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そしてケモノは愛される
30.告白の後
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休みの日、祖母から頼まれ食材を買うために、穂積は市場へと出掛けていた。
今日は祖母の誕生日で、鶏の丸焼きを作るのだという。
いくら歳をとっても誕生日は嬉しいらしい。
病院も手伝ってもらっているので、穂積はいつもの礼も兼ねてプレゼントでも買うことにした。肉を買う前にぶらぶらと市場を歩く。
年寄りなので、アクセサリーよりも実用的なものが喜ばれるはずだ。
趣味の編み物の道具でもプレゼントすることにして、露店を見て回った。
「やあ。穂積先生。何をお探しだい」
「穂積先生ならまけとくよ」
通りすがる人だけではなく、店主からも声が掛かる。挨拶を交わしながら、穂積は市場を歩いた。
編み物の道具といっても、何があるのかが分からない。編み棒は壊れるものでもないから、二つもいらないだろう。毛糸も作るものによっては好みではないかもしれない。
男なので理解がないうえ、祖母のしていることにも興味がないのだ。
つまるところ、詳しくないので店の者に訊く方が良さそうだと考えた。
そんなことを考えながら歩いていると、よく見知った顔が視界に入る。
よくいる茶色い髪と耳の獣人だが、すぐに誰かと分かった。
反対側から紙袋を抱えた志狼が歩いてくるのが見えた。珍しく一人だ。
立ち止まると、志狼も穂積に気付き足を止めた。
「よお」
「穂積先生……」
戸惑う様子の志狼に近寄り、声を掛ける。
「最近来ねえから、ばあさんが寂しがってるぞ」
建前的に、納品がないことについて告げた。
祖母もだが、もちろん穂積も寂しがっている。二週間以上、会っていない。
どうせ、顔を合わせづらくて来なかったに違いない。
すでに志狼が斎賀と結ばれたことを穂積は知っているが、志狼にしてみればあの日以来、穂積の告白の返事をしていない状態だ。目の前でおろおろとしていることが、気まずさを感じていることを物語っている。
「斎賀と上手くいったんだってな」
言いづらいに違いないと、穂積は先に告げた。驚いた顔が返ってくる。
「ど、どうして……」
「良かったな」
穂積は志狼の頭にぽんと手を乗せた。
「………」
じっと穴が開きそうなほどに志狼に見つめられる。
穂積が知っていたことに驚いているだけにしては、少し違う空気を感じた。
志狼は少し俯く。紙袋をぎゅっと抱え直すと、物憂げな表情を見せた。
「うん……。ありがとう」
ぽつりと志狼が呟く。
少し元気がないように思えた。
こんな顔をさせているのは、きっと穂積が告白をしたせいだ。志狼にはいつも元気に笑っていてほしい。
「ごめんなさい。ずっと……返事してなくて」
小さな声で謝る志狼に、穂積はにっと笑った。
「まあ、たまには遊びに来いよ」
最初から二人が相思相愛であることは分かっていたので、振られたことは仕方がない。
分かったうえで、ほんの少しの期待をして告白したのだ。
志狼が気に病むことはない。そのせいで志狼と会えないのは寂しい。
穂積をじっと見つめてから、こくんと小さく志狼が頷く。
これでまた病院に顔を出すようになる。安心した。
「そんじゃあ」
穂積は別れを告げ、志狼の横を通り過ぎた。
十歩ほど歩いたところで、後ろから服を引っ張られ足を止める。振り返ると志狼に服を掴まれていた。
「あ、あの……。また、納品に行ってもいい?」
志狼に遠慮がちに訊ねられる。その瞳が、迷惑じゃないならば、と語っている。
穂積は破顔すると、志狼の耳ごと頭をわしゃわしゃと撫でた。
