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二十八.別れ
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ごめんな、という言葉も変だ。ありがとう、でもない。
上手く気持ちを言葉にできなくて、大和はもどかしくなった。
大和の代わりに“告”を継ぐ悠仁を、陰ながら支えていきたい。当主でない以上、できることは限られている。それでも、次の当主のために自分ができることは何でもしたいと、大和は思った。
「止めないけど、泣きつくのはいつでも歓迎だよ」
悠仁がにこりと笑う。大和は思わず苦笑した。
「何だ、それ」
「だって兄さん、なかなか泣いてくれないから」
悠仁の指先は、変わらず大和の泣きボクロを撫でている。
その言葉に、大和はぴくりと反応する。脳裏を掠めたものがあった。
ごくたまにだが、悠仁はセックスの時に暴走することがある。
大和からもう何も出なくなっても、何度もイカされる。過ぎた快感は、自分がどうなってしまうのかが分からず怖い。しかし、頼むからやめてくれと大和が懇願しても、悠仁はやめてはくれない。
終わりのない快感のせいか、大和の言葉を聞き入れてくれない悠仁の暴走が怖いからなのか、大和は途中からわけがわからなくなり、ただ嫌だ嫌だと泣き出してしまうのだ。
悠仁がそのことを言っているのだと、大和は気付いた。
瞬間、先程までの穏やかな気持ちが消し飛ぶ。
大和は自分に触れる悠仁の手を払いのけ、拳を悠仁の胸元に叩きつけた。
「お、まえっ。俺がどんなに怖かったと…!」
大和は声を荒げた。
泣き顔を見たいというそんな理由で、大和があんなに嫌がっているにも関わらず、無理強いしたのなら勝手すぎる。
突然怒り出した大和に、悠仁はぽかんと見返す。
やはり、大和の怒る理由は分かっていないようだ。何か悪いことしたのかとでも言いたげな表情だ。
「兄さん、どうしたの? 何で急に怒ってるの?」
悠仁は普段はしっかり者のくせに、どうして大和に関しては鈍感さを発揮するのだろう。いや、むしろ全く悪いことをした意識がないからかもしれない。
「…っくそ」
大和は体を反転させ、悠仁に背を向けた。しばらくそっぽを向くつもりだった。
だが、後ろから悠仁が、ねぇ兄さんと繰り返し呼ぶ。
「ごめん、兄さん。怖がらせてるなんて知らなかった。許して」
背中から悠仁が体をくっつけてくる。
悠仁はずるい。
兄が弟に甘いのを分かったうえで、行動する。今も、恋人ではなく弟として甘えてきている。弟に甘い兄が、最後には許してくれると分かっているからだ。本当にタチが悪い。
そして、大和も結局最後には許してしまうのだから、どうしようもなく兄馬鹿だ。
「ねえ、兄さん」
腕を掴んで体を揺すられ、しばらく黙っていた大和は深い溜め息をついた。
「……抱かれる側は、体の負担が大きいんだ。もうちょっと俺のことも考えろ」
ぽつりと呟くと、背中から抱きしめられる。
「うん、分かった」
嬉しそうな悠仁の声に、満足してしまう自分がいる。大和は本当に弟に甘い。
それに、こうして愛し合えるのはあと半年なのだ。
そう思うと、多少のことは許してあげたい。
「変なことして、俺のこと怒らせるなよ。残りの時間、そんなことで無駄にしたくない」
もともとケンカはしないが、悠仁とは最後までごく普通の恋人のようにいちゃいちゃして過ごしたい。せっかくの幸せな気分を、怒って台無しにするのは嫌だ。
「残りの時間って……?」
悠仁が静かに尋ねる。
大和は悠仁に背中を向けたまま、答えた。
「結婚するまで、だろ。俺たちがこうしていられるのも、あと半年ってことだ」
その現実からは、決して目を逸らすことはできない。だが、それを承知のうえで、大和は自分の気持ちを認める覚悟を決めた。それからは、とても幸せな時間を過ごせた。それで十分満足だ。
