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【おまけ】セマイセカイノナカ①
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それは、ふいに自分の中に訪れた。
それまで反発心しか抱いていなかったイツキに対しての、初めての別の感情。
落ちてきたと表現するのが自然なくらいに、すとんと自分の胸に訪れた。
イツキはいつも、姉と二人だけの世界にフェンス越しに語り掛けていた。ガシャガシャとフェンスを揺らし、存在を主張してくる。伊沢はそれを見ないふりをしていた。
けれど、網から伸ばされた手に初めて自ら触れようとした時、自分がイツキに対して作っていた壁は突然霧散した。
イツキという男は自分にとって、たった一人の受け入れられる相手だと―――特別な存在に変わった。
恐怖に耐え、これから自分を抱こうとしている男を見上げながら、そんなことを思った。
今の伊沢蒼一郎という人間を形成したのは、大好きな姉に褒めてもらいたくて、喜んで欲しくて、“いい子”になろうとしたことだ。
いつしかそれは、誰からも好かれる、優秀な伊沢蒼一郎という人間を形作った。
優秀で、真っ当に生き、誰が見ても何の間違いも起こさないだろうと思われていた伊沢は、両親の海外赴任により人生を大きく変えることとなった。
常に平常心を忘れず感情のコントロールが出来ていると思っていたので、その衝動は本人ですら驚きだった。
その行為が未遂に終わったのは結果として良かったのかもしれないが、その代償は姉の人生を変えてしまうという大きなものだった。
だから、自分が犯した罪への罰は受けるべきだと、伊沢は姉のどんな言葉にも従った。
例えそれが、どれほどの恐怖を感じるものだとしても。自分も同じように、姉にその恐怖を与えたのだから。
怖さのあまり泣いてしまいそうになったが、自分の罰だと思うと泣くことすらできなかった。
そして、イツキのことを疎んじていたはずなのに、何故だか相手がイツキで良かったと思った。
姉と二人だけの歪んだ世界に突然入ってきたイツキ。
その異質の存在は大きく、気にならないわけがなかった。
イツキは時折厳しい言葉で現実を突きつけ、心を揺さぶってきた。
人当たりのいい伊沢が、反発心を感じて表に出してしまうなんて珍しいことだった。
そして、一生誰にも言わないつもりのその秘密を、どうしてかイツキには話してしまった。
下手すれば弱みを握られるようなものなのに、自分の罪を聞いて欲しいという気持ちがあったのか、イツキは信用できると思ったのか。
出会ってひと月程度の、数回会っただけの男だったのに―――。
昼過ぎに自宅のインターホンが鳴り、伊沢は玄関を開け大樹を出迎えた。
その手には、一年前に自分も手にしていた卒業証書の入った筒がある。
「じゃーん! 卒業しました!」
見た目が変わるわけでもないのに、見てくれと言わんばかりに大樹が両手を大きく広げ立っていた。四月から大学生になるとは思えない子供っぽさに、伊沢は小さく笑う。
「おめでとう」
家の中に大樹を迎え入れると、一緒に軽い昼食をとった。
卒業式を終えたらその足で伊沢の家に来ると、大樹は言っていた。家族には、友達と遊んで帰ると言ってきたらしい。
母と姉が舞台を観に行くというので誘われたが、大樹が来るので伊沢は一人家に残っていた。
食事を終え、他に誰も家にはいないが、伊沢の部屋へと移動した。
「俺、卒業したら、蒼一郎…って呼びたかったんだけど、いいかな」
ベッドに腰掛けた大樹が、立っていた伊沢を上目遣いで見る。
「そんなこと、わざわざ訊かなくても呼べばいいのに」
恋人なのだから、改めて許可を得るほどのものでもない。
すでに伊沢は、大樹のことを名字ではなく名前で呼んでいた。
「だって、みどりさんならともかく、お母さんの前でただの後輩が呼び捨てにしてるのも変だしさ。大学生になったらちょっとは対等な感じがするから、怪しまれないかなって」
大樹なりに色々気にしていたらしい。
むしろ、蒼一郎さんと呼ばれる方がむず痒いくらいなので、呼び捨てでも良かったのに。
伊沢は大樹の左隣に並んでベッドに腰掛けた。
「じゃあ、呼んで?」
じっと目を見つめると、大樹は一瞬口を開けた後すぐに閉じた。
「何それ、誘ってんの」
「は?」
家に二人きりということで、そういう流れになることは分かってはいたが、何故そんなことで誘ってると言われてしまうのかが分からない。
だが、大樹のスイッチを押してしまったらしい。
大樹の顔が近付いてきて唇が触れた。早く触れたいと、目で訴えられる。
「……制服姿は見納めなんだから、もう少しくらい着てろ」
呆れたように言うが、もう一度唇を塞がれる。今度は、触れるだけではなく深く、舌が入り込んでくる。
最初は口の中に他人の舌が入ってくるという感覚に慣れなかったが、こういうキスにも慣れた。
むしろ、高校生のくせに何故こんな知識があるんだと、最初の頃は呆れたものだ。
結局、大樹はすぐに制服を脱いでしまい、伊沢も服を脱がされた。
受験勉強という名目がなくなると勉強をしに来るという建前が使えず、大樹が家に来たのは久しぶりだった。
