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ケモノはシーツの上で啼く Ⅰ
21.言い訳<斎賀>
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その日、斎賀の元を訪れる客は後を絶たなかった。
おかげで一日ろくに仕事をすることができず、夕方からは会うことすらせずに引き取り願ったほどだった。
「はあ……」
最後の訪問客が帰った。
食堂で子供たちが淹れてくれたハーブティーを前に、斎賀は両手を支えにして項垂れ、深く疲労の溜め息を吐いた。
「斎賀様、大丈夫ですか」
「疲れ切ったお顔になってます」
子供らがわらわらと周りに集まり、心配そうに斎賀に声を掛ける。
大丈夫だ、と返事をする気力もなかった。
原因は、昨日の役所での斎賀の発言のせいだった。
幸せそうな親子の姿に羨ましいと感じたのは事実だし、いつか結婚せねばならないことも分かっている。だが、今すぐに結婚したいということではない。
しかし、迦苑との会話を傍にいた誰かが耳にし、斎賀がようやく結婚する気になったのだと思い込み、それを周りに言った。
そこからあっという間に、町に広まったのだ。
「こんなに過程が面倒なら、結婚などうんざりだ……!」
斎賀は吐き捨てるように言い放った。
「ただいまー」
食堂の入り口に、狩りから戻った子供らが現れた。
「おかえりなさーい」
「ただいま戻りました」
お土産だぞと柴尾が手にした袋を見せられ、子供らが数人はしゃいで柴尾の元へと駆け寄った。
「皆集まって、どうしたんだ?」
周りを見回し、柴尾が訊ねた。
子供らはともかく、斎賀まで食堂にいるのが珍しいのだ。
「斎賀様がお嫁さんをもらう気になったらしくってさ」
「斎賀様と結婚したい人たちがいっぱい屋敷に来て、今日は一日大変だったんだよ」
子供らの言葉に、柴尾が瞠目する。
「えっ……」
子供らと話すために視線を下げていた柴尾は、慌てたように顔を上げた。
斎賀と目が合う。
まっすぐな視線を向けられ、ドキリとした。
尾を垂れ下げ、ショックを隠せないとばかりの表情を向けられる。黒い瞳が、悲しそうに斎賀を見つめた。
自分が傷つけたのだと分かるから、斎賀は柴尾から視線を逸らせなかった。
「………。違……」
言い訳でもしようというように、唇から小さく言葉が零れる。
今回のことは、決して斎賀の本意ではない。
だが結果的に、柴尾に結婚すると告げたことからの行動のようになってしまった。まるで、柴尾を拒絶する意味で今回の行動に出たかのように。
そんなつもりじゃないんだ、と言葉に出かかる。
だが、そんなことを言う必要があるのか。柴尾がそのように思ってしまったとしても、不都合はないはずだ。
斎賀には想いを受け入れるつもりがないという、意思表示になるのではないか。
しかし、悲しそうに黒い瞳でじっと見つめられると、気まずさしか感じない。
そんなふうに感じる必要などないというのに。
罪悪感からか、心が乱される。
「何だよ、それ。そんな騒動起こってたなんて、見てみたかったなぁ」
甲斐はすっかり他人事のようで、面白そうなものを見損ねたという様子だ。
「でも結局、それは誰かが早とちりしたのが広まったんだってさ」
「噂って怖いよな。てか、改めて斎賀様も凄いって思ったけど」
「斎賀様はすっかり結婚に嫌気がさしちゃってるし」
やれやれと多生が肩をすくめ、来客対応に追われていた子供らが笑った。
「そう……だったんだ……」
柴尾はあからさまに安堵の表情を見せた。
言い訳せずに済んだ。
そんなことを考え、斎賀も心の中でほっとした。
テーブルに置かれた、すっかり冷めたハーブティーをようやく口にする。
