彼女と結婚するまでに

藤沢ひろみ

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16.デート

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 翌週、裕也は和美と結婚式場の契約をしに行った。ホテルの中にあるチャペルは、色々見学に行った中から和美が一番気に入ったものだった。

 午前中に終わり、本屋で情報誌を見ながら二人で遠くない将来の話をする。とても前向きで穏やかな、いつも通りの過ごし方だった。

「ねぇねぇ。ランチはこの店に行かない? 写真のメニューが凄く美味しそう」
 裕也の腕にくっつきながら雑誌を見ていた和美が、料理の写真を指差す。和美が好きそうなイタリアンの店だ。

 二人は、一駅先にある店までランチを食べに行くことにした。
 百貨店などが立ち並ぶ大通りの歩道の人ごみを、二人は腕を組みながら駅に向かって歩く。途中、ふと和美が立ち止まった。
「ね。あれ、龍ちゃんじゃない?」

「えっ?」
 和美の言葉に、裕也はドキリとする。
 突然斜めに歩き出した和美に、組んでいた腕ごと体を引っ張られる。二人は全面ガラス張りのブランドショップの前に辿り着いた。

「龍ちゃん!」
「えっ、姉ちゃ……あ」
 ブランドショップの入口で、ちょうど店内に入ろうとしていた浅沼が振り返った。

 浅沼は、姉と一緒の裕也の姿を見て黙り込んだ。浅沼の視線が、裕也と和美が組んでいた腕に一瞬だけ向けられたことを、裕也は見逃さなかった。
 悪いことをしているわけでもないのに、後ろめたさが押し寄せる。途端に、和美と組んでいる腕が居心地悪いものになった。

「先輩も、お久しぶりです」
「あ……、うん。久しぶり」

 再会してから何度も会っているが、浅沼はまるで二ヶ月ぶりに会うかのような態度を見せた。裕也も話を合わせる。

「姉ちゃんたちは、デート中?」
 浅沼が尋ねると、和美はバッグからパンフレットを出した。
「じゃーん! 式場の申し込みしてきたの。見て見て、素敵でしょ」

「……。へえ、そうなんだ」
 少し遅れて浅沼が笑う。顔は笑っているが、少し表情が固くなった。裕也は浅沼の変化を見逃さない。
 ただ純粋に嬉しい報告を弟にしているだけの和美の行動に、居た堪れない気持ちになってくる。パンフレットの中身を見せようとし始めた和美を、裕也はすかさず阻止した。

「浅沼、買い物途中だったんだろ? 邪魔して悪かったな」
「え、あ、いえ」
 浅沼が歯切れの悪い返事を返す。ここで話を終わらせ別れることにした。

「龍ちゃん、お昼食べた?」
「いや、まだだけど」
「ちょうど良かった! 雑誌に載ってた店に、ランチ食べに行くの。一緒に行かない? いいよね、裕也」

「え」
 思わず声を上げたのは、裕也と浅沼の二人同時だった。一瞬、二人は顔を見合わせる。

 一緒に食事をしたくないということではないが、この微妙な三角関係での食事に裕也は躊躇した。浅沼も、裕也と和美が仲良くしている姿を見るのは嫌なはずだ。
 けれど、和美はそんなこと知る由もない。

「いいんじゃないか? 浅沼の都合さえよければ」
 裕也は和美を見て頷いた。浅沼の方から断ると予想できたからだ。

 そして、浅沼の唇が断りの言葉を言いかけた時、和美の腕が浅沼の腕を掴んだ。
「ねっ。一緒に行こ、龍ちゃん! こないだ三人で食事した時、龍ちゃん途中で帰っちゃったでしょ」

 和美はどちらかといえば大人しいタイプなのだが、こうと決めたら譲らない部分もある。それは裕也も然ることながら、浅沼もよく知っていた。
 浅沼は断るのを諦め少し苦笑すると、行くよと返事した。

「買い物はどうする? 後でいいの?」
「別にいいよ。服なんていつでも買える」

 三人でいることに慣れてきたのか、浅沼は少し落ち着いたように見える。
 しかし、裕也の緊張はなかなか緩んでくれはしなかった。

 裕也と浅沼は、和美を挟んで並んで歩いた。

 もう少しで駅というところで、今度は和美を呼び止める声が聞こえた。
「あれ!? 和美じゃない?」

 呼び止めた主の姿を見つけ、和美が驚きの声を上げる。
「キャー! もしかして、孝子!?」
 和美は駆け出すと、目の前に現れた孝子という女と喜びの悲鳴を上げながら抱擁をしていた。そのはしゃぎぶりに裕也と浅沼が驚いていると、我に返った和美が二人に彼女を紹介した。

「高校の時の親友の孝子。結婚式以来だから、七年ぶりくらいかしら」
 そうそう、と女同士で盛り上がる。
 孝子はベビーカーに三歳くらいの幼児を乗せていた。和美はしゃがむと子供に挨拶をする。

 ところで、と孝子が声を掛けた。
「この二人は? 彼氏?」
 交互に孝子が裕也と浅沼を見る。

「こっちはイケメンすぎるから、和美のタイプでいうとこっちの人かしら?」
 孝子の視線が裕也の方で留まると、和美は笑いながら裕也たちを紹介した。
「こっちが弟で、こっちが……婚約者の高城裕也さん」

「婚約!? そうなの!? 和美、おめでとう~! 彼氏さんもおめでとうございます」
 祝福の言葉の後、裕也と浅沼は和美の親友と挨拶を交わした。
 そして話題は、和美は一人っ子じゃなかったっけという流れになり、親の離婚で別々に暮らす弟がいるという説明がされた。

 そのうちに、もっと話をしたそうな孝子が、裕也と和美を交互に見た。
「デート中なんだよね? 実は私、主人の転勤で福岡に住んでるの。たまたま実家に戻ってきてるだけで、明日帰るんだ。良かったらこの後ゆっくりお茶でもしたいなって思ったんだけど……」

 会えるのが今だけという孝子の言葉に驚くと、和美は裕也を振り返った。その目が言わんとしていることは分かる。

「久しぶりに会えたんだから、行ってこいよ」
「いいのっ?」
 裕也の言葉に、和美が笑顔になる。裕也が頷くと、和美は腕組みの相手を孝子に変えた。

「二人ともごめんね」
 申し訳なさそうにしながらも嬉しそうに、和美は孝子と去って行った。
 並んで見送りながら、裕也も浅沼も次の言葉を出せずに黙っていた。

 二人きりになるとは、まったくの予想外である。

 言い出した和美がいないのに、裕也と浅沼の二人でランチに行くのも妙だ。
 ここで別れるべきか、この後の行動に迷う。二人を避けるように通り過ぎていく雑踏を感じながら、裕也は立ち尽くす。

「先輩」
 口を開いたのは、浅沼が先だった。

「先輩ん家、行っていいですか?」

 静かに尋ねられたその言葉は、周りの音がうるさいはずなのに裕也の耳にしっかりと届いた。
 裕也は視線だけを隣に立つ浅沼に移した。それから小さく俯く。

「……うん」

 その返事は当たり前のように裕也の口をついて出てきた。
 そうすることが、一番自然だった。
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