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7.告白 <龍二>
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「嘘……?」
確認するように高城が呟いた。不安が残る中にも、安堵したような表情を見せる。
龍二が嫌いだと言った言葉を、高城は忘れずに気にしていてくれた。
龍二が高城を忘れようとして忘れられなかったように、高城も龍二のことを忘れずにいてくれたのだろうか。そう思うと、胸が苦しくなった。
姉の幸せを願わなければならない。だが、長年好きだった人を、見ず知らずの女ならともかく、身内に奪われてしまうのかと思うと辛さは一層増す。
恋人として付き合うのではなく、結婚なのだ。結婚してしまえば、高城は完全に姉のものになってしまう。
龍二には全く望みを持つことさえ、できなくなるのだ。
「……」
龍二は高城から目を逸らし、唇を噛んだ。
「浅沼?」
高城が心配そうに一歩近付いた。
ダメだ、と心の中で龍二は叫ぶ。
高城は姉と結婚するのだから、望みなど持ってはいけない。
だが、これが本当に最後のチャンスだと頭の中で悪魔が囁く。
今を逃せば、高城には一生手が出せなくなる。
姉の幸せを潰すようなことはしてはならないと、分かっている。それでも、理解していても欲は誤魔化せない。ずっと好きだった人を、目の前で他の人だけのものにされて耐えられるはずがない。
すでに結婚していたのではなく、これから結婚するのだ。見知らぬ女ではなく姉に引き会わされたのは、これは龍二に与えられた最後のチャンスなのではないかと思えた。
叶わない恋に突きつけられた試練ではなく、最後に自分がどう出るかを試されているのだ。
欲を出していいのかと、葛藤で体が震える。龍二は目を閉じ、拳を握ってドレッサーに手をついた。
再び高城が心配そうに声を掛けた。
「浅……」
高城が近付いたところを、蟷螂がその鎌で獲物を捕えるように素早く、龍二は腕の中に高城を抱き締め閉じこめた。
「!?」
龍二よりも少し背が低いだけのその体は、ただ驚きのままに龍二の腕の中に捕えられていた。
「俺がホストやってる理由……」
「浅沼……?」
「先輩以外、恋愛対象として興味ないから。先輩より好きになれる人がいない。だから、どうでもいい女の相手してる」
「え……?」
強く抱き締められているせいで顔を動かせない高城は、視線だけを龍二の方へ動かす。その気配を察して、龍二は高城の体を離した。戸惑った顔をした高城が龍二を見返している。
一度告白したけれど、あの時は全く気付かれもしなかった。しかし、今度は分かるだろう。
龍二は高城の二の腕をぎゅっと掴んだ。
「……先輩。好きです」
あの日に言った言葉を、龍二はもう一度告げる。
真剣な眼差しで、今度はもう流されないように、しっかりと高城に知ってもらう為に。
「ずっと、ずっと……好きでした。先輩を想う時間も強さも誰にも負けない。姉ちゃんにも負けない。姉ちゃんよりも、俺の方が先輩を好きだ」
「あ、浅沼……」
びっくりしたような困ったような、高城の表情。次第に困惑の色を浮かべ、次の言葉が見つからず龍二を見返した。
龍二は掴んでいた高城の腕を離した。高城の横を通り、トイレから出る。
携帯電話を取り出すと、通路を歩きながら着信履歴の一番上の番号を発信した。
「綾子さん? 早く終わったから、迎えに来て。駅前で待ってるから」
用件を告げ通話を切ると、龍二は姉の待つテーブル席へと戻った。ようやく戻ってきた龍二を見て、姉が安心したような顔を見せる。
「もう、遅いよ、龍ちゃん。裕也も仕事の電話で行ったきりだし、一人で待ってるの寂しかったんだから」
「悪い、姉ちゃん。急いで客のとこ行くことになったから、俺帰るわ」
「ええ~っ」
龍二は高城が戻る前に席を離れた。預けたコートを店員から受け取り、途中で退席した詫びも兼ねて三人分の食事代を支払って店を出た。
「……ごめん、姉ちゃん」
外に出ると寒い空気の中に、白い息と共に言葉が溶ける。
これが最後だから。これで、今度こそ諦めるから。だから、最後に悪あがきをさせて下さい。
そう、心の中で姉に謝罪した。
駅に向かって歩いている途中で、高級車がぴたりと龍二の横に停まる。静かに下がった窓の向こうから、予想した通りの女が顔を出す。
「お待たせ、リュウジ」
黙って車に乗り込むと真っ赤な唇からキスを求められ、キスを返してやる。
「……なんか、ちょっと素っ気なくない?」
短いキスに不服そうに呟いた綾子に、龍二はやっと口を開く。
「そう? 気になるなら、ベッドの中で試してもいいけど?」
「……ふふ。そうしようかしら」
綾子は大人の色気ある微笑を浮かべ、ハンドルを動かした。もう酒を飲みに行くつもりもないらしい。その態度に行く先はもう分かった。
龍二は足を組みながら、窓の外を見つめた。
