191 / 254
第13章 暗躍
第185話 あの人嫌いです
しおりを挟む
その場にいたアティアスとウィルセアは目を見張る。
エミリスはいまいち良く理解していない様子で、のんびりしていた。
(侯爵の長男だと……!)
それはつまり、将来後を継いだときには、彼が侯爵になるということを意味する。
それほどの者が使者として突如現れたことに驚く。
通常では考えられなかった。
「私がアティアス・ヴァル・ゼルムです。ジェイン殿、よろしくお願いします。」
とりあえず席を立ち、丁寧に挨拶を交わす。
「こんな殺風景な部屋では失礼でしょう。……部屋を変えましょうか」
「いや、すぐに帰りますから構いませんよ」
アティアスがそう打診するが、ジェインは軽く手を振った。
「……では。侯爵のご子息ともあるお方が、わざわざ足を運ばれるほどのこととは、どのようなご用件でしょうか」
「大した要件ではないのです。来月、こちらの収穫祭を父ダリアンが是非見てみたいと。それをお伝えにきたのです」
「なるほど……」
ウメーユの収穫祭は近隣でも有名だ。
公式に周辺の貴族が来ることは聞いたことがないが、領地が変わって初めての祭だ。
興味を持ったのかもしれないと考えた。
「承知しました。私どもでおもてなしさせていただきます」
「頼みます。……あと」
それとは別の要件があるのだろうか。
ジェインは続けた。
「――こちらにマッキンゼ子爵のご令嬢がおられると聞きました。お目にかかりたい」
それが自分を指していることにウィルセアは驚いたが、ひとつアティアスに目配せしてから、口を開いた。
「……それは私のことでしょう。ウィルセア・マッキンゼと申します」
アティアスの隣に立っていたウィルセアは、名乗ってから礼をする。
「なるほど、貴女が。いや、先日ミニーブルに行ってみたところ、こちらに居られると聞きましてね。是非一度お目にかかりたいと思っていたところです。……私も収穫祭には参ります。そのときにでもまた。先ほどの話は書状にも記しております故、お渡ししておきます」
ジェインはそう言ったあと、アティアスに書状を手渡した。
「確かに……」
書状にダリアン侯爵のサインがあることを確認する。
ジェインは満足した様子で胸を張った。
そのとき、エミリスの足元で寝ていたポチが大きなあくびをする。
それで目が行ったのか、ジェインがエミリスを見た。
「……そちらのお方は?」
「これは私の妻です。――エミー、挨拶を」
アティアスに促され、エミリスはその場に立ち、貼り付けた笑顔で深く礼をした。
「エミリスでございます」
その様子を見ていたジェインに、護衛の騎士がそっと耳打ちする。
「……ほう。あれがその……」
小さく頷きながら、ジェインが改めてエミリスに向かい合うと、同じく一礼した。
「改めて、ジェインです。どうぞよろしく。……して、そちらの犬は、ヘルハウンドとお見受けしますが?」
「ええ、私のペットでございます。……おとなしいのでご安心を」
「そうですか。いや、噂は聞き及んでおりますよ」
含みのある言い方でジェインが口角を上げるのを、エミリスは顔色を変えることなく見ていた。
そして、ジェインはさっとアティアスに向き直る。
「では、私はこれで。本日は適当な宿に泊まらせていただき、明日こちらを発ちます。……ああ、接待などは無用です。旅行を楽しむつもりで参りましたので」
一方的にそう告げて、護衛の騎士と共に部屋を出ていった。
◆
「……なんか、あの人嫌いですわ」
ジェインがいなくなってしばらくしたあと、ウィルセアが開口一番にそう言った。
「私もですー。ふっ飛ばそうかと思いましたよ」
ぞっとするような言葉に、アティアスが釘を刺す。
「まぁそう言うな。あれをふっ飛ばしたら外交問題だぞ」
「ええ、ですからちゃんと対応したつもりですー」
「そうだな」
アティアスは、エミリスの作ったような笑顔が正直怖いと思ったのは秘密だ。
とはいえ、常識はわきまえているのはわかっている。
その様子を見ていた、ウィルセアは首を傾げて呟いた。
「お父様にまで会いに行ったって、何の用だったのでしょうか……?」
「あの口ぶりじゃ、目当てだったのはウィルセアな気がしたな。……歳からして、どうせ政略結婚の誘いじゃないのか?」
「――ええっ!?」
驚いたウィルセアに、アティアスは続けた。
「はは、ただの当てずっぽうだよ」
「うーん……」
そう言われても、どうしても意識がそれに向いてしまう。
黙って頭の中で考えを整理する。
確かにゼバーシュと同じく、ミニーブルもダリアン領とは接している。
もし自分がジェインの元に嫁いだとすると……?
ミニーブルとダリアン領の結びつきは深くなるだろう。逆にゼバーシュは孤立するかもしれない。
しかしウィルセアが聞いていた父ヴィゴールの方針は、ゼバーシュとの関係を強化する方向だ。
それはここにエミリスがいることが大きな要因でもあり、自分も父の考えには賛同していた。
彼女がどれほどの力を持っているかを、父は目の当たりにしたうえでそう話しているのだから。
――何よりも、アティアスとエミリスのふたりは、自分を信頼して彼女の素性を話してくれたのだ。
それを持ったまま別の場所に行くなど、プライドが許さない。
そこまで考えると、ウィルセアは小さく「うん」と頷いてから笑顔を見せた。
「あはは。もしそうだとしても私は断りますわ。きっとここのほうが居心地がいいですから」
エミリスはいまいち良く理解していない様子で、のんびりしていた。
(侯爵の長男だと……!)