つまり、ずっとセックスもしていなかった。
それまで反発心しか抱いていなかったイツキに対しての、初めての別の感情。
落ちてきたと表現するのが自然なくらいに、すとんと自分の胸に訪れた。
イツキはいつも、姉と二人だけの世界にフェンス越しに語り掛けていた。ガシャガシャとフェンスを揺らし、存在を主張してくる。伊沢はそれを見ないふりをしていた。
けれど、網から伸ばされた手に初めて自ら触れようとした時、自分がイツキに対して作っていた壁は突然霧散した。
イツキという男は自分にとって、たった一人の受け入れられる相手だと―――特別な存在に変わった。
恐怖に耐え、これから自分を抱こうとしている男を見上げながら、そんなことを思った。
今の伊沢蒼一郎という人間を形成したのは、大好きな姉に褒めてもらいたくて、喜んで欲しくて、“いい子”になろうとしたことだ。
いつしかそれは、誰からも好かれる、優秀な伊沢蒼一郎という人間を形作った。
優秀で、真っ当に生き、誰が見ても何の間違いも起こさないだろうと思われていた伊沢は、両親の海外赴任により人生を大きく変えることとなった。
常に平常心を忘れず感情のコントロールが出来ていると思っていたので、その衝動は本人ですら驚きだった。
その行為が未遂に終わったのは結果として良かったのかもしれないが、その代償は姉の人生を変えてしまうという大きなものだった。
だから、自分が犯した罪への罰は受けるべきだと、伊沢は姉のどんな言葉にも従った。
例えそれが、どれほどの恐怖を感じるものだとしても。自分も同じように、姉にその恐怖を与えたのだから。
怖さのあまり泣いてしまいそうになったが、自分の罰だと思うと泣くことすらできなかった。
そして、イツキのことを疎んじていたはずなのに、何故だか相手がイツキで良かったと思った。
姉と二人だけの歪んだ世界に突然入ってきたイツキ。
その異質の存在は大きく、気にならないわけがなかった。
イツキは時折厳しい言葉で現実を突きつけ、心を揺さぶってきた。
人当たりのいい伊沢が、反発心を感じて表に出してしまうなんて珍しいことだった。
そして、一生誰にも言わないつもりのその秘密を、どうしてかイツキには話してしまった。
下手すれば弱みを握られるようなものなのに、自分の罪を聞いて欲しいという気持ちがあったのか、イツキは信用できると思ったのか。
出会ってひと月程度の、数回会っただけの男だったのに―――。
昼過ぎに自宅のインターホンが鳴り、伊沢は玄関を開け大樹を出迎えた。
その手には、一年前に自分も手にしていた卒業証書の入った筒がある。
「じゃーん! 卒業しました!」
見た目が変わるわけでもないのに、見てくれと言わんばかりに大樹が両手を大きく広げ立っていた。四月から大学生になるとは思えない子供っぽさに、伊沢は小さく笑う。
「おめでとう」
家の中に大樹を迎え入れると、一緒に軽い昼食をとった。
卒業式を終えたらその足で伊沢の家に来ると、大樹は言っていた。家族には、友達と遊んで帰ると言ってきたらしい。
母と姉が舞台を観に行くというので誘われたが、大樹が来るので伊沢は一人家に残っていた。
食事を終え、他に誰も家にはいないが、伊沢の部屋へと移動した。
「俺、卒業したら、蒼一郎…って呼びたかったんだけど、いいかな」
ベッドに腰掛けた大樹が、立っていた伊沢を上目遣いで見る。
「そんなこと、わざわざ訊かなくても呼べばいいのに」
恋人なのだから、改めて許可を得るほどのものでもない。
すでに伊沢は、大樹のことを名字ではなく名前で呼んでいた。
「だって、みどりさんならともかく、お母さんの前でただの後輩が呼び捨てにしてるのも変だしさ。大学生になったらちょっとは対等な感じがするから、怪しまれないかなって」
大樹なりに色々気にしていたらしい。
むしろ、蒼一郎さんと呼ばれる方がむず痒いくらいなので、呼び捨てでも良かったのに。
伊沢は大樹の左隣に並んでベッドに腰掛けた。
「じゃあ、呼んで?」
じっと目を見つめると、大樹は一瞬口を開けた後すぐに閉じた。
「何それ、誘ってんの」
「は?」
家に二人きりということで、そういう流れになることは分かってはいたが、何故そんなことで誘ってると言われてしまうのかが分からない。
だが、大樹のスイッチを押してしまったらしい。
大樹の顔が近付いてきて唇が触れた。早く触れたいと、目で訴えられる。
「……制服姿は見納めなんだから、もう少しくらい着てろ」
呆れたように言うが、もう一度唇を塞がれる。今度は、触れるだけではなく深く、舌が入り込んでくる。
最初は口の中に他人の舌が入ってくるという感覚に慣れなかったが、こういうキスにも慣れた。
むしろ、高校生のくせに何故こんな知識があるんだと、最初の頃は呆れたものだ。
結局、大樹はすぐに制服を脱いでしまい、伊沢も服を脱がされた。
受験勉強という名目がなくなると勉強をしに来るという建前が使えず、大樹が家に来たのは久しぶりだった。
つまり、ずっとセックスもしていなかった。
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