身寄りのない少女を引き取ったら有能すぎて困る(困らない)

長根 志遥

文字の大きさ
上 下
229 / 253
第15章 南へ

第223話 旅の楽しみ

しおりを挟む
 街の火事は程なく小さくなったのか、ほどなく下船が許された。
 まずは数日間この街を回ろうと予定していたこともあり、船を降りたあと宿を探そうと歩き出した。

 大きな荷物を背負ったエミリスが、周りをキョロキョロと見回しながらアティアスに耳打ちした。

「なんかジロジロと見られてる感じがしますね……」

「そりゃ、な。エミーは目立つからな」

「それにしても、ここまで見られるのは経験がないですー」

 そう言いながらも、それほど気にしていない様子でエミリスが答えた。
 その様子を見たウィルセアは、小さく微笑みながらも言った。

「とはいえ、私も見られてる感じはしますわ。エミリスさんの荷物がすごいってのもありますけど、その髪ですかね? それとも、肌の色とか……」

 エミリスは周りの人たち――特に、この街に住んでいるだろう普段着の人たち――を見た。
 ゼバーシュをはじめとしたエルドニアとは違って、服装自体も露出の多いものが多い。

 そして、暑い地域で夏を越したばかりだからだろうか。
 肌の色も濃く、よく日焼けした人が多い。
 もちろん、少ないながらもそうではない人もいるが、見渡す限りでは、エミリスのように全く日焼けしていない真っ白な肌の人はいなかった。

「ゼバーシュでもエミーほど真っ白なのは珍しいからな。特に、冒険者なら普通は日焼けするもんだ」

「ですわね。私も今回の旅だけでもかなり焼けましたから」

 ウィルセアはそう言いながら、上から照りつける陽射しを仰いだ。
 海の近くだからか、そこまで気温は高くないにも関わらず、刺すような光は厳しく、肌をチリチリと焼く。

「はは、そのくらいの方が健康そうに見えるよ」

 ウメーユにいた頃よりも小麦色に焼けたウィルセアの頬をそっと触ると、彼女は嬉しそうに微笑む。

「あ、ありがとうございます」

 それがいまいち面白くなかったのか、エミリスは口を尖らせる。

「ぶー。どうせ私は焼きたくても焼けませんから」

「まぁ、そう言うなって。エミーの肌だって綺麗で好きだぞ?」

「そうですわ。エミリスさんの頬は柔らかいですし、シルクみたい。むしろ日焼けを気にしなくてもいいのは羨ましいですわ。私なんて、強い陽射しですぐ真っ赤ですから」

 ウィルセアは自分の頬を触りながら、困ったような顔をする。

「ま、火傷みたいなものだからな。そういや、エミーでも火傷したら赤くなるのか?」

 ふと、アティアスが小さな疑問をつぶやく。
 日焼けで最初赤くなるのが火傷と同じようなものだとするならば、赤くならないエミリスはどうなのだろうと思ったのだ。

「さぁ……。あまり火傷自体、ほとんど経験がないんですよね」

「へー、あれだけ料理してくれてたら、たまにはありそうなものだけどな」

「ふふ、いちおうそれがお仕事ですからね」

 エミリスは自慢げに胸を張った。
 反動で背中の荷物が後ろに倒れそうなバランスに見えるのだが、そんな素ぶりはない。
 それは魔力で荷物の重さがほどんどなくなっている状態だからなのだが、周りから見れば違和感しかない。

「……? アティアス様、その目はなんですか?」

 ふと、アティアスがじーっと自分の顔を見ているのに気づいて、エミリスは嫌な予感がして目を細めた。

「あ、いや。なんでもないよ、なんでも……」

「その顔はなんでもある顔ですー。ぜったい、『どうせ魔法で傷は治せるんだから、火傷させたらどうなるか見てみたい!』って思いましたよね?」

 じとーっとアティアスの顔を下から覗き込みながら、エミリスは早口で言った。
 アティアスとしても確かにそう思ったことは事実だったけれど、さすがにそれはまずいと思ってはいた。

「ま、まぁ……少しだけだよ。少しだけ」

「むー、酷いですー。治せるって言っても、痛いのは変わらない……と思いますから、イヤですー」

「だよな。さすがにそんなことはしないから心配するな」

「とーぜんです! もしやったら、ちゃーんと同じことお返ししますから。もちろん、そのあと治してさしあげますけどね」

 エミリスは指でアティアスの脇腹を突く。
 口調はともかくとして、顔は笑っていて、怒っているようではないようだ。

「ふふっ、確認するようなことではないですわね。気にはなりますけれど。――っと、あのあたり、宿っぽい雰囲気がありますわね」

 ウィルセアは笑いながらも、道ゆく先に何軒か宿屋のような建物を見つけて指差す。
 もちろん、事前に港でどのあたりに宿屋があるかを聞いて向かっていたから、目的地についたということだ。

