上 下
191 / 250
第13章 暗躍

第185話 あの人嫌いです

しおりを挟む
 その場にいたアティアスとウィルセアは目を見張る。
 エミリスはいまいち良く理解していない様子で、のんびりしていた。

(侯爵の長男だと……!)

 それはつまり、将来後を継いだときには、彼が侯爵になるということを意味する。
 それほどの者が使者として突如現れたことに驚く。
 通常では考えられなかった。

「私がアティアス・ヴァル・ゼルムです。ジェイン殿、よろしくお願いします。」

 とりあえず席を立ち、丁寧に挨拶を交わす。

「こんな殺風景な部屋では失礼でしょう。……部屋を変えましょうか」
「いや、すぐに帰りますから構いませんよ」

 アティアスがそう打診するが、ジェインは軽く手を振った。

「……では。侯爵のご子息ともあるお方が、わざわざ足を運ばれるほどのこととは、どのようなご用件でしょうか」
「大した要件ではないのです。来月、こちらの収穫祭を父ダリアンが是非見てみたいと。それをお伝えにきたのです」
「なるほど……」

 ウメーユの収穫祭は近隣でも有名だ。
 公式に周辺の貴族が来ることは聞いたことがないが、領地が変わって初めての祭だ。
 興味を持ったのかもしれないと考えた。

「承知しました。私どもでおもてなしさせていただきます」
「頼みます。……あと」

 それとは別の要件があるのだろうか。
 ジェインは続けた。

「――こちらにマッキンゼ子爵のご令嬢がおられると聞きました。お目にかかりたい」

 それが自分を指していることにウィルセアは驚いたが、ひとつアティアスに目配せしてから、口を開いた。

「……それは私のことでしょう。ウィルセア・マッキンゼと申します」

 アティアスの隣に立っていたウィルセアは、名乗ってから礼をする。

「なるほど、貴女が。いや、先日ミニーブルに行ってみたところ、こちらに居られると聞きましてね。是非一度お目にかかりたいと思っていたところです。……私も収穫祭には参ります。そのときにでもまた。先ほどの話は書状にも記しております故、お渡ししておきます」

 ジェインはそう言ったあと、アティアスに書状を手渡した。

「確かに……」

 書状にダリアン侯爵のサインがあることを確認する。
 ジェインは満足した様子で胸を張った。

 そのとき、エミリスの足元で寝ていたポチが大きなあくびをする。
 それで目が行ったのか、ジェインがエミリスを見た。

「……そちらのお方は?」
「これは私の妻です。――エミー、挨拶を」

 アティアスに促され、エミリスはその場に立ち、貼り付けた笑顔で深く礼をした。

「エミリスでございます」

 その様子を見ていたジェインに、護衛の騎士がそっと耳打ちする。

「……ほう。あれがその……」

 小さく頷きながら、ジェインが改めてエミリスに向かい合うと、同じく一礼した。

「改めて、ジェインです。どうぞよろしく。……して、そちらの犬は、ヘルハウンドとお見受けしますが?」
「ええ、私のペットでございます。……おとなしいのでご安心を」
「そうですか。いや、噂は聞き及んでおりますよ」

 含みのある言い方でジェインが口角を上げるのを、エミリスは顔色を変えることなく見ていた。
 そして、ジェインはさっとアティアスに向き直る。

「では、私はこれで。本日は適当な宿に泊まらせていただき、明日こちらを発ちます。……ああ、接待などは無用です。旅行を楽しむつもりで参りましたので」

 一方的にそう告げて、護衛の騎士と共に部屋を出ていった。

 ◆

「……なんか、あの人嫌いですわ」

 ジェインがいなくなってしばらくしたあと、ウィルセアが開口一番にそう言った。

「私もですー。ふっ飛ばそうかと思いましたよ」

 ぞっとするような言葉に、アティアスが釘を刺す。

「まぁそう言うな。あれをふっ飛ばしたら外交問題だぞ」
「ええ、ですからちゃんと対応したつもりですー」
「そうだな」

 アティアスは、エミリスの作ったような笑顔が正直怖いと思ったのは秘密だ。
 とはいえ、常識はわきまえているのはわかっている。

 その様子を見ていた、ウィルセアは首を傾げて呟いた。

「お父様にまで会いに行ったって、何の用だったのでしょうか……?」
「あの口ぶりじゃ、目当てだったのはウィルセアな気がしたな。……歳からして、どうせ政略結婚の誘いじゃないのか?」
「――ええっ!?」

 驚いたウィルセアに、アティアスは続けた。

「はは、ただの当てずっぽうだよ」
「うーん……」

 そう言われても、どうしても意識がそれに向いてしまう。
 黙って頭の中で考えを整理する。

 確かにゼバーシュと同じく、ミニーブルもダリアン領とは接している。
 もし自分がジェインの元に嫁いだとすると……?
 ミニーブルとダリアン領の結びつきは深くなるだろう。逆にゼバーシュは孤立するかもしれない。

 しかしウィルセアが聞いていた父ヴィゴールの方針は、ゼバーシュとの関係を強化する方向だ。
 それはここにエミリスがいることが大きな要因でもあり、自分も父の考えには賛同していた。
 彼女がどれほどの力を持っているかを、父は目の当たりにしたうえでそう話しているのだから。

 ――何よりも、アティアスとエミリスのふたりは、自分を信頼して彼女の素性を話してくれたのだ。
 それを持ったまま別の場所に行くなど、プライドが許さない。

 そこまで考えると、ウィルセアは小さく「うん」と頷いてから笑顔を見せた。

「あはは。もしそうだとしても私は断りますわ。きっとここのほうが居心地がいいですから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

チート転生~チートって本当にあるものですね~

水魔沙希
ファンタジー
死んでしまった片瀬彼方は、突然異世界に転生してしまう。しかも、赤ちゃん時代からやり直せと!?何げにステータスを見ていたら、何やら面白そうなユニークスキルがあった!! そのスキルが、随分チートな事に気付くのは神の加護を得てからだった。 亀更新で気が向いたら、随時更新しようと思います。ご了承お願いいたします。

処理中です...