12 / 31
十二.帰宅後のひと時
しおりを挟む
夕方六時半を過ぎて大和が帰宅すると、君江が夕飯の下ごしらえをしているところだった。
自室にバッグを置き、再びリビングに戻ると、木村がコーヒーを淹れてくれる。リビングで飲むことにし、大和はソファに座った。
「悠仁は?」
「生徒会のお仕事で遅くなられるようです。本日の郵便でございます」
「あー、そういえば、文化祭の企画とか考え始める時期だもんな」
大和も高校三年生の時に生徒会長の職に就いていたから、悠仁の状況が分かる。
これからさらに学校行事で忙しくなり始めると、平日の神呼びの儀は分家の人間を呼んだ方が良いだろう。
それにしても、と木村から渡された二通の郵便物を受け取り、大和はため息をつく。
「俺の個人情報はいったいどこから漏れているんだろうな」
封筒に印刷された、大手有名企業の社名を見る。名前を見れば、悪くはない会社だ。中を見なくても、内容は分かりきっている。
「大きな企業様ほど、“告”をご存じですからね。特に来られたことのある企業様でしたら、お二人を見ればご年齢からリサーチするのも容易いかと」
木村がコーヒーを運んできたところで、帰宅した悠仁がリビングへ顔を出した。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
おかえり、とコーヒーを受け取りながら大和は悠仁に声を掛ける。悠仁はキッチンにいる君江にも声を掛けに行く。
「今日の夕飯何?」
「煮込みハンバーグよ」
「やった」
悠仁と君江のやり取りを聞いて、ぷっと小さく笑う。
昔と全然変わっていない。むしろ今までの冷ややかな態度の時に見ていれば、その笑顔は大和を驚愕させたに違いない。
木村に紅茶を依頼し、悠仁は鞄を置きに自室へと向かう。木村が準備している間に、悠仁はリビングへと戻り、大和の向かいのソファに座った。机の上に置かれた大和宛ての郵便物を見て、悠仁は大和に尋ねる。
「また勧誘?」
「だろうな」
コーヒーカップを口に運びながら、大和は答えた。
春になってから、色んな大手企業から、こういった郵便が届くようになった。
内容は、ぜひとも我が社に入社いただきたい、というものだ。
大学三年になり、周りがインターンシップの申込をし始める前から、大和には企業からのスカウトが来るようになった。それは時には直接訪問に来られることもある。
中には思わず手が伸びてしまいそうな魅力的な企業もあるが、大和はあえて我慢した。周りの学生が聞けば羨ましくて仕方がないことだろう。
“告”はある意味、自営業的なところがある。
だが、大和は次の後継者ではない。いずれ告の家を出ることになるので、仕事は必要だろう。
だが、一応周りに合わせてインターンシップの申込をしてはいるが、いざとなれば食い扶持には困らないので、就職活動について周りほどの熱はないかもしれない。
大和はそれなりに成績が良かったし、教授からの評価も良い。頑張って狙えば、希望の企業に行ける可能性も高い。だからこそ、行きたい企業には、コネなどではなく実力で入社したいと考えていた。
そうでなければ、今まで“告”以外の部分で努力してきた自分に意味がない。
木村が運んできた紅茶を、悠仁は口に運んだ。
「告の人間を、座敷童か何かとでも思ってるんじゃない?」
「せめて護り神とか言えよ」
“告”の人間がいれば、会社が良くなると思っているのか、それとも“告”とのパイプを作りたいと思っているのか。
調べれば大和の成績だって入手できるはずだろうから、企業側には何のデメリットもないところだろう。
悠仁は机に置かれた封筒を手にした。
「あ、この会社、確か去年の冬に客として来たよね。兄さん、この会社の最新掃除機が欲しいってテンション高かった」
「……よく覚えてるな」
確かに悠仁の言う通りで、手土産に掃除機持ってきてくれたらいいのにと、大和は君江と盛り上がっていた。
冷たい態度を取られていた時期なのに、見るところはしっかり見られていたことに気恥ずかしくなる。
