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八.夢ではない現実
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大和が目覚めると、すでに昼だった。
部屋に悠仁の姿がないことを確認し、ほっと小さく安堵の息を吐く。喉に痛みが走り、咳込んだ。
ベッドの傍のパソコンデスクにペットボトルの水が置かれているのを見つけ、手を伸ばす。
ごくごくと半分ほど一気に飲み、少し赤くなった手首が目に入った。昨夜、縛られていたはずだが解放されている。
枕元を見ると、着ていないTシャツが皺くちゃで放置されていた。それが自分を拘束していたものだと分かる。
ペットボトルを取る為に動いたことで、体に掛けられていたタオルケットが大和の肌を滑り落ちる。裸のままだったので、悠仁が掛けていったのだろう。
「―――…」
昨夜の出来事は夢ではない。
腰に鈍く残る違和感。喉が痛くなるほど、喘いだ。シーツも体も、ローションと精液で汚れていた。
色々と考えなくてはならないことはあるが、悠仁に中に出された後処理もしなくてはならない。
深く溜め息をつき、大和は適当に部屋着を羽織ると、尻から零れないようぎこちない動きで一階の浴室へと向かった。
風呂で体をきれいにした後は、シーツの洗濯に取り掛かる。浴室で水洗いし、脱衣所にある洗濯乾燥機の中に放り込む。
ダイニングからスツールを運んでその前に置くと、壁に凭れて足を伸ばして座った。
考えないとと思いながらも、何も考えたくないとも思い、ただぼおっと回転するシーツを眺める。
これから悠仁とどう接すれば良いのだろう。大和は溜め息をついた。
「あら。大和。どうしたの、洗濯なんて」
開け放したままの脱衣所に、突然廊下側から声が掛かる。驚きすぎて、スツールから落ちるかと思った。大和が振り向くと、脱衣所の中に継母の君江が入ってくる。
悠仁以上に、今顔を合わすのが気まずい相手だ。何しろ昨晩、息子とセックスしてしまったのだから―――。
「昨夜は同窓会楽しかった? 聞いたわよ。帰ってきた時だいぶグダグダだったらしいわね」
仕方ないわねとばかりに、君江が肩をすくめる。
どうやら大和が吐くほどだったのを、飲み過ぎだったのだと思っているようだ。
「うん、つい盛り上がっちゃって飲み過ぎた。シーツ汚したから洗ってる」
「ほどほどにしなさいよ? 後はやっとくからいいわよ。どうせ今起きてご飯まだでしょ、食べてきなさい」
「……ありがと」
息子二人の情事の後始末をさせてしまうようで、後ろめたい。
君江に任せ、大和は脱衣所を出た。
言われてみれば、飲み会の後吐いてしまったので、胃の中は空っぽだ。今更空腹なことに気付き、大和はダイニングへと向かった。
「おはよう」
「………」
ダイニングへ行く手前にあるリビングの障子を開けると、ソファに悠仁が座っていた。さっきスツールを取りに来た時は居なかったのに。
大和を悩ませる元凶は、いつもと何ら変わらぬ態度でそこにいる。
「向こうにサンドイッチ置いてあるよ」
ダイニングを示され、大和は悠仁に返事することなくそちらへ向かった。
冷蔵庫を開けて、アイスコーヒーと牛乳をグラスに注ぎカフェオレにする。
昨夜のことについて悠仁を問い詰めるべきか、黙ってやり過ごすべきか。考えながらも答えは出ず、大和はダイニングの椅子を引き座った。
「腰、大丈夫?」
「!」
サンドイッチを掴んだ瞬間、悠仁に優しく声を掛けられ、大和は皿の上にサンドイッチを落とした。
考えごとをしていたせいで、すぐ傍まで近づかれていたことに気付かなかった。
声を掛けられたのでは、話すしかない。
大和はぎゅっと拳を握り奮い立たせると、イスから立ち上がり悠仁に向き合い睨んだ。
「悠仁、お前何考えてんだよっ」
「………」
「俺たちは、兄弟なんだ。……やっていいことと悪いことがあるだろう」
「……」
悠仁は黙ったまま大和を見返す。いつもの冷たいまなざしではないが、ぽかんとした表情をしていて何を考えているのかが分からない。
強姦をするような子に育てた覚えはない、という言葉が大和の中ではしっくりくるが、父親みたいで変に思えて口にしなかった。
「……快くなかった?」