「来てくれないと困る」
それからというもの、志狼はまた狩りの帰りに時々顔を出すようになった。
すっかり、以前の関係に戻った。違うのは、穂積がもう妙なちょっかいを出せなくなったことだ。
「シロちゃん。果実酒を作ったから、帰るついでにこれを斎賀に届けてくれるかねぇ」
納品に来た志狼に、祖母が手製の果実酒の瓶を待合室のカウンターに置いた。
「うん、いいよ」
座っていたイスから立ち上がり、志狼は祖母の傍に近付く。
「ばあさん。志狼は装備もあるんだ。荷物になるだろ。んなもん、今度俺が届けてやるから」
瓶を取ろうとした志狼の前から、穂積は瓶を奪った。
伸ばした手を宙に浮かせたまま、不思議そうな顔で志狼が穂積を見た。
「別にそれくらい持てるよ」
「そういうことじゃねえ」
穂積は志狼から離れた位置のカウンターの上に、瓶をどんと置き直す。
「装備も剣も抱えて、さらにこんな重い瓶を持ったら疲れるだろうが」
横目で祖母を見た。
「それもそうじゃねぇ。穂積、今度届けておくれ」
「あいよ」
果実酒は、今度の休みにでも持って行ってやることにした。祖母の手製の果実酒は、斎賀も好んで飲むのだ。
祖母とのやり取りを聞いていた志狼は、少し不思議そうな表情をした後、じっと穂積を見た。
「……あ、ありがと」
志狼がぽそっと口にする。
勝手に祖母が持たせようとしたのだから、礼を言われるほどのことでもない。
「ばあさんの果実酒はなかなか美味いんだ。斎賀に今度持ってくからって言っといてくれ」
笑いかけると、志狼は小さく頷いた。
しばらくその視線が穂積を見つめる。首を傾げ、なんだ?と視線で問い返した。
「穂積先生ってさ……」
言いかけて、志狼は少し目を伏せ黙った。
「ん?」
先を促すように志狼を見返したが、志狼は目を伏せて首を横に振るだけで、続きを言わない。
いつも歯切れよく喋る志狼にしては珍しかった。
そんな様子を、穂積は少し気になった。
今日は祖母の誕生日で、鶏の丸焼きを作るのだという。
いくら歳をとっても誕生日は嬉しいらしい。
病院も手伝ってもらっているので、穂積はいつもの礼も兼ねてプレゼントでも買うことにした。肉を買う前にぶらぶらと市場を歩く。
年寄りなので、アクセサリーよりも実用的なものが喜ばれるはずだ。
趣味の編み物の道具でもプレゼントすることにして、露店を見て回った。
「やあ。穂積先生。何をお探しだい」
「穂積先生ならまけとくよ」
通りすがる人だけではなく、店主からも声が掛かる。挨拶を交わしながら、穂積は市場を歩いた。
編み物の道具といっても、何があるのかが分からない。編み棒は壊れるものでもないから、二つもいらないだろう。毛糸も作るものによっては好みではないかもしれない。
男なので理解がないうえ、祖母のしていることにも興味がないのだ。
つまるところ、詳しくないので店の者に訊く方が良さそうだと考えた。
そんなことを考えながら歩いていると、よく見知った顔が視界に入る。
よくいる茶色い髪と耳の獣人だが、すぐに誰かと分かった。
反対側から紙袋を抱えた志狼が歩いてくるのが見えた。珍しく一人だ。
立ち止まると、志狼も穂積に気付き足を止めた。
「よお」
「穂積先生……」
戸惑う様子の志狼に近寄り、声を掛ける。
「最近来ねえから、ばあさんが寂しがってるぞ」
建前的に、納品がないことについて告げた。
祖母もだが、もちろん穂積も寂しがっている。二週間以上、会っていない。
どうせ、顔を合わせづらくて来なかったに違いない。
すでに志狼が斎賀と結ばれたことを穂積は知っているが、志狼にしてみればあの日以来、穂積の告白の返事をしていない状態だ。目の前でおろおろとしていることが、気まずさを感じていることを物語っている。
