身寄りのない少女を引き取ったら有能すぎて困る(困らない)

長根 志遥

文字の大きさ
上 下
236 / 254
第15章 南へ

第230話 決闘

しおりを挟む
「……来ないのか?」

 男は剣を構え、エミリスと向き合ったまま、彼女が動かないことを口にした。
 大見得を張って出てきた割には慎重派なのだろうか。それとも……。
 男がそう思っていると、エミリスはそれまで下げていた剣先を男に向けた。

「こっちから行っても良いのですか? ……なら行きますけど」

 軽く答えると、そのままゆっくりと一歩ずつ男に近づく。
 特に緊張感もなく、ただ歩いているだけにしか見えず、それが男から見て余計に不気味に思えた。

(素人……というわけではないが……。大口を叩くほどにも見えんな……)

 特にきちんと習ったわけではないが、様々な相手を打ち負かしてきた経験がある。
 それは型を持たないが故に、相手の弱点に合わせて変幻自在に立ち回れるということでもある。
 その経験からすると、どう考えても自分が負けるとは思えなかった。
 不気味なのは、得体の知れない自信と、怪しげに光る剣だけだ。

(試してみるか……)

 男はそう考えると、エミリスを待つ。
 あと一歩。
 そこまで近づけば自分の踏み込みで剣が届く。
 そのタイミングで、男は筋肉を弾けさせた。

(狙うは……剣のみ!)

 横から自分の剣をぶつけて、弾き飛ばしてしまえばいい。
 それを狙い、身体を低く下げ、下手から持ち上げるように剣を一閃した。

 ――キィン!

 甲高い音が闇夜に響く。
 それと同時に、折れた剣先が魔法の灯りを浴びながら空に舞った。
 一瞬、男はエミリスの剣の横っ腹を狙ったこともあって、相手の剣を折ったのかと思ったが、すぐにそうではないことに気づく。

「な、なにいっ!」

 見なくてもわかる。
 手に伝わる重さが、明らかに軽い。
 つまり、折れたのは自分の剣だということだ。

(剣にヒビでも入ってたか……?)

 そうとしか考えられない。
 だいぶ使い込んでいた剣だ。
 気に入って手入れはしていたつもりだったのだが、気づかぬうちに疲労溜まっていたのかもしれない。
 ただ、幸い折れたのは半分ほどだ。自分の腕ならこれでも戦えるはずだ。

「……運が良かったな。これくらいはハンディとしてやろう」

「別にそんなのいらないですけど。せめて新しい剣に変えたらどうです? 何度やっても同じだと思いますけど」

「ほざけ。言わせておけば」

 男は折れた剣先をちらりと見る。
 中程で綺麗にまっすぐ折れていて、まるで切断したかのような切り口に見えた。

 相手は先ほどと変わらず、剣を前にして立っているだけだ。
 剣の差がある以上、油断していては足元を掬われることもあり得ると、気合を入れ直して構える。
 そのとき。

 ――バシッ!

「ぐっ!」

 突然、剣を握る手に痛みが走り、危うく剣を落としそうになった。
 何が起こったのかわからないまま、痛みを堪えて握り直したが、一瞬相手から注意を逸らしてしまったことに気づく。

(――ヤバい!)

 危険信号が頭の中で反応し、全身の毛穴が開くような感覚を覚えた。

 ――ギン!

「うあぁっ!」

 音も聞こえないまま、一瞬で間合いを詰められたと同時に、剣を振るう僅かな風切り音と、微かな感触が手に伝わる。

 カラン――。

 そして、軽い音を立てて、半分残っていた剣先が足元に落ちて転がった。
 先ほどの逆。
 素早く切り込んできた相手は、自分の剣を狙って根本から折ったのだとすぐにわかった。

 踏み込みの音が聞こえなかったのは、達人レベルの足運びだったのか。
 そう思ったが、まさか彼女が地に足を付けずとは想像すらしていなかった。
 
 男は柄だけになった剣を握りしめ、一歩後退りながら自分に剣を突きつけるエミリスを見た。

「んふふ、その剣ではもう戦えませんね。まだやります? まぁ、何度やっても同じですけどね」

「くっ……」

 相変わらず余裕のある表情を見ると、確かにその通りなのかもしれないと思ってしまう。
 離れているときにはわからなかったが、ルビーのような赤い目がじっと獲物を狙っているように感じられて、ぞくっと背筋が凍る。

(……赤い目?)