逆に悠仁に問いかけられ、大和は次の言葉を失う。
「あんなに、あんあん言ってたじゃないか」
身も蓋もない言い方をされ、大和の顔が羞恥で赤く染まる。
「何回もイってたし、兄さんだって自分から腰を……」
「き、記憶のない時のこと持ち出すなっ」
悠仁の言葉を遮った。
昨夜のことは途中から記憶にない。
大和は今まで知らなかった快感に呑み込まれた。いつもは、自分がタイミングをコントロールしていたセックスが、ただ流されるままだった。
起きた時の状況を見れば、悠仁の言葉があながち嘘でもないことは容易に想像がつく。
「……そんなたれ目で睨まれても可愛いだけなんだけど」
怒って睨む大和に対し、悠仁が口元を少し緩ませた。
兄とは、弟から常にカッコいいと思われている存在なのだと思っていた大和は、悠仁の言葉に軽くショックを受ける。兄として、男としてのプライドが、少し傷ついた。
「ねえ、俺初めてだったけど上手かった? それとも兄さんが感じやすいのかな。処女って言ってたけど凄く感じてたし」
大和の気持ちも知らずに、悠仁は言葉を続ける。
本当に、デリカシーの欠片もない。わざと辱めるようなことを言っているのか、それとも童貞だったせいで自分のテクが気になっているだけなのか。
どちらにしても、そんなこと答えられるわけがない。
まともに口を利かなかったと思えば、今日はやたらと昔のように構ってくる。
「カッコ良くて優しい生徒会長サマは、本当に俺には意地悪だな」
ふん、と大和は悠仁から顔を逸らす。
昨夜、寺田が言っていた。悠仁が冷たい態度をとるのは、やはり自分だけなんだと思い知らされる。
悠仁は何のことかが分からないようで、首を少し横に傾げた。
「優しくしてほしいの?」
嫌味のつもりだったが、悠仁の言葉に思わず恥ずかしくなる。
確かに大和は、仲の良かった頃にように接してほしいと思ってはいるが、そんな言い方をされると話の流れからして別の意味のように聞こえる。
「……普通がいい」
顔を逸らしたまま、大和はぼそりと呟く。
悠仁のことを怒っていたはずなのに、いつの間にか話が変わってきている。ケンカしているはずなのに、久々に悠仁とこうして会話していることを楽しいと思ってしまっていることに、大和は気付いた。
何だかんだ言っても、昔から弟に甘いのだ。だから、悠仁にどれだけ嫌われていようが、自分からは嫌いにはなれなかった。
「わざとそういう言い方してんのか? 本当に意地が悪い奴だな」
大和は小さく舌打ちした。
ろくに会話をしなかった三年ほどの間に、あんなに素直で可愛かった弟はひねくれてしまったのかと、溜め息をつく。
「そんなつもりはないんだけど。もしかしたら俺、好きな子を苛めたいってタイプなのかもね」
しれっと告げられた言葉に、大和は悠仁を見た。悠仁の瞳もまっすぐに大和を見つめている。
「………」
昨夜の行為の中、嫌われていないということは分かった。でも、好きだとも言われないまま、抱かれた。
大和をもやもやとした気持ちにさせていたものは、呆気なく解決した。
そうか、やっぱり好きだからなんだ―――昨日の行為の理由が分かる。
大和が悩みに悩んで告げることができなかった言葉を、いとも簡単に、何でもないことのように告げられた。あれだけ苦悩した自分は何だったかと思ってしまうほどに。
「そんなこと、今更言われても……」
悠仁を見返す瞳が揺れる。
いったいいつからなのか。大和がまだ悠仁を好きで好きで仕方がない頃、同じように悠仁も大和を好きでいてくれたのだろうか。
でも、今はもう、大和には悠仁を好きという感情はないのに。
「今更って?」
悠仁が首を傾げ、大和は思わず口走ってしまったことに慌てる。もう終わった過去のことだ。知られるわけにはいかない。
大和はイスに座り直し、悠仁の視線から逃げた。
今の言葉は、聞かなかったことにすべきだ。
昨夜の行為について怒ろうとしていたはずなのだが、うやむやになってしまったのももういい。
「昔は、兄さん兄さんと後ろをついてきて可愛かったもんだがな」
大和が溜め息をつくと、傍に立ったまま悠仁は呆れたように呟く。
「そんなの、子供なんだから仕方ないじゃないか」
悠仁の開き直る態度が、大和がさっき記憶のない時のこと持ち出すなと言ったことに対しての仕返しのように思えてしまう。
