彼女と結婚するまでに

藤沢ひろみ

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3.思い出・写真展

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 秋になると、写真部はキャンパス構内の一部を使って写真展をする。自分のとっておきの写真を大きく引き伸ばしパネルにして、発表するのだ。

 十五人ほどいる部員たちは、それぞれの作品を写真展に向けて準備していく。
 そうして全員のパネルが完成し写真展の会場準備が始まると、これが最後なのだという感慨深さがある。裕也はこの写真部が大好きだった。

「あれ? 高城寝てんの?」
「昨夜バイトが遅かったみたいで……。さっきからウトウトし始めちゃって」
「今日頑張ってたから疲れちゃったんじゃないの?」

 長机に乗せた両腕の上に頭を乗せながら裕也が受付席に座っていると、近いような遠いようなくすくすと笑う声が聴こえる。
 少し休むつもりが、疲れたせいで意識が遠のき始めていた。裕也の意識はふわふわとしていた。

「あとは閉めるだけですし、先輩起こして閉めときますよ。俺はもう少しいるので」
「そお? んじゃ、浅沼に鍵預けるから頼むわね」

 薄っすらとした意識越しに、部員たちが次々に展示会場を出て行くのが分かった。浅沼がいつも裕也とべったりなので、皆気兼ねなく浅沼に後を任せ帰ってしまったようだ。

 相手が浅沼なら遠慮なく寝てられるな、と裕也はぼんやり考えながら、パネルを飾ったり最終チェックに歩き回る浅沼の足音に次第に心地よくなっていた。

 ふと音が止まり、空気が揺れた。その変化に僅かながら意識が戻る。けれど裕也は眠くて瞼が動かない。
 このまま気持ちよく寝ていたいところだが、起きないとならないのだろう。ぼんやりと意識の奥で裕也が思ったその時、唇の端に温かなものを感じた。

 その感触を裕也は知っていた。女性のものとは少し違ってはいるけれども、それは確かに唇だ。

「先輩……」
 息のかかる距離で呼ばれた。どこか苦しげで切ない、いつもの浅沼とは違う声だ。
 裕也の意識は徐々に冴えてくる。しかし、目を覚ましてはいけないと本能で感じていた。

 コンコンとノックの後、ドアが開いた。
「終わったか? そろそろ帰れよー」
「あ、はい!」

 見回りに来た教授に声を掛けられ、浅沼はすぐに返事した。それを合図に裕也も目を覚ましたフリで身を起こす。目覚めた裕也を見て、浅沼がびくりと身じろいだ。
「あっ、せ……先輩」

「……んだよ。終わったのか?」
 何も気付かなかったように、裕也はいつもと変わらない態度で浅沼を見た。気まずそうな顔をしているのは気にせず、裕也は壁に立てかけておいたバッグを持つ。
「んじゃ、帰ろっか」

 その時の裕也は、いつも通りの自分でいられると思っていた。だが、家に帰って一人になってから、浅沼の行動について色々考え始めてしまい、平静ではいられなくなってしまった。

 浅沼がキスをした理由について考える。そして思い出したのは、合宿での浅沼の言葉だった。

 桟橋で好きだと言ったのは先輩への好意ではなく、恋愛という意味だったとしたらどうだ。やたら懐いてくっついていたのも、兄のように慕ってくれているのではなく恋愛として好きだということであればどうだ。
 同じ大学に来たのも、もしかしたら裕也を追いかけてきたのかもしれない。まるで自意識過剰のようにも思えたが、有りえる話だった。

 しかし、裕也は男だ。今は浅沼に抜かされてしまったが背もそれなりにあるし、女みたいに華奢な体をしているわけでもない。数人とつきあった経験はあるがモテるタイプでもなく、特に可愛い顔立ちをしているわけでも男前なわけでもない。
 女に不自由していない浅沼に、想いを寄せられる理由がない。いくら考えても謎だらけである。

 一晩中考えていたせいで、裕也は浅沼に対して妙に意識するようになった。

 つきあっている彼女が写真展に来てくれたというのに、彼女を案内しながらも、その場にいた浅沼と彼女の方にばかり意識がいってしまったのだ。

 そもそも浅沼はあんなに美人の彼女がいるというのに、本当に裕也のことを恋愛対象として好きなのだろうか。何となく心当たりのある行動はあるものの、はっきりと好きだと言われたわけでもなく、それが余計に裕也を落ち着かなくさせていた。

 裕也の勘違いであれば、とんでもなく恥ずかしい。いわゆる深層心理というもので、まさかそういう意味で浅沼に好かれたいという気持ちを持っているということなのだろうか。もう一度はっきりと確認できれば、裕也はこんなにももやもやせずに済む。

 けれど、もし本当に浅沼が裕也のことを恋愛感情で好きだとしたら、いざ告白された時にどう答えればいいのか。
 しかし、裕也はその先までは考えてはいなかった。

 当然、一般的な性志向である。けれど漠然と、“考えてもいい”という答えが頭にあった。
 それは、他の奴ならば考える隙もなくその場で速攻却下というのが、浅沼であれば考える時間があってもいい、というものだ。
 その考えた先に何があるのか、本気で考えてみなければ分からない。男同士であることを考えればオーケーなんて言えるはずもないのだが、それでも漠然と保留にしたいという気持ちだけがあった。

 そこまで裕也が考えていたにも関わらず当の浅沼というと、写真展を境に以前ほど裕也にべったりとしなくなってしまった。

 それは内定も決まった裕也が卒業まで大学に来る回数が極端に減ったこともあったかもしれないが、たまに写真部に顔を出しても会えない日もあれば、顔を合わせても以前のように絡んでこない。裕也には浅沼の真意が分からなかった。

 そして裕也は、浅沼のことを気にしたまま卒業を迎えた。

 卒業を前に、裕也は付き合っていた彼女と別れた。彼女の就職先は地元ではなかった。会わなくなることで終わる、その程度の関係だった。

 卒業式当日はフリーになっていたので、ある意味いつでも告白受け入れ準備オーケーという状態である。

 友人たちと別れを告げ、一人離れた所で待ってくれていた浅沼の元へ、裕也は自分でも不思議な期待感を持ちながら駆け寄った。

「卒業おめでとうございます、先輩」
「はは。なんか浅沼に見送られて卒業するの二回目だな」
「今度はもう会うことがないでしょうね」

 卒業という別れの日のせいか、いつもの屈託ない雰囲気とは違う落ち着いた物腰だった。浅沼の妙な発言に、裕也は軽く笑う。
「何言ってんだよ。会おうと思ったらいつでも会えるだろ?」

「……いえ。もう会わないです」

 浅沼の言葉に、裕也は不思議そうに見返す。
 さようなら、と浅沼の唇が動いた。

「先輩のこと―――ずっと嫌いでした」

 そう告げると、浅沼は一礼し踵を返してその場を去って行った。その衝撃的な別れの挨拶に言葉が見つからず、裕也はただ呆然とその背中を見送った。

 振られた、と思った。告白されたわけでもないのに、ましてや自分から告白したというわけでもないのに、何故か浅沼に振られて失恋したような気持ちになった。

 浅沼に恋愛感情を持っていたわけでもないのに、とても辛い。信頼していた相手に裏切られたショックがそう思わせたのか、それとも違う感情からなのか。それを見極めるには裕也はまだ若く、恋愛経験も少なかった。

 ただ分かるのは、裕也の心を掻き乱した浅沼の存在は、自身が思っていたよりも大きかったということだった。
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