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第15章 南へ

第219話 ダブルパンチ

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「ふにゃぁ……。これは効きますねぇ……」

 出港前からワインを飲み始めたエミリスだったが、船が動き出して、ゆらりゆらりと揺れるのが悪かったのだろうか。
 船酔いというわけではなく、純粋にお酒が回っているようで、顔を真っ赤にさせたまま、気持ちよさそうに頭をぐわんぐわんと揺らしていた。

 そして、その隣には、エミリスの肩に頭をもたげながら、グラスに揺れるワインを見つめているウィルセアがいた。

「……はふぅ。キレイですわぁ……」

 淡い黄金色が綺麗なワインだ。
 ただ、ウィルセアはまだたった1杯飲んだだけだった。
 最初ひとくち飲み込んだ直後から、するすると顔の色が変わり始めて、今は露わになっている肌はすべて真っ赤だ。
 とはいえ、気分が悪そうな雰囲気はなく、多少ぼーっとした目つきになっている程度。

「おいおい、ふたりとも大丈夫か? もう止めておいたほうが良くないか?」

「にゃにいってるんでふかぁ……。まらまらこれきゃらでふよぅ」

 すでに何を言っているのかわからないが、ワインの瓶をしっかりと抱いたままでキープしていた。
 ウィルセアは初めてだからどの程度飲めるのかわからないところはあるが、エミリスはこの程度でここまで酔っ払うことは最近では珍しい。

 そう思いつつ、まだ飲んでいなかったアティアスはグラスを差し出した。

「俺も飲みたいんだが、少し入れてくれるか?」

「ふわぁい」

 返事を返したエミリスは、プルプルと震える手でグラスに注いだ。
 アティアスはグラスに鼻を近づけて、香りを確かめる。

「うっ……! これは濃いな……」

 見た目は薄く見えたが、立ち昇るアルコールの香りがキツく、飲む前からかなり度数があるように思えた。
 続いて少しだけ口に含む。

「甘くて美味しいですよね……」

 アティアスが舌の上で確かめていると、ウィルセアが感想を呟く。
 確かに彼女が言っているように、かなり甘めだ。
 しかしはっきりとアルコールが感じられるものだった。

(ただ、これは……ワインと言うよりも……)

 以前飲んだブランデーに近いような感じがした。
 ワインに比べても、アルコール度数が圧倒的に強いものだ。
 ハッとしてエミリスが抱いている瓶をじっくりと見ると、ワインがベースではあるものの、アルコールが強化されているというような表記がチラッと見える。

(マズいな……)

 どう考えても、早く取り上げてしまわないと、この先の事故が予見できた。いや、すでに事故は発生しているのかもしれない。

 特にウィルセアは、初めてお酒を飲んでいることを考えると、どの程度まで飲めるのか自分でもわかっていないだろう。
 今の顔の赤さを考えると、程なく限界に達することは目に見えている。

「エミー、この酒は駄目だ。もう止めておかないと大変なことになるぞ」

「ふしゃー! あてぃあすしゃまが、じぇんぶのむおちゅもりでふねっ!?」

 しかし、彼女は更にしっかりと瓶を抱え込んで、渡すまいと威嚇する。
 ろれつは回っていないが、言いたいことはなんとなく分かった。

 素面なら彼女がこんな態度を取ることはないが、酔っ払っているときは別だ。

「俺が飲んだりしないから安心しろって。取らないから、蓋して置いとけって、ほら」

「いやれふ!」

 イヤイヤと首を振ると、元々身体が揺れているのと相まって、倒れそうなほどに大きく上半身を揺らす。
 それがまるでメトロノームのようだ。
 同時にウィルセアもセットで揺れていた。

「うぅーん……」

 ウィルセアは器用にもグラスの酒を溢さないようにバランスを取っていたが、突然残りの酒を全部飲み干した。

「ぷはぁっ……」

 上を向いて満足げに息を吐いたあと、ウィルセアはそのままのけ反って、パタンと背中からベットに倒れ込んだ。

「すー……すー……」

 ほどなく、気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。

「ふにゃあ?」

 その様子を揺れながらぼんやりと見下ろしていたエミリスも、最後にはバタンとウィルセアに折り重なるように倒れて、そのまま寝てしまった。
 なお、まだ中身の入っている瓶そのものは、ギリギリで回収することに成功していた。

「……やれやれ」

 自分が持ってきた酒だとはいえ、エミリスに瓶ごと与えたのが失敗だったと反省する。

 完全に寝てしまったふたりを見ていると、当分の間は起きないだろう。
 そう考えて、息抜きに船室の外を散策でもすることにした。

 船室を出ると、船の外周に沿ってデッキがぐるりと張り巡らされている。
 そこをひとり歩いて、ラウンジに向かった。

 ラウンジは大きなホールになっていて、乗船客が自由に休憩することができるようになっている。
 そこにはちょっとした売店もあるが、まだ出航してすぐだということもあり、ほとんど人はいなかった。

「……ん?」

 アティアスがラウンジ内を眺めていると、ふとひとつの家族連れに目が留まった。
 両親と思われるふたりと、10歳くらいの男の子がひとり。
 それだけだと何でもない家族連れなのだが、なんとなくアティアスには直感めいたものがあり、じっと目を凝らして男の子を観察する。

「まさか……な」

 よく見るとその男の子の黒っぽい髪が、うっすらと緑色がかっているように思えた。
 それは……。
 名前は忘れたが、確か以前にも見たことがあったと記憶していた。
 そのつもりで見ると、母親のほうも見覚えがあるような気がした。

 とはいえ、話しかけるほどでもなく、その場は何もせずに立ち去ることにした。
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