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ケモノはシーツの上で啼く Ⅰ
11.意識するカラダ
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夕刻、柴尾たちは狩りを終え屋敷へと戻った。
魔族の体液で汚れた足を洗うと、柴尾は一人遅れて武器庫へ剣を片付けに行った。
武器庫を出ると、斎賀と鉢合わした。
武器庫の隣は物置になっていて、斎賀はそこに用があるようだ。
「ただいま戻りました。斎賀様」
「おかえり。怪我はなかったか?」
「はい。何かお探しですか」
運ぶものがあるなら手伝おうと、物置に入っていく斎賀の後ろをついていった。
「空き瓶をまとめて保管していたはずだと思ってな」
目的のものを見つけたのか、斎賀は棚の上段にある木箱に手を伸ばした。
長身の斎賀であれば、踏み台を使わずとも取ることができる。しかし、木箱の中にはいくつかの瓶が入っているようで、斎賀が木箱を傾けるとガチャンと音を立てた。
「危ない!」
柴尾は斎賀の背後から手を伸ばし、木箱を支えた。
近づいた時に、斎賀からふわりと甘い香りが漂いどきりとする。
「重そうなので、僕が下ろします」
いったん棚の上に木箱を押し戻し、柴尾は安全のため踏み台に乗ると両手で木箱を床に下ろした。
「力のない女性でもないのだから、これくらい持てるぞ」
「万一お怪我をされてはいけませんから」
女性扱いしたつもりもない。
しかし何やら斎賀は、庇われるような行為が嫌なようだった。
斎賀は普段袖の長い服ばかり着ているので、どんな体つきなのか見たことがない。綺麗な顔から想像すれば、華奢だと思ってしまう。
しかし斎賀は、“最後に自分の身を守れるのは自分自身だから、魔法士も体を鍛えよ”という方針で、ファミリーの者たちにまず体を鍛えさせている。
そんな斎賀が、自身の体を鍛えていないということはないはずだ。
ハンターを引退した今でも、現役ほどではなくとも、そのへんの男よりはしっかりとした体つきなのではないかと思えた。
斎賀はしゃがむと木箱の中の瓶の数を数え始めた。
空気が動き、ふわりとまた甘い香りが漂う。やはり、斎賀から匂っている。
「斎賀様、いい香りがします」
香りを追うように、柴尾は斎賀の隣にしゃがんだ。
「りんごを煮込んでいる狛江さんの傍で話し込んでいたから、髪に匂いが移ったのではないか。たくさん戴いたから、お裾分け用を入れるための瓶を取りにきたのだ」
昨日、斎賀の本業の取引先がりんごを一箱差し入れてくれた。どうやら、狛江が日持ちするように煮込んでくれているらしい。
柴尾は蜜に惹かれる虫のように、斎賀の首筋を流れる銀の髪に鼻を寄せた。
「斎賀様、美味しそうです」
ぴく、と僅かに斎賀の体が反応した。
匂いを嗅ぐように、息を吸い込む。斎賀から、甘く美味しそうな香りがした。
「………」
硬直したように動かない斎賀の様子に気付き、柴尾は我に返った。
「わっ。す、すみませ……っ」
慌てて斎賀から身を離す。
吸い寄せられるように、斎賀の首筋に顔を埋めかけていた。
柴尾は木箱を持つと、勢いよく立ち上がった。
「台所に、運んでおきますね!」
振り返ることなく、慌てて倉庫を出た。
斎賀がどんな顔をしているのか、確認するのが怖かった。
斎賀本人に対して美味しそうだなんて、とんでもないことを言ってしまった。
柴尾が斎賀に不埒な感情を抱いていると、気付かれてしまったのではなかろうか。
報われない恋なのだから、黙って想い続けるつもりだったのに。
意識した途端に、どんどん想いが溢れてくる。そのうち、黙っていられなくなるのではないかと不安になった。
「どうしよう。隠しておけなくなってきた……!」
斎賀が果実ならば、とても高級な果実だ。
柴尾はどうしてもそれを食べたい。口にすれば、今まで味わったことのない甘美な至福を得られる。
「私を食べたいのか?」
食べ物が訊ねた。
何故、食べ物が喋っているのか服を着ているのかは、疑問に感じなかった。欲求に従い、柴尾は頷いた。
その食べ物は、自身に蜂蜜をかけた。そんなことせずとも、美味しいに決まっているのに。
柴尾は吸い寄せられるように、食べ物の指先から滴る蜂蜜を舐めた。指先をきれいにした後は、指の間の付け根も丁寧に舌を這わす。
しかし、指先から順番に舐めていたのでは、一番食べたい場所に辿り着くまで時間がかかってしまう。
早々に待ちきれなくなり、柴尾は食べ物をテーブルの上に押し倒した。
「もう……食べるのか?」
食べ物が訊ねる。
薄く開かれた唇は、まるで誘うようだ。
柴尾は頷くこともせず、食べ物の首筋に噛みついた。
体の異変に気付き、ハッと意識が覚醒する。
柴尾はベッドの上で目を覚ました。
「……。今のは……」
ぼんやりとまだ記憶に残っている、夢の名残を追う。
ふしだらな夢を見てしまった。今のは、斎賀を抱く夢だ。
衝撃のあまり変なことを口走りそうで、柴尾は両手で口を塞いだ。まだ明け方の早い時間で、多生は寝ている。
斎賀を抱きたいと宣言したものの、具体的に男同士での行為について深く考える機会はなく、ただ好きだという感情を持て余しているような状況だった。
