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ケモノはシーツの上で啼く Ⅲ

12.斎賀の覚悟

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 ランタンの灯りだけを消し、部屋は光魔法でうっすらと明るいままにした。

 二人の体重でベッドが軋む。

 柴尾は斎賀の寝間着の上を脱がせた。
 現れた美しい腹筋に、思わず溜め息が零れる。よもや、男の引き締まった腹筋を見て興奮をすることがあろうとは、昔なら思いもしない。

 柴尾は、斎賀の胸にそっと耳を当てた。
「何をしている?」
 不思議そうに斎賀が訊ねた。

「心臓の音を聞いています。ドクドクしてる……嬉しい」

 表情や態度では落ち着き払ってはいるが、心臓の音は正直だ。少し早い心音は、柴尾と同じように斎賀も高揚しているのだと教えてくれる。

 すり寄るように耳を斎賀の胸に当てると、斎賀が僅かにぴくりと反応する。
 耳の柔らかな部分に、小さな粒の当たる感触があった。耳の毛が、胸の突起を掠めたようだ。
 体を鍛えている斎賀だが、性感帯までは鍛えられないということだ。

 柴尾も寝間着の上を脱ぐと、斎賀の体をゆっくりと押し倒した。
 不服そうな顔で、斎賀が見上げた。
「やはり私が、抱かれるのか……」

 嫌かと訊けば、嫌だと返ってくるのは分かっているので口にしない。

「斎賀様が、どういう抱き方をするのかは興味ありますけど。静かに言葉で責めるのか、意外に情熱的なのか……」

「勝手に変な想像をしないでもらおうか」
 妄想し始めると、即座に止められた。

 柴尾は変態だから、斎賀でいやらしいことを考えてしまうのは仕方がない。

「でも、いつも冷静な斎賀様を、僕が乱れさせてみたい。多くの人が、斎賀様に抱かれてきたでしょう。僕はその中の一人ではなく、斎賀様を抱くたった一人でありたいんです。あなたの……唯一の人になりたい」

 逃さないとばかりに、斎賀の両脇に手を付き上から覗き込む。
 斎賀は静かに柴尾を見上げた。

「………」
 やがて斎賀は、観念したように小さく息を吐いた。

「愛すると決めたら、男も女も年齢も関係ない。抱かれることも、覚悟さえ……納得さえできたらそれでいい。私は、お前の気持ちを受け入れると決めた。一度決めたなら……抱かれることさえも許せる」

 その潔さが、男らしい。改めて、かっこいいと思う。

 だが、と視線を逸らせて斎賀が言い淀む。
「気持ちはそうありたいのだが、どこかで受け入れ難いと思っているのは否めない」
 斎賀には珍しく、弱気な言葉だ。

「それは、僕が男だからですか?」
 斎賀は男らしくあることにこだわっていると、穂積が言っていた。
 そんな斎賀が、男に抱かれることに抵抗を感じるのは当然だった。

「それもあるかもしれないが……」
 斎賀は言葉を途中で止めた。

 過去に男に襲われたことに対する反発から、生き方全てを変えてきた斎賀にとって、最初の決断は容易いものではない。
 愛する者とはいえ男に身を委ねることを許すというのは、それまでの斎賀の生き方を無にするようでもあった。

 ―――だが、柴尾はそんな斎賀の過去など知らない。斎賀の真のこだわりに、気付くことはなかった。

 柴尾、と名を呼ばれる。
 斎賀は逸らしていた目を向けた。

「一つ、約束してくれ……。別れることになったら、ここを出て行くと」

 思いがけないことを言われて、柴尾は驚いた。
「それは、クビになりたくなかったら別れないように……という意味ですか?」

 そんな可愛らしいことを斎賀が言うはずもないと思ったが、そういう意味にしか聞こえない。

「違う」

 斎賀から、真剣なまなざしが返ってくる。まるで何かを決意するような、揺るぎないまなざしだった。

 どうして、始まったばかりで別れることを話すのか、柴尾には分からなかった。
 分かるのは、浮かれているのは柴尾だけで、斎賀は冷静なままということだ。

 恋人になれたはずなのに、温度差を感じた。

 ゆっくりと顔を下ろし、斎賀の唇に触れた。
 斎賀との、初めての口付けだった。触れるだけにして、顔を離す。

「別れるなんて、ありえません……。あなたを、愛しています。でも、僕の方があなたに飽きられないよう、頑張りますね」

 美しい銀の髪を手に取ると口付け、柴尾は心を込めて宣言した。
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