上 下
179 / 250
第12章 領主の日常

第173話 歓談、そして。

しおりを挟む
 ウィルセアから見ても、セリーナの様子は最後に会った1年前とそう変わらなかった。
 落ち着いた容貌と、長いブロンドの髪。
 ウィルセアと同じ色だが、ウェーブがかかっていることから、ボリューミーだ。

(それにしても……胸が……)

 ドレス越しに見える彼女の胸は、かなり大きい。
 ウィルセアもエミリスよりは大きいが、セリーナにはとてもとても敵わない。
 これほどのものがあればアティアスも誘惑できるだろうか、などと考えていると、だんだん緊張が解れてきた。

「……ウィルセアさん、どうしました?」
「あっ! ごめんなさい」

 ぼーっと胸を凝視してしまっていたことを怪訝に思ったセリーナが聞くと、ウィルセアは頬を少し染め、慌てて手を振った。
 取り繕うように続ける。

「えっと、お久しぶりです。あの……ご結婚されると?」
「ええ、お恥ずかしながら……」
「それはおめでとうございます。じゃあ、セリーナさんはもうずっとゼバーシュで?」
「そうなりますかね。あ、あちらの方です。私の……」

 セリーナはアティアス達と談笑するトリックスを手で指し示した。
 それをウィルセアも目で追う。
 彼はアティアスと兄弟ということもあり、雰囲気はよく似ていた。ただ、アティアスよりは少し長身で、すらっとしている。
 少し軽薄そうな感じがするのも、アティアスとは違うところだ。

(どっちかというと、私はアティアス様のほうが……)

 比べる必要はないけれど、やっぱり自分はアティアスが良いと思った。
 不器用そうだが、何事も真面目に取り組むし、決める時はちゃんと決める。なによりも、無理矢理に近い形で押しかけた自分に対しても、いつも気にかけてくれる。

 ふたりが話しているのにトリックスが気づいたのか、アティアスを連れて近づいてきた。

「セリーナ、どうだ?」
「まだ挨拶だけですよ」

 トリックスがセリーナに声をかけると、彼女は笑顔で彼の腕に手を絡めた。

(むむ……)

 それを見て、ウィルセアは羨ましく思った。

「ウィルセア嬢。以前に顔だけは見ていましたが、私はトリックス。アティアスのひとつ上の兄です」
「トリックスさん。ウィルセア・マッキンゼです。よろしくお願いします」

 ウィルセアはドレスのスカートを両手で少し持ち上げて、軽く礼をする。
 その様子をアティアスも見ていた。

「さっきも話したけど、ウィルセアは俺たちと一緒に住んでるんだ」
「ええ、エミリスさんと2人でお手伝いさせていただいています」
「噂は聞いてます。若いのにすごくやり手だと……」

 トリックスが感嘆する。
 ウィルセアの働きぶりはゼバーシュにも聞こえてきていた。
 そんな彼女と一緒にアティアスを支えているエミリスは、もうすでに壁際に置かれたソファに座り込んでいる。
 お腹を空かせていたところに、お酒と食事を一気に詰め込んで満足したのか、頭がゆらゆら揺れていた。

「そうだな。エミーと違ってパーティでも寝てしまわないしな、ははは」
「そ、そういうのはエミリスさんだけですわ……」

 隣に立つアティアスの軽口に、ウィルセアは苦笑いする。
 ふと、エミリスが酔っ払ってしまっている今なら……と、ウィルセアはアティアスの腕をそっと手で掴んだ。
 触れたときに一瞬彼が自分を見たけれど、何も言わない。
 だから、そのまま身体を寄せるように彼の横に立った。

「トリックスさん、ご結婚おめでとうございます。セリーナさんは私が小さい頃から、姉のように面倒を見てくれていましたので、感慨深いです。セリーナさんも、お幸せに」
「ウィルセアさん……ありがとうございます」

 ウィルセアの祝福の言葉に、セリーナが小さく礼を言う。
 そして、少し目を伏せて返した。

「あの……。最初に話さないといけなかったのですが……。昨年……あのとき、私は取り返しのつかないことをしてしまうところでした。あの時の私は、本当にどうかしていました。その……アティアスさんが目の前に来られて、復讐することしか頭になくて……」
「セリーナさん……」

 唐突に話し始めたセリーナに、ウィルセアがその目を見ながら呟いた。

「あのとき、ウィルセアさんもアティアスさん。もしかしたら、他の参加者も……殺してしまうところでした。そのあと私も死ぬつもりでした。……でも、エミリスさんがいて、そうならなかった。誰も死ななくて、こうして今私も生きています。……しかも、今こんな幸せも貰えて。感謝してもしきれません」

 目に涙を溜めたセリーナは、ソファでひとり寝転がっているエミリスを見た。
 ただ、あのとき今のように彼女が酔っ払っていたら、きっと今は違う未来になっていただろうと思うと、少し笑ってしまった。

「そうですね。エミリスさんには私も本当に感謝していますわ。私にもすごく優しいんですよ。……アティアス様だけは譲ってくれませんけれど。あはは……」
「ふふ、それはそうでしょうね」

 ウィルセアがアティアスに好意を持っていることを、セリーナは当然知っている。
 なにしろ、ミニーブルでその場に同席していたからだ。
 ただ、赤ちゃんの頃からウィルセアのことをよく知っているセリーナは、彼女の諦めが悪い性格も知っていた。
 一度決めたらテコでも動かないところと言えば良いだろうか。

(たぶん……一生独身かな。でも、もしかしたら……)

 きっと、彼の近くからは離れないだろう。
 その想いが叶うかどうかは、まだわからなかった。

 そんな空気を読んだのか、そうでないのかはわからなかったが、アティアスが口を開いた。

「さ、暗い話は置いておきましょう。兄さんとセリーナさんの結婚を祝って。改めて、乾杯!」
「はい、乾杯!」

 ウィルセアは彼の腕を掴む右手に少し力を入れつつも、左手に持つジュースを高く掲げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

処理中です...