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ケモノはシーツの上で啼く Ⅰ
5.看病
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夕刻、狩りから帰るとすでに斎賀はほんのりと赤い顔をしていた。恐らく昼間から熱は出始めていたのだ。
きっと周りに心配されても、大丈夫だと言っていたのだと思われる。
その結果が、これだ。
風邪をひいた者たちに食事をさせた後、自分の食事をとろうとした斎賀は半分も食べることがなかった。
斎賀はファミリーの者たちを気に掛けるあまり、自分のことは二の次だった。
元々世話焼きでもあるが、明日が休みなことあり、斎賀の容態を見るのは柴尾が手を上げた。
そして、あまりに高熱なので、志狼が穂積を家まで呼びに行ったのだった。
ひとまず風邪をひいた者たちを明日看るのは、元気のあり余っている志狼に頼むことにした。他の皆の休みの予定も聞き、協力して看病をせねばならない。
考えながら台所に行き、桶の水を入れ替える。
水魔法の使える者に頼んで氷を作ってもらい、斎賀の部屋に戻った。
静かに声を掛けて部屋に入ると、返事がない。
布団の上に腕を出したまま、斎賀は瞼を閉じていた。静かな呼吸が聞こえる。どうやら、穂積の処方した薬が効いたようだ。
柴尾はベッドの傍らに膝をついた。眠った斎賀を起こさぬように、斎賀の額の濡れ布巾を取ると、氷水で濡らし絞る。薬で眠っているならそう簡単には起きないはずだが、なるべくそっと静かに動くよう気をつけた。
冷えた布巾を斎賀の額に乗せると、そのままベッドの傍らに座り込む。
「………」
静かに呼吸を繰り返す斎賀の顔を見つめた。
見ていて飽きないとは、こういうことを言うのだと思う。
長い睫毛が、呼吸に合わせ静かに動く。唇は熱を逃がすためか、ほんの僅か開いていた。
屋敷にいることが多いせいで日焼けもしていない、きめの細かいなめらかな肌。涼しげな目のせいか、熱のせいでほんのりと赤く染まった肌は何やら艶めかしさすら感じた。
その肌に触れてみたくなり、汗で張り付いた髪を離そうという理由をつけて、そっと斎賀の頬に触れてみる。
汗ばんでしっとりとした肌に触れると、当然のことながら斎賀も人の子なのだと感じた。
斎賀が体調を崩すのを見るのすら、柴尾は初めてだった。
「寝顔も、綺麗だな……」
柴尾は小さく呟いた。
ずっと眺めていたいと感じた。
「ふ……」
斎賀が小さく吐息を漏らした。思わずドキリとする。
少し熱を帯びたような息遣いに、妙に心がざわざわとした。きっと、自分の声で起こしてしまったという焦りのせいに違いない。
ちゃんと眠っていることを確認し、安堵した。
柴尾はベッドに両腕を乗せると、静かに斎賀の寝顔を見守った。
体に痛みを感じ、柴尾は瞼を開けた。
カーテンの隙間から明るい光が差し込んでいる。どうやら、ベッドに突っ伏して寝ていたらしい。柴尾はゆっくりと顔を上げ、状況を判断した。
温くなった斎賀の額の布巾を、桶の水で冷やし乗せ直す。氷もすっかり溶けてしまい、水も交換が必要だ。
「………」
斎賀の長い睫毛がふるっと揺れた後、瞼がゆっくりと開いた。
「斎賀様」
起こしてしまったことに慌てる。斎賀の顔色は随分良くなっていた。
「お加減はいかがですか?」
柴尾が訊ねると、斎賀は静かに瞬きをしてから柴尾を見た。
「……大丈夫だ」
乗せたばかりの額の布巾を外すと、斎賀は自分の手の平を額に当てた。
「もうすっかり快くなった」
「冷やした布巾を乗せたばかりだから、冷たく感じるだけですよ」
「自分の体のことは自分がよく分かる。もう熱はない」
そうは言うが、少し気だるげに見える。
それに、分かったうえで無理をするのが斎賀なのだと、そう思うが口にしない。
柴尾は代わりに、疑うようなまなざしを斎賀に向けた。それが分かったのか、斎賀は付け足した。
「本当だぞ」
ベッドが揺れ、斎賀が上体を起こした。傍らに座り斎賀を見上げる柴尾の顔を見る。
「……まさか、ずっとここで看病してくれていたのか?」
「え?」
顔をじっと見られ、柴尾は自分の顔に触れる。頬にシーツの跡が付いていることに気付いた。
斎賀の寝顔に見惚れているうちに寝てしまっただけだなんて、恥ずかしくて言えない。
「面倒をかけたな。すまない」
「いえ。当然のことです」
少し気まずくて、斎賀の顔から視線を下げた。
襟ぐりの広い寝間着を着ていた斎賀の、襟の切込みから胸元が少し見えてドキリとした。
斎賀は普段、長袖ばかりを着て肌を露出させない。寝間着でゆとりのあるものを着ていたせいで、いつも見えない肌が少しだけ見えた。
たったそれだけのことで、妙に目のやり場に困るような気分になった。女性の胸元を見ているわけでもないのに。
