そしてケモノは愛される + ケモノはシーツの上で啼く

藤沢ひろみ

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そしてケモノは愛される

29.呼び出し

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 穂積が志狼に気持ちを告げてから、一週間が経った。
 あれ以来、志狼は病院に姿を見せていない。

 そんな折り、斎賀に呼び出され飲みに行った。用件は想像がつく。

 斎賀が騒がしい酒場を好まないので、昼であろうと静かに過ごせる、行きつけの店の一つで待ち合わせた。

 そして、注文した酒が運ばれてきた直後、斎賀が開口一番に静かに言った。

「随分と、うちの志狼を可愛がってくれたようだな。穂積」
 微笑んではいるが、冷気が漂ってきそうな気さえした。

「まるで苛めてたみたいな言われ方だな」
 穂積が言い返すと、斎賀にじろりと睨まれる。

「苛めていたも同然だ。昔に比べ下半身にだらしがなかったのが落ち着いたのかと思いきや、私が大事にしている志狼を手籠めにしていたとはな」

 ひどい言い草だが、まったくもってその通りで反論のしようもない。
 斎賀には、女遊びが酷かった頃を知られているのだ。

 深く溜め息をついた斎賀を横目に、穂積は目の前のビールを煽った。
「言っておくが一度だけだ。そもそもあいつの初めてを奪ったのは俺じゃねえ」
 音を立ててビールをテーブルに置いた。

 二回目は最後までしたわけではないから、数に含めないことにした。

 だが、厳しい視線が向けられる。
「嘘をつくな。志狼がお前のように、ほいほい体の関係を持つわけがなかろう」

 さっきから、随分酷い言われようだ。付き合いが長いだけに手厳しい。
 しかも、事実である。だから、斎賀が疑ってかかるのも無理はない。

 斎賀の綺麗な顔で睨まれると、本当に迫力がある。
 穂積は肩を竦めた。

「本当だ。あいつの初めての相手は、インバスだ」

 正面から見据えると、斎賀は目を見開いたまま固まった。なかなか目に出来ない顔だ。
 穂積はもう一度繰り返した。

「インバスに襲われて、俺の所に助けを求めに来た。それで治療しているうちに、まあ、やっちまったってわけだ」
「………」

 さすがに魔族とは予想していなかっただろう。斎賀は言葉が出てこないようだ。氷漬けにされたのかというほど動かなくなった。

「………」
 瞬きすら忘れた後、ようやく身じろぎしたかと思えば、斎賀はテーブルの上でうなだれ頭を抱えた。

「あの子は……まったく……」
 斎賀は深く溜め息をついた。インバスに襲われている志狼を想像してしまったのだ。

「強い子だと安心して狩りに行かせていたが、心配になってきた……」
「お前は娘に対する過保護な父親か」
 深刻な顔の斎賀に、穂積は呆れた。

 快楽に弱いという弱点さえなければ、志狼は十分に強いハンターだ。武器さえ手離していなければ、インバスごとき即倒せていたはずだ。

 視線をテーブルに落とし、斎賀は溜め息をついた。
「あの子を抱いていると、まるで無垢な子にいけないことをしているような気分になる……」

 悩ましげな表情に、それは少し分かるとも思えた。
「志狼はガキっぽいが、成人してる立派な大人だ。確かに色事には疎いがな」

 穂積はビールを持ち直すと、斎賀がまだ口にしていない葡萄酒のグラスに軽くぶつけた。
「とりあえず、おめでとうと言っといてやる。良かったな」

 斎賀が瞠目する。
 しばらく穂積の顔を凝視した後、葡萄酒のグラスに手を伸ばし口に含んだ。小さく息を吐く。

「色々言いたいことはあるが、穂積のおかげで私も素直になれたということには感謝しておこう」
 斎賀は穂積に軽くグラスを持ち上げて見せた。

 穂積はふっと苦い笑みを零す。
「自分でけしかけておいて何だが、失敗した。だが、お前が志狼を好きなことに気付いていて、黙って奪うのはフェアじゃねえからな」

 最初は、とっととくっつきやがれと思っていたのに、蓋を開けてみればこのざまだ。
 答えは最初から分かっていた。ただ穂積が空回りしただけだった。

 斎賀が驚きの顔を見せる。
「……何故気付いた?」

「見てりゃ分かる。何年の付き合いと思ってるんだ」
 やれやれとばかりに穂積は苦笑し、ビールを口に運んだ。

 意外そうな顔で斎賀が見返した。
「……お前、案外私のことを好きだろう」

 斎賀の言葉に、思わず口に入れたビールを零す。
「き、気持ち悪い言い方をするな、馬鹿野郎。そりゃ、一緒に旅してきた仲間だしな」

 濡れた口を拭いながらぶっきらぼうに答えると、斎賀はぷっと吹き出し、楽しそうに笑い出した。
「面白い顔だ」
 そんなふうに斎賀が笑うのは、何とも珍しかった。
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