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第12章 領主の日常

第173話 歓談、そして。

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 ウィルセアから見ても、セリーナの様子は最後に会った1年前とそう変わらなかった。
 落ち着いた容貌と、長いブロンドの髪。
 ウィルセアと同じ色だが、ウェーブがかかっていることから、ボリューミーだ。

(それにしても……胸が……)

 ドレス越しに見える彼女の胸は、かなり大きい。
 ウィルセアもエミリスよりは大きいが、セリーナにはとてもとても敵わない。
 これほどのものがあればアティアスも誘惑できるだろうか、などと考えていると、だんだん緊張が解れてきた。

「……ウィルセアさん、どうしました?」
「あっ! ごめんなさい」

 ぼーっと胸を凝視してしまっていたことを怪訝に思ったセリーナが聞くと、ウィルセアは頬を少し染め、慌てて手を振った。
 取り繕うように続ける。

「えっと、お久しぶりです。あの……ご結婚されると?」
「ええ、お恥ずかしながら……」
「それはおめでとうございます。じゃあ、セリーナさんはもうずっとゼバーシュで?」
「そうなりますかね。あ、あちらの方です。私の……」

 セリーナはアティアス達と談笑するトリックスを手で指し示した。
 それをウィルセアも目で追う。
 彼はアティアスと兄弟ということもあり、雰囲気はよく似ていた。ただ、アティアスよりは少し長身で、すらっとしている。
 少し軽薄そうな感じがするのも、アティアスとは違うところだ。

(どっちかというと、私はアティアス様のほうが……)

 比べる必要はないけれど、やっぱり自分はアティアスが良いと思った。
 不器用そうだが、何事も真面目に取り組むし、決める時はちゃんと決める。なによりも、無理矢理に近い形で押しかけた自分に対しても、いつも気にかけてくれる。

 ふたりが話しているのにトリックスが気づいたのか、アティアスを連れて近づいてきた。

「セリーナ、どうだ?」
「まだ挨拶だけですよ」

 トリックスがセリーナに声をかけると、彼女は笑顔で彼の腕に手を絡めた。

(むむ……)

 それを見て、ウィルセアは羨ましく思った。

「ウィルセア嬢。以前に顔だけは見ていましたが、私はトリックス。アティアスのひとつ上の兄です」
「トリックスさん。ウィルセア・マッキンゼです。よろしくお願いします」

 ウィルセアはドレスのスカートを両手で少し持ち上げて、軽く礼をする。
 その様子をアティアスも見ていた。

「さっきも話したけど、ウィルセアは俺たちと一緒に住んでるんだ」
「ええ、エミリスさんと2人でお手伝いさせていただいています」
「噂は聞いてます。若いのにすごくやり手だと……」

 トリックスが感嘆する。
 ウィルセアの働きぶりはゼバーシュにも聞こえてきていた。
 そんな彼女と一緒にアティアスを支えているエミリスは、もうすでに壁際に置かれたソファに座り込んでいる。
 お腹を空かせていたところに、お酒と食事を一気に詰め込んで満足したのか、頭がゆらゆら揺れていた。

「そうだな。エミーと違ってパーティでも寝てしまわないしな、ははは」
「そ、そういうのはエミリスさんだけですわ……」

 隣に立つアティアスの軽口に、ウィルセアは苦笑いする。
 ふと、エミリスが酔っ払ってしまっている今なら……と、ウィルセアはアティアスの腕をそっと手で掴んだ。
 触れたときに一瞬彼が自分を見たけれど、何も言わない。
 だから、そのまま身体を寄せるように彼の横に立った。

「トリックスさん、ご結婚おめでとうございます。セリーナさんは私が小さい頃から、姉のように面倒を見てくれていましたので、感慨深いです。セリーナさんも、お幸せに」
「ウィルセアさん……ありがとうございます」

 ウィルセアの祝福の言葉に、セリーナが小さく礼を言う。
 そして、少し目を伏せて返した。

「あの……。最初に話さないといけなかったのですが……。昨年……あのとき、私は取り返しのつかないことをしてしまうところでした。あの時の私は、本当にどうかしていました。その……アティアスさんが目の前に来られて、復讐することしか頭になくて……」
「セリーナさん……」

 唐突に話し始めたセリーナに、ウィルセアがその目を見ながら呟いた。

「あのとき、ウィルセアさんもアティアスさん。もしかしたら、他の参加者も……殺してしまうところでした。そのあと私も死ぬつもりでした。……でも、エミリスさんがいて、そうならなかった。誰も死ななくて、こうして今私も生きています。……しかも、今こんな幸せも貰えて。感謝してもしきれません」

 目に涙を溜めたセリーナは、ソファでひとり寝転がっているエミリスを見た。
 ただ、あのとき今のように彼女が酔っ払っていたら、きっと今は違う未来になっていただろうと思うと、少し笑ってしまった。

「そうですね。エミリスさんには私も本当に感謝していますわ。私にもすごく優しいんですよ。……アティアス様だけは譲ってくれませんけれど。あはは……」
「ふふ、それはそうでしょうね」

 ウィルセアがアティアスに好意を持っていることを、セリーナは当然知っている。
 なにしろ、ミニーブルでその場に同席していたからだ。
 ただ、赤ちゃんの頃からウィルセアのことをよく知っているセリーナは、彼女の諦めが悪い性格も知っていた。
 一度決めたらテコでも動かないところと言えば良いだろうか。

(たぶん……一生独身かな。でも、もしかしたら……)

 きっと、彼の近くからは離れないだろう。
 その想いが叶うかどうかは、まだわからなかった。

 そんな空気を読んだのか、そうでないのかはわからなかったが、アティアスが口を開いた。

「さ、暗い話は置いておきましょう。兄さんとセリーナさんの結婚を祝って。改めて、乾杯!」
「はい、乾杯!」

 ウィルセアは彼の腕を掴む右手に少し力を入れつつも、左手に持つジュースを高く掲げた。
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