「ですね。私もアティアス様がそんなことする方じゃないのはよく知ってますから。さっさと荷物置いて、食事に行きましょー」

「そうだな。この街の名物とか、全くわからないからな。宿で聞いてみないと」

「いろんなものが食べられるのは旅の楽しみですわね」

 ウィルセアもそれは楽しみのひとつにしていた。
 もともとあまり自由の効かなかった彼女としては、外交で外に行っても食事くらいしか楽しみがなかった。
 今はそんなこともないが、それでも食事の楽しみ自体は変わらない。

「材料さえあれば大抵のものは真似られるんですけど、手に入らないものはどうしても無理ですからね」

 エミリスが食べたものは、同じものを作ることはできるが、それは同じ食材が手に入るというのが前提だ。
 手に入らないものは現地で食べるしかない。

「ま、何でもってのは無理だからな。行こう」

「はーい」

 アティアスの声に、エミリスが元気よく頷いた。

 ◆

「そーいえば、船でアティアス様が人肉がどうとか言ってましたね……?」

 無事、宿を確保することができ身軽になったエミリスは、夕暮れの町を歩きながら呟いた。
 もう既に何の肉を食べたのか忘れてしまっていたが、人の肉ではないことは覚えていた。

「はは、悪かったな」

「まぁそれは別に良いんですけどね。さっき、宿の人がこっちだと大きなトカゲの肉とか食べるって言ってたのが気になって」

「そうだな。ゼバーシュじゃそんなトカゲが居ないもんな」

 アティアスもその話を思い出しながら言うと、ウィルセアが続けた。

「大きなトカゲって、ドラゴンとは違うんですよね……?」

「違うんじゃないか? そもそもドラゴンなら、逆に俺達が食べられる側だろ」

「それもそうですわね。一度は見てみたいものですけれど」

「それは私も思いますけどね。……っと、アティアス様、ちょっと」

 ウィルセアの話に頷きつつも、不意にエミリスがアティアスを手招きした。
 そして小声で耳打ちする。

「……さっきから気になってたんですが、宿を出たところからついてきてる人たちがいます。魔導士ではなさそうですが」

「そうか。追い剥ぎかなにかかな……?」

「さぁ……。どうします?」

「どうもこうもな。あまり他国で揉め事は起こしたくなんだがな」

「じゃ、逃げます?」

 似たようなことが以前あったような気もしたが、アティアスはウィルセアにも話してから、一旦歩くペースを速めることにした。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

おっさん、勇者召喚されるがつま弾き...だから、のんびりと冒険する事にした

あおアンドあお
ファンタジー
ギガン城と呼ばれる城の第一王女であるリコット王女が、他の世界に住む四人の男女を 自分の世界へと召喚した。 召喚された四人の事をリコット王女は勇者と呼び、この世界を魔王の手から救ってくれと 願いを託す。 しかしよく見ると、皆の希望の目線は、この俺...城川練矢(しろかわれんや)には、 全く向けられていなかった。 何故ならば、他の三人は若くてハリもある、十代半ばの少年と少女達であり、 将来性も期待性もバッチリであったが... この城川練矢はどう見ても、しがないただの『おっさん』だったからである。 でもさ、いくらおっさんだからっていって、これはひどくないか? だって、俺を召喚したリコット王女様、全く俺に目線を合わせてこないし... 周りの兵士や神官達も蔑視の目線は勿論のこと、隠しもしない罵詈雑言な言葉を 俺に投げてくる始末。 そして挙げ句の果てには、ニヤニヤと下卑た顔をして俺の事を『ニセ勇者』と 罵って蔑ろにしてきやがる...。 元の世界に帰りたくても、ある一定の魔力が必要らしく、その魔力が貯まるまで 最低、一年はかかるとの事だ。 こんな城に一年間も居たくない俺は、町の方でのんびり待とうと決め、この城から 出ようとした瞬間... 「ぐふふふ...残念だが、そういう訳にはいかないんだよ、おっさんっ!」 ...と、蔑視し嘲笑ってくる兵士達から止められてしまうのだった。 ※小説家になろう様でも掲載しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

処理中です...