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そしてケモノは愛される
34.志狼の気持ち
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診察台に膝が当たり志狼がバランスを崩し、穂積の体を引っ張りながら診察台に仰向きに転がった。
「今の流れでおかしいだろっ。てか、何考えてんだ!?」
上からのしかかる穂積を今度は押し返すように、志狼が腕で突っぱねる。
いつもの元気な志狼に戻ったことに、少しほっとした。
「これも訓練だ。男らしくないぞ」
「男にこんなことされてる方が男らしくない!」
噛みついてきそうな顔で睨まれる。
服の裾を捲り上げ、現れた小さな粒に口を寄せた。びくりと体を震わせ、志狼の抵抗が一瞬止む。
「小さい乳首だ」
「い、嫌なら舐めるなよ!」
右側の小さな突起を、形を確認するように舌でべろりと舐めた。汗のせいで、少し塩の味がした。
「ひぅ」
志狼が小さく声を上げる。
「やっぱり……、か…体が目的じゃないか……っ。この、エロおやじ。エロ医者。変態!」
斎賀にどれほどこの小さな粒を可愛がられたのか。
そんなことを考えながら、穂積は舌先で突起を弄るのを止めない。
「あ……っ、ばか、やだっ。おっさん……!」
引き剥がそうと、穂積の肩を掴む志狼の手が震える。
「へ、変態医者……、ヤブ医者、変態おやじ……っ」
とりあえず文句を言わないと気が済まないようで、志狼が必死で言葉を探す。しかし、普段悪口をあまり言わないのか、大した言葉が出てこない。
「ばかっ。この……エロばか、エロ医者!」
「それ、さっき言ったぞ」
穂積は顔を上げて、にやりと笑う。志狼は顔を真っ赤にしていた。
「ん? もう終わりか?」
余裕の表情で穂積は訊ねた。
「うぅ。……っ」
次の文句が出てこないようで、志狼は悔しそうな顔を浮かべた。
穂積はふっと笑う。
ついつい揶揄いたくなってしまうから困る。
だが、訓練だの言ってこれ以上本当に手を出してしまわないよう、このあたりで止めておくべきだ。
「ったく……」
穂積は小さく息を吐いた。
ふいに志狼の腕が伸び、穂積の首に回された。両手を診察台で支えてはいたが、体を少し引き寄せられバランスを崩しそうになる。
「―――でも好き」
告げられた言葉に、穂積は目を瞠った。
見上げる少し悲しそうな表情の志狼と目が合う。
若さゆえなのか直球の言葉に、この歳にもなってたまらなく照れた。
「………。それが一番効いた」
上から覆い被さるようにして、志狼の体を抱き締める。今度は抵抗されなかった。
「それは……俺と同じ気持ちだと思っていいのか?」
念のため訊ねた。
志狼のことだからというと悪いが、近所のおっさんに対する好きと同じだったら困る。
志狼は少し考えるように黙り込んだ後、腕の中でこくりと頷いた。
「俺、そんなに好きの種類を知らない……。俺の思う好きは、そういう……好き」
……と思う、と最後に小さく付け加えたのが気になったが、良しとする。
「志狼……」
吐息交じりで囁いた。
顎を掴み向かせると、唇を重ねた。唇を少し開かせて舌を入れると、最初は驚かれたがおずおずと応えてくれる。
あまり慣れていない様子が可愛いと思った。獣人特有の少し尖った犬歯が当たる。その裏を舐めると、体を震わせて反応した。
「穂積……先生……」
唇の隙間から、吐息が零れる。
「俺……。先生のこと気になってたの、やっぱり先生のことが好きだったんだ……。先生に頭撫でられるのも、優しくされるのも、斎賀様と同じくらい凄く嬉しい。でも……でも、斎賀様とは違う」
キスをしているのに、志狼は泣きそうな顔だった。
「俺……、ど…どうしよう……」
不安を滲ませる志狼を強く抱きしめた。腕の中の志狼が、穂積の白衣をぎゅっと掴む。
繰り返し、名を呼ばれた。その声は辛そうだった。
「こんなに斎賀様を好きなのに……。なんで、なんで斎賀様と同じじゃないんだろ……?」
目を閉じ、志狼が自問する。その目尻は、少し濡れていた。
斎賀と同じ気持ちでありたかった―――。
そう考えているに違いない。