気疲れしたせいもあるが、さらに妙な緊張をしたせいもあり、やけにハーブティーが心を落ち着かせてくれるように感じた。
おかげで一日ろくに仕事をすることができず、夕方からは会うことすらせずに引き取り願ったほどだった。
「はあ……」
最後の訪問客が帰った。
食堂で子供たちが淹れてくれたハーブティーを前に、斎賀は両手を支えにして項垂れ、深く疲労の溜め息を吐いた。
「斎賀様、大丈夫ですか」
「疲れ切ったお顔になってます」
子供らがわらわらと周りに集まり、心配そうに斎賀に声を掛ける。
大丈夫だ、と返事をする気力もなかった。
原因は、昨日の役所での斎賀の発言のせいだった。
幸せそうな親子の姿に羨ましいと感じたのは事実だし、いつか結婚せねばならないことも分かっている。だが、今すぐに結婚したいということではない。
しかし、迦苑との会話を傍にいた誰かが耳にし、斎賀がようやく結婚する気になったのだと思い込み、それを周りに言った。
そこからあっという間に、町に広まったのだ。
「こんなに過程が面倒なら、結婚などうんざりだ……!」
斎賀は吐き捨てるように言い放った。
「ただいまー」
食堂の入り口に、狩りから戻った子供らが現れた。
「おかえりなさーい」
「ただいま戻りました」
お土産だぞと柴尾が手にした袋を見せられ、子供らが数人はしゃいで柴尾の元へと駆け寄った。
「皆集まって、どうしたんだ?」
周りを見回し、柴尾が訊ねた。
子供らはともかく、斎賀まで食堂にいるのが珍しいのだ。
「斎賀様がお嫁さんをもらう気になったらしくってさ」
「斎賀様と結婚したい人たちがいっぱい屋敷に来て、今日は一日大変だったんだよ」
子供らの言葉に、柴尾が瞠目する。
「えっ……」
子供らと話すために視線を下げていた柴尾は、慌てたように顔を上げた。
斎賀と目が合う。
まっすぐな視線を向けられ、ドキリとした。
尾を垂れ下げ、ショックを隠せないとばかりの表情を向けられる。黒い瞳が、悲しそうに斎賀を見つめた。
自分が傷つけたのだと分かるから、斎賀は柴尾から視線を逸らせなかった。
「………。違……」
言い訳でもしようというように、唇から小さく言葉が零れる。
今回のことは、決して斎賀の本意ではない。
だが結果的に、柴尾に結婚すると告げたことからの行動のようになってしまった。まるで、柴尾を拒絶する意味で今回の行動に出たかのように。
そんなつもりじゃないんだ、と言葉に出かかる。
だが、そんなことを言う必要があるのか。柴尾がそのように思ってしまったとしても、不都合はないはずだ。
斎賀には想いを受け入れるつもりがないという、意思表示になるのではないか。
しかし、悲しそうに黒い瞳でじっと見つめられると、気まずさしか感じない。
そんなふうに感じる必要などないというのに。
罪悪感からか、心が乱される。
「何だよ、それ。そんな騒動起こってたなんて、見てみたかったなぁ」
甲斐はすっかり他人事のようで、面白そうなものを見損ねたという様子だ。
「でも結局、それは誰かが早とちりしたのが広まったんだってさ」
「噂って怖いよな。てか、改めて斎賀様も凄いって思ったけど」
「斎賀様はすっかり結婚に嫌気がさしちゃってるし」
やれやれと多生が肩をすくめ、来客対応に追われていた子供らが笑った。
「そう……だったんだ……」
柴尾はあからさまに安堵の表情を見せた。
言い訳せずに済んだ。
そんなことを考え、斎賀も心の中でほっとした。
テーブルに置かれた、すっかり冷めたハーブティーをようやく口にする。
気疲れしたせいもあるが、さらに妙な緊張をしたせいもあり、やけにハーブティーが心を落ち着かせてくれるように感じた。
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