そしてケモノは愛される + ケモノはシーツの上で啼く

藤沢ひろみ

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ケモノはシーツの上で啼く Ⅱ

14.別れ

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 ファミリーを出るまでの二週間、柴尾はいつも通りに過ごした。
 仲間たちと狩りに行き、皆と遊び、楽しい時間を過ごす。

 そして、残り一週間となったところで、皆にファミリーを出ることを報告をした。

 柴尾のことを兄のように慕ってくれていた若い者たちは、とても寂しがってくれた。一番寂しがってくれたのはやはり志狼で、もっと早くに言えばもっと一緒に過ごしたのにと途中から怒り始めた。

 ファミリーを巣立って行った者たちは、こんな気持ちだったのだ。寂しいけれど、幸せを感じる。
 孤児院を出た時も皆寂しがってくれたけれど、それとは違う感覚だ。
 それはきっと、ここがファミリーで、皆が家族だと思っているからだ。

 そして、名残惜しい時間はあっという間に過ぎて、別れの日は来たのだった。



 昼食を終え、柴尾は装備と武器をまとめると、それほど多くない荷物とともに部屋を出た。
 屋敷を出る日は狩りが休みだったので、志狼も見送りに来てくれた。

「柴尾兄ちゃん、本当に行っちゃうのか?」
「寂しいよぉ」
「元気でな」

 屋敷に残っていた総勢七名が、門まで柴尾を見送りに来てくれた。もちろん、斎賀の姿もある。

 柴尾はちらりと斎賀を見た。
 少し寂しげな表情をしている。巣立つ者を送り出す時、いつも寂しく感じていたのだ。

「本当に出て行っちゃうんだな、柴尾……」
 しゅんとする志狼に、柴尾は軽く笑った。

「今までのように志狼で遊べなく……じゃなくて、志狼と遊べなくなると思うと、僕も寂しいよ」
「い、今の、わざと言い間違えただろっ」
「うん。優秀、優秀」
「柴尾っ」
 皆の寂しい空気が、笑いに包まれる。

「またすぐに会えるよ」
「そうだけどさ……」

 同じ町にいれば、いつでも会える。

 それでも寂しいだろ、と志狼が拗ねたように呟く。
 まったく、素直で可愛い奴だ。もっと揶揄って遊びたくなる。

「それでは、お世話になりました」
 柴尾は門の内側に立つ皆に向かって、深く頭を下げた。
 最後に斎賀を見た。

「つつがなく過ごすのだぞ」
 静かに見守っていた斎賀は、一言だけ最後に告げた。

「はい」
 大きく頷き、柴尾は皆に背を向けた。

 まっすぐに、門から町へと続く道を歩き始める。
 背中に皆の視線を感じた。柴尾の姿が見えなくなるまで、見送ってくれるのだ。柴尾もそうしていたように。

 だが、ニ十歩ほど歩いてから、柴尾はくるりと方向転換し屋敷の方に向き直った。

 見送っていた皆が、ぽかんとした顔で柴尾を見ている。
 門の前まで戻ると、柴尾を穴が開きそうなほど見つめ、志狼が首を傾げた。
「忘れ物……?」

 そう思うのも無理はない。

 柴尾はふっと笑みを浮かべた。
「斎賀様」
 子供らの後ろに立っていた斎賀に声を掛けた。

「雑用でも、練習相手でも、掃除でも何でもするので、ファミリーの一員としてではなく僕を住み込みで雇って下さい」

 柴尾はにっこりと斎賀に向けて笑った。

「狩りの人員不足も補えます。料理だって出来ます。僕、結構お買い得だと思うんです」

 ようやく意味が分かったのか、斎賀は呆気にとられた表情を浮かべる。

 それより周りの子供たちの反応の方が早かった。
「柴尾兄ちゃん、ここにいるの!?」

「なんだぁ!」
「そういうことは早く言えよな!」
「すぐ会えるって、こういうことかよ! 俺の悲しい気持ちを返せ!」
 一気に柴尾の周りに皆が集まる。一人だけ怒っているけれど、皆喜んでくれている。

 斎賀と目が合った。柴尾は小さく笑う。

「じつは、雇ってもらうつもりで住む場所は決めてません」

「………」
 斎賀から、呆れた顔が返ってきた。
「お前はもっと、計画性のある奴だと思っていたが」

「え? 計画性あるでしょう?」
「それは計画的というのではないか?」
 何故だか不満そうな顔を浮かべられる。

 そんな斎賀も予想のうちで、柴尾はふふっと笑った。
「僕らしいでしょう?」

「………」
 言葉も出ないとばかりに、斎賀は小さく溜め息をついた。

 斎賀はまだ何の返事もしていないのに、周りは当然のように柴尾が屋敷に残るのだと思っていた。子供らに手を引かれ、柴尾は屋敷へと引っ張って行かれる。
 斎賀も一緒に並んで歩き出した。

 柴尾がここにいるのが当たり前かのように、屋敷へと迎え入れられる。

 斎賀の長い銀の髪が、風で揺れた。
 さっきまで寂しい色を浮かべていたが、今は安堵したような表情に見える。その綺麗な横顔を、柴尾はじっと見つめた。

 ―――柴尾がファミリーを出ると告げた時、斎賀は驚きの顔で柴尾を見た。ほんの僅か、動揺したように見えた。

 そんなほんの僅かな動揺に期待して、懲りずに斎賀の傍にいたいと、想い続けたいと、やはり諦め悪く縋りついてしまった。

 だから、ファミリーを出たうえで斎賀の傍にいるという決心をした。

 そうして考えたのが、斎賀に雇ってもらうということだった。
 イチかバチかというところではあったが、周りの子供らの歓迎する雰囲気のおかげもあり、どうやら柴尾はこの屋敷で働けることになりそうだ。

 柴尾は皆に向かって、晴れやかな笑顔を向けた。
「今後とも、よろしくお願いします」
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