しかし、心は自分でコントロールできるものではない。だから穂積も、親友が惚れた相手への気持ちを抑えることができなかった。
縋るように穂積にしがみ付く志狼の、辛さや不安を取り除いてやりたいと思う。しかし、穂積に何ができるのか。
それだけではなく、もっと触れたい。穂積のことを、好きだと気付いてくれたのだ。遠慮なく、めいっぱい愛したい。
「志狼……」
キスを重ねながら、穂積はその先を求めようとした。
しかし、志狼に静かに首を横に振られた。
「斎賀様と恋人なのに、俺…最低だ……」
早く抱きたいと浮かれている穂積とは裏腹に、志狼は冷静だった。
そうだ。厳しい現実が待ち構えているのだ。
穂積とは違い、志狼は斎賀と関係を持つ当事者だ。
志狼は辛そうな顔をして黙り込んでしまった。
自分の気持ちに戸惑い、迷った末に辿り着いた出口は、決して幸せなだけではない。
志狼にとってこの自覚は、斎賀への裏切り行為でしかないのだから。
そして、穂積が親友から恋人を奪ったということも、紛れもない事実だ。
「今日はもう帰る……」
重い息を吐き出し、志狼は診察台を降りた。
「……このままじゃ、ダメだ。ちゃんと謝らなきゃ。帰ったら……ちゃんと斎賀様と話をする」
静かに告げた志狼の表情は硬い。
長椅子に置いていた荷物をまとめて、志狼は病院を出ようとする。慌てて穂積は引き留めた。
「心配だ。俺も行こう」
穂積は白衣を脱ぐと診察室の明かりを消し、志狼のもとへ行く。
「心配しなくても、ちゃんと話すから」
「俺も、斎賀に謝らないとならない」
本当は、志狼を一人で行かせたくなかった。
大好きな斎賀に裏切りを告げるのは、本当は相当勇気が必要で怖いはずだ。だからこそ、傍にいてやりたい。
それに、恋人を奪ったのだから、穂積はきちんと斎賀に謝罪をしなければならない。
しばらく穂積を見つめて、志狼は小さく頷き了承した。
二人で病院を出た。
外は暗くなり始め、酒場に向かう楽しそうな男たちとすれ違う。相反して、二人は神妙な面持ちで、ゆっくりとファミリーの屋敷へと向かった。
この先に待っていることを考えると、これほどファミリーに帰るのが怖いことはなかったに違いない。
周りに人がいなくなると、穂積は強張った表情の志狼の手をそっと握った。
「今の流れでおかしいだろっ。てか、何考えてんだ!?」
上からのしかかる穂積を今度は押し返すように、志狼が腕で突っぱねる。
いつもの元気な志狼に戻ったことに、少しほっとした。
「これも訓練だ。男らしくないぞ」
「男にこんなことされてる方が男らしくない!」
噛みついてきそうな顔で睨まれる。
服の裾を捲り上げ、現れた小さな粒に口を寄せた。びくりと体を震わせ、志狼の抵抗が一瞬止む。
「小さい乳首だ」
「い、嫌なら舐めるなよ!」
右側の小さな突起を、形を確認するように舌でべろりと舐めた。汗のせいで、少し塩の味がした。
「ひぅ」
志狼が小さく声を上げる。
「やっぱり……、か…体が目的じゃないか……っ。この、エロおやじ。エロ医者。変態!」
斎賀にどれほどこの小さな粒を可愛がられたのか。
そんなことを考えながら、穂積は舌先で突起を弄るのを止めない。
「あ……っ、ばか、やだっ。おっさん……!」
引き剥がそうと、穂積の肩を掴む志狼の手が震える。
「へ、変態医者……、ヤブ医者、変態おやじ……っ」
とりあえず文句を言わないと気が済まないようで、志狼が必死で言葉を探す。しかし、普段悪口をあまり言わないのか、大した言葉が出てこない。
「ばかっ。この……エロばか、エロ医者!」
「それ、さっき言ったぞ」
穂積は顔を上げて、にやりと笑う。志狼は顔を真っ赤にしていた。
「ん? もう終わりか?」
余裕の表情で穂積は訊ねた。
「うぅ。……っ」
次の文句が出てこないようで、志狼は悔しそうな顔を浮かべた。
穂積はふっと笑う。
ついつい揶揄いたくなってしまうから困る。
だが、訓練だの言ってこれ以上本当に手を出してしまわないよう、このあたりで止めておくべきだ。
「ったく……」
穂積は小さく息を吐いた。
ふいに志狼の腕が伸び、穂積の首に回された。両手を診察台で支えてはいたが、体を少し引き寄せられバランスを崩しそうになる。