ベッドが揺れ、悠仁が体を起こす。
どうしたのだろうと思っていると、大和の目の前に悠仁が手をついた。大和の上に跨るように、上から見下ろされる。
「何言ってんの? 俺、兄さんのこと手放すつもりないよ」
「はぁ!?」
大和は思わず顔を動かし、悠仁を見上げた。
「なんで勝手に別れるつもりになってるんだよ」
見下ろす悠仁に、大和は唖然とする。
「そんなの当たり前だろ。結婚、するんだぞ」
「だから、なんで?」
「……。なんでって……」
大和はおかしなことは言っていない。
だが、悠仁の態度を見ていると、まるで自分が間違ったことを言っているような錯覚を覚える。
「結婚しても、兄さんとの関係は続けるよ。奈津子との間に愛がないことくらい、分かってるだろ」
そこに愛があろうとなかろうと、結婚には違いない。悠仁は奈津子と、夫婦になるのだ。そこには、大和はただの親族という関係でしかない。
「……お前、俺に不倫しろっていうのか」
まさか、と信じられない目で大和は悠仁を見た。
不倫だの浮気だのは、大和には抵抗がある。
関係を続けるということは、新たな恋に進むこともできず、大和はこの想いを持ったまま悠仁から離れられないということだ。
悠仁は奈津子のものなのに、大和はずっと手に入らないものを求め続けなければならない。
それは、ひどく苦しい。
悠仁は大和の肩を掴むと、大和の体を上に向かせた。
「だって、俺が好きなのは兄さんだけだ。奈津子だって、“告”の血を残せたらそれでいいんだから。兄さんは気にすることない」
気にしないでいられるはずがない。
例え奈津子が悠仁を好きでなくても、やがて子が生まれ、家族として一緒に過ごせば愛情が芽生えないとも言いきれない。それは奈津子を傷つけることにもなる。
元より、結婚するまでのつもりでいたのだから―――大和は覚悟ができている。
「……兄さん。そんなこと言いながら、好きだけど諦めようとしてるんだって、泣きそうな顔してるよ」
大和を見下ろす悠仁の顔は、とても優しかった。
上手く気持ちを言葉にできなくて、大和はもどかしくなった。
大和の代わりに“告”を継ぐ悠仁を、陰ながら支えていきたい。当主でない以上、できることは限られている。それでも、次の当主のために自分ができることは何でもしたいと、大和は思った。
「止めないけど、泣きつくのはいつでも歓迎だよ」
悠仁がにこりと笑う。大和は思わず苦笑した。
「何だ、それ」
「だって兄さん、なかなか泣いてくれないから」
悠仁の指先は、変わらず大和の泣きボクロを撫でている。
その言葉に、大和はぴくりと反応する。脳裏を掠めたものがあった。
ごくたまにだが、悠仁はセックスの時に暴走することがある。
大和からもう何も出なくなっても、何度もイカされる。過ぎた快感は、自分がどうなってしまうのかが分からず怖い。しかし、頼むからやめてくれと大和が懇願しても、悠仁はやめてはくれない。
終わりのない快感のせいか、大和の言葉を聞き入れてくれない悠仁の暴走が怖いからなのか、大和は途中からわけがわからなくなり、ただ嫌だ嫌だと泣き出してしまうのだ。
悠仁がそのことを言っているのだと、大和は気付いた。
瞬間、先程までの穏やかな気持ちが消し飛ぶ。
大和は自分に触れる悠仁の手を払いのけ、拳を悠仁の胸元に叩きつけた。
「お、まえっ。俺がどんなに怖かったと…!」
大和は声を荒げた。
泣き顔を見たいというそんな理由で、大和があんなに嫌がっているにも関わらず、無理強いしたのなら勝手すぎる。
突然怒り出した大和に、悠仁はぽかんと見返す。
やはり、大和の怒る理由は分かっていないようだ。何か悪いことしたのかとでも言いたげな表情だ。
「兄さん、どうしたの? 何で急に怒ってるの?」
悠仁は普段はしっかり者のくせに、どうして大和に関しては鈍感さを発揮するのだろう。いや、むしろ全く悪いことをした意識がないからかもしれない。
