上 下
198 / 250
第13章 暗躍

第192話 ……本当の魔法をお見せしましょうか?

しおりを挟む
「……そうですね。まずはお話をしましょうか」

 エミリスに聞かれたヴィゴールは、冷静に立ち上がり、そう言った。

「話だと……!?」

 ダリアン侯爵は、先程ジェインが何もできなかったことに信じられない様子だった。

「ええ、私は争いごとを好みませんから。……元々話し合いをしていたのに、手を出そうとしたのはジェイン殿ですよ。エミリス殿はそれを止めてくださったに過ぎません」
「なに……!」

 頭に血が昇って忘れかけていたが、確かにヴィゴールの言う通りでもあった。

 ダリアン侯爵の考えでは、ヴィゴールが素直に従ってウィルセアを差し出せば、実質的にマッキンゼ領を支配下に置くことができる。
 ただ、交渉が決裂することも想定して、その場合は実力行使で強引にでも言うことを聞かせるつもりだった。
 そのいずれもが、失敗になりそうだった。
 ただ、未だダリアン侯爵は、自分には手を出せないだろうと、たかをくくっていた。

「――ふん。良いだろう。ただ、この私にこのような対応をしたことは女王に報告させてもらう。必ず処罰されるだろう」

 ダリアン侯爵は王家の遠縁でもあり、女王に謁見することができる立場だ。
 対して、ヴィゴールやアティアスは所詮、辺境貴族にすぎない。
 もし諍いになれば、その立場の強さは圧倒的な差だった。

「どうぞご自由に。……いずれにしても、私は娘の意思を尊重しています。ここは無かったことにして、穏便に済ませるおつもりはございませんか?」

 あくまで柔和に、ヴィゴールはそう話す。
 その提案を聞いて、ダリアン侯爵は徐々に落ち着きを取り戻してきた。

(なるほど、これは手を出したことを後悔しているな? よし……)

 女王への報告という一言が効いているのだろう。処罰を恐れているようにダリアン侯爵には見えた。
 しかし娘は手放したくない。
 だから、話を無かったことにして、痛み分けにしようという算段なのだと踏んだ。

「……そうはいかんな。そもそもジェインは何もしていない。声を出しただけだ。兵士が動いたという事実もない。しかし、その女がジェインに手を出したのは、この目で確かに見た。……これは我々に対する敵対行為とみなすしかない」

 そうだ。
 兵士を呼ぼうとしたのは事実だが、実際に呼ばれた兵士がいない以上、まだ何もしていないのだ。
 ダリアン侯爵は一切表情を変えないエミリスを睨む。

(……あの澄ました顔を、泣いて懇願させてやる)

 しかしヴィゴールは小さく笑って言った。

「くく。せっかく穏便にと思ったのですがね。……偶然にも侯爵殿親子が行方不明になるようなこともあるかもしれませんね」
「な、なんだと……! まさか……」

 一歩前に足を進めるヴィゴールの、その張り付いたような笑顔に恐怖を感じて、ダリアン侯爵は後ずさりしようとした。

「……な、なんだ!?」

 だが、その足は地面を空を切る。
 それまで全く気づかなかったが、自分の体がほんの少し浮かんでいたのだ。
 隣に立つジェインも同じで、なんとか動こうとしているが、ただ同じ場所で足踏みしているようにしか見えない。
 エミリスが気づかれぬようにふたりを魔力で絡め取っていたのだ。

「ジェイン、構わん! やれっ!」
「は、はい!」

 ダリアン侯爵に促され、慌てて返事をしたジェインは、すぐに詠唱を始める。

 誰が魔法を使おうが脅威にも思っていないエミリスは、それを止めることなく涼しい顔で見ていた。
 なにより、展開している魔力の大きさを感じ取っている彼女には、どれほどの威力があるのかなど手に取るようにわかる。

「――爆ぜろッ!」

 自分たちへの多少の怪我など気にせず、この場の全員を吹き飛ばすつもりで、ジェインは爆裂魔法を発動させた。
 しかし――。
 その魔法はジェインの目前で何も起こることなく、霧散した。
 断じて、魔法を使えないようにする魔法陣があるわけでもなかった。
 発動した魔法がそのまま消え去ったのだ。

「……なぜ?」

 構成を編むのに失敗したわけでもない。手応えはあった。

 その答えを、エミリスが淡々と説明し始めた。

「ふふ、収束した魔法を解除させてもらいました。まぁ、その程度の魔法、受けたところで私には効きませんけど、多少は部屋が傷みますからね」
「魔法を解除……だと!? そんなことが……可能なのか?」

 ジェインは信じられない様子で、エミリスの顔を見る。
 先程までの無表情から、ほんの僅かに笑みを浮かべているように見えて――背筋が凍るような恐怖を感じた。

「ええ、魔力を少し干渉させれば、拙い構成など簡単に崩せますよ。……本当の魔法をお見せしましょうか?」

 そう言うなり、エミリスは魔力を放出して、ジェインとの間に同じ爆裂魔法の構成を編み始めた。
 あまりの濃度の魔力が、ジェインの目からエミリスの姿がゆらりと歪んで見えるほどに。

「あ……あ……」

 肌で感じるその魔力に、ジェインは言葉を失う。
 それはこの砦を――いや、街すら消し去ることのできるほどのものだということを。

「ふふふ。魔道士ならわかりますよね? これがどれほどのものか……」

 あえて力の差を見せつけるように、エミリスは言った。
 ジェインは、それを受ければ確実に死ぬことを理解し――小さく首を縦に振ることしかできなかった。

 ダリアン侯爵は感じ取ることができなかったが、それでもただ事ではないことだけはわかった。

 ――そして、咄嗟に懐へと手を入れた。

「くそっ!」

 悪態をついたダリアン侯爵は、懐のを握りしめる。

「――雷よ!」

 震える声をエミリスは冷静に聞いていた。

 その刹那、周囲が一瞬白く光る。
 ただ……一瞬だけで、その後なにも起こらなかった。

「もしかして、そんなこともあるかと思っていましたけど……無駄です。……それはお預かりしますね」

 何事もなかったかのように話すエミリスは、左手をダリアン侯爵の方に向ける。
 すると、その懐からするすると魔法石が2つ浮かび上がって、ゆっくりとエミリスの手の上に移動した。

「魔法石……!」

 それを見ていたアティアスが驚きとともに呟く。
 ダリアン領には存在しないはずのそれが、なぜ彼の手に?

 それを他所に、薄っすらと口元を緩めたエミリスが確認する。

「――では、もう消えてもらいましょうか。最後に言い残すことはありますか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

処理中です...