「―――でも好き」
告げられた言葉に、穂積は目を瞠った。
見上げる少し悲しそうな表情の志狼と目が合う。
若さゆえなのか直球の言葉に、この歳にもなってたまらなく照れた。
「………。それが一番効いた」
上から覆い被さるようにして、志狼の体を抱き締める。今度は抵抗されなかった。
「それは……俺と同じ気持ちだと思っていいのか?」
念のため訊ねた。
志狼のことだからというと悪いが、近所のおっさんに対する好きと同じだったら困る。
志狼は少し考えるように黙り込んだ後、腕の中でこくりと頷いた。
「俺、そんなに好きの種類を知らない……。俺の思う好きは、そういう……好き」
……と思う、と最後に小さく付け加えたのが気になったが、良しとする。
「志狼……」
吐息交じりで囁いた。
顎を掴み向かせると、唇を重ねた。唇を少し開かせて舌を入れると、最初は驚かれたがおずおずと応えてくれる。
あまり慣れていない様子が可愛いと思った。獣人特有の少し尖った犬歯が当たる。その裏を舐めると、体を震わせて反応した。
「穂積……先生……」
唇の隙間から、吐息が零れる。
「俺……。先生のこと気になってたの、やっぱり先生のことが好きだったんだ……。先生に頭撫でられるのも、優しくされるのも、斎賀様と同じくらい凄く嬉しい。でも……でも、斎賀様とは違う」
キスをしているのに、志狼は泣きそうな顔だった。
「俺……、ど…どうしよう……」
不安を滲ませる志狼を強く抱きしめた。腕の中の志狼が、穂積の白衣をぎゅっと掴む。
繰り返し、名を呼ばれた。その声は辛そうだった。
「こんなに斎賀様を好きなのに……。なんで、なんで斎賀様と同じじゃないんだろ……?」
目を閉じ、志狼が自問する。その目尻は、少し濡れていた。
斎賀と同じ気持ちでありたかった―――。
そう考えているに違いない。
しかし、心は自分でコントロールできるものではない。だから穂積も、親友が惚れた相手への気持ちを抑えることができなかった。
縋るように穂積にしがみ付く志狼の、辛さや不安を取り除いてやりたいと思う。しかし、穂積に何ができるのか。
それだけではなく、もっと触れたい。穂積のことを、好きだと気付いてくれたのだ。遠慮なく、めいっぱい愛したい。
「志狼……」
キスを重ねながら、穂積はその先を求めようとした。
しかし、志狼に静かに首を横に振られた。
「斎賀様と恋人なのに、俺…最低だ……」
早く抱きたいと浮かれている穂積とは裏腹に、志狼は冷静だった。
そうだ。厳しい現実が待ち構えているのだ。
穂積とは違い、志狼は斎賀と関係を持つ当事者だ。
志狼は辛そうな顔をして黙り込んでしまった。
自分の気持ちに戸惑い、迷った末に辿り着いた出口は、決して幸せなだけではない。
志狼にとってこの自覚は、斎賀への裏切り行為でしかないのだから。
そして、穂積が親友から恋人を奪ったということも、紛れもない事実だ。
「今日はもう帰る……」
重い息を吐き出し、志狼は診察台を降りた。
「……このままじゃ、ダメだ。ちゃんと謝らなきゃ。帰ったら……ちゃんと斎賀様と話をする」
静かに告げた志狼の表情は硬い。
長椅子に置いていた荷物をまとめて、志狼は病院を出ようとする。慌てて穂積は引き留めた。
「心配だ。俺も行こう」
穂積は白衣を脱ぐと診察室の明かりを消し、志狼のもとへ行く。
「心配しなくても、ちゃんと話すから」
「俺も、斎賀に謝らないとならない」
本当は、志狼を一人で行かせたくなかった。
大好きな斎賀に裏切りを告げるのは、本当は相当勇気が必要で怖いはずだ。だからこそ、傍にいてやりたい。
それに、恋人を奪ったのだから、穂積はきちんと斎賀に謝罪をしなければならない。
しばらく穂積を見つめて、志狼は小さく頷き了承した。
二人で病院を出た。
外は暗くなり始め、酒場に向かう楽しそうな男たちとすれ違う。相反して、二人は神妙な面持ちで、ゆっくりとファミリーの屋敷へと向かった。
この先に待っていることを考えると、これほどファミリーに帰るのが怖いことはなかったに違いない。
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