「どうした? 耳が立ってるぞ」
「な、何でもありません」
斎賀に指摘され、耳を隠したくなった。
やはり、柴尾は最近おかしいようだ。
きっと周りに心配されても、大丈夫だと言っていたのだと思われる。
その結果が、これだ。
風邪をひいた者たちに食事をさせた後、自分の食事をとろうとした斎賀は半分も食べることがなかった。
斎賀はファミリーの者たちを気に掛けるあまり、自分のことは二の次だった。
元々世話焼きでもあるが、明日が休みなことあり、斎賀の容態を見るのは柴尾が手を上げた。
そして、あまりに高熱なので、志狼が穂積を家まで呼びに行ったのだった。
ひとまず風邪をひいた者たちを明日看るのは、元気のあり余っている志狼に頼むことにした。他の皆の休みの予定も聞き、協力して看病をせねばならない。
考えながら台所に行き、桶の水を入れ替える。
水魔法の使える者に頼んで氷を作ってもらい、斎賀の部屋に戻った。
静かに声を掛けて部屋に入ると、返事がない。
布団の上に腕を出したまま、斎賀は瞼を閉じていた。静かな呼吸が聞こえる。どうやら、穂積の処方した薬が効いたようだ。
柴尾はベッドの傍らに膝をついた。眠った斎賀を起こさぬように、斎賀の額の濡れ布巾を取ると、氷水で濡らし絞る。薬で眠っているならそう簡単には起きないはずだが、なるべくそっと静かに動くよう気をつけた。
冷えた布巾を斎賀の額に乗せると、そのままベッドの傍らに座り込む。
「………」
静かに呼吸を繰り返す斎賀の顔を見つめた。
見ていて飽きないとは、こういうことを言うのだと思う。
長い睫毛が、呼吸に合わせ静かに動く。唇は熱を逃がすためか、ほんの僅か開いていた。
屋敷にいることが多いせいで日焼けもしていない、きめの細かいなめらかな肌。涼しげな目のせいか、熱のせいでほんのりと赤く染まった肌は何やら艶めかしさすら感じた。
その肌に触れてみたくなり、汗で張り付いた髪を離そうという理由をつけて、そっと斎賀の頬に触れてみる。
汗ばんでしっとりとした肌に触れると、当然のことながら斎賀も人の子なのだと感じた。
斎賀が体調を崩すのを見るのすら、柴尾は初めてだった。
「寝顔も、綺麗だな……」
柴尾は小さく呟いた。
ずっと眺めていたいと感じた。
「ふ……」
斎賀が小さく吐息を漏らした。思わずドキリとする。
少し熱を帯びたような息遣いに、妙に心がざわざわとした。きっと、自分の声で起こしてしまったという焦りのせいに違いない。
ちゃんと眠っていることを確認し、安堵した。
柴尾はベッドに両腕を乗せると、静かに斎賀の寝顔を見守った。
体に痛みを感じ、柴尾は瞼を開けた。
カーテンの隙間から明るい光が差し込んでいる。どうやら、ベッドに突っ伏して寝ていたらしい。柴尾はゆっくりと顔を上げ、状況を判断した。
温くなった斎賀の額の布巾を、桶の水で冷やし乗せ直す。氷もすっかり溶けてしまい、水も交換が必要だ。
「………」
斎賀の長い睫毛がふるっと揺れた後、瞼がゆっくりと開いた。
「斎賀様」
起こしてしまったことに慌てる。斎賀の顔色は随分良くなっていた。
「お加減はいかがですか?」
柴尾が訊ねると、斎賀は静かに瞬きをしてから柴尾を見た。
「……大丈夫だ」
乗せたばかりの額の布巾を外すと、斎賀は自分の手の平を額に当てた。
「もうすっかり快くなった」
「冷やした布巾を乗せたばかりだから、冷たく感じるだけですよ」
「自分の体のことは自分がよく分かる。もう熱はない」
そうは言うが、少し気だるげに見える。
それに、分かったうえで無理をするのが斎賀なのだと、そう思うが口にしない。
柴尾は代わりに、疑うようなまなざしを斎賀に向けた。それが分かったのか、斎賀は付け足した。
「本当だぞ」
ベッドが揺れ、斎賀が上体を起こした。傍らに座り斎賀を見上げる柴尾の顔を見る。
「……まさか、ずっとここで看病してくれていたのか?」
「え?」
顔をじっと見られ、柴尾は自分の顔に触れる。頬にシーツの跡が付いていることに気付いた。
斎賀の寝顔に見惚れているうちに寝てしまっただけだなんて、恥ずかしくて言えない。
「面倒をかけたな。すまない」
「いえ。当然のことです」
少し気まずくて、斎賀の顔から視線を下げた。
襟ぐりの広い寝間着を着ていた斎賀の、襟の切込みから胸元が少し見えてドキリとした。
斎賀は普段、長袖ばかりを着て肌を露出させない。寝間着でゆとりのあるものを着ていたせいで、いつも見えない肌が少しだけ見えた。
たったそれだけのことで、妙に目のやり場に困るような気分になった。女性の胸元を見ているわけでもないのに。
「どうした? 耳が立ってるぞ」
「な、何でもありません」
斎賀に指摘され、耳を隠したくなった。
やはり、柴尾は最近おかしいようだ。
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