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そしてケモノは愛される

39.シロの捜索依頼

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 待合室に残っていた最後の患者が帰った。

「それじゃあ、先に帰っとるからねぇ。穂積は昼は外で食べてくるのかい」
 受付から出てきた祖母が、診察室の外から覗き穂積に訊ねた。

 今日の診療時間は昼までだ。穂積はまだ片付けがあるため、少し残らなければならない。

 以前なら、祖母はこんなことを訊ねはしなかった。診察が昼終わりの時は、穂積はそのまま酒場に直行していたからだ。
 だが最近になって、寄り道もせず家に帰るため、昼食の準備が必要かどうかを訊ねたのだ。

「うちで食う」
 カルテを書きながら、穂積は祖母の方を見向きもせずに答えた。
「それじゃあ、用意しておこうかねぇ」
 祖母は言い残して病院を後にした。

 きっと不思議に思いつつも、昼間から酒場に行かないのは良い兆候だと思っていることだろう。女遊びを改心したと思っているかもしれない。

 もちろん、お姉さんのいる酒場に行かなくなったのは、理由がある。

 今でも大きなおっぱいが好きなことに変わりはないが、志狼という恋人がいながら酒場でお姉さんたちと仲良くしすぎては、浮気のようになってしまうからだ。

 時折帰り道に、お姉さんたちから寂しげな声を掛けられ、後ろ髪が引かれないわけではない。そこは努力で耐えている。

 白衣を脱いで戸締りをし、穂積は病院を出た。
 そして、いくつかの誘惑をやり過ごしながら、家路についたのだった。



 祖母と暮らす家は、病院から歩いて二十分ほどの所にある。病院は町中だが、家は町外れとまではいかないまでも、中心地よりは離れた場所にあった。

 穂積が腹を空かせながら帰宅すると、待ち侘びたように祖母に出迎えられる。
「ほれ。帰って来よった」

 珍しく客人がいた。祖母が声を掛けた先のイスに座っていたのは、近所に住まう十歳の星也だ。

 穂積を見る少年の潤んだ瞳に、何故か嫌な予感がした。

「シロが逃げちゃったんだぁ」
「え? 志狼?」
「違う、シロだよ」
 祖母が加わることで、さらに穂積は混乱した。

 祖母が説明する。
「この子の飼ってるペットの子ヤギのシロだよ。森の方へ散歩に出て、逃げてしまったらしくてねぇ」

 普段から祖母が志狼のことをシロと呼ぶので、紛らわしいことこの上ない。ようやく穂積は理解した。

 イスに座っていた星也が降りて、穂積に近寄る。
「野良犬に驚いて僕が紐を離しちゃったから……。びっくりして森の方に逃げちゃったんだ」

 町に近い森には魔物が出ることはないが、それでも野生の動物が多くいる。子供は近づいてはいけないことになっているので、星也も追いかけられなかったのだ。

「おじちゃん、ハンターしてたんでしょう。シロを助けて」
 縋るような目で星也が穂積を見上げた。

 穂積は頭をがりがりと掻いた後、星也の前にしゃがむ。
「そうは言っても、広い森で子ヤギを一匹探すってのはなぁ……」

 相当に大変なことだ。確かに元ハンターなので腕っぷしはあるし、一人で森の奥へ行くこともできる。
 だが、目の前に現れた獲物を倒すのと、子ヤギを探すのはわけが違う。

「穂積、助けておやり」
「………あー」
 祖母の言葉に、穂積は項垂れるように床を見た。

 頼ってきているのを無下にするのは心が痛む。
 見つけてやりたいが、正直見つかる可能性は低い。見つかったとしても、すでに森の獣に食われた姿ということもある。

 穂積は溜め息をついた。顔を上げ星也を見て、小さい頭に手を乗せる。
「手を尽くそう……」

 広い森の中、見つからない可能性の方が高い。
 見つからなかったらごめんな、と言いかけるが口に出来なかった。

 星也は一瞬泣きそうな顔をした後、うんと頷いた。子供なりに分かっているのだ。そんな顔をされると、ますます見つけてやりたいと思ってしまう。

 森に入るのなら、どこで獣に襲われるか分からないので武器が必要だ。穂積は、納屋から昔使っていた装備を取り出した。

 引退はしたが、時折手入れはしているのでまだ剣は使える。魔族用の大きな剣を手にした後、それより小ぶりの剣に持ち替えた。大きな熊でも出ない限りは、この剣で対応できる。

 だが、腕の鈍りだけはどうしようもないところがある。
 いい体の男はモテると体は多少鍛えてはいるが、もし戦いになればハンターを引退した時以来なので、少し心配だ。

 祖母が用意した昼食を手早く食べると、穂積は支度を整えた。
 時間が経つほど見つかる可能性も低くなり、暗くなれば探すこともできなくなる。
 準備を終えると、シロを探すため穂積は早々に森へと向かった。
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