「…っくそ」
大和は体を反転させ、悠仁に背を向けた。しばらくそっぽを向くつもりだった。
だが、後ろから悠仁が、ねぇ兄さんと繰り返し呼ぶ。
「ごめん、兄さん。怖がらせてるなんて知らなかった。許して」
背中から悠仁が体をくっつけてくる。
悠仁はずるい。
兄が弟に甘いのを分かったうえで、行動する。今も、恋人ではなく弟として甘えてきている。弟に甘い兄が、最後には許してくれると分かっているからだ。本当にタチが悪い。
そして、大和も結局最後には許してしまうのだから、どうしようもなく兄馬鹿だ。
「ねえ、兄さん」
腕を掴んで体を揺すられ、しばらく黙っていた大和は深い溜め息をついた。
「……抱かれる側は、体の負担が大きいんだ。もうちょっと俺のことも考えろ」
ぽつりと呟くと、背中から抱きしめられる。
「うん、分かった」
嬉しそうな悠仁の声に、満足してしまう自分がいる。大和は本当に弟に甘い。
それに、こうして愛し合えるのはあと半年なのだ。
そう思うと、多少のことは許してあげたい。
「変なことして、俺のこと怒らせるなよ。残りの時間、そんなことで無駄にしたくない」
もともとケンカはしないが、悠仁とは最後までごく普通の恋人のようにいちゃいちゃして過ごしたい。せっかくの幸せな気分を、怒って台無しにするのは嫌だ。
「残りの時間って……?」
悠仁が静かに尋ねる。
大和は悠仁に背中を向けたまま、答えた。
「結婚するまで、だろ。俺たちがこうしていられるのも、あと半年ってことだ」
その現実からは、決して目を逸らすことはできない。だが、それを承知のうえで、大和は自分の気持ちを認める覚悟を決めた。それからは、とても幸せな時間を過ごせた。それで十分満足だ。
ベッドが揺れ、悠仁が体を起こす。
どうしたのだろうと思っていると、大和の目の前に悠仁が手をついた。大和の上に跨るように、上から見下ろされる。
「何言ってんの? 俺、兄さんのこと手放すつもりないよ」
「はぁ!?」
大和は思わず顔を動かし、悠仁を見上げた。
「なんで勝手に別れるつもりになってるんだよ」
見下ろす悠仁に、大和は唖然とする。
「そんなの当たり前だろ。結婚、するんだぞ」
「だから、なんで?」
「……。なんでって……」
大和はおかしなことは言っていない。
だが、悠仁の態度を見ていると、まるで自分が間違ったことを言っているような錯覚を覚える。
「結婚しても、兄さんとの関係は続けるよ。奈津子との間に愛がないことくらい、分かってるだろ」
そこに愛があろうとなかろうと、結婚には違いない。悠仁は奈津子と、夫婦になるのだ。そこには、大和はただの親族という関係でしかない。
「……お前、俺に不倫しろっていうのか」
まさか、と信じられない目で大和は悠仁を見た。
不倫だの浮気だのは、大和には抵抗がある。
関係を続けるということは、新たな恋に進むこともできず、大和はこの想いを持ったまま悠仁から離れられないということだ。
悠仁は奈津子のものなのに、大和はずっと手に入らないものを求め続けなければならない。
それは、ひどく苦しい。
悠仁は大和の肩を掴むと、大和の体を上に向かせた。
「だって、俺が好きなのは兄さんだけだ。奈津子だって、“告”の血を残せたらそれでいいんだから。兄さんは気にすることない」
気にしないでいられるはずがない。
例え奈津子が悠仁を好きでなくても、やがて子が生まれ、家族として一緒に過ごせば愛情が芽生えないとも言いきれない。それは奈津子を傷つけることにもなる。
元より、結婚するまでのつもりでいたのだから―――大和は覚悟ができている。
「……兄さん。そんなこと言いながら、好きだけど諦めようとしてるんだって、泣きそうな顔してるよ」
大和を見下ろす悠仁の顔は、とても優しかった。
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