魅力的な製品も多く、大和も気になる企業の一つではある。だが、こうして勧誘が来てしまうと、魅力が下がってしまうのは何故だろう。乗り気じゃないのが表情に出る。
「兄さんのことだから、どうせ実力で入社したいとか考えてるんじゃないの?」
「……う、うん。そうなんだよな」
悠仁に言い当てられ、大和は頷く。
昔から変わらず、家族の中で一番大和を理解してくれているのは悠仁なのだと、改めて思う。
嬉しいのが表情に出ないようにして、大和は俯いてコーヒーを飲んだ。
「かといって、“告”を知らないほどの中小企業にランクを落とすのも嫌だしな……」
大和は大きく溜め息をつき、ソファに背中を預けた。
今はまだ実感が湧かないが、会社に勤め家を出れば、次第にこの家とも距離が生まれるのだろう。
もちろん“告”の仕事は続けることになるが、長らく大和を縛り続けていた“告”から気持ち的に解放されることは間違いない。それが当たり前だったから、“告”として生きることを辛いと思ったことはない。
でもどこかで大和は、解放される自分を待っているような気もしていた。
自室にバッグを置き、再びリビングに戻ると、木村がコーヒーを淹れてくれる。リビングで飲むことにし、大和はソファに座った。
「悠仁は?」
「生徒会のお仕事で遅くなられるようです。本日の郵便でございます」
「あー、そういえば、文化祭の企画とか考え始める時期だもんな」
大和も高校三年生の時に生徒会長の職に就いていたから、悠仁の状況が分かる。
これからさらに学校行事で忙しくなり始めると、平日の神呼びの儀は分家の人間を呼んだ方が良いだろう。
それにしても、と木村から渡された二通の郵便物を受け取り、大和はため息をつく。
「俺の個人情報はいったいどこから漏れているんだろうな」
封筒に印刷された、大手有名企業の社名を見る。名前を見れば、悪くはない会社だ。中を見なくても、内容は分かりきっている。
「大きな企業様ほど、“告”をご存じですからね。特に来られたことのある企業様でしたら、お二人を見ればご年齢からリサーチするのも容易いかと」
木村がコーヒーを運んできたところで、帰宅した悠仁がリビングへ顔を出した。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
おかえり、とコーヒーを受け取りながら大和は悠仁に声を掛ける。悠仁はキッチンにいる君江にも声を掛けに行く。
「今日の夕飯何?」
「煮込みハンバーグよ」
「やった」
悠仁と君江のやり取りを聞いて、ぷっと小さく笑う。
昔と全然変わっていない。むしろ今までの冷ややかな態度の時に見ていれば、その笑顔は大和を驚愕させたに違いない。
木村に紅茶を依頼し、悠仁は鞄を置きに自室へと向かう。木村が準備している間に、悠仁はリビングへと戻り、大和の向かいのソファに座った。机の上に置かれた大和宛ての郵便物を見て、悠仁は大和に尋ねる。
「また勧誘?」
「だろうな」
コーヒーカップを口に運びながら、大和は答えた。
春になってから、色んな大手企業から、こういった郵便が届くようになった。
内容は、ぜひとも我が社に入社いただきたい、というものだ。
大学三年になり、周りがインターンシップの申込をし始める前から、大和には企業からのスカウトが来るようになった。それは時には直接訪問に来られることもある。
中には思わず手が伸びてしまいそうな魅力的な企業もあるが、大和はあえて我慢した。周りの学生が聞けば羨ましくて仕方がないことだろう。
“告”はある意味、自営業的なところがある。
だが、大和は次の後継者ではない。いずれ告の家を出ることになるので、仕事は必要だろう。
だが、一応周りに合わせてインターンシップの申込をしてはいるが、いざとなれば食い扶持には困らないので、就職活動について周りほどの熱はないかもしれない。
大和はそれなりに成績が良かったし、教授からの評価も良い。頑張って狙えば、希望の企業に行ける可能性も高い。だからこそ、行きたい企業には、コネなどではなく実力で入社したいと考えていた。
