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一.雨の日
しおりを挟む通りの角を曲がってからしばらく塀伝いに走行した後、大きな屋敷の前にタクシーを停め、大和は車を降りた。
「わっ。何ここ、デカっ」
その門構えを見て、一緒に車を降りた充が呆気にとられる。
雨を凌ぐ為、急いで門の屋根の下に身を隠すと、大和はくぐり戸を開けた。
いつもはふわりと柔らかい大和の髪も、大雨のせいでしっとりと濡れそぼっていた。
大和に続いてくぐり戸の中に入り、充がさらに驚く。
「日本庭園? 大和って、じつはお坊ちゃま?」
「そんなんじゃないって。ただ古くて広いだけ」
門を入ると右手には、今は月明りもなくシルエットくらいしか見えないが、鯉のいる池や松などが植えられた立派な庭がある。灯篭を左右に配した石畳の奥には、二階建ての大きな日本屋敷が見えた。
門から玄関までは十メートルほどある為、この大雨の中を傘を差さずに辿り着くにはびしょ濡れになってしまう。タクシーに乗る時点ですでに衣服はすっかり濡れているのだが、再び雨に叩きつけられる覚悟をしなければならない。
今日は大学の授業のあと、セフレの充とバーで一緒に酒を飲んでいた。
ホテルに行こうとしたところ、突然の大雨に見舞われ、数歩歩いただけで全身びしょ濡れになってしまった。ホテルにいる間に服まで乾かすことが困難な為、やむを得ず充を大和の自宅まで連れてきたというわけだった。
「ねえ、本当に入っていいの?」
自分たちが一緒にいる理由が服を乾かすだけではないことから、充が上目がちに尋ねる。屋敷の厳かな雰囲気が、気軽に踏み込んでいいような印象を感じさせないからだろう。
「もう0時過ぎてるし、静かに入れば誰も気付かないって」
充を安心させるように、大和はチャームポイントの泣きボクロのあるたれ目で微笑む。その笑顔は、安心感を与えると定評だ。充も少し安心したように頷いた。
「とりあえず、玄関まで距離あるから、頑張って走れ」
「分かった」
行くぞ、と声を掛け、玄関まで雨に打たれながら走った。
今更また濡れたところでとも思うが、やはりさらに濡れると嫌な気分になる。
玄関に辿り着くと、人差し指を唇に当て充を見た。
静かに鍵を開錠し、引き戸を開け家に入る。
玄関は人がいようがいまいが、常に明かりを灯していたので、夜中に帰ろうと暗くて困ることはない。
上がり框のすぐ左手に、来客の為の手洗い場が用意されている。靴の中までぐしょぐしょな為、洗い場のタオルで足元を拭いてから、浴室へ駈け込もうと考えた。
両親の部屋は一階の一番東にある。浴室は手前にあるから、廊下を誰にも見つからなければ問題はない。時間的にも、誰にも会うことなく、風呂を出て二階の大和の部屋にも移動できるだろう。
そのはずだった。
手洗い場からきれいなタオルを取り三和土で待つ充のもとへ戻ると、まるで待ち構えていたかのように、廊下に弟の悠仁が腕を組んで立っていた。
「―――…」
大和と対照的な、きりりとした強めの目で鋭く睨まれる。
侮蔑するような視線に、思わず充は大和の陰に隠れた。
「めっちゃ睨まれてるよ~」
大和の背後で充が囁く。大和はすっかり慣れているが、初めてあの視線を受けたら委縮してしまうだろう。
その視線の意味は分かる。セフレなんぞ家に連れ込みやがって、といったところだろうか。
「悪い、悠仁。雨に降られたから家に連れてきた。風呂使うから」
この酷い濡れ方を見てくれと言わんばかりに、大和はびしょ濡れの上着を摘まんで見せるが、悠仁は冷たい視線を依然として外さない。
気まずい空気が流れるが、しばらくして悠仁は顎をくいと動かし浴室を示す。
「……この家で好からぬ行為をしようものなら、許さないから」
低く呟かれた言葉には、頷かざるを得ない迫力があり、大和と充は揃って首を三回縦に振った。
踵を返す悠仁に、大和は慌てて付け足す。
「あ、あと、終電終わってるから、泊めてく。……もちろん、しない」
悠仁が振り返り、一瞬鋭い目で大和たちを睨んだ後、階段を上がり自室へと戻って行った。
残された二人は緊張を解く。
「こ、怖かった。もしかして弟?」
悠仁が姿を消したのに、充が小声で訊ねる。
まさか一番気まずい相手に見つかるとは、と大和はため息をついた。
「そ。あれでも昔は可愛い弟だったんだ」
充を浴室へ案内してから、自室へ二人分の部屋着を取りに行く。
充は大和より少し背が低いので、丈が調整しやすいものを選んだ。背丈でいえば、悠仁と一緒なのだが、さすがに借りるわけにはいかない。
大和は浴室へ戻ると、二人分の濡れた服を洗濯乾燥機の中に放り込む。脱衣所も浴室も十分な広さがあるので、二人一緒に風呂へ入った。
「それにしても、全然似てないね。まったくタイプも違うし。あんな怖い弟、僕イヤだよ」
広い檜風呂にご満悦の様子で、充が湯船から洗い場の大和を見る。
「腹違いだからな」
「え、そうなんだ」
弟があんな風になったのは、間違いなく大和が原因である。
シャンプーで髪を泡立てながら、大和は苦笑する。
「てか、大和。弟くんにカミングアウト済なの?」
「家族全員に言ってる」
充は驚いた。
「それで仲悪い感じだったんだ。僕はゲイってこと自分の家族には隠してるから…。大和よくカミングアウトできたね」
大和は髪の泡をシャワーで洗い流し、充と一緒に湯船に浸かった。
もう五月の終わりとはいえ、温かい湯に全身浸かると落ち着く。
大きく息を吐き、大和は呟いた。
「俺にも色々事情があるんだ。それより、一緒に風呂入ってるのに何もできんとは」
「弟くんに殺されちゃうよ、僕」
温かい湯に肩まで浸かりながらも、先程の悠仁の眼差しを思い出したのか、充は体を身震いさせた。
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