彼女と結婚するまでに

藤沢ひろみ

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10.浅沼の気持ち

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 リュウジの登場により、その場は一気に華やかになった。神谷も酒が進んで二本目のシャンパンに手を出す。

 それからしばらくして別のホストがリュウジを呼びに来るまで、裕也だけは落ち着きなくそわそわした気分が続いていた。
 浅沼は裕也が傍にいるのに、神谷にしか視線を向けなかった。

 裕也は浅沼に色々訊きたいことがあった。神谷の接待で来ているとはいえまったく見向きもされず、ずっと気にしているのは裕也だけのようだ。

「やっぱりかっこいいから人気あるのね」
 浅沼が他の客のテーブルに行ってしまった後、こっそりと神谷が耳打ちした。裕也も心から頷く。

 裕也たちのテーブルにはマサキと他のホストがついていて、神谷は再びそちらへと気を向けた。裕也は盗み見るように、浅沼が行った席の方へ目を向けた。

 浅沼の次の客は、女子大生くらいの若い女だった。通路を挟んで二席離れただけなのでよく見える。常連なのか、浅沼にベッタリとくっつく。浅沼のことが大好きで仕方がないという様子だ。

 大学の頃も、モテる浅沼を見ていたが、こういう場所ではモテの種類が違うように思える。金銭が発生しているのだから当たり前かも知れないが、まるでモテるプロだ。
 裕也が知る浅沼とは変わってしまったのだと思うと、寂しく感じた。

 浅沼はシャンパンをグラスに注いだ。互いに大して意味のなさげな乾杯をし、腕に両腕を絡ませてくる女と体を密着させ会話をする。それから、ふと視線を外した瞬間に裕也と目が合った。
 その時初めて裕也は、自分が浅沼の行動をじっと見つめすぎていたことに気付いた。

 慌てて目を逸らしたが、今までずっと見てましたと言わんばかりの不自然な行動をとっては、気付かれてしまったかもしれない。

 浅沼の反応が気になり裕也がもう一度ちらりと見ると、また浅沼と目が合った。
 客か裕也に対してか、浅沼は口角を少し上げるだけの笑みを浮かべた。

「……っ」
 裕也は小さく息を呑んだ。

 あんなふうに大人びた表情の浅沼は見たことがない。裕也が知っている浅沼の笑顔は、もっとにこやかで元気で明るくて、こんな意味深な雰囲気を含んだ笑みではなかった。

 浅沼にくっついた客が、その腕を揺する。それから、浅沼の耳元に顔を近づけると、クスクスと笑いながら耳元で話をし始めた。浅沼はそれを微笑みながら聞いて、今度は女の耳元に顔を近づけると、同じく内緒話をするように女に話しかけた。
 そして、目線だけをちらりと裕也の方へとやる。まるで、女といちゃつくのを裕也に見せ付けるかのようだった。

 ガタリ、とテーブルが音を立てた。上に乗ったグラスが動く。裕也が立ち上がった時に足が当たってしまったようだ。

「あっ……。す、すみません。トイレ借ります」
 神谷たちに声を掛けて、裕也は席を離れた。

 まるで逃げるような行動をとってしまった自分が情けなくて、トイレに入ると溜め息を零した。

 まるで挑発するような態度だった。それを何故挑発されたと感じてしまったのか、苛立ってしまったのか、裕也はよく分からない。
 裕也が知る浅沼とは様変わりしていて、ショックを受けたのは事実だ。卒業して会わなくなってから六年も経った。変わっていて当然なのに、裕也は昔の浅沼を求めてしまっていた。

 カチャリとドアが開き、トイレに他の客が入ってきたのだと裕也は慌ててドレッサーから離れた。
 ここはホストクラブだから、主に女性客が使用するのだ。男がいれば驚くかもしれない。

 しかし入ってきたのは男だった。
「先輩」

 立ち位置は逆だったが、まるで昨日の再現のように現れた浅沼に、裕也は動きを止めた。
「浅沼……」

 名を呼んだ途端、浅沼に体を引き寄せられ抱きしめられる。
 昨日と違ったのは、裕也の唇に浅沼の唇が重なっていたことだった。

「んっ!?」
 開いた口の隙間から歯列を割って舌が入り込んでくる。腰と後頭部をガッチリと押さえられ、裕也は動きを封じられた。浅沼と名を呼ぼうとすると、さらに奥まで舌が侵入してきた。

「浅……! ん、んーっ」
 抱きしめられた腕の中で、裕也はどんどんと浅沼の胸を叩く。

 激しく口内をむさぼられて苦しくなったところで腕の力が弱まり、裕也は浅沼を突き放しよろめくように二歩後退した。
 キスされた形跡を消し去るように、裕也は唇を手の甲で拭いながら浅沼を睨みつけた。
「どういうつもりだ……!」

「俺、好きって言いましたよね」
 浅沼はしれっとした顔で言った。

 昨日の出来事は夢でも冗談でもなく、現実なのだと。
 嫌われていなかったことが嬉しくて、裕也は重要なことを忘れていた。

「……俺は和美の婚約者だぞ」

「分かってます。そんなこと、嫌ってほどね」
 浅沼の口元が歪んだ。

「姉ちゃんのモノになってしまうから、俺にはラストチャンスなんです。先輩に、俺が今までどんだけむかついてたか教えてあげます」

「え……」
 むかついていたと言われ、裕也はびくりと震えた。

 嘘だけど本当、という言葉が裕也の脳裏に甦る。やはり、嫌われてもいたということなのだろうかと不安に駆られた。

 浅沼は優しい笑みを浮かべた。その背景に、卒業式の日の風景が重なって見える。
 嫌いだと言われそれなりに傷ついて、忘れた頃に再会し、そして今また塞がった瘡蓋を剥がされたような―――そんな気持ちだった。
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