セマイセカイ

藤沢ひろみ

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16.五回目②

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 みどりの発言が信じられず、大樹はただみどりを見返した。

 先週の帰りにみどりから届いたメールを思い出す。
 大樹が男役か女役かを訊ねたものだった。

 単に興味があるだけかと大樹は軽く返事をし、みどりからも軽い返信が返ってきたので特に気にしていなかった。

「いつもイツキくんがするように普通にエッチしてくれたらいいわ。途中でそのポーズで止まってなんて言わないから大丈夫よ」

「で、でも、みどりさん。さすがにゲイでもない相手に、そんなことさせられないですよ」
 ようやく焦って返事する。

「そんなのしちゃったら、レイプになっちゃいますって……」

 フェラチオをさせる相手なら女でも良かったはずだが、みどりはゲイサイトの掲示板を利用した。

 男とセックスさせることが、最終目的だったのではないだろうか。

 みどりに垣間見える異常さを感じてはいたが、ここまでとは考えていなかった。
 きっと、みどりは本気だ。

 大樹の言葉に、ぷっとみどりが笑う。
「やだ、イツキくん。あおは男の子よ。女の子じゃあるまいし」

「男でも、無理矢理したらレイプですよ……」
「そうなの?」

 みどりはきょとんと大樹を見てから、残念そうにスケッチブックを抱き締めた。
「てことは、合意だったらいいのよね」

 みどりの視線が伊沢へと向く。大樹は一歩前に進み、伊沢の顔を横から窺った。

「あお、出来るわよね」

「………」
 伊沢はみどりを凝視したまま黙っている。

 いつもみどりにいいようにされている伊沢だが、本気で嫌な時はちゃんと嫌と言うはずだ。
 むしろ、言えよと大樹は伊沢を睨んだ。

 大樹が断るのでは意味がない。みどりは大樹を切り、別の男を呼ぶだけだ。だから、伊沢から断らなければ意味がない。

 みどりが車椅子を動かし、ラグに乗り上げ伊沢に近づき微笑む。
「出来るわよね?」

「………」
 黙り込んだままの伊沢に、早く断れよと大樹は心の中で舌打ちする。

 だが、震える声で伊沢が漏らしたのは、何故か謝罪の言葉だった。

「……ご…めん。ごめん、姉さん……」
 体を震わせながら、伊沢が声を絞り出す。

 伊沢の言葉に、みどりは白けたような顔になる。しばらくして、小さく溜め息をついた。

「やるわよね。蒼一郎」

 名を呼ばれ、伊沢の体がびくりと竦む。そこにいつもの明るい声色と親しげな愛称はなかった。

 入っていけない空気に、大樹は黙って二人の様子を見ているしかない。
 しばらくして、小さくこくりと伊沢が頷いた。

 えっ、と大樹は声を上げそうになった。
 伊沢がゆっくりと大樹の方を向く。

「……イツキ。た…頼む……」

 そんな泣きそうな顔で声を震わせて何を言ってるんだと思った。
 だが、もし大樹が断ったことで伊沢に降りかかるであろう災難を思うと、やるしかないのだとも思えた。

 覚悟を決め、大樹は頷く。
「分かった。ちょっと待ってて」

 大樹はダイニングテーブルの方へ行き、手提げバッグのポケットの中からコンドームを手にして戻る。

 初日に、あわよくばと軽い気持ちで持ってきていたもので、忘れてそのまま入れっぱなしになっていた。まさか使う日が来るとは思わなかった。

 大樹の持ってきたゴムを見て、さらに現実に打ちのめされたように伊沢が少しふらついた。

「用意がいいのね、イツキくん。まさかいつも持ち歩いているの?」
「まぁ、男の嗜みってやつです」
 みどりの感嘆の言葉に、適当に返す。

「場所はどこにします? さすがにここじゃ狭いし。それに、潤滑剤代わりになるものがあるといいんですけど」

 大樹はいつも伊沢が座るソファを見た。
 いつものようにバスタオルが敷かれている。ゆったり深く腰掛けられるソファだが、セックスをするには狭い。

「ソファなら背凭れを倒すことができるわ。乳液でもいいかしら?」
 みどりの言う通りに動かすと、ソファの背凭れが倒れベッドのようになる。その間に、みどりが自分の化粧ポーチを持ってきた。

「ソファが濡れそうなので、バスタオルも持ってきたけど」
「使わせてもらいます」

 大樹はみどりからバスタオルと乳液のボトルを受け取り、ソファが汚れないようバスタオルを重ねて敷く。そして、伊沢を見た。

 伊沢は震えた手でベルトを外そうとしているが、手に力が入らないようだ。顔も青ざめている。

 そんなに怖いのに何故断らないんだと、言いたくなった。

 みどりに弱みでも握られているとしか思えない。そうでなければ、こんなにも言いなりになるはずがない。

 大樹はちらりとみどりに視線を送る。
 みどりはいつものようにスケッチブックを広げ、絵を描く準備を始めていた。
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