初めて、柴尾は斎賀に対して欲情し、夢を見た。
そっと布団をめくると、ズボンが分かりやすく膨らんでいた。
魔族の体液で汚れた足を洗うと、柴尾は一人遅れて武器庫へ剣を片付けに行った。
武器庫を出ると、斎賀と鉢合わした。
武器庫の隣は物置になっていて、斎賀はそこに用があるようだ。
「ただいま戻りました。斎賀様」
「おかえり。怪我はなかったか?」
「はい。何かお探しですか」
運ぶものがあるなら手伝おうと、物置に入っていく斎賀の後ろをついていった。
「空き瓶をまとめて保管していたはずだと思ってな」
目的のものを見つけたのか、斎賀は棚の上段にある木箱に手を伸ばした。
長身の斎賀であれば、踏み台を使わずとも取ることができる。しかし、木箱の中にはいくつかの瓶が入っているようで、斎賀が木箱を傾けるとガチャンと音を立てた。
「危ない!」
柴尾は斎賀の背後から手を伸ばし、木箱を支えた。
近づいた時に、斎賀からふわりと甘い香りが漂いどきりとする。
「重そうなので、僕が下ろします」
いったん棚の上に木箱を押し戻し、柴尾は安全のため踏み台に乗ると両手で木箱を床に下ろした。
「力のない女性でもないのだから、これくらい持てるぞ」
「万一お怪我をされてはいけませんから」
女性扱いしたつもりもない。
しかし何やら斎賀は、庇われるような行為が嫌なようだった。
斎賀は普段袖の長い服ばかり着ているので、どんな体つきなのか見たことがない。綺麗な顔から想像すれば、華奢だと思ってしまう。
しかし斎賀は、“最後に自分の身を守れるのは自分自身だから、魔法士も体を鍛えよ”という方針で、ファミリーの者たちにまず体を鍛えさせている。
そんな斎賀が、自身の体を鍛えていないということはないはずだ。
ハンターを引退した今でも、現役ほどではなくとも、そのへんの男よりはしっかりとした体つきなのではないかと思えた。
斎賀はしゃがむと木箱の中の瓶の数を数え始めた。
空気が動き、ふわりとまた甘い香りが漂う。やはり、斎賀から匂っている。
「斎賀様、いい香りがします」
香りを追うように、柴尾は斎賀の隣にしゃがんだ。
「りんごを煮込んでいる狛江さんの傍で話し込んでいたから、髪に匂いが移ったのではないか。たくさん戴いたから、お裾分け用を入れるための瓶を取りにきたのだ」
昨日、斎賀の本業の取引先がりんごを一箱差し入れてくれた。どうやら、狛江が日持ちするように煮込んでくれているらしい。
柴尾は蜜に惹かれる虫のように、斎賀の首筋を流れる銀の髪に鼻を寄せた。
「斎賀様、美味しそうです」
ぴく、と僅かに斎賀の体が反応した。
匂いを嗅ぐように、息を吸い込む。斎賀から、甘く美味しそうな香りがした。
「………」
硬直したように動かない斎賀の様子に気付き、柴尾は我に返った。
「わっ。す、すみませ……っ」
慌てて斎賀から身を離す。
吸い寄せられるように、斎賀の首筋に顔を埋めかけていた。
柴尾は木箱を持つと、勢いよく立ち上がった。
「台所に、運んでおきますね!」
振り返ることなく、慌てて倉庫を出た。
斎賀がどんな顔をしているのか、確認するのが怖かった。
斎賀本人に対して美味しそうだなんて、とんでもないことを言ってしまった。
柴尾が斎賀に不埒な感情を抱いていると、気付かれてしまったのではなかろうか。
報われない恋なのだから、黙って想い続けるつもりだったのに。
意識した途端に、どんどん想いが溢れてくる。そのうち、黙っていられなくなるのではないかと不安になった。
「どうしよう。隠しておけなくなってきた……!」
斎賀が果実ならば、とても高級な果実だ。
柴尾はどうしてもそれを食べたい。口にすれば、今まで味わったことのない甘美な至福を得られる。
「私を食べたいのか?」
食べ物が訊ねた。
何故、食べ物が喋っているのか服を着ているのかは、疑問に感じなかった。欲求に従い、柴尾は頷いた。
その食べ物は、自身に蜂蜜をかけた。そんなことせずとも、美味しいに決まっているのに。
柴尾は吸い寄せられるように、食べ物の指先から滴る蜂蜜を舐めた。指先をきれいにした後は、指の間の付け根も丁寧に舌を這わす。
しかし、指先から順番に舐めていたのでは、一番食べたい場所に辿り着くまで時間がかかってしまう。
早々に待ちきれなくなり、柴尾は食べ物をテーブルの上に押し倒した。
「もう……食べるのか?」
食べ物が訊ねる。
薄く開かれた唇は、まるで誘うようだ。
柴尾は頷くこともせず、食べ物の首筋に噛みついた。
体の異変に気付き、ハッと意識が覚醒する。
柴尾はベッドの上で目を覚ました。
「……。今のは……」
ぼんやりとまだ記憶に残っている、夢の名残を追う。
ふしだらな夢を見てしまった。今のは、斎賀を抱く夢だ。
衝撃のあまり変なことを口走りそうで、柴尾は両手で口を塞いだ。まだ明け方の早い時間で、多生は寝ている。
斎賀を抱きたいと宣言したものの、具体的に男同士での行為について深く考える機会はなく、ただ好きだという感情を持て余しているような状況だった。
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