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第12章 領主の日常

第172話 ウィルセアの不安

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「アティアスだ。久しぶりに寄ったよ」

 アティアスが父ルドルフの居室に入り、玄関代わりの部屋から中に声をかけた。
 しばらくして、中から応答の声が聞こえてすぐ、ルドルフが顔を出した。

「半年ぶりくらいか。よく寄ってくれたな」
「ああ。少しだけ休みをもらって、ゾマリーノに行ったんだ。その帰りにね」
「なるほど。まぁ中に入ったらどうだ? エミリスも。あと……」
「お久しぶりです。ウィルセアでございます」

 ルドルフが見慣れないウィルセアの名前が出てこないのを、彼女は自分から名乗った。

「ああ、すまない。マッキンゼ子爵の娘さんだったね」
「ええ。アティアス様には良くしてもらっております」

 優雅に一礼したあと、皆はルドルフに案内されて応接間に通された。

「すぐ飲み物を出すから。……どうだ、順調か?」
「今のところは特に。大変だけどね」
「そりゃそうだろうな。今まで違う領地だった2つの町だ。やり方も違ってただろうしね」
「ああ。ただ、テンセズは大体わかるから、そっちはほとんど姉さんに任せてるよ」

 ルドルフに聞かれて、アティアスは領地の状況を話した。

「そうか。ウメーユは農業の町だから、うまくやれば税収も上がるだろうし、頑張れよ」
「そうだね。まずは1年、しっかりやり切ったらだいぶ楽になると思う」
「うむ」

 満足そうにルドルフは頷く。
 親子の話を、アティアスの両脇に座るふたりは黙って聞いていた。
 背筋を伸ばして聞くウィルセアと、彼の腕にぴったり引っ付いているエミリスとで、対照的ではあったが。

「ところで、知らないとは思うけど……。ミニーブルから来てくれてるセリーナのことだ」
「セリーナさん?」

 良く知った名前を聞いて、ウィルセアが口を挟んだ。

「ああ。その彼女なんだが、今度トリックスと結婚することになったみたいだ」
「え――!」

 ウィルセアが目を丸くする。
 セリーナは父であるヴィゴールの従兄妹だ。ウィルセアにいつも気にかけてくれていたことを思い出す。

 ただ――。
 あの誕生日パーティでの事件を除いては。
 あのとき、セリーナはウィルセアの暗殺と、それに乗じてアティアスをも殺そうとしたことを今でも覚えている。
 エミリスとは和解したと聞いていたけれども、自分は父が気を遣ったのか、あの事件以来、彼女とは会っていなかった。 
 一度ナターシャの結婚式に出席した際に会うかと思っていたが、その時も結局会わずじまいだった。

「そうですか。セリーナさんが……」

 殺されかけたのは事実だが、自分はあの瞬間のことは記憶にない。
 それに今は怪我もなく生きているし、セリーナを恨んでいたりはしなかった。
 ただ、少しだけ。
 結婚すると聞いて、羨ましく思った。

「結婚式はまだ先だけど、呼ぼうか? どうする?」
「俺は兄さんの式なら来たいけどな……」

 アティアスは両脇のふたりのことも当然わかっていて、歯切れの悪い返事をした。

「アティアス様が来られるなら、私はお供しますよ。絶対に」

 エミリスははっきりと言い切る。
 セリーナとは和解していたし、もしそうではなかったとしても、アティアスを守るのが自分の責務だと認識していたからだ。
 一方、ウィルセアは悩んでいた。

「来たい気持ちはありますけど……セリーナさんがどう思っているのか……」

 もし自分が来ることで、彼女の晴れ舞台で気を遣わせるようなことになるなら、それは避けたかった。

「なら、このあと直接話してみたらどうだい? せっかくここに来たんだし」

 ルドルフの提案に、ウィルセアはごくりと喉を鳴らした。

 ◆

 それは夕食の場だった。
 ルドルフが声をかけて、長兄のレギウス、そしてトリックスとセリーナ。加えてアティアス達3人。
 合計で7人が城に集まった。
 次兄のケイフィスは休暇で街を離れていたようで、残念ながら来ることはできなかった。

 会話を重視するため、今日は敢えて立食での夕食になっていた。

「久しぶりだな」
「ああ、レギウス兄さん」

 軽い調子でアティアスに声をかけたレギウスに応じながら、彼に酒を注ぐ。
 立場は若干違うが、レギウスもこの後ルドルフから伯爵を継ぐ。隣の領地を治めるアティアスとは有効的にしていく必要がある。
 とはいえ、もともと兄弟仲は良かったから心配はしていなかったが。

「この一年、早かったな」
「そうか……。去年のあの事件から、まだ1年ちょっとしか経ってないのか」
「はは、俺が寝たきりだった時のことだな」

 昨年、エミリスを連れてゼバーシュに帰ったとき、レギウスは毒殺されかけて、療養中だった。

「……その時の娘がこれか」

 レギウスはちらっとエミリスの方を見た。
 エミリスは早くもワイングラスを片手に、どんどんその身体に赤い液体を染み込ませている。

「はは、だいぶ変わったろ?」
「元気で良いじゃないか」

 その一方、慣れない面子に緊張した面持ちのウィルセアは、アティアスの後ろに隠れるようにして、タイミングを窺っていた。
 そこに、同じく緊張した顔のセリーナが躊躇しながらも声をかける。

「ウィルセアさん……。お久しぶりです」
「セリーナさん……」
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