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ケモノはシーツの上で啼く Ⅲ

7.期待

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「もう、一年経つんだな……」
 感慨深くなり、柴尾はぽつりと呟いた。
 ちらりと斎賀の視線が向けられる。

「待っていても、何もできないぞ」
 静かに斎賀が告げる。

 何のことかは言わなかったのに、すぐに分かったようだ。
 改めて、想いに応えることはできないと言われた。

 そんなことは、分かっている。けれど、みっともなく諦められずに傍にいるだけだ。

 斎賀の言う意味は物理的な意味ではないと分かっているが、愛を告げるたびに振られているせいで少し悔しい気持ちになった。

「自分でしてるからいいんです」
 素っ気なく言うと、斎賀の目が見開かれる。

「勝手に、いつまでも古い記憶を使うんじゃない」

 たしなめるように言われ、出していた腕をぺちりと軽く叩かれた。
 柴尾の言葉の意味が分かったようだ。

「使うなって、何に使ってると思ってるんです? 斎賀様、いやらしいなぁ」
 柴尾はくすりと笑った。

「古いのが駄目だって言うなら、新しくしてくれるんですか?」
「……随分と、図太くなったようだな」
 冷ややかな目で見られ、今度は腕をつねられる。さすがに痛かった。

「前からこんなんですよ。斎賀様の前では大人しくしているだけです。それに、僕はもう養ってもらう身ではなく一人前になったので、多少気が大きくなってるんです。まあ、雇われの身ではありますけど」

 腕を引っ込め、つねられたところを撫でる。
 怒られてはいないということは分かっていたので、調子に乗って続けた。

「でも、記憶が古くなってきたせいで、もしかして自分の都合のいいように、あれやこれやと色々付け足してしまっているんじゃないかと思って……。どこまでが現実だったかが、最近は少し分からないんです」

 残念そうに言うと、落ち着き払っていた斎賀の態度が変わる。
 今度は強い力で体を叩かれた。
「馬鹿者っ。か、勝手な妄想をするな……!」

 意外な反応だった。

 まるで照れ隠しのように、怒られた。
 斎賀はそんな性格でもないのに。

 話を終わらそうというように、斎賀はソファから立ち上がった。柴尾は反射的に、斎賀の手を掴んだ。

「斎賀様……っ」
 呼び止めると、斎賀が振り返った。

 ただ、もう少し傍にいてほしいと思った。柴尾は掴んだ手をぎゅっと握る。

 静かに、じっと見上げた。見返す斎賀には、その黒い瞳の中に自分が映っているだろう。立ったまま、静かに見つめ返される。

「こんな冗談めかしたことを口にしていますが、僕の気持ちはずっと変わってません……。僕はあなたのことが、本気で好きなんです」

 握った手が、僅かにぴくりと反応する。

 ファミリーのボスでもなく、雇用主でもなく、一人の男として見ているのだという意味を込めて、斎賀をいつものようには呼ばなかった。

 斎賀は静かに柴尾を見つめた。少し瞼を閉じてから、柴尾に手を握られたままソファに腰を下ろす。

 どこか悲しげな色を浮かべて、青みがかったグレーの瞳が柴尾を捉えた。
「どうすれば、お前は諦めてくれる」

 予想外のことを訊ねられて、少し驚いた。
 諦めることを勧められることはあれど、願うように言われたことはなかったからだ。

「……諦めたくありません」
 胸がちくりと痛んだ。

 柴尾を気遣い、拒絶の言葉を選ばれているのだと分かる。
 斎賀はファミリーの者には甘いから、今までも辛辣な言葉で拒否されたことはない。

 けれど、優しく訊ねられても言葉の真意は変わらない。むしろ、余計に痛みを感じることもある。
 尾は悲しげにソファの上に垂れ下がった。

 過去、これほど諦め悪く恋い続けたことはなかった。手を伸ばせば届く距離にいるせいで、諦めきれないのだろうか。
 斎賀を想うと幸せな気持ちになると同時に、胸が苦しくもなる。それは、男同士ということが望みが薄いと分かっているせいだ。

 斎賀が女性であれば良かった。そうであれば、立場の違いに悩むだけで済んだかもしれない。同性というだけで、困難が幾重にも重なっている。

 そう考えて、否定した。

 斎賀の男らしいところも、惹かれている理由なのだ。斎賀は男でなくてはいけない。

 柴尾は握った斎賀の手を離さず、もう片方の手も重ねた。
「………」
 斎賀は瞼を伏せると、深く息を吐いた。

「早く、他に好きな者を見つけてくれ。私もいつまでも独りでいるわけではない」

 いずれ結婚するのだと、改めて告げられた。
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