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第13章 暗躍

第193話 更なる来客

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 エミリスの言葉に、ダリアン侯爵たちふたりは、何も声を出すことができなかった。
 重苦しい空気が部屋を覆っていた。

 どのくらいの時間が経っただろうか。
 ダリアン侯爵は死を覚悟し、目を閉じた瞬間――。

「……エミー、もう良いんじゃないか?」

 アティアスの声が静寂を打ち破った。
 しかしエミリスは表情を変えずに、アティアスに向かって静かに言う。

「アティアス様、ダメです。これを放っておくと、あとで後悔しますよ?」
「そうかもしれないが……」

 アティアスとしては、ここでダリアン侯爵に危害を加えることは、後々問題を引き起こすかもしれないと心配していた。
 ウィルセアの問題さえ片づくならば、なかったことにできればと。

「ふぅ……。アティアス様はお優しすぎます。ここで死んでいただくか、せめて腕の一本くらいを……」

 エミリスはそう言いながら、ダリアン侯爵にちらりと視線を送った。

「――ひっ!」

 ヘビに睨まれたカエルのように、ダリアン侯爵は恐怖で動けず、小さな悲鳴を上げた。
 間違いなく、この女は自分達を殺すつもりだと。

 静かに見守っていたヴィゴールにアティアスが尋ねる。

「ヴィゴール殿、どう思いますか?」
「……そうですね。エミリスさんの言うとおり、このまま放置すると後で兵を挙げて……と言うことになりかねませんね」

 エミリスも同じことを考えていた。
 兵を挙げたとしても、自分がいればさほど脅威ではないが、暗殺の懸念もあるし、場合によっては自分がウメーユを離れていることだってあり得るのだ。
 憂いの種は早めに潰しておくのが良いと思っていた。

 ヴィゴールはダリアン侯爵に聞く。

「ダリアン侯爵。……あなたなら聞いたことくらいあるでしょう。去年、私どもの兵がゼバーシュを攻めたという話を」
「あ、ああ……」
「そのとき、我々の兵には、数百人もの魔導士がいました。……それが、たった1日……いや、数時間で退けられたのですよ」

 その話はダリアン侯爵も聞いたことがあった。
 そもそも、アティアスが男爵として叙爵されたのは、そのときの功績によるものだと聞かされている。
 だが、ゼバーシュ側の兵を指揮したのが、このアティアスだとばかり思っていたのだが……。

「……実は、そのときの相手がこのエミリスさんです。しかも、たったひとりで。……そして、ひとりの死者も出すことなく、我々は無力化された。その意味がわかりますか?」

 ダリアン侯爵は『ごくり』と唾を飲み込んだ。
 つぅ……と脂汗が額を流れ落ちる。

 正直、信じられない話ではあった。
 しかし、以前はこの近隣で積極的に領地を拡大していたマッキンゼ子爵が、このところ動きがないのも気になっていた。そして、ゼバーシュに兵を挙げて、敗北したことも事実として聞こえてきていた。
 もし……この話が本当ならば。
 精鋭を選んだとはいえ、たかが数十人の兵士で勝ち目があるはずがない。
 ただ――この場さえ乗り切れば、あるいはまだチャンスはあると考えた。女王に書状を送り、宮廷魔導士を派遣してもらうことも可能なのだから。

「……わ、わかった。ウィルセア嬢のことはなかったことにしよう。無礼を許してくれ……」

 ダリアン侯爵は弁明した。
 しかし、エミリスはまだ不満そうな顔を見せる。
 いくら恐怖を与えたとしても。将来の心配の種がなくなったわけではないからだ。

(……やっぱり、少し身体で覚えてもらったほうが……)

 そう思っていたその時――突然、エミリスの検知範囲の中に、強力な魔力を持った者が足を踏み入れたことを感じ取った。

(この感じは……)

 しかも、それはよく知っている魔力の波動だった。
 一瞬、考えを巡らせたあと――部屋に満ちていた魔力が消え去り、空気感が一変する。

「ふふ。新しい来客のようです。……ここはこのくらいにしておきましょうか?」

 顔面を蒼白にしたジェインとダリアン侯爵の前で、エミリスはにっこりと微笑んだ。

「はは……」

 気が抜けたように、安堵の表情をしてダリアン侯爵はその場にしゃがみ込んだ。
 ジェインも似た顔だったが、呆然と立ちつくす。

「来客?」

 アティアスがエミリスに聞く。

「ええ。よーく知ってる方々が来られたようです。招待は出していなかったはずなのですけど……」

 なんのことかアティアスにはわからなったが、エミリスは把握しているのだろう。

 その場でしばらく待っていると、ほどなく応接室の扉がノックされた。

「――アティアス様! 来客でございます! しかも――!」
「わかった。入ってくれ」

 アティアスが部屋の中から返答すると、すぐに扉が開く。
 そこに顔を出したのは、エミリスが言うように、確かによく知っているふたりだった。

「取り込み中みたいだけど、失礼するわね。……元気にしていた?」

 陽気な声を発したのは、ワイヤードを連れたエレナ女王だった。
 その場にいた一同が目を見張る。……エミリスを除いて。

「エ、エレナ女王……! どうして……」

 驚いたアティアスが聞くと、エレナ女王は軽い調子で答えた。

「うふふ、だって待ってたのに呼んでくれないんだもの。……で、今はどんな話していたの?」
「それは……」

 アティアスは言葉を濁す。
 それを見たダリアン侯爵は、すかさずエレナ女王の眼前に膝をつき、早口で捲し立てた。

「申し上げます! このアティアス共らは、あろうことかこの私どもに、暴力および脅迫をおこなったのです! 女王様より処罰をお与えください!」

 ダリアン侯爵は内心でほくそ笑む。

(勝った……! 自分と比べてコイツらは格下だ。女王がどちらの肩を持つかなど、わかりきっている)

 エレナ女王はそれを困った顔で聞いていたが、そのあとエミリスに顔を向けて聞いた。

「――って言ってるけど、どうなの? ……私は、侯爵が無理難題ふっかけたんじゃないかなーって思ってるんだけどね」
「んー、ダリアン侯爵が、ウィルセアさんを無理矢理側室に寄越せーって言ってきて。お断りしたんですけど、脅迫してこられたので……ちょっとだけ。えへへ……」
「まぁまぁ……そんなことだろうと思ったわ」

 友達と話すような軽い口調でエレナ女王と話すエミリスを、ダリアン侯爵は唖然として見ていたが、我に返って指摘する。

「――し、失礼だぞ! わかっているのか⁉︎ この方は――女王様なのだぞ⁉︎」
「もちろん、わかってますよ。――ねぇ、お母さん?」

 エミリスはダリアン侯爵を横目に、舌をペロっと出して微笑む。
 それを聞いた侯爵は――。

「――え? ……はあぁ⁉︎」

 無言で微笑むエレナ女王とエミリスを交互に見て、ぽかーんとした顔を見せた。
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