そうでなければ、今まで“告”以外の部分で努力してきた自分に意味がない。
木村が運んできた紅茶を、悠仁は口に運んだ。
「告の人間を、座敷童か何かとでも思ってるんじゃない?」
「せめて護り神とか言えよ」
“告”の人間がいれば、会社が良くなると思っているのか、それとも“告”とのパイプを作りたいと思っているのか。
調べれば大和の成績だって入手できるはずだろうから、企業側には何のデメリットもないところだろう。
悠仁は机に置かれた封筒を手にした。
「あ、この会社、確か去年の冬に客として来たよね。兄さん、この会社の最新掃除機が欲しいってテンション高かった」
「……よく覚えてるな」
確かに悠仁の言う通りで、手土産に掃除機持ってきてくれたらいいのにと、大和は君江と盛り上がっていた。
冷たい態度を取られていた時期なのに、見るところはしっかり見られていたことに気恥ずかしくなる。
魅力的な製品も多く、大和も気になる企業の一つではある。だが、こうして勧誘が来てしまうと、魅力が下がってしまうのは何故だろう。乗り気じゃないのが表情に出る。
「兄さんのことだから、どうせ実力で入社したいとか考えてるんじゃないの?」
「……う、うん。そうなんだよな」
悠仁に言い当てられ、大和は頷く。
昔から変わらず、家族の中で一番大和を理解してくれているのは悠仁なのだと、改めて思う。
嬉しいのが表情に出ないようにして、大和は俯いてコーヒーを飲んだ。
「かといって、“告”を知らないほどの中小企業にランクを落とすのも嫌だしな……」
大和は大きく溜め息をつき、ソファに背中を預けた。
今はまだ実感が湧かないが、会社に勤め家を出れば、次第にこの家とも距離が生まれるのだろう。
もちろん“告”の仕事は続けることになるが、長らく大和を縛り続けていた“告”から気持ち的に解放されることは間違いない。それが当たり前だったから、“告”として生きることを辛いと思ったことはない。
でもどこかで大和は、解放される自分を待っているような気もしていた。
1
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
お人好しは無愛想ポメガを拾う
蔵持ひろ
BL
弟である夏樹の営むトリミングサロンを手伝う斎藤雪隆は、体格が人より大きい以外は平凡なサラリーマンだった。
ある日、黒毛のポメラニアンを拾って自宅に迎え入れた雪隆。そのポメラニアンはなんとポメガバース(疲労が限界に達すると人型からポメラニアンになってしまう)だったのだ。
拾われた彼は少しふてくされて、人間に戻った後もたびたび雪隆のもとを訪れる。不遜で遠慮の無いようにみえる態度に振り回される雪隆。
だけど、その生活も心地よく感じ始めて……
(無愛想なポメガ×体格大きめリーマンのお話です)
絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!!!
toki
BL
「ていうかちゃんと寝てなさい」
「すいません……」
ゆるふわ距離感バグ幼馴染の読み切りBLです♪
一応、有馬くんが攻めのつもりで書きましたが、お好きなように解釈していただいて大丈夫です。
作中の表現ではわかりづらいですが、有馬くんはけっこう見目が良いです。でもガチで桜田くんしか眼中にないので自分が目立っている自覚はまったくありません。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/110931919)
ホンモノの恋
Guidepost
BL
『松原 聖恒』はごく普通の高校生。だけど恋に関しては冷めた部分があると自覚していた。
今日も好きな人とのデートだったはずなのに、相手の1面に恋も冷めてゆく自分を自覚する。
そんな日々の中、家庭教師が家へ来ることになって――

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる