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第13章 暗躍
第185話 あの人嫌いです
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その場にいたアティアスとウィルセアは目を見張る。
エミリスはいまいち良く理解していない様子で、のんびりしていた。
(侯爵の長男だと……!)
それはつまり、将来後を継いだときには、彼が侯爵になるということを意味する。
それほどの者が使者として突如現れたことに驚く。
通常では考えられなかった。
「私がアティアス・ヴァル・ゼルムです。ジェイン殿、よろしくお願いします。」
とりあえず席を立ち、丁寧に挨拶を交わす。
「こんな殺風景な部屋では失礼でしょう。……部屋を変えましょうか」
「いや、すぐに帰りますから構いませんよ」
アティアスがそう打診するが、ジェインは軽く手を振った。
「……では。侯爵のご子息ともあるお方が、わざわざ足を運ばれるほどのこととは、どのようなご用件でしょうか」
「大した要件ではないのです。来月、こちらの収穫祭を父ダリアンが是非見てみたいと。それをお伝えにきたのです」
「なるほど……」
ウメーユの収穫祭は近隣でも有名だ。
公式に周辺の貴族が来ることは聞いたことがないが、領地が変わって初めての祭だ。
興味を持ったのかもしれないと考えた。
「承知しました。私どもでおもてなしさせていただきます」
「頼みます。……あと」
それとは別の要件があるのだろうか。
ジェインは続けた。
「――こちらにマッキンゼ子爵のご令嬢がおられると聞きました。お目にかかりたい」
それが自分を指していることにウィルセアは驚いたが、ひとつアティアスに目配せしてから、口を開いた。
「……それは私のことでしょう。ウィルセア・マッキンゼと申します」
アティアスの隣に立っていたウィルセアは、名乗ってから礼をする。
「なるほど、貴女が。いや、先日ミニーブルに行ってみたところ、こちらに居られると聞きましてね。是非一度お目にかかりたいと思っていたところです。……私も収穫祭には参ります。そのときにでもまた。先ほどの話は書状にも記しております故、お渡ししておきます」
ジェインはそう言ったあと、アティアスに書状を手渡した。
「確かに……」
書状にダリアン侯爵のサインがあることを確認する。
ジェインは満足した様子で胸を張った。
そのとき、エミリスの足元で寝ていたポチが大きなあくびをする。
それで目が行ったのか、ジェインがエミリスを見た。
「……そちらのお方は?」
「これは私の妻です。――エミー、挨拶を」
アティアスに促され、エミリスはその場に立ち、貼り付けた笑顔で深く礼をした。
「エミリスでございます」
その様子を見ていたジェインに、護衛の騎士がそっと耳打ちする。
「……ほう。あれがその……」
小さく頷きながら、ジェインが改めてエミリスに向かい合うと、同じく一礼した。
「改めて、ジェインです。どうぞよろしく。……して、そちらの犬は、ヘルハウンドとお見受けしますが?」
「ええ、私のペットでございます。……おとなしいのでご安心を」
「そうですか。いや、噂は聞き及んでおりますよ」
含みのある言い方でジェインが口角を上げるのを、エミリスは顔色を変えることなく見ていた。
そして、ジェインはさっとアティアスに向き直る。
「では、私はこれで。本日は適当な宿に泊まらせていただき、明日こちらを発ちます。……ああ、接待などは無用です。旅行を楽しむつもりで参りましたので」
一方的にそう告げて、護衛の騎士と共に部屋を出ていった。
◆
「……なんか、あの人嫌いですわ」
ジェインがいなくなってしばらくしたあと、ウィルセアが開口一番にそう言った。
「私もですー。ふっ飛ばそうかと思いましたよ」
ぞっとするような言葉に、アティアスが釘を刺す。
「まぁそう言うな。あれをふっ飛ばしたら外交問題だぞ」
「ええ、ですからちゃんと対応したつもりですー」
「そうだな」
アティアスは、エミリスの作ったような笑顔が正直怖いと思ったのは秘密だ。
とはいえ、常識はわきまえているのはわかっている。
その様子を見ていた、ウィルセアは首を傾げて呟いた。
「お父様にまで会いに行ったって、何の用だったのでしょうか……?」
「あの口ぶりじゃ、目当てだったのはウィルセアな気がしたな。……歳からして、どうせ政略結婚の誘いじゃないのか?」
「――ええっ!?」
驚いたウィルセアに、アティアスは続けた。
「はは、ただの当てずっぽうだよ」
「うーん……」
そう言われても、どうしても意識がそれに向いてしまう。
黙って頭の中で考えを整理する。
確かにゼバーシュと同じく、ミニーブルもダリアン領とは接している。
もし自分がジェインの元に嫁いだとすると……?
ミニーブルとダリアン領の結びつきは深くなるだろう。逆にゼバーシュは孤立するかもしれない。
しかしウィルセアが聞いていた父ヴィゴールの方針は、ゼバーシュとの関係を強化する方向だ。
それはここにエミリスがいることが大きな要因でもあり、自分も父の考えには賛同していた。
彼女がどれほどの力を持っているかを、父は目の当たりにしたうえでそう話しているのだから。
――何よりも、アティアスとエミリスのふたりは、自分を信頼して彼女の素性を話してくれたのだ。
それを持ったまま別の場所に行くなど、プライドが許さない。
そこまで考えると、ウィルセアは小さく「うん」と頷いてから笑顔を見せた。
「あはは。もしそうだとしても私は断りますわ。きっとここのほうが居心地がいいですから」
エミリスはいまいち良く理解していない様子で、のんびりしていた。
(侯爵の長男だと……!)
