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第15章 南へ

第230話 決闘

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「……来ないのか?」

 男は剣を構え、エミリスと向き合ったまま、彼女が動かないことを口にした。
 大見得を張って出てきた割には慎重派なのだろうか。それとも……。
 男がそう思っていると、エミリスはそれまで下げていた剣先を男に向けた。

「こっちから行っても良いのですか? ……なら行きますけど」

 軽く答えると、そのままゆっくりと一歩ずつ男に近づく。
 特に緊張感もなく、ただ歩いているだけにしか見えず、それが男から見て余計に不気味に思えた。

(素人……というわけではないが……。大口を叩くほどにも見えんな……)

 特にきちんと習ったわけではないが、様々な相手を打ち負かしてきた経験がある。
 それは型を持たないが故に、相手の弱点に合わせて変幻自在に立ち回れるということでもある。
 その経験からすると、どう考えても自分が負けるとは思えなかった。
 不気味なのは、得体の知れない自信と、怪しげに光る剣だけだ。

(試してみるか……)

 男はそう考えると、エミリスを待つ。
 あと一歩。
 そこまで近づけば自分の踏み込みで剣が届く。
 そのタイミングで、男は筋肉を弾けさせた。

(狙うは……剣のみ!)

 横から自分の剣をぶつけて、弾き飛ばしてしまえばいい。
 それを狙い、身体を低く下げ、下手から持ち上げるように剣を一閃した。

 ――キィン!

 甲高い音が闇夜に響く。
 それと同時に、折れた剣先が魔法の灯りを浴びながら空に舞った。
 一瞬、男はエミリスの剣の横っ腹を狙ったこともあって、相手の剣を折ったのかと思ったが、すぐにそうではないことに気づく。

「な、なにいっ!」

 見なくてもわかる。
 手に伝わる重さが、明らかに軽い。
 つまり、折れたのは自分の剣だということだ。

(剣にヒビでも入ってたか……?)

 そうとしか考えられない。
 だいぶ使い込んでいた剣だ。
 気に入って手入れはしていたつもりだったのだが、気づかぬうちに疲労溜まっていたのかもしれない。
 ただ、幸い折れたのは半分ほどだ。自分の腕ならこれでも戦えるはずだ。

「……運が良かったな。これくらいはハンディとしてやろう」

「別にそんなのいらないですけど。せめて新しい剣に変えたらどうです? 何度やっても同じだと思いますけど」

「ほざけ。言わせておけば」

 男は折れた剣先をちらりと見る。
 中程で綺麗にまっすぐ折れていて、まるで切断したかのような切り口に見えた。

 相手は先ほどと変わらず、剣を前にして立っているだけだ。
 剣の差がある以上、油断していては足元を掬われることもあり得ると、気合を入れ直して構える。
 そのとき。

 ――バシッ!

「ぐっ!」

 突然、剣を握る手に痛みが走り、危うく剣を落としそうになった。
 何が起こったのかわからないまま、痛みを堪えて握り直したが、一瞬相手から注意を逸らしてしまったことに気づく。

(――ヤバい!)

 危険信号が頭の中で反応し、全身の毛穴が開くような感覚を覚えた。

 ――ギン!

「うあぁっ!」

 音も聞こえないまま、一瞬で間合いを詰められたと同時に、剣を振るう僅かな風切り音と、微かな感触が手に伝わる。

 カラン――。

 そして、軽い音を立てて、半分残っていた剣先が足元に落ちて転がった。
 先ほどの逆。
 素早く切り込んできた相手は、自分の剣を狙って根本から折ったのだとすぐにわかった。

 踏み込みの音が聞こえなかったのは、達人レベルの足運びだったのか。
 そう思ったが、まさか彼女が地に足を付けずとは想像すらしていなかった。
 
 男は柄だけになった剣を握りしめ、一歩後退りながら自分に剣を突きつけるエミリスを見た。

「んふふ、その剣ではもう戦えませんね。まだやります? まぁ、何度やっても同じですけどね」

「くっ……」

 相変わらず余裕のある表情を見ると、確かにその通りなのかもしれないと思ってしまう。
 離れているときにはわからなかったが、ルビーのような赤い目がじっと獲物を狙っているように感じられて、ぞくっと背筋が凍る。

(……赤い目?)

 自分では初めて見たけれど、先代から話に聞いたことがあった。かつて売った少女のなかに、そういう目をした赤子がいたことを。

「……で、結局どうするんですか?」

 動かない男に焦れたのか、エミリスは気だるげに尋ねた。
 剣先は下に向けて、棒立ちだ。

 男は柄だけを持って構えている自分の姿と対比して、滑稽だと笑う。
 どう考えても、この状況で勝ち目などあるはずもない。
 新しい剣を手にして勝ったとして、果たしてそれで勝ったと言えるのだろうか、とも。

「……俺の負けだ」

「ふーん。……周りの皆さんはそんな感じじゃなさそうですけど、良いんですか?」

 はっとして振り返ると、仲間たちがこちらに向かって弓を引いているのが見えた。
 自分を含めて、矢を浴びせようとでもいうのだろうか。

「く……」

 まさか、と思いながら男は唇を噛む。
 しかし、この状況ですら、眼前の女は焦る様子もない。

「貴方も人望がありませんねぇ……」

「ふ、ふん。お前に首を刎ねられるくらいなら、道連れのほうがマシだ」

 そう強がって言うものの、男の顔は引き攣っているようにも見えた。

「ま、矢くらいどうってことないんですけどね……」

 男には、かすかにエミリスのそんな呟きが聞こえた。
 そのとき弓を構えた集団のなか、ひとりの男の掛け声とともに、一斉に矢が放たれる。

 ヒュンヒュンヒュン!

「くっ……!」

 矢が風を切る音が響くなか、自分に当たらぬことを祈りながら、男は少しでも確率を下げようと身体を伏せた。
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