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第13章 暗躍
第191話 決裂
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最初はヴィゴールがいることに、驚きを隠せない様子だったダリアン侯爵だが、やがて落ち着きを取り戻した。
「――いや、こちらに来られていたのであれば話が早い。……申し訳ないが、アティアス殿は席を外していただけますかな?」
しかし、ダリアン侯爵の提案にヴィゴールは首を振った。
「いえ、娘はもうこちらに勤めているのです。私だけでどうにかできる話ではありませんよ」
「……ふん、まあいいだろう。話は早い方がいい。……座りたまえ。あと、お前たちは部屋の外で待機しろ」
あからさまに不満そうな顔で、ダリアン侯爵は面々に告げる。
客人とはいえ、この場で最も偉いのは自分であると言わんばかりに。
事実、位の上ではその通りであり、この近隣でダリアン侯爵よりも爵位が高い者はいなかった。
応接室には、ダリアンとジェイン、ヴィゴールとウィルセア、そしてアティアスとエミリスという、それぞれのペアに分かれて座った。
残りの護衛たちは部屋の外だ。
この状況に、ヴィゴールは内心で考える。
(部屋の中に私達しかいないとなると、他に聞かれる心配はない……)
アティアス達が味方だと考えると、人数的にも力の差としても圧倒的に有利なことを理解していた。
「……それで、どのようなご要件でしょう?」
まずはヴィゴールが口を開いた。何も知らないような口ぶりで白々しく。
それに対して、ダリアン侯爵が偉そうに答えた。
「このジェインが貴公のところで話したことだ。そこの娘はなかなか優秀と聞く。釣り合いが取れんから正室とはいかんが、側室程度で良ければ貰ってやろうと思ってな」
ヴィゴールは考え込むような仕草で、ウィルセアを横目にしながら話す。
「……ふむ。私としては、娘がそれを希望しているなら構いませんが。――どうだ、ウィルセア?」
それに対して、この面々の前で緊張した様子のウィルセアは、しばらく口を閉じていた。
それもそうだろう。
自分の発言が、自分の故郷や近隣諸侯の力関係にも影響する可能性があるのだから。
ウィルセアは「ごくり」と唾を飲み込んでから、恐る恐る口を開く。
事前に父ヴィゴールと示し合わせていた通りに。
「……申し訳ありませんが、私は将来、こちらのアティアス様の側室となることをお約束しております。その誓いを反故にすることはできませんわ」
「なんだと……!」
ダリアン侯爵は彼女の返答に驚きの声を上げた。
アティアスも事前に聞いてはいなかったが、眉ひとつ動かさずにいた。なにしろ、もし話が拗れるようならば、その話をアティアスから出すことも想定に入れていたからだ。
当然、エミリスもその鉄面皮を動かすことはない。
「――どう考えても、将来の侯爵であるジェインと、所詮男爵程度のアティアスでは格が違う。どちらに利があるか、子供でもわかるだろう!」
不満を露わにしてダリアン侯爵が声を荒らげる。
ジェインもダリアン侯爵の隣で黙ってはいるが、苦虫を噛み潰したような表情でアティアスを睨んでいた。
(アティアス様、ごめんなさい……)
そのことを申し訳なく思いながら、ウィルセアは答える。
「父は私の好きにして良いと。ですから、私は好きな男性に嫁ぎますわ」
「……マッキンゼ領がどうなっても構わないと。そういうつもりか?」
「で、あれば……どうなさいますか?」
明らかに自分を舐めた態度を貫くウィルセアに、ダリアン侯爵は怒りが込み上げてきて、顔を真っ赤にする。
その代わりに応えたのはジェインだった。
「……ふん、馬鹿にしやがって。まぁいい。――この場に族が襲撃してくることだってあるだろうな!」
そう言うと、すぐに立ち上がって扉の方に顔を向けると、「出番だ!」と叫んだ。
その一瞬でアティアスはエミリスと目線を合わせると、彼女は彼が何を期待しているのかを汲み取る。
もちろん、事前に予想して準備をしていたのだが。
「ふふ、私がそれを許すと思いますか……?」
エミリスはゆっくりとその場に立ち上がって、背後からジェインに声を掛けた。
彼女の低い声が、背中に悪寒のように響き渡る。
「――な、何をしてる! 早く来い!」
ジェインはもう一度扉に向かって叫ぶ。
手筈では、外で待たせていた護衛の兵士たちも合流して、扉の前で聞き耳を立てているはずだ。
だから自分の声に応じて、すぐになだれ込んで来る。
そのはずだった。
「……そこには誰もいませんよ? 見てこられたらいかがですか?」
「なに……!」
落ち着いた声が余計に恐怖心を煽る。
先程までは、どこから見てもなんでも無い小娘にしか見えなかったのに。
その場にいることすら怖くて、ジェインは扉に走った。
そして――扉を開ける。
「なんだと……」
扉の向こうには見事に誰もいなかった。
待機しろと言っておいたはずの護衛の兵士が、ひとりも。
「どうなってるんだ!」
忠実な部下たちが命令を放棄するなどとは考えられないが、争ったような音も聞こえてこなかったことから、それしか考えられなかった。
「皆さんお外でお昼寝してますよ。それじゃ、扉は閉めますね」
「――なっ!」
その言葉に返答する間もなく、突然ジェインの体が宙に浮いたかと思うと、そのまま応接室で座っていた場所まで吹き飛ばされた。