 自分では初めて見たけれど、先代から話に聞いたことがあった。かつて売った少女のなかに、そういう目をした赤子がいたことを。

「……で、結局どうするんですか?」

 動かない男に焦れたのか、エミリスは気だるげに尋ねた。
 剣先は下に向けて、棒立ちだ。

 男は柄だけを持って構えている自分の姿と対比して、滑稽だと笑う。
 どう考えても、この状況で勝ち目などあるはずもない。
 新しい剣を手にして勝ったとして、果たしてそれで勝ったと言えるのだろうか、とも。

「……俺の負けだ」

「ふーん。……周りの皆さんはそんな感じじゃなさそうですけど、良いんですか?」

 はっとして振り返ると、仲間たちがこちらに向かって弓を引いているのが見えた。
 自分を含めて、矢を浴びせようとでもいうのだろうか。

「く……」

 まさか、と思いながら男は唇を噛む。
 しかし、この状況ですら、眼前の女は焦る様子もない。

「貴方も人望がありませんねぇ……」

「ふ、ふん。お前に首を刎ねられるくらいなら、道連れのほうがマシだ」

 そう強がって言うものの、男の顔は引き攣っているようにも見えた。

「ま、矢くらいどうってことないんですけどね……」

 男には、かすかにエミリスのそんな呟きが聞こえた。
 そのとき弓を構えた集団のなか、ひとりの男の掛け声とともに、一斉に矢が放たれる。

 ヒュンヒュンヒュン!

「くっ……!」

 矢が風を切る音が響くなか、自分に当たらぬことを祈りながら、男は少しでも確率を下げようと身体を伏せた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

実験施設から抜け出した俺が伝説を超えるまでの革命記! 〜Light Fallen Angels〜

朝日 翔龍
ファンタジー
 それはある世界の、今よりずっと未来のこと。いくつもの分岐点が存在し、それによって分岐された世界線、いわゆるパラレルワールド。これは、そ無限と存在するパラレルワールドの中のひとつの物語。  その宇宙に危機を及ぼす脅威や魔族と呼ばれる存在が、何度も世界を消滅させようと襲撃した。そのたびに、最強無血と謳われるレジェンド世代と称されたデ・ロアーの8人集が全てを解決していった。やがては脅威や魔族を封印し、これ以上は世界の危機もないだろうと誰もが信じていた。  しかし、そんな彼らの伝説の幕を閉ざす事件が起き、封印されていたはずの脅威が蘇った。瞬く間に不安が見え隠れする世界。そこは、異世界線へと繋がるゲートが一般的に存在し、異世界人を流れ込ませたり、例の脅威をも出してしまう。  そんな世界の日本で、実験体としてとある施設にいた主人公ドンボ。ある日、施設から神の力を人工的に得られる薬を盗んだ上で脱走に成功し、外の世界へと飛び出した。  そして街中に出た彼は恐怖と寂しさを覆い隠すために不良となり、その日凌ぎの生き方をしていた。  そんな日々を過ごしていたら、世界から脅威を封印したファイター企業、“デ・ロアー”に属すると自称する男、フラットの強引な手段で険しい旅をすることに。  狭い視野となんの知識もないドンボは、道中でフラットに教えられた生きる意味を活かし、この世界から再び脅威を取り除くことができるのであろうか。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

異世界転生したのだけれど。〜チート隠して、目指せ! のんびり冒険者 (仮)

ひなた
ファンタジー
…どうやら私、神様のミスで死んだようです。 流行りの異世界転生?と内心(神様にモロバレしてたけど)わくわくしてたら案の定! 剣と魔法のファンタジー世界に転生することに。 せっかくだからと魔力多めにもらったら、多すぎた!? オマケに最後の最後にまたもや神様がミス! 世界で自分しかいない特殊個体の猫獣人に なっちゃって!? 規格外すぎて親に捨てられ早2年経ちました。 ……路上生活、そろそろやめたいと思います。 異世界転生わくわくしてたけど ちょっとだけ神様恨みそう。 脱路上生活!がしたかっただけなのに なんで無双してるんだ私???

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

処理中です...