子供の頃のことを持ち出されて、少しでも恥ずかしがれば可愛げもあるのに。
この話は終わりだとばかりに、大和はサンドイッチに大きくかぶりついた。
部屋に悠仁の姿がないことを確認し、ほっと小さく安堵の息を吐く。喉に痛みが走り、咳込んだ。
ベッドの傍のパソコンデスクにペットボトルの水が置かれているのを見つけ、手を伸ばす。
ごくごくと半分ほど一気に飲み、少し赤くなった手首が目に入った。昨夜、縛られていたはずだが解放されている。
枕元を見ると、着ていないTシャツが皺くちゃで放置されていた。それが自分を拘束していたものだと分かる。
ペットボトルを取る為に動いたことで、体に掛けられていたタオルケットが大和の肌を滑り落ちる。裸のままだったので、悠仁が掛けていったのだろう。
「―――…」
昨夜の出来事は夢ではない。
腰に鈍く残る違和感。喉が痛くなるほど、喘いだ。シーツも体も、ローションと精液で汚れていた。
色々と考えなくてはならないことはあるが、悠仁に中に出された後処理もしなくてはならない。
深く溜め息をつき、大和は適当に部屋着を羽織ると、尻から零れないようぎこちない動きで一階の浴室へと向かった。
風呂で体をきれいにした後は、シーツの洗濯に取り掛かる。浴室で水洗いし、脱衣所にある洗濯乾燥機の中に放り込む。
ダイニングからスツールを運んでその前に置くと、壁に凭れて足を伸ばして座った。
考えないとと思いながらも、何も考えたくないとも思い、ただぼおっと回転するシーツを眺める。
これから悠仁とどう接すれば良いのだろう。大和は溜め息をついた。
「あら。大和。どうしたの、洗濯なんて」
開け放したままの脱衣所に、突然廊下側から声が掛かる。驚きすぎて、スツールから落ちるかと思った。大和が振り向くと、脱衣所の中に継母の君江が入ってくる。
悠仁以上に、今顔を合わすのが気まずい相手だ。何しろ昨晩、息子とセックスしてしまったのだから―――。
「昨夜は同窓会楽しかった? 聞いたわよ。帰ってきた時だいぶグダグダだったらしいわね」
仕方ないわねとばかりに、君江が肩をすくめる。
どうやら大和が吐くほどだったのを、飲み過ぎだったのだと思っているようだ。
「うん、つい盛り上がっちゃって飲み過ぎた。シーツ汚したから洗ってる」
「ほどほどにしなさいよ? 後はやっとくからいいわよ。どうせ今起きてご飯まだでしょ、食べてきなさい」
「……ありがと」
息子二人の情事の後始末をさせてしまうようで、後ろめたい。
君江に任せ、大和は脱衣所を出た。
言われてみれば、飲み会の後吐いてしまったので、胃の中は空っぽだ。今更空腹なことに気付き、大和はダイニングへと向かった。
「おはよう」
「………」
ダイニングへ行く手前にあるリビングの障子を開けると、ソファに悠仁が座っていた。さっきスツールを取りに来た時は居なかったのに。
大和を悩ませる元凶は、いつもと何ら変わらぬ態度でそこにいる。
「向こうにサンドイッチ置いてあるよ」
ダイニングを示され、大和は悠仁に返事することなくそちらへ向かった。
冷蔵庫を開けて、アイスコーヒーと牛乳をグラスに注ぎカフェオレにする。
昨夜のことについて悠仁を問い詰めるべきか、黙ってやり過ごすべきか。考えながらも答えは出ず、大和はダイニングの椅子を引き座った。
「腰、大丈夫?」
「!」
サンドイッチを掴んだ瞬間、悠仁に優しく声を掛けられ、大和は皿の上にサンドイッチを落とした。
考えごとをしていたせいで、すぐ傍まで近づかれていたことに気付かなかった。
声を掛けられたのでは、話すしかない。
大和はぎゅっと拳を握り奮い立たせると、イスから立ち上がり悠仁に向き合い睨んだ。
「悠仁、お前何考えてんだよっ」
「………」
「俺たちは、兄弟なんだ。……やっていいことと悪いことがあるだろう」
「……」
悠仁は黙ったまま大和を見返す。いつもの冷たいまなざしではないが、ぽかんとした表情をしていて何を考えているのかが分からない。
強姦をするような子に育てた覚えはない、という言葉が大和の中ではしっくりくるが、父親みたいで変に思えて口にしなかった。
「……快くなかった?」
逆に悠仁に問いかけられ、大和は次の言葉を失う。
「あんなに、あんあん言ってたじゃないか」
身も蓋もない言い方をされ、大和の顔が羞恥で赤く染まる。