それはつまり、将来後を継いだときには、彼が侯爵になるということを意味する。
それほどの者が使者として突如現れたことに驚く。
通常では考えられなかった。
「私がアティアス・ヴァル・ゼルムです。ジェイン殿、よろしくお願いします。」
とりあえず席を立ち、丁寧に挨拶を交わす。
「こんな殺風景な部屋では失礼でしょう。……部屋を変えましょうか」
「いや、すぐに帰りますから構いませんよ」
アティアスがそう打診するが、ジェインは軽く手を振った。
「……では。侯爵のご子息ともあるお方が、わざわざ足を運ばれるほどのこととは、どのようなご用件でしょうか」
「大した要件ではないのです。来月、こちらの収穫祭を父ダリアンが是非見てみたいと。それをお伝えにきたのです」
「なるほど……」
ウメーユの収穫祭は近隣でも有名だ。
公式に周辺の貴族が来ることは聞いたことがないが、領地が変わって初めての祭だ。
興味を持ったのかもしれないと考えた。
「承知しました。私どもでおもてなしさせていただきます」
「頼みます。……あと」
それとは別の要件があるのだろうか。
ジェインは続けた。
「――こちらにマッキンゼ子爵のご令嬢がおられると聞きました。お目にかかりたい」
それが自分を指していることにウィルセアは驚いたが、ひとつアティアスに目配せしてから、口を開いた。
「……それは私のことでしょう。ウィルセア・マッキンゼと申します」
アティアスの隣に立っていたウィルセアは、名乗ってから礼をする。
「なるほど、貴女が。いや、先日ミニーブルに行ってみたところ、こちらに居られると聞きましてね。是非一度お目にかかりたいと思っていたところです。……私も収穫祭には参ります。そのときにでもまた。先ほどの話は書状にも記しております故、お渡ししておきます」
ジェインはそう言ったあと、アティアスに書状を手渡した。
「確かに……」
書状にダリアン侯爵のサインがあることを確認する。
ジェインは満足した様子で胸を張った。
そのとき、エミリスの足元で寝ていたポチが大きなあくびをする。
それで目が行ったのか、ジェインがエミリスを見た。
「……そちらのお方は?」
「これは私の妻です。――エミー、挨拶を」
アティアスに促され、エミリスはその場に立ち、貼り付けた笑顔で深く礼をした。
「エミリスでございます」
その様子を見ていたジェインに、護衛の騎士がそっと耳打ちする。
「……ほう。あれがその……」
小さく頷きながら、ジェインが改めてエミリスに向かい合うと、同じく一礼した。
「改めて、ジェインです。どうぞよろしく。……して、そちらの犬は、ヘルハウンドとお見受けしますが?」
「ええ、私のペットでございます。……おとなしいのでご安心を」
「そうですか。いや、噂は聞き及んでおりますよ」
含みのある言い方でジェインが口角を上げるのを、エミリスは顔色を変えることなく見ていた。
そして、ジェインはさっとアティアスに向き直る。
「では、私はこれで。本日は適当な宿に泊まらせていただき、明日こちらを発ちます。……ああ、接待などは無用です。旅行を楽しむつもりで参りましたので」
一方的にそう告げて、護衛の騎士と共に部屋を出ていった。
◆
「……なんか、あの人嫌いですわ」
ジェインがいなくなってしばらくしたあと、ウィルセアが開口一番にそう言った。
「私もですー。ふっ飛ばそうかと思いましたよ」
ぞっとするような言葉に、アティアスが釘を刺す。
「まぁそう言うな。あれをふっ飛ばしたら外交問題だぞ」
「ええ、ですからちゃんと対応したつもりですー」
「そうだな」
アティアスは、エミリスの作ったような笑顔が正直怖いと思ったのは秘密だ。
とはいえ、常識はわきまえているのはわかっている。
その様子を見ていた、ウィルセアは首を傾げて呟いた。
「お父様にまで会いに行ったって、何の用だったのでしょうか……?」
「あの口ぶりじゃ、目当てだったのはウィルセアな気がしたな。……歳からして、どうせ政略結婚の誘いじゃないのか?」
「――ええっ!?」
驚いたウィルセアに、アティアスは続けた。
「はは、ただの当てずっぽうだよ」
「うーん……」
そう言われても、どうしても意識がそれに向いてしまう。
黙って頭の中で考えを整理する。
確かにゼバーシュと同じく、ミニーブルもダリアン領とは接している。
もし自分がジェインの元に嫁いだとすると……?
ミニーブルとダリアン領の結びつきは深くなるだろう。逆にゼバーシュは孤立するかもしれない。
しかしウィルセアが聞いていた父ヴィゴールの方針は、ゼバーシュとの関係を強化する方向だ。
それはここにエミリスがいることが大きな要因でもあり、自分も父の考えには賛同していた。
彼女がどれほどの力を持っているかを、父は目の当たりにしたうえでそう話しているのだから。
――何よりも、アティアスとエミリスのふたりは、自分を信頼して彼女の素性を話してくれたのだ。
それを持ったまま別の場所に行くなど、プライドが許さない。
そこまで考えると、ウィルセアは小さく「うん」と頷いてから笑顔を見せた。
「あはは。もしそうだとしても私は断りますわ。きっとここのほうが居心地がいいですから」
2
お気に入りに追加
1,334
あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。
八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。
パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。
攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。
ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。
一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。
これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。
※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。
※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。
※表紙はAIイラストを使用。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる