セマイセカイ

藤沢ひろみ

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14.四回目⑤

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 じゃあ、と大樹は部屋を出た。

 怒っている伊沢は見送りには来ないと思ったが、みどりの指示かいつものように大樹の後ろをついて部屋を出てきた。
 一見裸に白いシャツだけ羽織っている姿に見えるが、下着だけは身に着けてきたようだ。

「もう、来ないでくれないか」

 大樹がスニーカーを履くためにしゃがむと、伊沢がぼそりと呟いた。
 思わず振り返り、伊沢を見上げる。

 顔を洗った時に濡れた髪のせいで、少し泣きそうな顔に見えた。前髪に白いものが少し付着したままだ。
 シャツの下から素足を剥き出しにした姿に、色っぽさを感じる。

 今から帰ろうというのに、自分は何を誘惑されかかっているのだと、心の中で叱咤した。

「俺が来なくなったところで、別の男が呼ばれるだけですよ」
 靴紐を結びながら大樹は答えた。伊沢にもそれは予想がついたのか、黙り込む。

 スニーカーを履き終え、大樹は立ち上がり伊沢を振り返った。
「次に呼ばれた男が、ガチホモだったらどうするんです? 筋肉ムキムキな奴とか、毛深いおっさんかも」

 想像してぞっとしたのか、伊沢がシャツの上から体を抱きしめる。

「あんたみたいな上物は滅多にいない。皆が俺みたいにライトな奴ならいいけど、目の前に上等な肉を置かれて喰わない野獣はいませんよ。一人は車椅子の女性だしどうにでもできる。あんたみたいな細腰の男じゃ、相手が悪けりゃろくに抵抗もできずに簡単に犯されます」
 最後はまくし立てるように、大樹は言った。

 いつも伊沢に対して素っ気ない返事をするので冷たい人間だと思われているかもしれないが、これでも大樹は伊沢を心配している。
 姉にいいようにされていることにも、同情を感じているのだ。

「言っとくけど、親切で言ってるんで」
 決して、自分がこの役目を続けたいからではない。

 みどりはどこか異常に感じるところがある。大樹を不要と思えば、掲示板で別の男を探すだろう。
 最初に怯えていたような伊沢をまた見たくはない。いや、他の男に変われば、もう見ることはないのだけれど。

「………」
 伊沢は俯き黙り込んだ。

 また突き放すような言い方をしてしまった。どうして大樹はこんな言い方をしてしまうのか。

 絵に描いたように完璧な理想の男だと思っていた伊沢が、実際はそうではなくてがっかりさせられたからかもしれない。

 姉にあんなことをさせられているくせに、姉を庇う呆れるようなことも言い出す。
 今も、大樹がいなくなったらどうなるかなんて、頭のいい伊沢ならすぐ分かりそうなものなのに、姉のことが大事過ぎてそんな考えにも至れない。
 嫌なら嫌だと、みどりにちゃんと断ればいい。見ていて、苛々してしまう。

 こんな情けない男、大樹が守らなくて誰が守るのだ。

「―――」
 大樹はハッとした。

 何故そんなことを思ってしまったのだろう。守るも何も、何から守るつもりでいるのか。しかも、普段は十分にしっかりしている優秀な男を相手に。

 咄嗟にそんなことを考えた自分が、まるでナイト気取りで馬鹿馬鹿しく感じた。

「……帰ります。また、来週」
 大樹は伊沢を残し、玄関を出た。



 伊沢が大樹のことを迷惑に感じているのは分かっている。
 これ以上ひどいことをすれば、さらに嫌われてしまうに決まっている。

 大樹にとって、イケメンはあくまで鑑賞するものだ。
 元々、見て満足するだけの鑑賞用の高嶺の花だったのだから、相手が大樹をどう思っているかなんて関係ない。

 けれど、みどりの共犯者になっていくような状況に、心は晴れない。

 好みのイケメン生徒会長にフェラチオしてもらえてラッキー、というくらい割り切れたらいいのに。
 憧れの生徒会長の実態が情けなかったせいで、どうにも調子が狂う。

 大樹が溜め息をつくと、携帯電話がメールの着信を知らせた。みどりからのメールだった。

 いつもは、また来週と言って別れた後、メールが来ることはない。最初の掲示板から応募した時以来、メールのやり取りはしていなかった。

 どうしたのかと、大樹はメールを開封した。
 そして、そこにあった言葉に息を呑んだ。


『イツキくんは、男役と女役、どちら? AO』
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