「何回もイってたし、兄さんだって自分から腰を……」
「き、記憶のない時のこと持ち出すなっ」
悠仁の言葉を遮った。
昨夜のことは途中から記憶にない。
大和は今まで知らなかった快感に呑み込まれた。いつもは、自分がタイミングをコントロールしていたセックスが、ただ流されるままだった。
起きた時の状況を見れば、悠仁の言葉があながち嘘でもないことは容易に想像がつく。
「……そんなたれ目で睨まれても可愛いだけなんだけど」
怒って睨む大和に対し、悠仁が口元を少し緩ませた。
兄とは、弟から常にカッコいいと思われている存在なのだと思っていた大和は、悠仁の言葉に軽くショックを受ける。兄として、男としてのプライドが、少し傷ついた。
「ねえ、俺初めてだったけど上手かった? それとも兄さんが感じやすいのかな。処女って言ってたけど凄く感じてたし」
大和の気持ちも知らずに、悠仁は言葉を続ける。
本当に、デリカシーの欠片もない。わざと辱めるようなことを言っているのか、それとも童貞だったせいで自分のテクが気になっているだけなのか。
どちらにしても、そんなこと答えられるわけがない。
まともに口を利かなかったと思えば、今日はやたらと昔のように構ってくる。
「カッコ良くて優しい生徒会長サマは、本当に俺には意地悪だな」
ふん、と大和は悠仁から顔を逸らす。
昨夜、寺田が言っていた。悠仁が冷たい態度をとるのは、やはり自分だけなんだと思い知らされる。
悠仁は何のことかが分からないようで、首を少し横に傾げた。
「優しくしてほしいの?」
嫌味のつもりだったが、悠仁の言葉に思わず恥ずかしくなる。
確かに大和は、仲の良かった頃にように接してほしいと思ってはいるが、そんな言い方をされると話の流れからして別の意味のように聞こえる。
「……普通がいい」
顔を逸らしたまま、大和はぼそりと呟く。
悠仁のことを怒っていたはずなのに、いつの間にか話が変わってきている。ケンカしているはずなのに、久々に悠仁とこうして会話していることを楽しいと思ってしまっていることに、大和は気付いた。
何だかんだ言っても、昔から弟に甘いのだ。だから、悠仁にどれだけ嫌われていようが、自分からは嫌いにはなれなかった。
「わざとそういう言い方してんのか? 本当に意地が悪い奴だな」
大和は小さく舌打ちした。
ろくに会話をしなかった三年ほどの間に、あんなに素直で可愛かった弟はひねくれてしまったのかと、溜め息をつく。
「そんなつもりはないんだけど。もしかしたら俺、好きな子を苛めたいってタイプなのかもね」
しれっと告げられた言葉に、大和は悠仁を見た。悠仁の瞳もまっすぐに大和を見つめている。
「………」
昨夜の行為の中、嫌われていないということは分かった。でも、好きだとも言われないまま、抱かれた。
大和をもやもやとした気持ちにさせていたものは、呆気なく解決した。
そうか、やっぱり好きだからなんだ―――昨日の行為の理由が分かる。
大和が悩みに悩んで告げることができなかった言葉を、いとも簡単に、何でもないことのように告げられた。あれだけ苦悩した自分は何だったかと思ってしまうほどに。
「そんなこと、今更言われても……」
悠仁を見返す瞳が揺れる。
いったいいつからなのか。大和がまだ悠仁を好きで好きで仕方がない頃、同じように悠仁も大和を好きでいてくれたのだろうか。
でも、今はもう、大和には悠仁を好きという感情はないのに。
「今更って?」
悠仁が首を傾げ、大和は思わず口走ってしまったことに慌てる。もう終わった過去のことだ。知られるわけにはいかない。
大和はイスに座り直し、悠仁の視線から逃げた。
今の言葉は、聞かなかったことにすべきだ。
昨夜の行為について怒ろうとしていたはずなのだが、うやむやになってしまったのももういい。
「昔は、兄さん兄さんと後ろをついてきて可愛かったもんだがな」
大和が溜め息をつくと、傍に立ったまま悠仁は呆れたように呟く。
「そんなの、子供なんだから仕方ないじゃないか」
悠仁の開き直る態度が、大和がさっき記憶のない時のこと持ち出すなと言ったことに対しての仕返しのように思えてしまう。
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