ひめごと

藤沢ひろみ

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二十二.誘拐

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 大和はゆっくりと目を開けた。

 見慣れたような板の天井。
 だが、そこが自宅ではないことはすぐに分かった。
 身じろぎしようとして、自分の体が拘束されていることに大和は気付く。
 腕と胴体、足の二ヶ所が、診察台のような硬いベッドごとベルトのようなもので固定された状態で、大和は横たわっていた。

 自分の置かれた状況が、ただごとではないことが十分に分かる。
「ここは……?」
 大和は首だけを動かし周囲を見回す。

 どうやらどこかの家の和室のようだ。
 部屋の中には、大和が拘束されたベッドの他に、床の間が見える。つまり一階にいるということだ。大和は床の間に向かって頭を向けた状態だった。

 部屋の照明はついていないが、明るい光が障子の向こうから入ってくるので、今は朝か昼ということだろう。障子はたくさん穴が開いており、誰かが住まっているような家には見えなかった。よく見れば、床の間の掛け軸も随分とぼろぼろだ。

「……嘘だろ」
 つまり、大和は誘拐され、空き家に監禁されているということだろうか。

 確かに告の家は大きいので、金持ちだと思われるだろう。確かに金もある。
 しかし、身代金目当てで誘拐するにしては、大和は随分大人な方だ。誘拐といえば子供というイメージがあり、妙にも思える。

 それに父は、力を悪用していると言っていた。それなら大和は、何故ここに拉致されているのだろう。
 父の話と結びつけてしまったが、まったくの別物ということだろうか。


 大和が思考を巡らせていると、廊下を歩く足音が聞こえてくる。
 障子の方を向くと、勢いよく障子が左右に開かれた。逆光で顔は見えないが、男がいるのが分かった。

「起きたか」
 部屋の中央に置かれたベッドに男が近づく。
 口は塞がれてはいないが、大和はただ黙って男を見上げた。
「覚えてるわけないか。もう五年以上前だしな」
 男の言葉に、大和はすぐ理解する。父にも言われていたからだ。

「……叔父、さん?」
 恐る恐る尋ねると、少し驚いたような反応が返ってくる。
「おお、覚えてたか。嬉しいな」

 やはり、叔父の正照だった。
 正照はベッドの周りを歩くと、大和にも顔が見えるようベッドの足元へと移動した。障子が開けっ放しのため、外からの光で叔父の顔が十分見える。

 大和が記憶していたのと同じ、どこか昏い目をしていた。頭はパーマが取れかかったような緩いウェーブがかかっている。何となく思い出してきたのか、母の葬儀の時もそうだったような気がする。
 大和の記憶ではひょろりとした体格の弱々しい男だったが、自分を拘束した力の強さといい、ジャケットを着て分かりにくいがしっかり筋肉はついているのだろうと思えた。

「何故こんなことを……?」
 正照の目を見つめ、大和は問う。

 フンと正照が鼻で笑った。
「大和、俺のことを知っているか?」
 問いかけられた意味が分からず、大和は答えない。

 正照はゆっくりとベッドの周囲を歩き始めた。
「俺は、生まれた時から“告”の力を持っていなかった。姉が……お前の母が、すべて持って行ってしまったからだ」
 大和の母のせいで力を授からなかったかのように言われる。まるで逆恨みのようだ。

「力がまったくない俺は、血の薄い分家以下の扱いだ。加齢とともに“告”の血は濃くなり力は強くなるものだが、俺には何もなく、大学を卒業したと同時に家も追い出された。力のない人間はこの家には要らないとでもいうように」
 誰もいない部屋の隅を見ながら、正照は憎々しげに呟く。

 大和が聞いていた話と違う。叔父は自ら出て行ったと、大和は聞かされていた。どちらの話が本当なのだろうか。
 母に対することといい、叔父がそのように思い込んでしまっているのではないのだろうか。

 だが、と正照が楽しそうな声に変わる。
 ベッドを一周し入り口の方に立つと、再び逆光で顔が見えなくなる。
「なんと、最近、驚くことに、少し力が使えるようになったんだ!」
 大和は正照の言葉に目を瞠る。

「どうだ、凄いだろう。“告”の血を引きながら力を持たず見放された俺が、だ!」
 正照は再び大和の横たわるベッドに近づく。興奮しているのか、口が大きく笑みを作っていた。
「………」
 大和は言葉が出ない。

 叔父は告の家を追い出されたことを、恨んでいる。そして、力が使えるようになったことで見返そうとしているのか、それとも力を悪く使うことで復讐しているつもりなのかは知らないが、今回の企みに至ったのだろう。

「そこでだ、大和。俺と手を組まないか?」
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