「斎賀と上手くいったんだってな」
言いづらいに違いないと、穂積は先に告げた。驚いた顔が返ってくる。
「ど、どうして……」
「良かったな」
穂積は志狼の頭にぽんと手を乗せた。
「………」
じっと穴が開きそうなほどに志狼に見つめられる。
穂積が知っていたことに驚いているだけにしては、少し違う空気を感じた。
志狼は少し俯く。紙袋をぎゅっと抱え直すと、物憂げな表情を見せた。
「うん……。ありがとう」
ぽつりと志狼が呟く。
少し元気がないように思えた。
こんな顔をさせているのは、きっと穂積が告白をしたせいだ。志狼にはいつも元気に笑っていてほしい。
「ごめんなさい。ずっと……返事してなくて」
小さな声で謝る志狼に、穂積はにっと笑った。
「まあ、たまには遊びに来いよ」
最初から二人が相思相愛であることは分かっていたので、振られたことは仕方がない。
分かったうえで、ほんの少しの期待をして告白したのだ。
志狼が気に病むことはない。そのせいで志狼と会えないのは寂しい。
穂積をじっと見つめてから、こくんと小さく志狼が頷く。
これでまた病院に顔を出すようになる。安心した。
「そんじゃあ」
穂積は別れを告げ、志狼の横を通り過ぎた。
十歩ほど歩いたところで、後ろから服を引っ張られ足を止める。振り返ると志狼に服を掴まれていた。
「あ、あの……。また、納品に行ってもいい?」
志狼に遠慮がちに訊ねられる。その瞳が、迷惑じゃないならば、と語っている。
穂積は破顔すると、志狼の耳ごと頭をわしゃわしゃと撫でた。
「来てくれないと困る」
それからというもの、志狼はまた狩りの帰りに時々顔を出すようになった。
すっかり、以前の関係に戻った。違うのは、穂積がもう妙なちょっかいを出せなくなったことだ。
「シロちゃん。果実酒を作ったから、帰るついでにこれを斎賀に届けてくれるかねぇ」
納品に来た志狼に、祖母が手製の果実酒の瓶を待合室のカウンターに置いた。
「うん、いいよ」
座っていたイスから立ち上がり、志狼は祖母の傍に近付く。
「ばあさん。志狼は装備もあるんだ。荷物になるだろ。んなもん、今度俺が届けてやるから」
瓶を取ろうとした志狼の前から、穂積は瓶を奪った。
伸ばした手を宙に浮かせたまま、不思議そうな顔で志狼が穂積を見た。
「別にそれくらい持てるよ」
「そういうことじゃねえ」
穂積は志狼から離れた位置のカウンターの上に、瓶をどんと置き直す。
「装備も剣も抱えて、さらにこんな重い瓶を持ったら疲れるだろうが」
横目で祖母を見た。
「それもそうじゃねぇ。穂積、今度届けておくれ」
「あいよ」
果実酒は、今度の休みにでも持って行ってやることにした。祖母の手製の果実酒は、斎賀も好んで飲むのだ。
祖母とのやり取りを聞いていた志狼は、少し不思議そうな表情をした後、じっと穂積を見た。
「……あ、ありがと」
志狼がぽそっと口にする。
勝手に祖母が持たせようとしたのだから、礼を言われるほどのことでもない。
「ばあさんの果実酒はなかなか美味いんだ。斎賀に今度持ってくからって言っといてくれ」
笑いかけると、志狼は小さく頷いた。
しばらくその視線が穂積を見つめる。首を傾げ、なんだ?と視線で問い返した。
「穂積先生ってさ……」
言いかけて、志狼は少し目を伏せ黙った。
「ん?」
先を促すように志狼を見返したが、志狼は目を伏せて首を横に振るだけで、続きを言わない。
いつも歯切れよく喋る志狼にしては珍しかった。
そんな様子を、穂積は少し気になった。
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