ言ってまた黙り込んでしまった。
やがて呼び出し音は途絶え、裕也は携帯電話をポケットに戻した。浅沼は再び窓の外に顔を向ける。
裕也は浅沼の横顔を見つめ、短く呟かれた言葉の重みを感じていた。
さっきまでの楽しい時間を思い返す。浅沼は、明るい顔を見せてよく喋ってくれた。
裕也が大学の頃の延長のような気持ちで楽しんでいたのは自覚している。浅沼とは、楽しい時間をいつまでも共有していたかった。
浅沼に嫌われたと思った時、本当に自分でも驚くほど傷ついたのだ。
それは浅沼とは違う気持ちだったけれど、裕也も浅沼のことを大事な人だと思っている。
浅沼は、どうして裕也と同じ気持ちではダメだったのだろう。そうすれば、いつまでもずっと親友として一緒にいることができたのに―――。
「あ」
裕也と浅沼の間に妙な空気が流れ、それを断ち切るかのように裕也の腹の虫が鳴ったのだ。
「もう一時ですしね。雑誌に載ってた店に行くんでしたっけ? それとも、このへんの店でもいいですか?」
「……近くでいい」
浅沼の口元が少し緩んでいるのに気付き、裕也は少しうな垂れた。
今の二人の関係を考えれば、〝いい〟雰囲気などあるはずもないのだが、まるで雰囲気ぶち壊しとでも言わんばかりのタイミングだ。
腹が鳴ったのを聞かれたくらいで気にする性格ではないが、今だけは少しばかり恥ずかしくなる。浅沼にも笑われてしまい、裕也は頬を指先で掻いた。
二人は少し歩いた所にある定食屋に入った。腹が減ったからご飯ものが食べたいと、裕也が言ったからだ。店に入ると待たされたが、回転も良くしばらくして席に着くことができた。メニューを一通り見て、裕也はミックスフライ定食を、浅沼はざる蕎麦と天丼のセットを注文した。
「浅沼、天ぷら好きなの相変わらずだなー」
「先輩こそ、エビフライもカツも捨てがたいからミックスってとこ、変わりませんね」
注文を受けた店員が席を去った後、どちらからともなく笑った。
まるで、大学生の頃に戻ったような気分になる。勉強は大変だったが、好きなカメラを触っていられて、楽しい仲間や可愛い後輩もいて凄く楽しかった。
目の前に座る浅沼も、顔つきは大人びたけれども、こうしているとまるであの頃のようだ。
食事の後は、浅沼の買い物に行こうと裕也から提案した。
ブランドショップに戻ると、浅沼はジャケットを買った。一着だけで裕也の仕事用スーツが何着買えるのか、考えるだけでも恐ろしくなる。改めて、人気ホストである浅沼の凄さを知る。
その後、通りがかった書店に平積みされていた写真集に惹かれ、風景写真集を買った。
浅沼とのぎこちなさはいつの間にか消えて、歩きながら、買い物をしながら、ごく普通の他愛ない話をした。仕事のこと、カメラのこと、ちょっとした日常のこと。再会してからこんなにも会話をしたのは初めてだった。
気がつくと、浅沼はとてもリラックスしているように見えた。笑う顔も大学生の頃のようだった。
裕也の部屋にいる時には決して見せない表情だ。いつもはどこか追い詰められたような、それでいて自分勝手な素っ気ない表情を見せたりする。
今の浅沼はとても自然な表情をしていて、何故か裕也までも嬉しくなった。
結局二人はぶらぶらと街中で過ごした。
「なんだか、大学の時みたいだよな。こうやってると」
カフェでコーヒーを買った後、道路に面したテラス席に腰を下ろし、裕也は懐かしそうに呟いた。
浅沼は裕也の方を一度見て、それから苦笑する。
「やっぱり先輩には、ただの大学の後輩との遊びの延長ですよね」
浅沼はコーヒーを持つ手に少し力を加えた。俺は、と言いかけて口を噤む。それから間を置いて、静かに呟いた。
「俺は、先輩とデートしてるみたいで……ちょっと嬉しかったです」
言った後で、浅沼は小さく笑った。その笑いは自嘲のようで、裕也の楽しくて舞い上がっていた気持ちは一気に萎んでしまう。
また無神経なことを言ってしまったと、自分の発言を反省した。裕也は残ったコーヒーを一気に喉に流し込んだ。
「何だか曇ってきましたね」
浅沼の言葉につられて空を見ると、西の空がどんよりとした鈍色をしていた。
浅沼は二人分の空の容器を、カフェの返却口に運んだ。そして戻ってくると、一言言った。
「それじゃ、先輩の家行きましょうか」
「……」
途端に、現実に戻される。
さっきまでとても楽しく過ごしていた。今日一緒に過ごして、浅沼は裕也が知る頃のまま変わっていないと実感した。あんな行為をしなくても、これからもいい感じでやっていけるんじゃないかと思えた。
けれど、部屋に戻るとまたあの浅沼に戻ってしまうのだろう。
部屋に帰れば、またするのだ。あんな意味のない、何も生まれない、どちらも幸せになれない心に傷を残すだけの行為を。
家に帰る電車に乗っている間、二人の間に言葉はなかった。
これから自分が向かう先には良いことなんて待っていないのだと、浅沼も分かっているのだ。
車窓から見える景色をただ黙ってじっと眺めている浅沼を見て、裕也はなんとなくそう感じた。
裕也と浅沼は、これからどうすればいいのだろう。
終わりがあることは分かっている。それでも浅沼は、裕也の手を離さないままゴールへと向かおうとする。
ズボンのポケットに入れていた裕也の携帯電話が鳴った。ポケットから取り出しディスプレイを見ると、電話は和美からだ。デートが途中になってしまったことを気にして、電話をしてきたのかもしれない。
電車の乗客はそれほど多くはない。小声で電話に出ようと、裕也は通話ボタンを押そうとする。だが、その手を浅沼に阻まれた。
「浅……」
「お願いだから、二人でいる時は出ないで下さい」
「……」
低く静かな浅沼の声が胸に刺さった。
和美からだと気付いたのだ。浅沼はただそれだけ言ってまた黙り込んでしまった。
やがて呼び出し音は途絶え、裕也は携帯電話をポケットに戻した。浅沼は再び窓の外に顔を向ける。
裕也は浅沼の横顔を見つめ、短く呟かれた言葉の重みを感じていた。
さっきまでの楽しい時間を思い返す。浅沼は、明るい顔を見せてよく喋ってくれた。
裕也が大学の頃の延長のような気持ちで楽しんでいたのは自覚している。浅沼とは、楽しい時間をいつまでも共有していたかった。
浅沼に嫌われたと思った時、本当に自分でも驚くほど傷ついたのだ。
それは浅沼とは違う気持ちだったけれど、裕也も浅沼のことを大事な人だと思っている。
浅沼は、どうして裕也と同じ気持ちではダメだったのだろう。そうすれば、いつまでもずっと親友として一緒にいることができたのに―――。
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