それはつまり、将来後を継いだときには、彼が侯爵になるということを意味する。
それほどの者が使者として突如現れたことに驚く。
通常では考えられなかった。
「私がアティアス・ヴァル・ゼルムです。ジェイン殿、よろしくお願いします。」
とりあえず席を立ち、丁寧に挨拶を交わす。
「こんな殺風景な部屋では失礼でしょう。……部屋を変えましょうか」
「いや、すぐに帰りますから構いませんよ」
アティアスがそう打診するが、ジェインは軽く手を振った。
「……では。侯爵のご子息ともあるお方が、わざわざ足を運ばれるほどのこととは、どのようなご用件でしょうか」
「大した要件ではないのです。来月、こちらの収穫祭を父ダリアンが是非見てみたいと。それをお伝えにきたのです」
「なるほど……」
ウメーユの収穫祭は近隣でも有名だ。
公式に周辺の貴族が来ることは聞いたことがないが、領地が変わって初めての祭だ。
興味を持ったのかもしれないと考えた。
「承知しました。私どもでおもてなしさせていただきます」
「頼みます。……あと」
それとは別の要件があるのだろうか。
ジェインは続けた。
「――こちらにマッキンゼ子爵のご令嬢がおられると聞きました。お目にかかりたい」
それが自分を指していることにウィルセアは驚いたが、ひとつアティアスに目配せしてから、口を開いた。
「……それは私のことでしょう。ウィルセア・マッキンゼと申します」
アティアスの隣に立っていたウィルセアは、名乗ってから礼をする。
「なるほど、貴女が。いや、先日ミニーブルに行ってみたところ、こちらに居られると聞きましてね。是非一度お目にかかりたいと思っていたところです。……私も収穫祭には参ります。そのときにでもまた。先ほどの話は書状にも記しております故、お渡ししておきます」
ジェインはそう言ったあと、アティアスに書状を手渡した。
「確かに……」
書状にダリアン侯爵のサインがあることを確認する。
ジェインは満足した様子で胸を張った。
そのとき、エミリスの足元で寝ていたポチが大きなあくびをする。
それで目が行ったのか、ジェインがエミリスを見た。
「……そちらのお方は?」
「これは私の妻です。――エミー、挨拶を」
アティアスに促され、エミリスはその場に立ち、貼り付けた笑顔で深く礼をした。
「エミリスでございます」
その様子を見ていたジェインに、護衛の騎士がそっと耳打ちする。
「……ほう。あれがその……」
小さく頷きながら、ジェインが改めてエミリスに向かい合うと、同じく一礼した。
「改めて、ジェインです。どうぞよろしく。……して、そちらの犬は、ヘルハウンドとお見受けしますが?」
「ええ、私のペットでございます。……おとなしいのでご安心を」
「そうですか。いや、噂は聞き及んでおりますよ」
含みのある言い方でジェインが口角を上げるのを、エミリスは顔色を変えることなく見ていた。
そして、ジェインはさっとアティアスに向き直る。
「では、私はこれで。本日は適当な宿に泊まらせていただき、明日こちらを発ちます。……ああ、接待などは無用です。旅行を楽しむつもりで参りましたので」
一方的にそう告げて、護衛の騎士と共に部屋を出ていった。
◆
「……なんか、あの人嫌いですわ」
ジェインがいなくなってしばらくしたあと、ウィルセアが開口一番にそう言った。
「私もですー。ふっ飛ばそうかと思いましたよ」
ぞっとするような言葉に、アティアスが釘を刺す。
「まぁそう言うな。あれをふっ飛ばしたら外交問題だぞ」
「ええ、ですからちゃんと対応したつもりですー」
「そうだな」
アティアスは、エミリスの作ったような笑顔が正直怖いと思ったのは秘密だ。
とはいえ、常識はわきまえているのはわかっている。
その様子を見ていた、ウィルセアは首を傾げて呟いた。
「お父様にまで会いに行ったって、何の用だったのでしょうか……?」
「あの口ぶりじゃ、目当てだったのはウィルセアな気がしたな。……歳からして、どうせ政略結婚の誘いじゃないのか?」
「――ええっ!?」
驚いたウィルセアに、アティアスは続けた。
「はは、ただの当てずっぽうだよ」
「うーん……」
そう言われても、どうしても意識がそれに向いてしまう。
黙って頭の中で考えを整理する。
確かにゼバーシュと同じく、ミニーブルもダリアン領とは接している。
もし自分がジェインの元に嫁いだとすると……?
ミニーブルとダリアン領の結びつきは深くなるだろう。逆にゼバーシュは孤立するかもしれない。
しかしウィルセアが聞いていた父ヴィゴールの方針は、ゼバーシュとの関係を強化する方向だ。
それはここにエミリスがいることが大きな要因でもあり、自分も父の考えには賛同していた。
彼女がどれほどの力を持っているかを、父は目の当たりにしたうえでそう話しているのだから。
――何よりも、アティアスとエミリスのふたりは、自分を信頼して彼女の素性を話してくれたのだ。
それを持ったまま別の場所に行くなど、プライドが許さない。
そこまで考えると、ウィルセアは小さく「うん」と頷いてから笑顔を見せた。
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