そして、その背後では軽い音と共に――扉が閉まる。
「さて、どうしましょうか。……ヴィゴールさん、指示をください」
「――いや、こちらに来られていたのであれば話が早い。……申し訳ないが、アティアス殿は席を外していただけますかな?」
しかし、ダリアン侯爵の提案にヴィゴールは首を振った。
「いえ、娘はもうこちらに勤めているのです。私だけでどうにかできる話ではありませんよ」
「……ふん、まあいいだろう。話は早い方がいい。……座りたまえ。あと、お前たちは部屋の外で待機しろ」
あからさまに不満そうな顔で、ダリアン侯爵は面々に告げる。
客人とはいえ、この場で最も偉いのは自分であると言わんばかりに。
事実、位の上ではその通りであり、この近隣でダリアン侯爵よりも爵位が高い者はいなかった。
応接室には、ダリアンとジェイン、ヴィゴールとウィルセア、そしてアティアスとエミリスという、それぞれのペアに分かれて座った。
残りの護衛たちは部屋の外だ。
この状況に、ヴィゴールは内心で考える。
(部屋の中に私達しかいないとなると、他に聞かれる心配はない……)
アティアス達が味方だと考えると、人数的にも力の差としても圧倒的に有利なことを理解していた。
「……それで、どのようなご要件でしょう?」
まずはヴィゴールが口を開いた。何も知らないような口ぶりで白々しく。
それに対して、ダリアン侯爵が偉そうに答えた。
「このジェインが貴公のところで話したことだ。そこの娘はなかなか優秀と聞く。釣り合いが取れんから正室とはいかんが、側室程度で良ければ貰ってやろうと思ってな」
ヴィゴールは考え込むような仕草で、ウィルセアを横目にしながら話す。
「……ふむ。私としては、娘がそれを希望しているなら構いませんが。――どうだ、ウィルセア?」
それに対して、この面々の前で緊張した様子のウィルセアは、しばらく口を閉じていた。
それもそうだろう。
自分の発言が、自分の故郷や近隣諸侯の力関係にも影響する可能性があるのだから。
ウィルセアは「ごくり」と唾を飲み込んでから、恐る恐る口を開く。
事前に父ヴィゴールと示し合わせていた通りに。
「……申し訳ありませんが、私は将来、こちらのアティアス様の側室となることをお約束しております。その誓いを反故にすることはできませんわ」
「なんだと……!」
ダリアン侯爵は彼女の返答に驚きの声を上げた。
アティアスも事前に聞いてはいなかったが、眉ひとつ動かさずにいた。なにしろ、もし話が拗れるようならば、その話をアティアスから出すことも想定に入れていたからだ。
当然、エミリスもその鉄面皮を動かすことはない。
「――どう考えても、将来の侯爵であるジェインと、所詮男爵程度のアティアスでは格が違う。どちらに利があるか、子供でもわかるだろう!」
不満を露わにしてダリアン侯爵が声を荒らげる。
ジェインもダリアン侯爵の隣で黙ってはいるが、苦虫を噛み潰したような表情でアティアスを睨んでいた。
(アティアス様、ごめんなさい……)
そのことを申し訳なく思いながら、ウィルセアは答える。
「父は私の好きにして良いと。ですから、私は好きな男性に嫁ぎますわ」
「……マッキンゼ領がどうなっても構わないと。そういうつもりか?」
「で、あれば……どうなさいますか?」
明らかに自分を舐めた態度を貫くウィルセアに、ダリアン侯爵は怒りが込み上げてきて、顔を真っ赤にする。
その代わりに応えたのはジェインだった。
「……ふん、馬鹿にしやがって。まぁいい。――この場に族が襲撃してくることだってあるだろうな!」
そう言うと、すぐに立ち上がって扉の方に顔を向けると、「出番だ!」と叫んだ。
その一瞬でアティアスはエミリスと目線を合わせると、彼女は彼が何を期待しているのかを汲み取る。
もちろん、事前に予想して準備をしていたのだが。
「ふふ、私がそれを許すと思いますか……?」
エミリスはゆっくりとその場に立ち上がって、背後からジェインに声を掛けた。
彼女の低い声が、背中に悪寒のように響き渡る。
「――な、何をしてる! 早く来い!」
ジェインはもう一度扉に向かって叫ぶ。
手筈では、外で待たせていた護衛の兵士たちも合流して、扉の前で聞き耳を立てているはずだ。
だから自分の声に応じて、すぐになだれ込んで来る。
そのはずだった。
「……そこには誰もいませんよ? 見てこられたらいかがですか?」
「なに……!」
落ち着いた声が余計に恐怖心を煽る。
先程までは、どこから見てもなんでも無い小娘にしか見えなかったのに。
その場にいることすら怖くて、ジェインは扉に走った。
そして――扉を開ける。
「なんだと……」
扉の向こうには見事に誰もいなかった。
待機しろと言っておいたはずの護衛の兵士が、ひとりも。
「どうなってるんだ!」
忠実な部下たちが命令を放棄するなどとは考えられないが、争ったような音も聞こえてこなかったことから、それしか考えられなかった。
「皆さんお外でお昼寝してますよ。それじゃ、扉は閉めますね」
「――なっ!」
その言葉に返答する間もなく、突然ジェインの体が宙に浮いたかと思うと、そのまま応接室で座っていた場所まで吹き飛ばされた。
そして、その背後では軽い音と共に――扉が閉まる。
「さて、どうしましょうか。……ヴィゴールさん、指示をください」
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