身寄りのない少女を引き取ったら有能すぎて困る(困らない)

長根 志遥

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第15章 南へ

第223話 旅の楽しみ

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 街の火事は程なく小さくなったのか、ほどなく下船が許された。
 まずは数日間この街を回ろうと予定していたこともあり、船を降りたあと宿を探そうと歩き出した。

 大きな荷物を背負ったエミリスが、周りをキョロキョロと見回しながらアティアスに耳打ちした。

「なんかジロジロと見られてる感じがしますね……」

「そりゃ、な。エミーは目立つからな」

「それにしても、ここまで見られるのは経験がないですー」

 そう言いながらも、それほど気にしていない様子でエミリスが答えた。
 その様子を見たウィルセアは、小さく微笑みながらも言った。

「とはいえ、私も見られてる感じはしますわ。エミリスさんの荷物がすごいってのもありますけど、その髪ですかね? それとも、肌の色とか……」

 エミリスは周りの人たち――特に、この街に住んでいるだろう普段着の人たち――を見た。
 ゼバーシュをはじめとしたエルドニアとは違って、服装自体も露出の多いものが多い。

 そして、暑い地域で夏を越したばかりだからだろうか。
 肌の色も濃く、よく日焼けした人が多い。
 もちろん、少ないながらもそうではない人もいるが、見渡す限りでは、エミリスのように全く日焼けしていない真っ白な肌の人はいなかった。

「ゼバーシュでもエミーほど真っ白なのは珍しいからな。特に、冒険者なら普通は日焼けするもんだ」

「ですわね。私も今回の旅だけでもかなり焼けましたから」

 ウィルセアはそう言いながら、上から照りつける陽射しを仰いだ。
 海の近くだからか、そこまで気温は高くないにも関わらず、刺すような光は厳しく、肌をチリチリと焼く。

「はは、そのくらいの方が健康そうに見えるよ」

 ウメーユにいた頃よりも小麦色に焼けたウィルセアの頬をそっと触ると、彼女は嬉しそうに微笑む。

「あ、ありがとうございます」

 それがいまいち面白くなかったのか、エミリスは口を尖らせる。

「ぶー。どうせ私は焼きたくても焼けませんから」

「まぁ、そう言うなって。エミーの肌だって綺麗で好きだぞ?」

「そうですわ。エミリスさんの頬は柔らかいですし、シルクみたい。むしろ日焼けを気にしなくてもいいのは羨ましいですわ。私なんて、強い陽射しですぐ真っ赤ですから」

 ウィルセアは自分の頬を触りながら、困ったような顔をする。

「ま、火傷みたいなものだからな。そういや、エミーでも火傷したら赤くなるのか?」

 ふと、アティアスが小さな疑問をつぶやく。
 日焼けで最初赤くなるのが火傷と同じようなものだとするならば、赤くならないエミリスはどうなのだろうと思ったのだ。

「さぁ……。あまり火傷自体、ほとんど経験がないんですよね」

「へー、あれだけ料理してくれてたら、たまにはありそうなものだけどな」

「ふふ、いちおうそれがお仕事ですからね」

 エミリスは自慢げに胸を張った。
 反動で背中の荷物が後ろに倒れそうなバランスに見えるのだが、そんな素ぶりはない。
 それは魔力で荷物の重さがほどんどなくなっている状態だからなのだが、周りから見れば違和感しかない。

「……? アティアス様、その目はなんですか?」

 ふと、アティアスがじーっと自分の顔を見ているのに気づいて、エミリスは嫌な予感がして目を細めた。

「あ、いや。なんでもないよ、なんでも……」

「その顔はなんでもある顔ですー。ぜったい、『どうせ魔法で傷は治せるんだから、火傷させたらどうなるか見てみたい!』って思いましたよね?」

 じとーっとアティアスの顔を下から覗き込みながら、エミリスは早口で言った。
 アティアスとしても確かにそう思ったことは事実だったけれど、さすがにそれはまずいと思ってはいた。

「ま、まぁ……少しだけだよ。少しだけ」

「むー、酷いですー。治せるって言っても、痛いのは変わらない……と思いますから、イヤですー」

「だよな。さすがにそんなことはしないから心配するな」

「とーぜんです! もしやったら、ちゃーんと同じことお返ししますから。もちろん、そのあと治してさしあげますけどね」

 エミリスは指でアティアスの脇腹を突く。
 口調はともかくとして、顔は笑っていて、怒っているようではないようだ。

「ふふっ、確認するようなことではないですわね。気にはなりますけれど。――っと、あのあたり、宿っぽい雰囲気がありますわね」

 ウィルセアは笑いながらも、道ゆく先に何軒か宿屋のような建物を見つけて指差す。
 もちろん、事前に港でどのあたりに宿屋があるかを聞いて向かっていたから、目的地についたということだ。

「ですね。私もアティアス様がそんなことする方じゃないのはよく知ってますから。さっさと荷物置いて、食事に行きましょー」

「そうだな。この街の名物とか、全くわからないからな。宿で聞いてみないと」

「いろんなものが食べられるのは旅の楽しみですわね」

 ウィルセアもそれは楽しみのひとつにしていた。
 もともとあまり自由の効かなかった彼女としては、外交で外に行っても食事くらいしか楽しみがなかった。
 今はそんなこともないが、それでも食事の楽しみ自体は変わらない。

「材料さえあれば大抵のものは真似られるんですけど、手に入らないものはどうしても無理ですからね」

 エミリスが食べたものは、同じものを作ることはできるが、それは同じ食材が手に入るというのが前提だ。
 手に入らないものは現地で食べるしかない。

「ま、何でもってのは無理だからな。行こう」

「はーい」

 アティアスの声に、エミリスが元気よく頷いた。

 ◆

「そーいえば、船でアティアス様が人肉がどうとか言ってましたね……?」

 無事、宿を確保することができ身軽になったエミリスは、夕暮れの町を歩きながら呟いた。
 もう既に何の肉を食べたのか忘れてしまっていたが、人の肉ではないことは覚えていた。

「はは、悪かったな」

「まぁそれは別に良いんですけどね。さっき、宿の人がこっちだと大きなトカゲの肉とか食べるって言ってたのが気になって」

「そうだな。ゼバーシュじゃそんなトカゲが居ないもんな」

 アティアスもその話を思い出しながら言うと、ウィルセアが続けた。

「大きなトカゲって、ドラゴンとは違うんですよね……?」

「違うんじゃないか? そもそもドラゴンなら、逆に俺達が食べられる側だろ」

「それもそうですわね。一度は見てみたいものですけれど」

「それは私も思いますけどね。……っと、アティアス様、ちょっと」

 ウィルセアの話に頷きつつも、不意にエミリスがアティアスを手招きした。
 そして小声で耳打ちする。

「……さっきから気になってたんですが、宿を出たところからついてきてる人たちがいます。魔導士ではなさそうですが」

「そうか。追い剥ぎかなにかかな……?」

「さぁ……。どうします?」

「どうもこうもな。あまり他国で揉め事は起こしたくなんだがな」

「じゃ、逃げます?」

 似たようなことが以前あったような気もしたが、アティアスはウィルセアにも話してから、一旦歩くペースを速めることにした。
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