もう自分は後には引けないのだと、裏切りと決意を確認しながら―――
確認するように高城が呟いた。不安が残る中にも、安堵したような表情を見せる。
龍二が嫌いだと言った言葉を、高城は忘れずに気にしていてくれた。
龍二が高城を忘れようとして忘れられなかったように、高城も龍二のことを忘れずにいてくれたのだろうか。そう思うと、胸が苦しくなった。
姉の幸せを願わなければならない。だが、長年好きだった人を、見ず知らずの女ならともかく、身内に奪われてしまうのかと思うと辛さは一層増す。
恋人として付き合うのではなく、結婚なのだ。結婚してしまえば、高城は完全に姉のものになってしまう。
龍二には全く望みを持つことさえ、できなくなるのだ。
「……」
龍二は高城から目を逸らし、唇を噛んだ。
「浅沼?」
高城が心配そうに一歩近付いた。
ダメだ、と心の中で龍二は叫ぶ。
高城は姉と結婚するのだから、望みなど持ってはいけない。
だが、これが本当に最後のチャンスだと頭の中で悪魔が囁く。
今を逃せば、高城には一生手が出せなくなる。
姉の幸せを潰すようなことはしてはならないと、分かっている。それでも、理解していても欲は誤魔化せない。ずっと好きだった人を、目の前で他の人だけのものにされて耐えられるはずがない。
すでに結婚していたのではなく、これから結婚するのだ。見知らぬ女ではなく姉に引き会わされたのは、これは龍二に与えられた最後のチャンスなのではないかと思えた。
叶わない恋に突きつけられた試練ではなく、最後に自分がどう出るかを試されているのだ。
欲を出していいのかと、葛藤で体が震える。龍二は目を閉じ、拳を握ってドレッサーに手をついた。
再び高城が心配そうに声を掛けた。
「浅……」
高城が近付いたところを、蟷螂がその鎌で獲物を捕えるように素早く、龍二は腕の中に高城を抱き締め閉じこめた。
「!?」
龍二よりも少し背が低いだけのその体は、ただ驚きのままに龍二の腕の中に捕えられていた。
「俺がホストやってる理由……」
「浅沼……?」
「先輩以外、恋愛対象として興味ないから。先輩より好きになれる人がいない。だから、どうでもいい女の相手してる」
「え……?」
強く抱き締められているせいで顔を動かせない高城は、視線だけを龍二の方へ動かす。その気配を察して、龍二は高城の体を離した。戸惑った顔をした高城が龍二を見返している。
一度告白したけれど、あの時は全く気付かれもしなかった。しかし、今度は分かるだろう。
龍二は高城の二の腕をぎゅっと掴んだ。
「……先輩。好きです」
あの日に言った言葉を、龍二はもう一度告げる。
真剣な眼差しで、今度はもう流されないように、しっかりと高城に知ってもらう為に。
「ずっと、ずっと……好きでした。先輩を想う時間も強さも誰にも負けない。姉ちゃんにも負けない。姉ちゃんよりも、俺の方が先輩を好きだ」
「あ、浅沼……」
びっくりしたような困ったような、高城の表情。次第に困惑の色を浮かべ、次の言葉が見つからず龍二を見返した。
龍二は掴んでいた高城の腕を離した。高城の横を通り、トイレから出る。
携帯電話を取り出すと、通路を歩きながら着信履歴の一番上の番号を発信した。
「綾子さん? 早く終わったから、迎えに来て。駅前で待ってるから」
用件を告げ通話を切ると、龍二は姉の待つテーブル席へと戻った。ようやく戻ってきた龍二を見て、姉が安心したような顔を見せる。
「もう、遅いよ、龍ちゃん。裕也も仕事の電話で行ったきりだし、一人で待ってるの寂しかったんだから」
「悪い、姉ちゃん。急いで客のとこ行くことになったから、俺帰るわ」
「ええ~っ」
龍二は高城が戻る前に席を離れた。預けたコートを店員から受け取り、途中で退席した詫びも兼ねて三人分の食事代を支払って店を出た。
「……ごめん、姉ちゃん」
外に出ると寒い空気の中に、白い息と共に言葉が溶ける。
これが最後だから。これで、今度こそ諦めるから。だから、最後に悪あがきをさせて下さい。
そう、心の中で姉に謝罪した。
駅に向かって歩いている途中で、高級車がぴたりと龍二の横に停まる。静かに下がった窓の向こうから、予想した通りの女が顔を出す。
「お待たせ、リュウジ」
黙って車に乗り込むと真っ赤な唇からキスを求められ、キスを返してやる。
「……なんか、ちょっと素っ気なくない?」
短いキスに不服そうに呟いた綾子に、龍二はやっと口を開く。
「そう? 気になるなら、ベッドの中で試してもいいけど?」
「……ふふ。そうしようかしら」
綾子は大人の色気ある微笑を浮かべ、ハンドルを動かした。もう酒を飲みに行くつもりもないらしい。その態度に行く先はもう分かった。
龍二は足を組みながら、窓の外を見つめた。
もう自分は後には引けないのだと、裏切りと決意を確認しながら―――
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